第9話 アリさんホイホイ
前回のお話……ボッチと馬。
(真´・ω・)気持ちええかい?
(馬 ゜Д゜)ヒヒーン
「さあ、今日から本格的に遺跡内部の調査だな」
「昨日の周辺探索では特に何も見当たりませんでしたからね」
「……」
「折角の遺跡調査だ。どうせなら何かしら面白い発見をしたいものだな」
「そうですね。やっぱり宝物とか見付けたいですねぇ」
「……その前に何か俺に言うことはないのか?」
ジト目で追求する俺からプイッと顔を逸らすミシェルとローリエ。
こいつらはぁ……!
「あははは~。マスミくぅん、ほっぺた真っ赤~」
何がそんなに面白いのか、俺の顔を指差し、腹を抱えながら声を上げて笑うエイル。
俺は全く面白くない。
憮然とした顔のままミシェル達を見続けるも、二人は頑なに俺と目を合わせようとしなかった。
エイルの指摘通り、今の俺の頬は左右とも真っ赤になっている。
別に恥ずかしいからではなく、単に腫れ上がっているだけだ。
おたふく風邪だってこんなに腫れたりしねぇぞというくらいパンパンに腫れ上がっており、今もヒリヒリと熱を持って微かな痛みを伝えてくる。
何故俺の顔がこんな状態になっているのか。
原因は今、目の前でそっぽを向いているお嬢さん方―――ミシェルとローリエにある。
それはまだ日の出前の時間にテントの内部で起こった。
その時間、俺は寝袋の中で心地好い暖かさに包まれて眠っていたのだが、突然息苦しさを覚えて目が覚めた。
「んごっ……なんだ?」
寝袋の生地越しに感じる何かの重みと微かに香ってくる甘い匂い。
見張りも付けている状況で、何者かがテントに侵入してくるとは考え難いのだが……。
首を曲げて見てみると、薄暗い中でも鮮やかに映える金髪の頭が見えた。
「エイル?」
重みの正体は俺に―――正確には俺が入っている寝袋にしがみ付いたエイルだった。
抱き枕か何かとでも勘違いしているのか、さっきから何度も寝袋に頬擦りをしている。
首を動かし、視線を別方向に向ければ、俺と同じように寝袋に入って眠っているミシェルの姿と明らかに誰かが使っていた痕跡のある空の寝袋。
「……寝惚けて這い出してきたんか?」
それにしたって何故抱き着く。
魔物の襲撃ではないと判明したのは一安心だが、だからといっていつまでもこんな状態でいる訳にはいかない。
このままでは俺が寝られないし、身動きの取れない今の状態で本当に襲撃を受けたら、一切抵抗出来ずにやられてしまう。
何よりこんなところをミシェルとローリエに見られでもしたら……。
「ぶっ飛ばされるに決まってる……!」
きっと不埒者とか言われるんだ。
なんだか最近二人とも暴力的なんだよな。
ミシェルが眠っているということは、今の見張りはローリエか。
気付かれる前にこの抱き枕状態を脱しなければ。
「おいエイル、起きろ」
「んぅ~」
ミシェルを起こしてしまわないように声を抑えながら呼び掛けている所為か、反応は芳しくない。
僅かにむずがる程度で全然起きる気配は無かった。
仕方ないので、蓑虫よろしくモゾモゾと動いて刺激を与えてみる。
「ちょいエイル、頼むから起きてくれ」
「んむぅ……やぁん」
「変な声出すな……! いやマジで起きてくれって」
気持ち良く寝入っているところを刺激したのがマズかったのか、エイルは不機嫌そうに表情を歪めると、これまで以上の力を籠めてしがみ付いてきた。それはもうギューッと。
必然、桁外れのボリュームを誇る自慢の爆乳が押し付けられることとなった。
割と厚めな寝袋越しでも確かに感じられる存在感と柔らかさ。
ミシェル達ではこうはいかんだろうなぁと失礼な感想を抱いてしまった。
眠るために装備を外した今のエイルが身に着けているのは、薄手のシャツとショートパンツのみ。
下着だけとか、あるいは裸で抱き付かれたりしたら、もっとこの存在感を身近に感じることが出来たのに。実に惜しい。
もうこのままでもいいかなぁなんて思っていたら―――。
「……何をしているのだ?」
―――鬼が目を覚ました。
いつの間にやら目を覚ましたミシェルが、寝袋から出てこちらを見下ろしていた。
「お、起こしちゃいました?」
「聞いているのは私だ。いったい何をしているのだ?」
抑揚のない声で質問を繰り返すミシェル。
寝袋に包まれたままエイルに抱き付かれている今の俺の姿。
果たして彼女の目にはどのように映っているのだろう。
その瞳からは何の感情も窺えず、温かい寝袋に包まれている筈なのに冷や汗が止まらなかった。
「さっきからゴソゴソと何をやってるんですか? ちゃんと休まないと明日に支障―――」
話し声や物音が気になったのだろう。
ローリエがテントの中に顔を突っ込んできた。
そして現状を目にして―――。
「……本当に何をしているんですか?」
―――鬼が増えた。
ついでに冷や汗の量も激増した。
恐れていた事態が現実となってしまった。
どうしよう。いったいどうすればこの状況を俺は生き延びることが出来る?
