第17話 見付け難いと思ったら
前回のお話……真澄くんリバース
(真 ゜Д゜)オロロロロロ
(ミ ゜Д゜)きっちゃない
数度の休憩と一度の野営を挟み、爆走する荷馬車に揺られ続け、その度にえづき続けた翌日の朝。
「つ、着いた……」
俺達は遺跡―――古代の砦に到着した。
ほんの数日前に調査したり、倒壊蟻の巣穴を潰したり、精霊さんと出会ったりしたばかりなのだが、まさかこんなに早く戻ることになるとは思わなかった。
「……生きているって素晴らしい」
そしてこんなにも感慨深いのは何故だろう。
ああ、空気が美味い。
「もう吐くなよ?」
「もう吐くモンがねぇよ」
胃の中はすっかり空っぽ。
食べると吐いてしまうので、野営中も水しか飲んでいないのだ。
僅か一晩で随分とやつれた気がする。
「まったく、ちょっと飛ばしたくらいでこの体たらく。マスミよ、幾ら馬車が苦手とはいえ情けないぞ」
「アレをちょっとと言えてしまうお前さんの気が知れん」
文明の利器―――自動車が如何に素晴らしい乗り物であるかを懇切丁寧に説明してやりたい。
それがどうしたと言い返されて終わりそうだけど……。
意識を切り替えるように頭を振り、何度か深呼吸をする。
昨日の昼食以降、固形物を口にしていない。
何かしら腹の中に入れた方が良いのだろうけど、生憎と食欲が欠片も湧いてこないのだ。
「でも何か食わねば」
〈顕能〉を発動し、収納してある荷物の中から適当に飴を選択。
包みを開け、取り出した黄色の飴玉を口の中に入れ、舌の上でコロコロと転がす。
甘酸っぱい。レモン味だ。
碌にカロリー摂取をしていなかった身体に糖分が染み渡り、僅かながらも活力が戻ってきた。
「マスミくぅん、何食べてるの~?」
「見ての通り、飴でござんす」
「美味しそ~。ねぇねぇ、わたしにもちょうだ~い」
「はいどうぞ」
空間収納から飴をもう一個取り出し、エイルに手渡す。
受け取った飴の包みを器用に外し、取り出した緑色の飴玉―――メロン味―――を口に含むエイル。
「ん~、甘~い。果実の味がする~」
飴を口にしたエイルは、普段よりも更に一段目尻を下げて幸せそうに息を漏らした。
「むっ、私も欲しいぞ」
「わたしも食べたいです」
「はいはい」
女性陣の求めに応じるがまま飴を差し出す俺。
ミシェルとローリエには、それぞれ赤と橙―――イチゴ味とオレンジ味―――の飴玉をプレゼント。
「「甘~い」」
直ぐ様、包みを開けて飴玉を口にしたミシェルとローリエは、エイル同様幸せそうに息を漏らした。
可愛らしい声出しやがって。
しかしそこまで美味いか?
何の変哲もない安物の飴なのだが。
「異世界に飴ってないの?」
「あるにはあるが、これ程の品を購入するとしたらそれなりに値が張るな」
「前にも一度お話しした気がしますけど、辺境において砂糖は貴重ですからねぇ」
そんなことも言ってたね。
曰く、あまり裕福ではない庶民が口にする甘味といったら、もっぱら水飴か甘葛、あるいは果物―――比較的安価で購入出来る品種に限る―――くらいだそうだ。
甘葛って、蔓性の植物から採取した樹液を煮詰めたものだっけ?
