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第16話 揺れる車は酔い易い ~旅のお伴に酔い止め薬~

前回のお話……見詰めるチビ

(チ ゜Д゜)ジーッ

(真 ゜Д゜)……何やら嫌な予感が

 ガダンガダンゴドンゴドンと派手な揺れと音を立てながら、馬二頭牽きの馬車が駆けて行く。

 荷車に幌を取り付けただけの粗雑な馬車。

 駆ける道は満足に整備もされていない悪路。

 時折、石に乗り上げた片輪が跳ね上がって転倒しそうになるものの、そこは馬二頭分の馬力と御者の巧みな手綱捌きでカバーし、辛うじて転倒だけは避けていた。

 そんな危なげな走行を続ける馬車に乗った俺は―――。


「オロロロロロロ」


 ―――激しくえずいていた。

 轍に沿って撒き散らされていく吐瀉物。

 馬車内で吐いていないのがせめてもの救いか。

 この世界でも最低ランクの馬車―――荷馬車紛いの粗雑な仕様の馬車は、乗り心地が大層悪いということを覚えているだろうか。

 ゆっくり走らせても揺れは酷いし、座っていると尻が痛くなる。

 そんな馬車に乗って舗装の一つもされていない、本来なら道と呼ぶのも烏滸(おこ)がましいような悪路を走り続けたら―――それも爆走―――いったいどうなるのか。

 馬車に揺られ続け、三半規管と尻に多大なダメージを負った結果……。


「あっ、これ無理」


 胃の中のものを全部ぶちまけてしまった。

 酔い止め薬を事前に服用しておかなかった過去の自分に馬鹿野郎と言いたい。

 ……汚くてすみません。


「少しは落ち着きました?」


「大丈夫~?」


「……あんまりだいじょばない」


 出すモノが無くなってもえずきっぱなしの俺を心配し、先程からローリエとエイルが代わる代わる背中をさすってくれているのだ。優しい。


「……二人はなんで平気なの?」


「なんでと言われましても……」


「全然余裕~」


 酔っているのは俺だけか。

 パーティ唯一の男である俺だけが、車酔いならぬ馬車酔いに苛まれて嘔吐(ゲロ)っているこの現状。

 我ながら情けないことこの上ないが、今更どうにも出来ない。

 ミシェルに関しては、現在御者を担当中なので酔っている暇すらなかった。


「……求む、安全運転」


「急げと言ったのはマスミではないか!」


 相当神経を使いながら運転している所為か、かなりイライラしているご様子。

 弱々しい声で安全運転を要求しただけなのに怒鳴られた。


「……大声出さないで、色々と響くから」


「ならいちいち叫ばせるなッ!」


 理不尽。

 でもミシェルが言った通り、急いだ方がいいと告げたのは俺なので文句も言えない。

 黙々とこの不快感に耐えるしかないのだ。

 辛過ぎる。


「ミシェルちゃぁん、そんなに怒ったらぁ、可哀想なの~」


「私だって必死なんだ!」


 やんわりとエイルが諌めるも、それにすらミシェルは怒鳴り返した。

 止めてぇ、私のために争わないでぇ。

 ガタンッとまたも馬車の片輪が跳ねた。うぷっ。

 ずっと背中をさすってくれているローリエの手の温もりが身に沁みる。

 何故、俺達というか俺が気持ち悪さに耐えてまで、ボロ馬車を急がせているのか。

 それは数時間前に遡る。

 宿場町のギルドに遺跡調査の報告を終えた俺達。

 ギルドの魔道工芸品による特殊な連絡手段を利用すれば、然して時間を要することもなく、王都のギルド本部に情報を伝達することが可能らしい。


「俺達はこれでお役御免になるの?」


「情報の精査もありますので、もう数日は宿場町への滞在をお願いします。本部からの返答次第では、別依頼として調査班への同行や護衛をしていただく場合もありますし」