そもそもこれって俺が悪いのか?
「俺は……無実だ」
「んにゃ~」
残念ながら早々妙案など思い浮かぶ筈もなく、俺は自らの無実を弱々しく主張することしか出来なかった。あとエイルはいい加減起きろ。
案の定、二人の鬼が俺の主張を聞き入れることはなく、「この不埒者」という予想通りながらも全く有り難くない台詞と共に俺は二人から強烈なビンタを貰う羽目になった。
その後、俺からエイルを引き剥がした二人はそのまま不貞寝。
ミシェルはともかく、ローリエは見張りじゃないのかよ……などと言える筈もなく、真っ赤に腫れ上がった頬の痛みに一人耐えながら、テントから追い出された俺は朝まで見張りを続けることとなった。
起床してからもミシェル達はまだ怒っているのか、俺と目を合わせようとはせず、エイルは一人で爆笑しているのが現状である。
「まぁまぁ、気持ちを切り替えてぇ、頑張りましょ~」
「そもそもエイルが寝惚けて抱き付いたりしなけりゃ、こんなことにはならなかったんだぞ?」
ごめんなさ~いと軽い調子で謝罪してくるエイル。
本当に反省しとるんかね?
「おい二人とも、ここは既に遺跡の中なんだぞ」
「もっと緊張感を持って下さい」
「お前らが勝手に突き進んでったんだろうが」
マジで理不尽過ぎるぞ。
今ミシェルが口にした通り、俺達は既に遺跡の中―――外壁の内側にまで来ている。
埋まっている所為か、門らしきものは見当たらなかったものの、外壁のあちこちが崩れているので、侵入するのは難しくなかった。
「なんかないの? ねぇ、俺に対してなんか言うことあるんじゃないの?」
謝罪とか謝罪とか謝罪とかさ。
「「ツーン」」
「お前らマジで覚えとけよ……」
俺は必要があれば女性相手でも手を上げる男だからな。
緊張感が有るのか無いのか、俺達は砦内の舗装された道を歩きながら、取り敢えず目に付いた建物の中へと立ち入って調査を行ったのだ。
その結果―――。
「どうしてこうなった……」
―――ガッツリ魔物に囲まれていた。
いやまぁ、原因は分かり切ってるんだけどね。
「ほれ見ろッ、言わんこっちゃねえ! だから止めろっつったんだよ! なんでお前はそう考えが足りないんだ! この脳筋娘!」
「う、ぅぅぅぅうるさい! 気になったんだから仕方ないだろう!」
「二人とも喧嘩してる場合ですか!」
「あらあら~」
なんでエイルはそんなに余裕あるの?
現在、俺達は倒壊蟻という魔物の群れに囲まれている。
この魔物、黒蟻そっくりの外見をしているのだが、似ているのはあくまで外見のみ。
そのサイズは全長1メートル弱。普通に気持ち悪い。
特徴として、積極的に人を襲うようなことはなく、食料を集めに地上へ出る以外は、ひたすらトンネルを掘り続ける―――巣を拡張することに苦心するという変わった魔物だ。
そのため、かつては隧道蟻とも呼ばれていたらしい。
これだけを聞くとあまり危険は無さそうに思えるのだが、このひたすら巣を拡張するという性質が実はとんでもなく厄介なのだ。
奴らは巣を拡げる。
自分達の巣の上に何があろうともお構い無しに地面を掘り続けるのだ。
当然、掘れば掘る程地面は脆くなる。
その結果、建物の重さに耐えられなくなった地面が陥没、あるいは完全に崩落する危険性が生まれてしまうのだ。
実際、蟻共の巣穴拡張の被害に遭って倒壊した建物は過去に幾つも存在するらしい。
ギルドからは発見次第討伐するよう推奨されている。
「この遺跡が出土したのって、こいつらが原因じゃねぇよな?」
「どうかな~。でもぉ、可能性はあるかも~」
そんな働き者だが、決して攻撃的ではない筈の倒壊蟻に何故囲まれてしまっているのか。
倒壊蟻が凶暴になる理由は一つだけ。
自分達の巣穴が外部からの攻撃を受けた時のみである。
砦内に複数ある建物の調査を行っている最中、俺達は謎の土砂の塊を発見した。
大量の土砂が山のように積み重なって出来たその塊の大きさは直径2メートル前後。
高さに至っては3メートルに届きそうなくらいのサイズだった。
女性陣はそれがなんなのか分からずに首を傾げていたが、俺にはこの土砂の山が所謂、蟻塚と呼ばれるものにしか見えなかった。
「おい、間違っても触ったりするなよ? 何があるか分からないんだからな」
態々言うまでもないだろうとは思ったものの、何やら嫌な予感がした俺は女性陣に忠告した。
……そう、俺はちゃんと言ったんだ。