食べたことないから詳しくは知らんけど。
「ちょっとは元気も出たし、仕事するか」
「うむ、あの不埒者共を懲らしめてやらねば」
「問題は、本当に彼らが遺跡に来ているかどうかですけど……」
今現在、俺達は砦から少し離れ、数日前に野営地として利用したのと同じ場所にいる。
調査を終えて撤収する際、即席で組んだ竃は解体し、土を被せた筈なのだが……。
「明らかに誰か利用した痕跡があるもんな」
「きっと居るの~」
若干焦げ臭い。
あのゴロツキ共かどうかは判然としないけど、誰かしら遺跡内かその周辺にいるのは間違いないだろう。
「まぁ、十中八九あの連中だよな」
宿場町のギルドから出された依頼は『遺跡の再調査』……というのはあくまでも名目。
実際にはゴロツキ共による盗掘の未然防止。または身柄確保。
盗掘の事実が確認された場合には、身柄を拘束した上でギルドまで連行してほしい。
当然、拘束に際しては相手からの抵抗も予想されることから、相応の実力を行使しても何ら問題はないが、可能な限り相手方への外傷は少なくしてほしい。
以上がギルドからの指示というかお願いなのだが、ゴロツキ共に絡まれていた受付嬢からは……。
「もう本当に可能な限りで構いませんので、おもいっっっっっっきり殺っちゃって下さい」
「いや、アンタ殺っちゃって言うとるがな」
「死んでなければ別に問題ありません。死んでいたところで誰も困りませんし」
「心の声が漏れとるぞ」
という全く有り難みのないお言葉をいただいた。
この時の受付嬢は、笑顔のまま額に青筋を浮かべるという器用なことをしていた。
彼女も我慢の限界だったのだろう。くわばらくわばら。
「連中が砦に向かった前提で動くとして、問題は何処から探すかだよな」
出土している部分だけを見ても結構な範囲だ。
闇雲に探して時間を掛けていては、むざむざ盗掘を許すことになってしまう。
「悩んでいても仕方あるまい。早く行こう」
「逃げられたら元も子もありませんからね」
「そりゃそうなんだけどね」
頭を悩ませる俺のことなどお構いなしにズンズンと砦に向かうミシェルとローリエ。
二人の足取りには迷いが感じられない。
その後ろをノロノロと付いて行く俺と妙に足元を気にしながら歩くエイル。
「どしたの?」
「ん~、ちょっとね~」
何がそんなに気になるのか、地面を時々ブーツの爪先で削ったり、ペシペシと掌で叩いたりしている。
この耳長娘さんは何をしているのやら。
行動だけを見れば、まるっきり子供だ。
「おい、二人共置いていくぞ」
「待ってくれ。ほれ、地面叩いてないでエイルも行くぞ」
「ん~、は〜い」
何処か納得いかないような不満気な声を上げながらも、即座に立ち上がり後を付いて来るエイル。
歩きながら「む~」と唸っているけど、本当にどうしたんだ?
エイルの様子に内心で首を捻りながらも、ミシェル達に続いて砦内に足を踏み入れる。
周囲を見渡したところで、数日前に調査をした時から何かが変わったようには見えず、残念ながらゴロツキ共の姿も確認出来なかった。
「やっぱもう建物に入った後か」
「片っ端から探すのか?」
「脳筋娘は黙っとけ」
相変わらず考えが足りていない脳筋娘―――しゃがみ込んで地面にのの字を書き始めた―――は放っておくとして、はてさて何処から手を付けたものか。
「マスミくぅん」
「ん?」
エイルが俺の名を呼びながら、腕を引っ張った。
「今度はどした?」
「あれ〜」
そう言ってエイルが指差したのは、砦内部に建造された中でも比較的小さな倉庫と思しき建物。
確か前回の調査では外を軽く検めた程度で、内部までは調べてなかった気がする。
外観からは特に異常らしいものは見当たらないけど……。
「あの倉庫がどうかしたの?」
「多分、あそこ~」
口調こそ自信無さげでありながらも、何故か確信の有りそうなエイル。
「なんで分かるの?」
「分かり難いけどぉ、地面に人が歩いたようなぁ、痕跡が有るの~」
「マジか」
さっき地面を調べてたのはそれか。
遊んでるのかと思った。スマン。
「あとぉ、なんだか変な感じがするの~」
「なんだそりゃ?」
「上手く言えないけどぉ、ちょっとだけ魔力も感じるの~。変な感じなの~」
自分でもその変な感じとやらの正体を掴み兼ねているのだろうエイルは、困ったように眉を顰め、頻りに首を傾げている。
「魔力、か」
エイル以外は誰も魔力を感知していないが、この砦は古代の魔道技術を導入して建造されたものだし、この地には精霊さんも暮らしている。
ただの気のせいで済ませるには早計か。
「エイルがそこまで言うなら、きっと何かあるんだろうな。ゴロツキ共の件もあるし、ここはいつも以上に注意して行くとしようかね」
なんて言いながら、倉庫を調べようと一歩前に踏み出した瞬間―――。
「たっ、助けてくれえぇぇぇッ!」
―――男の悲鳴と共に倉庫の壁が吹き飛んだ。
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