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第14話 強化イベント的なもの

前回のお話……羊羹にハマる精霊さん。

(精/・ω・)/羊羹美味し!

(真 ゜Д゜)……どんだけ食うねん

 使い慣れたナイフを構え、縦に横にと素振りをする。

 その度にヒュンヒュン、ヒュンヒュンと風を切る音が響く。


「うーむ」


 更に同じ動作を二度三度と繰り返した後、持っていたナイフを革鞘に納めた。


「ふーむ」


 何度か掌を握り込んだり、その場でピョンピョンと跳ねてみる。

 いつも通りに身体は動く。

 特に違和感も異常も感じられない。


「何かが変わったようには思えんけど……」


 精霊さんの協力によって、改めて異世界に適応した我が肉体だが、今のところ大きな変化は実感出来なかった。

 まぁ、精霊さんからも劇的な変化はないと事前に言われていたので、特に残念だとは思わないけど。

 夜明け前のあの出会いから既に二日。

 精霊さんと一旦お別れした俺達―――といっても女性陣は就寝中だった―――は件の遺跡から撤収し、宿場町に戻って来た。

 今俺が居るのは、前回泊まったのとは別の宿屋の裏手にある広場のようなスペース。

 そこで一人ナイフを振り回していたのだ。

 字面だけを見るとただの危険人物だが、これにはちゃんと理由がある。


「実際に使ってみないことには、本当に強化されてんのかどうかも判断付かんしなぁ」


 精霊さんと出会った日。

 俺は肉体の再調整と魔力操作の簡単なレクチャー以外に、もう一つだけ精霊さんから施しを受けたのだ。



 ―――二日前―――



 体感で約二時間、精霊さんから魔力操作についてのレクチャーを受けた。

 時の流れを遅らせているらしいので、実際にどれだけの時間が経過しているのかは不明だが、これ以上は精霊さんの力が保たないとのこと。

 時間が足りなかった所為か、はたまた俺にセンスが無いのが原因か、残念ながら魔力操作を習得するまでには至らなかった。

 地面にどっかり腰を下ろして深々と息を吐く。

 慣れないことに取り組んだ反動か、妙にくたびれてしまった。


『取り敢えずはこんなものかのう』


「あー、疲れたぁ。俺本当に魔力なんか扱えるようになるの?」


『言うたであろう、お主次第じゃと。そもそも碌に鍛練も積んでおらん内から使える筈もなかろうに』


「ですよねー」


 漫画やラノベだと主人公達は簡単に習得していたので、俺もイケるかと淡い期待を抱いてしまった。

 現実はいつだって厳しい。


『それでも筋は悪くないと思うぞ。このまま鍛練を続ければ、お主ならば遠からず使えるようになるじゃろう』


 などと言いながら、勝手に羊羮を食べ出す精霊さん。

 これで八棹目。

 あの細い身体でよく食えるものだ。

 モニュモニュと美味そうに羊羮を口にするその姿からは、威厳など欠片も感じられず、外見相応の少女にしか見えなかった。

 本当に元神様―――土地神と呼ばれていたのか甚だ疑わしい。


『むっ? マスミよ、また失礼なことを考えておらぬか?』


「なんのことやらさっぱり分かりませんな」


 威厳はないくせに勘だけは鋭い。

 羊羹を食べ終え、満足気に吐息を漏らす精霊さん。


『……至福じゃ』


「ようござんしたねぇ」


 羊羹って結構高カロリーなんだぞ?

 俺には知る由もないが、過剰なカロリー摂取が霊的存在である精霊に果たしてどのような影響を及ぼすのか。


『ふぅむ、肉体の再調整と魔力操作の手解きだけでは、これだけ美味い供物を捧げてくれたマスミに対して申し訳がないのう』


 勝手に食っても捧げたことになるのだろうか?


『まだ力は残っておるし……よし、マスミよ。武器を出すのじゃ』


「武器?」


『うむ、出来ればお主の念がたっぷりと籠められた異界の品がよいの』


 念……思い入れのある品ってことでいいのかね?

 精霊さんはいったい何をするつもりなのだろう。

 皆目見当もつかんが、取り敢えず言われた通りにしてみる。

 帯革の腰裏から鞘ごと外したナイフを地面の上に置く。

 更に空間収納からタクティカルライト、双眼鏡、スリングショット等々を取り出しては置いていく。

 最後に、相変わらず漆黒のお肌が素敵なエアライフル(静音)とサブウエポンとして共に―――サバゲーの―――戦場を駆け抜けた自動式拳銃(オートマチック)型のエアガン二丁を取り出す。


「名前はそれぞれミキちゃんとサキちゃんだ」


『何の話じゃ?』


 ―――二丁拳銃(双子姉妹)なんです。


『どれどれ……やはり見慣れぬ物が多いのう』


 僅かに目を細め、俺が取り出した品々をジッと見詰める精霊さん。

 水晶の如きその瞳で、彼女はいったい何を見定めようというのか。

 地面の上に並べられた品の中から、精霊さんはおもむろにナイフを指差した。


『これとこれ、あとはこれと……これらもじゃな。他は片付けてよいぞ』


 ナイフ以外に精霊さんが選んだのは―――タクティカルライト、エアライフル(静音)エアガン二丁(双子姉妹)