 報酬の支払いも本部からの返答を待ってからになりますので、と説明してくれる受付嬢。

 ならば仕方ない。ギルド本部からの返答が来るまでゆっくりしようじゃないかと、その日は滞在先の宿屋を伝えてからギルドを後にしたのだ。

 明けて翌日、俺達は宿の食堂でまったりしていた。

 時刻はとっくに正午を回り、四人で卓を囲みながら昼食後のお茶―――ローリエが淹れてくれた―――を堪能していた。

 銘柄までは知らんが、一応紅茶らしいそのお茶を啜り、さて今日は何をしようかしらんと話し合っていたら、いきなり宿のスイングドアが押し開けられた。

 駆け込んで来たのは、俺よりも年嵩に見えるギルドの男性職員。

 彼は肩で息をしながら食堂内を見回し……。


「すみません、こちらに『アラサー警備員と愉快な美女達』のパーティの方はいらっしゃいますか!?」


 と大声で訊ねてきた。

 宿の従業員や他の宿泊客は全員がなんだそりゃという疑問を頭上に浮かべている。


「……マスミよ、ちょっと質問がある」


「……なんでしょうか?」


 出来れば聞かないでほしい。


「『アラサー警備員と愉快な美女達』とはなんだ?」


「……何故俺に聞く?」


「さて、何故だろうな。なんとなくお前なら知っていそうだと思っただけだ」


 ―――よくお分かりで。

 冒険者パーティ『アラサー警備員と愉快な美女達』。

 言うまでもなく、俺が悪ふざけ全開で考えたパーティ名である。

 我ながらセンスも何もあったものではない。

 これまで俺達は、パーティ名の登録をせずに活動してきた。

 ミシェルとローリエが二人だけで活動していた頃も登録はしていなかったらしい。

 ちなみに無登録で依頼を受注した場合、受注した冒険者達の名前をとって、◯◯と◯◯のパーティという風に仮登録される。

 別に登録していないからといって何か罰則がある訳でもないし、活動する上では特に差し支えもないのだが、現在の俺達は四人で活動中。

 この場合は、ミシェルとローリエとエイルとマスミのパーティという名称で仮登録されてしまう。

 長ったらしい上に最早誰のパーティなのかも分からないので、急遽パーティ名を考えた次第である。


「せめて相談してからにしろ。そしてもっとまともなパーティ名は考え付かなかったのか?」


「仮登録なんだからそんなに目くじら立てるなよ」


「あと愉快ってどういう意味だ?」


 言葉通りの意味ですが?


「わたし達ぃ、愉快な美女~」


 何かしらツボに入ったのか、自分自身を指差しながらケラケラと可笑しそうに笑うエイル。


「美女だなんて、そんな……」


 ローリエは赤くなった頬を押さえながら、恥ずかしそうに顔を伏せている。

 何故このタイミングで照れる。

 そんなローリエを不機嫌そうなジト目で見ているミシェル。


「イチャイチャするな」


「してねぇよ」


 今の何処にイチャイチャの要素があったというのか。


「すみません、こちらに『アラサー警備員と愉快な―――』」


「あっ、自分達です」


 連呼するのは止めてほしい。

 お前らかよとこちらに目を向けてくる従業員と宿泊客。こっち見んな。

 乱れた息を整える暇も無く、男性職員は俺達の方に近寄って来た。。


「とっ、突然申し訳ありません。早急に確認しなければならないことがありまして」


「なんか報告に不備でもありました?」


 遺跡調査の結果については昨日の内に報告済みだし、発見された物品についても残らず提出している。

 流石に精霊さんのことは伝えていない―――そもそも女性陣は知らない―――けど、それ以外で何か報告し忘れてることなんてあったかね?


「いえ、報告内容には問題ありませんでした。と言いますか、皆さんに直接関わりがあるかどうかも不明なのですが……」


「んん?」


 なんだそりゃ?

