第12話 かつては神と呼ばれたそうな
前回のお話……神(?)が現れた。
『私は……神です』
―――神を自称する謎の美少女が現れた。
俺はいったいどうすればいいのだろう。
何もない空間から突然現れたのだ。
目の前の少女が尋常な存在ではないということだけはよく分かる。
分かるのだが、それにしたって神ときたか。
果たして少女が口にした言葉は事実か否か。
冗談ならば笑い話で済む。
だが本気で言っているとしたらどうだろう。
少女が自分のことを本気で神だと思い込んでいる不思議ちゃんだとした場合、色々とエラいことになるぞ。
主に少女の脳内が……。
先程までの緊張感なんぞ、何処ぞに吹っ飛んでしまった。
顔には出さず、俺が胸中で密かに懊悩していると……。
『むぅ、おかしいのう』
コテンと可愛らしく首を傾げた少女が、怪訝そうに眉を顰めた。
最早この状況そのものがおかしい。
『普通、我のように可憐な乙女が神を名乗れば、大抵の男は平伏して崇めるものだと聞いていたのじゃが……』
どうやら冗談だったらしい。
それにしても可憐な乙女って……。
「自分で言うかね」
『我、可憐であろう?』
さっきとは反対の方に首を傾けた少女がこちらを見上げてきた。
水晶のように綺麗な瞳が如何にも自信有りげに輝いている。
成程。自分で言うだけのことはあるな。
その姿は見目麗しく、可憐であるのは紛れもない事実だが、敢えて言わせてもらおう。
「自分で言ってはいけない」
『何故じゃ?』
「簡単なことだ。有り難みが減る」
確かにこの少女は可憐だ。
それも滅多にお目に掛かれないレベルの美少女だ。
だからこそ勿体無いと思ってしまう。
「君が美少女であるのは認める。その事実を自ら口にしたくなる気持ちもよく分かる」
『うむ、そうであろうそうであろう』
嬉しそうに何度も頷く少女に俺は敢えて待ったを告げた。
「ところがどっこい。世の男の大半は無闇矢鱈とわたし可愛いでしょ……なんてアピールする女の子よりも、可愛いんだけど必要以上にそういったアピールをしない。あるいは自分の可愛さに無自覚な女の子の方を好むもんなのよ」
『なんと……!』
「まあ、君くらいの美少女なら多少アピールをしても許されるだろうが、人によっては非常に鼻に付く行為なので注意が必要だな」
奥ゆかしさってとっても大事。
俺の説明を聞いた少女は、眉根を寄せながら『むむむっ』と唸っている。
『成程そうであったか。勉強になったぞ、異界の民よ。感謝する』
「どういたしまして」
理解してもらえたようで助かった。
得体の知れない存在ではあるものの、存外素直な性格をしているようで安心した。
「でだ……結局、神様じゃないの?」
『うむ、神ではない』
「神ではないなら、何者だい?」
『教えるのは構わぬが、先にその手に持った物騒な物を仕舞ってはくれぬか?』
「おっとこりゃ失礼」
構えたままにしていた物騒な物を腰裏の鞘に納める。
こんなナイフ一本で目の前の少女をどうにか出来るとも思えんけど。
「取り敢えず自己紹介させてもらおうかね。俺の名前は深見真澄。ご存知の通り異界の民―――別の世界から迷い込んできた〈異邦人〉だよ」
『フカミマスミ……変わった名じゃのう』
「深見が姓で、真澄が名前」
『ではマスミと呼ばせてもらおう。我はこの地に生まれし名も無き精霊。神ではないが、かつては神と崇められていた存在じゃ』
昔のことじゃがのと言ってカラカラと笑う少女……の姿をした精霊。
しかし神様の次は精霊ときたか。どんどんファンタジー色が濃くなって……そういえば元々ファンタジー世界だったな。
「精霊っていったら、地水火風の四大元素とかだっけ?」
『それもあるが、それだけでもないかの』
―――精霊とは、大地や大気といった自然に宿る生命が個としての意思を持ち、形を得た存在。
始めの内は意思も薄弱だが、年月を得ることによって徐々に明瞭となり、何れは明確な人格が形成される。
人間のような寿命は無く、その性質や力の大小には個体差が有るらしい。
自然界を司る力の発現そのものである精霊族は、この世界においても数少ない完全な霊的存在なのでうんたらかんたら。
だから専門的なことを言われてもよく分からんて。
便宜上、彼女のことは精霊さんと呼ばせてもらおう。
「精霊族って自然発生すんの?」
『始祖たる神霊か、それに連なる者を除いて基本は自然発生じゃな』
「精霊さんも自然発生?」
『うむ、この世に生まれたのが千三百年程前。この姿を得たのが八百、九百……はて、千年前じゃったかの?』
「千年? マジで?」
何それ超ババ―――。
『何やら失礼なことを考えておらぬか?』
「女性は幾つになっても女性だと思うんだ」
―――心を読まないで下さい。
ずっと立ち話をしているのもなんだったので、竃を挟んで座ることにした。
「コーヒー飲む? ってか精霊って飲み食い出来んの?」
『可能じゃ。生命を維持する上では必要ないがの。あとコーヒーとはなんじゃ?』
本来は肉体を持たない精霊だが、ある程度の力を持つ個体なら、一時的に受肉して仮の肉体を得ることが出来るそうだ。便利なもんだねぇ。
断熱性に優れたステンレスのマグカップにコーヒーを注ぎ、精霊さんに差し出す。
ブラックのままだけど、飲めるかな?
