第22話 弱者の意地
前回のお話……ローリエ暴走。
(ロ ゜Д゜)WOOOOOO!
「うあああああああッッ!!」
突如として絶叫を上げたローリエが、一直線に髑髏騎士へ襲い掛かる。
「待てッ、ローリエ!」
「ああぁぁッぁああああッ!!」
制止の声も怒り狂った彼女の耳には届かない。
それどころか張り上げられた更なる大音声によって、俺の声は掻き消されてしまった。
そんなローリエを迎撃せんと髑髏騎士は手に持った騎槍を素早く突き出してきた。
眼前に迫る長大な騎槍。
ローリエはその鋭い先端から目を逸らすことも、速度を落とすこともなく、地を這うように姿勢を低くすることで攻撃を回避した。
そのまま下から掬い上げるような斬撃……否、最早殴り付けるように剣をぶつけた。
髑髏騎士は左手の大盾を構えて防御し、ローリエからの反撃を受け止めてみせたが、拮抗はほんの一瞬だけだった。
「ぐぉぉッッぅぅるあああああッッ!!」
腕力に物を言わせたローリエが強引に大盾を押し退ける。
押し負けた髑髏騎士は、両の鉄靴で地面を削りながら3メートル以上も後退させられた。
「ぅぅああああッぁああッ!!」
怒り狂ったローリエの攻撃は止まらず、即座に髑髏騎士へ追い付くと追撃の刃を振るった。
普段の姿からは想像も付かない野獣の如き荒々しい戦い振りに、俺はただ驚くことしか出来なかった。
「なんだよ、あの力……」
ミシェルのように魔力で肉体を強化している訳ではない。
魔力の光が確認出来ないことからも、それは間違いない筈だ。
それにも関わらず、今のローリエのパワーとスピードは常軌を逸していた。
髑髏騎士は防戦一方で、全く反撃出来ずにいるのだが……。
「勝てると思うか?」
「多分……厳しいの」
やはりそうか。
一見すると押しているのはローリエだ。
身体強化を施したミシェルを上回る程の凄まじい猛攻だが、その攻撃は余りにも単調過ぎるのだ。
普段の冷静且つ堅実な戦い振りなど微塵も感じられない。
振り方すらも忘れてしまったかのように滅多矢鱈と剣を振り回すだけ。
盾に至っては、防御ではなく敵を殴打するためだけに利用している。
「完全に我を忘れてやがる」
如何に優れた身体能力があろうとも、あれでは勝てる筈がない。
現に髑髏騎士は、騎槍と大盾を巧みに駆使して、全てとはいかないまでもローリエの攻撃の殆どを防いでいる。
このままではイタズラに体力を消耗するだけだ。
ミシェルが深手を負って戦力が低下している今の状況で、万が一にもローリエまでダウンしたら一巻の終わりだ。
「マスミくん……」
縋るようにこちらを見てくるエイル。
その目がどうしようと俺に訴えてくる。
―――だからなんでみんな俺に判断を求めてくるんだよ!
奥歯を強く噛み締め、思わず吐き出しそうなった言葉を必死に呑み込む。
落ち着け。自暴自棄にだけはなるな。冷静になれ。思考を止めるな。
何よりも生き延びることが最優先。無理にこの状況を打破する必要はない。
ゴロツキ二名は無視。仲間と自分のことだけを考えろ。
元々あの馬鹿共の所為でこうなったのだから、奴らがどうなろうと知ったことではない。
「……悪いけど、エイルは骸骨巨人の相手を頼む。無理に倒そうなんて考えなくてもいい。注意さえ引き付けてくれれば、それで充分だ」
「それはいいけど、マスミくんは?」
「俺は……なんとかしてローリエを止める」
果たして今のローリエを止める術などあるのだろうか。
だが止めなければ、この場から離脱することは出来ない。
問題は……チラリと横抱きにしたミシェルに目を向ける。
ローリエを止めるためには、未だ意識の戻らないミシェル一人をこの場に残していかなければならない。
意識を失っている彼女を放置するのは、幾らなんでも危険過ぎるが……。
『その娘のことは、我がなんとかしよう』
虚空から少女の声が響くと同時に背後に異様な、けれども確かに覚えのある気配が生じた。
振り向けば、そこには可憐な少女の姿をした精霊の姿があった。
「精霊さん」
『久しい、という程でもないのう、マスミよ』
エイルが「えっ、精霊?」と目を白黒させているが、今ばかりは無視させてもらう。
「なんとかするって、協力してくれんの?」
『言葉通りじゃ。その娘の身は我が預かるゆえ、マスミは己の務めを果たすがよい』
「それは助かるけど……」
協力してくれるのは素直に有り難いし、精霊さんになら安心してミシェルを任せられる。
それよりも気になるのが……。
「精霊さん、なんか薄くなってない?」
『……そう見えるかの?』
そう言って力なく笑う精霊さん。
姿形が変わった訳ではないし、精霊の身体構造なんて俺には分からないけど、精霊さんの姿は僅かながらも透けていた。
ボンヤリとだが、精霊さんを挟んで向こう側の風景が見える程に。
それに伴って存在感すらも希薄になっているように感じられた。
「任せていいんだよね?」
『マスミは我のことが信じられぬか?』
「うんにゃ、めっちゃ信じてる」
だからお任せします。
空間収納から毛布を取り出して地面に敷き、その上にミシェルの身を横たえると、精霊さんが音もなく寄り添ってくれた。
「よーし、ミシェルのこと気にしなくてもよくなったし、いっちょ頑張りますか」
「ねぇマスミくん、さっきあの子のこと精霊って言ったよね?」