 女性陣も職員の言葉に首を傾げている。


「昨日、ギルドで騒いでいた四人組の冒険者のことは覚えていますか?」


 騒いでいた四人組といったら……あのゴロツキ共のことか。

 あいつらまた何かやらかしたのか?


「あの連中のことならよく覚えているぞ」


「出発前にも揉めましたからねぇ」


「成敗~」


 女性陣も得心がいったようで、あいつらのことかと頷いていた。


「あのゴロツキ共がどうかしたんですか?」


「実は昨日ギルドを出た後から、彼らの姿が見えないんです」


 見えない?


「町を出たということではないのか?」


「別に問題ないのでは?」


「迷惑してたんじゃないの~?」


 悪さばかりを繰り返し、町の住民達から煙たがられていた輩が居なくなったというだけの話だ。

 普通なら喜ばしい限りで、態々ギルド職員が息を切らせてまで伝えに来るような情報とも思えんが……。


「本来なら特に問題はないのですが」


「ですが?」


 周囲に聞かれることを危惧してか、職員は声を潜めながら話し出した。


「本日、警邏の兵士から連絡を受けて判明したのですが、昨夜に四人組の冒険者らしき男達が町を出て行くのを確認したそうです。荷物を抱えていたそうなので、おそらく町に戻るつもりはないものと思われます」


「ほいほい」


「問題は彼らが町を出た後です。兵士の報告が正しければ、彼らが向かったのは先日、皆さんが調査された遺跡の方角なのです」


「……なんですと?」


 ―――テメェら遺跡調査に行ってたのか。


 ふと、小男が俺に対して吐いた台詞が思い起こされた。

 遺跡の方角―――未開拓地域が広がる荒野。

 依頼で向かうのなら理解も出来るが、そうでなかった場合……。


「それのいったい何が問題なのだ?」


「もしかして……」


「あらあら~?」


 気付いていないミシェル(おバカ)も一人いるが、今は無視。

 もしも連中が本当に遺跡に向かったのだとすれば、考えられるのは……。 


「盗掘か」


「その可能性が高いものと思われます」


 本当にどうしようもない連中だな。

 地球でも異世界でも盗掘は犯罪。

 今のあいつらには金が無い―――巻き上げたのは俺だけど―――ので、お宝を入手して一発逆転したい気持ちも理解出来るものの、流石に犯罪はイカンだろうよ。


「我々の杞憂であればいいのですが、万が一にも調査団が入る前に遺跡を荒らされる訳にはいきません。皆さんには再度遺跡に向かっていただきたいのです」


「それは依頼ですか?」


「はい、ギルドからの指名依頼となります」


 仕事であるならやらざるを得まい。

 女性陣も頷いて―――ミシェルだけは理解していなさそう―――いる。


「その依頼、引き受けます」


「よろしくお願いします。『アラサー警備員と―――』」


「それ以上言わないで」


 本当に恥ずかしいから。

 そんなやり取りがあり、ネーテからレンタルしていた馬車に馬を一頭追加した二頭引きで、ここまで爆走してきたのである。

 空間収納の〈顕能(スキル)〉のおかげで、出発準備にそれほど手間取らなかったのは幸いだが……。


「問題は時間だな」


 ゴロツキ共が本当に昨夜の内に街を出たのだとすれば、既に半日以上も出遅れたことになる。

 如何に連中が徒歩でこちらが馬車だとしても、追い付けるかどうかは微妙なところだ。

 馬だって生き物。休まず永遠に走り続けられる訳ではないのだ。


「一旦休憩しよう。このままでは馬が保たない」


 定期的に休憩を挟まなければ、すぐに潰れてしまう。

 何よりも最大の問題は―――。


「大丈夫~?」


「……全然だいじょばない」


 ―――俺の体調が保つかどうかだな。オエッ。

お読みいただきありがとうございます。


おのれ年末……。

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