「ほい、熱いから気を付けてね」
『馳走になる。ほぅ、嗅いだことのない香りじゃな』
両手でマグカップを持った精霊さんは、コーヒー独特の香気を愉しんだ後、ゆっくりとカップを傾けてコーヒーを一口飲んだ。
それからすぐに顔を顰めて『……苦い』と告げた。
涙目になりながら小さく舌を出すその姿を見て、ちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
努めて表情が変わらないように意識しながら、ミルクと砂糖を多めに入れて上げた。
色の変わったコーヒーを一舐めすると今度はニッコリ笑って『甘い。これなら飲める』と実に美味そうにチビチビと飲み始めた。
……なんだろう、この可愛い生き物。お持ち帰りしたい。
思考が犯罪染みてきた。イカンイカン。
自分を落ち着かせる意味も込めてコーヒーを啜る。
ズズズッ、苦い。
「そういえば昔は崇められてたって言ってたけど、なんかやってたの?」
『そう大したことではないがの。昔はこの辺りにも人が住んでおったのじゃよ』
昔―――といっても千年近く前―――今のような荒野ではなく、それなりに自然の多い土地が広がっていたようで、小さいながらも人が暮らす集落が幾つかあったらしい。
『あの頃は、今のような人に似た姿を得たばかりで、精神的にもまだまだ幼かったからのう。戯れで人前に出てみたのじゃ』
その結果、精霊さんの見目麗しい姿に心奪われた集落の住民は、精霊さんをこの土地の神様と勘違いし、勝手に崇めるようになったのだとか。
「……話盛ってない?」
『失敬な。嘘ではないぞ』
崇められて気を良くした精霊さんも乗り気となり、この地の土地神として集落の生活を見守ることにしたそうだ。
『一応、魔物が近付き難いよう結界を張ったり、作物が良く育つよう大地に栄養を与えたり、住民達が健やかに暮らせるよう加護を与えたりもしたのじゃぞ? じゃが我が居着いてから五十年も経たぬ内に―――』
―――戦争が起きた。
敵国からの侵略を受け、集落とそこに暮らす住民達は全滅の憂き目に遭った。
俺達が調査した砦は、その当時に敵国が建造したものらしい。
「守ってやれなかったの?」
『精霊とて万能ではない。長く生きてこそおるが、我の力はそれ程大きなものではない。信仰してくれた民も集落も失ったことで更に減衰してしまった』
そう言って、自嘲するような薄笑いを浮かべる精霊さん。
美少女には似つかわしくない表情だ。
「そっか。知らんこととはいえ、悪かったね」
『構わぬよ。それ以来、守るべき民を失った我は、次元の狭間に引き籠っておるという訳じゃ。この辺りの土地も、我が引き籠っている内にすっかり荒れ果ててしもうた』
ますます衰えていく一方じゃと肩を竦める精霊さん。
軽い感じで喋っているけど、自然から生まれた精霊にとって土地が荒れるというのは非常にマズい事態なのでは?
『もう五百年近くは経つか。一度だけ、マスミ以外の異界の民と会ったことがあるのじゃ。その際に感じたものと似たような気配を感じたものじゃから、こうして出てきたのじゃよ。我の方はこんなところかの』
「んじゃ次は俺の番か。つっても本当に突然迷い込んだだけだから、大して面白くもないんだけど」
『どれ、視せてみよ』
視せる?
内心で首を捻っていると、精霊さんは俺の額に掌を押し当て、両目を閉じた。
柔らかな感触こそ伝わってくるものの、体温らしきものは感じられなかった。
熱いのか冷たいのかもよく分からず、何とも形容し難い感覚に耐えること数分。
目蓋をゆっくりと上げた精霊さんが、ようやく掌を離してくれた。
『成程の』
「今のでなんか分かったの?」
『うむ、お主の記憶を視せてもらった』
「記憶って……凄ぇな。そんなこと出来るんだ」
『腐っても精霊の一柱じゃからの。しかし、お主も随分苦労したようじゃな』
言われて、この世界に迷い込んでからの出来事を思い返してみた。
転移早々ゴブリンに襲われ、その夜や翌日には群れと戦り合う羽目になった。
ネーテに到着してからも試験で手首を折られたり、森で犬の群れに襲われたり、馬鹿デカい犬に殺され掛けたりした。
その後も猪に追われたり、昨日は蟻の群れに襲われたり……。
「なんか襲われてばっかりな気がしてきた」
ちょっと泣けてくる。
精霊さんも不憫そうに俺を見ている。
止めて。もっと悲しくなるからそんな目で見ないで。
『ま、まぁなんじゃ、これから良いこともあるじゃろう……多分』
多分って言うな。
『それにしてもマスミよ。お主は生まれた世界でも随分と濃厚な日々を送っていたようじゃな』
「いやぁ、照れる」
『褒めておらん。ふむふむ、ケイビインなる仕事に就いておったのか。その前は……ジエイタイとはなんじゃ? レンジャー?』
「お国を守る仕事です」
俺、警備会社に入社する前は自衛官やってたんだ。
知らないって?
そりゃそうだろう。
だって言ってないもの。
次回、真澄くんの正体が明らかに?
お読みいただきありがとうございます。
ようやく落ち着いてきたので、更新頻度を上げられるように頑張ります。