「気のせいだ」
「明らかに人間じゃないよね?」
「些末なことだ」
「でもでも―――」
「うっせぇなッ、気にしてんじゃねぇよ! それどころじゃねぇんだよ! さっさと行けや、この爆乳娘! いい加減にしねぇとその乳揉むぞってか揉ませろゴラァ!」
いや~んと言いながら―――何故か微妙に嬉しそう―――骸骨巨人の元に向かうエイル。
自慢の爆乳は派手に揺れている。
ずっと見ていたい気もするけど、本当に今はそんな場合ではないので、断腸の思いで視線を切る。
ローリエと髑髏騎士の戦闘は継続中。
一方的な展開に変化は見られない。
俺もそろそろ行くとするか。
でもその前に……。
「全部片付いたら、説明してくれるよね?」
精霊さんにそう告げておく。
今回の一件というよりも、この骸骨の群れについて精霊さんも無関係ではないように思えたのだ。
だからといって彼女が直接の原因とも思えない。
そもそも精霊さんに俺達と敵対する意思があるのなら、こうしてノコノコ姿を現したりはしないだろう。
精霊さんは先程と同じように力無い笑みを浮かべるだけで、何も語ろうとはしなかったものの、一度だけコクリと頷いてくれた。
「約束だからねぇ」
ヒラヒラと手を振りながら、その場を離れる。
「エイルの方は……」
見れば、エイルは一定の距離を維持しながら骸骨巨人の周囲を動き回り、時折矢を当てて注意を引き付けていた。
軽業師よろしくピョンピョンと身軽に跳び跳ねたり、連続で宙返り―――その動きは必要なのか?―――を決めたりもしている。
体操選手も真っ青な運動神経だ。
そんなエイルの動きに骸骨巨人は全く追い付けずに翻弄されていた。
「ものっそ余裕ありそうだな」
彼女の心配をする必要は無さそうなので、俺は自分の役目を果たすとしよう。
力尽くでローリエを止めるという選択肢は最初から頭にない。そもそも不可能だ。
普段のローリエにも勝てないような俺が、暴走した彼女の相手など務まる筈もない。
普通に死ねるわ。
ではいったいどうやってとなる訳だが、一応考えはある。
もしもこれで駄目だった場合、俺にはもうお手上げである。
お願いだから止まってくれますようにと内心で祈りながら大きく息を吸い、ローリエの背に向けて―――。
「あーッ、ミシェルが起きたーッ!」
―――大嘘を吐いてみた。
その効果は覿面で、ローリエは剣を振り上げた姿勢はそのままに「ミシェル!?」と首だけをこちらに向けてきた。
ぐりんと頸椎が心配になる勢いで振り返ってきたローリエに俺は素早く追い付き、その横っ面に容赦なくビンタをお見舞いしてやった。
ホボゥと女子として如何なものかと思う悲鳴を上げてぶっ倒れるローリエ。
「マ、マスミさん?」
「よぉ、このお騒がせ暴走娘が」
ぶたれた頬を押さえながら呆然と俺を見上げてくるローリエ。
ついでに何故か髑髏騎士までも中途半端に大盾を構えたまま固まっていた。
俺にとっては好都合なので、そのままにしておく。
「目ぇ覚めたか? だったら早いとこ起きて、エイルのお手伝いに行きなさい」
「ご、ごめんなさい。ミシェルが、あ、あんなに酷い、傷を……わ、わたし―――ッ」
「謝るのも反省するのも後回し。心配するなとは言わんけど、取り敢えずミシェルは大丈夫だから。ローリエはエイルと協力して、あの骸骨巨人をなんとかしてくれ。俺は―――」
剣鉈の柄をしっかりと握り、革鞘から一気に引き抜く。
「髑髏騎士の相手をする」
構えた剣鉈の切っ先を髑髏騎士へと向ける。
それ対して髑髏騎士は反応らしい反応を示さなかった。
「でも、マスミさん……」
「無茶しようなんて考えちゃいないよ」
それでも誰かが時間を稼がなければならない。
「俺じゃ骸骨巨人相手にまともなダメージを与えられないけど、ローリエとエイルになら出来る。ミシェルがダウンしてる今は二人が頼りなんだ。あとは隙を見て逃げる。以上」
「で、でも、マスミさん一人じゃ……」
「うっせぇなッ、ガタガタ言ってんじゃねぇよ! 時間がねぇんだよ! 切羽詰まってんだからさっさと行けや、この暴走娘! テメェも乳揉んだろかゴラァ!」
というか揉ませて下さいお願いします。
ごめんなさ~いと謝りながら―――こっちは嬉しそうじゃない―――慌てて駆け出し、エイルの応援に向かうローリエ。既視感。
上手いことローリエの暴走が収まってくれたことにホッと一安心。
「待っててくれるなんて、随分とお優しいこって」
物言わぬ髑髏騎士へ皮肉をぶつけてみるも、当然のように応えはない。
空の眼窩からは一切の感情が窺えなかった。
警戒されているのか、はたまた侮られているのか。
「まぁ、どうせ後者だわな」
ローリエに比べれば、さぞ与し易い相手と思われているのだろう。
攻め掛かってこないのが、何よりの証拠だ。
正直、ここまであからさまに舐められると……本気で腹が立ってくる。
「上等だよ。骨野郎」
思えばこの異世界、最初から俺に対して優しくなかったが、今回は極め付けだ。
馬鹿にしやがって。追い詰められれぱ、鼠だって猫に噛み付くんだぞ。
人間に出来ない訳があるか。
剣鉈を右手に構えたまま、左手で愛用のサバイバルナイフを引き抜き、眼前に翳す。
「舐めんじゃねぇぞ、異世界」
―――弱者なりの意地ってものを見せてやるよ。
お読みいただきありがとうございます。