 片付けてもいいと仰ったのてま、他の品は纏めて空間収納へ突っ込んでおいた。


「何すんの?」


 出来れば娘達に変なことはしないでほしい。


『ほんの心付けじゃよ。まぁ、見ておれ』


 言うが早いか、精霊さんの右手の人差し指に淡い光が灯り出した。おぉう、ファンタジー。

 地面の上に並べられた品に光の灯った指先を向け、何かしらの文字を書くように動かしていく。

 指を滑らせる度、中空に引かれていく光の軌跡。

 しばらくすると精霊さんの指先に灯っていた光が徐々に薄れていき、それと呼応するかのように地面の上の品から同色の光が漏れ出した。


「なんだ、こりゃ……」


 まるで鼓動を刻むように、ゆっくりと静かに明滅を繰り返す品々。

 その光景から目を離すことが出来ず、俺は息を呑んだ。


『仕舞いじゃ』


 精霊さんがパチンッと指を鳴らすと、中空に小さな光の玉が出現した。

 数は全部で五。大きさはどれもビー玉くらい。

 光の玉はフワフワと揺蕩うように地面へ近付き、それぞれ一つずつナイフ、タクティカルライト、エアライフル(静音)エアガン二丁(双子姉妹)の表面に触れ、そのまま内部に染み込むようにして消えていった。

 それから十秒も経たない内に発光現象は治まり、俺は詰めていた息を吐き出した。


「っあー、何がなんなのやら……」


『言うたであろう。心付けじゃと』


 いつの間にやら九棹目の羊羹を食べている精霊さん。

 最早、彼女に遠慮はないらしい。


『んぐっ。我の力の一部を注ぎ込んだ後、それぞれ一柱ずつ素精霊(そせいれい)を宿らせたのじゃ』


「素精霊ってなんぞ?」


『我ら精霊の始まりの姿。生まれたばかりで力も意思も皆無の状態じゃ』


「そんなもん宿らせてどうすんのよ?」


『まあ聞け。素精霊を宿したことによって、これらの品は疑似的ながらも〈精霊器(せいれいき)〉となった』


 〈精霊器〉―――精霊の力あるいは精霊そのものを宿した特殊な器具の総称。

 器具の種類や形状は問わないものの、持ち主の強い思い、即ち念の籠った品でなければ、精霊の力を宿す器足り得ない……らしい。


『あとは持ち主であるマスミの魔力を注ぎ続ければ、いずれこれらの品は進化する。単純に強化されるのか、はたまた何か特殊な能力を発現するのかは、今の時点ではなんとも言えぬがの』


 我自身が大して強くない故、あまり期待はせんでくれと言って肩を竦める精霊さん。

 ナイフを手に取った俺は恐る恐る鞘から引き抜き、その刃を露わにする。

 少なくとも見た目に変化はない。


『まぁ、今の時点でも多少は強化されておる筈じゃよ』


「ありがとう。なんか悪いね、色々してもらっちゃって」


『気にせずともよい。我も美味なる供物を捧げてもらったし、久方振りに人と話せて楽しかった。さて、そろそろ引っ込むとするかの』


「もう行っちゃうのか?」


『うむ、近くに寄ったらまた顔を出すがよい。その時には、是非ともヨーカンを供物として捧げてほしいのう。というか捧げろ』


「余ってたらね」


 自分で食うかもしれんし。


『食べるな。残せ。ではなマスミ、息災での』


「精霊さんもね」


 現れた時とは反対に、まるで空間に溶け込んでいくかのように精霊さんは姿を消した。

 俺はヒラヒラと手を振って、彼女を見送った。

 また一つ不思議な体験をしてしまった。ファンタジー世界舐めてたわ。


「こいつらが進化するねぇ。いったいどんな風に変わるのやら」


 期待と不安を半々に抱きながら、俺はナイフ以外の品を空間収納の中にしまい込んだ。

 それから間もなく女性陣が起床し、眠そうな顔でテントから出て来る。

 精霊さんが居なくなったので、時間の流れも元に戻ったようだ。


「おはようさん」


「おはよう……ふぁぁ」


「おあよ、ございまふ……」


「お~~は~~よ~~」


 大口を開けて欠伸をするミシェル。女子として如何なものかと思うぞ。

 ローリエは目蓋が半分落ちている。まだ眠いのね。

 エイルに関しては間延びし過ぎてて、聞き取り辛いことこの上ない。

 木桶を取り出し、中に水を注いでやる。顔でも洗いたまえ。


「……何やら話し声が聞こえた気がしたのだが、誰か居たのか?」


「うんにゃ誰も」


 精霊さんとの出会いについて、この場では敢えて語らないことにした。

 またこの場所に来た時、精霊さんを紹介して女性陣を驚かせてやろう。

 そんな子供のような企みを胸に抱きながら、俺は朝食の準備に取り掛かったのだが……。


「マスミさん、それなんですか?」


「……あっ」


 片付け忘れていた羊羹の最後の一棹をローリエに発見されてしまった。

 この後の展開がどうなったかなんて、態々語るまでもあるまい。

 いつだって甘味は女性を狂わせるのだよ。

女の子が美味しそうにご飯を食べる姿を見るのが好きな作者です。


お読みいただきありがとうございます。

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