釘を刺したにも関わらず、物珍しそうに蟻塚を眺めていたミシェルが何の脈絡もなく「えい」と蟻塚に長剣の刃を突き立てたのだ。
「あ」
と思った時には既に手遅れ。
刃を引き抜いて数秒後、蟻塚は内側から爆発したかのように吹き飛び、溢れ出した倒壊蟻に俺達は囲まれてしまったという訳だ。
それもこれも全部……。
「お前の所為だからなこの馬鹿! 身体ばっか鍛えて筋肉つけてないで、少しは頭鍛えろ!」
「わ、私の身体は筋肉ばかりじゃないッ」
「うっせぇ馬鹿! 問題そこじゃねぇよ馬鹿! 少しは文脈読め馬鹿! 馬鹿馬鹿バーカ!」
「そっ、そんなに馬鹿馬鹿言わなくたって……ぅぅぅっ、ぅぇぇ……ッッ」
俺に罵倒されまくったミシェルが遂に半泣きとなった。
こんなことをしている場合ではないと分かってはいるのだが、寝不足の所為で俺も相当イライラしているようだ。
「マスミさんッ、怒鳴りたい気持ちも分かりますけど、今は堪えて下さい!」
「分かってるよ!」
言いたいことは山程あるものの、今はグッと堪えて、この状況をなんとかせねば。
蟻塚から出て来た倒壊蟻の数は三十匹を越えており、現在進行で数を増し続けているのだ。
時間が経てば経つ程、敵の数も俺達の危険も増していく。
グズグズしている暇はない。
「囲みを破って突っ切るぞ! オラ、お前の出番だ脳筋娘! 自慢の筋肉見せてみろ!」
「筋肉って言うなぁぁあああッ!」
うわーんと泣き叫びながら蟻の群れに突っ込んで暴れ回るミシェル。
たとえ泣いていようとも彼女の戦闘能力は健在。
バッタバッタと蟻共が薙ぎ倒されていった。
「フォローします!」
「はいは~い」
ミシェルに追従して囲みを崩しに掛かるローリエ。
エイルは二人の背後を突こうとする蟻に矢を放ちつつ、自らを狙って来た個体の攻撃は軽やかな体捌きで回避、あるいは蹴りを食らわせて突き放すなど、危なげなく立ち回っていた。
「ラァ!」
俺も近くに寄って来た個体へ積極的に攻撃を加えていく。
倒壊蟻は数こそ脅威だが、単独での戦闘能力は決して高くない。
硬い岩盤すら噛み砕く顎に噛み付かれたら人間の柔肉などひとたまりもないが、まともな攻撃手段はそれだけ。
噛み付きにさえ注意すれば、俺でも充分対応出来る。
外殻は多少硬いものの、ヘルハウンドの素材を使って新調した武器は、そんな外殻を物ともしない攻撃力を発揮してくれた。
ミシェルとローリエは、ヘルハウンドの爪を元に鍛えた長剣と片手剣。
俺の方は牙を元に鍛えたナイフと剣鉈だ。
「ふんッ」
真横に振り抜いた剣鉈に触覚を斬り飛ばされた蟻がその場で引っ繰り返る。
これで四匹目。
全員が倒した数を合わせれば既にニ十匹以上も仕留めた筈だが、敵の数が減ったようには見えなかった。
「退けぇ!」
「邪魔です!」
ミシェルとローリエが奮戦するも、未だ囲みを突破出来る様子はない。
むしろ倒しても倒しても湧いてくる敵の物量に押され気味ですらあった。
「だーッ、クソッタレ!」
このままではジリ貧だ。
遠からず押し切られてしまう。
徐々に焦りが募ってくる中―――。
「『逆巻く風よ……』」
―――まるで歌う様に朗々と紡がれていく呪文。
「『弾けろ……吹き荒べ……』」
声の主はエイル。
彼女は呪文の詠唱をしながらも、その動きを一切止めることなく蟻共との戦闘を継続していた。
俺が知っている中で他に魔術を使えるのはローリエと魔術師のヴィオネのみ。
二人とも魔術を行使する際には脚を止め、精神を集中させることで初めてその超常の力を発現させていたというのに、エイルの詠唱は全く途切れることなく続いた。
「凄ぇ」
エイルの全身から緑色に輝く魔力の粒子が漏れ出す。
エルフ特有の美しさも相まってか、何処か幻想的なその光景に状況も忘れて見入ってしまった。
「―――〈風撃〉!」
完成された魔術―――展開された緑色の魔法陣から圧縮された大気の塊が砲弾のように撃ち出され、ミシェル達の前面に立ち塞がっていた蟻の群れに着弾。
ゴオオオッという音と共に発生した強烈な風圧によって十匹近い蟻が纏めて吹き飛ばされた。
ぽっかりと生まれた空白地帯。
退路は開かれた。
「撤退撤退! 今のうちにずらかるぞ!」
俺からの合図に慌てて駆け出すミシェルとローリエ。
見ればエイルも涼しい顔で俺の隣を走っていた。
「魔術は苦手だって言ってなかった?」
「苦手だよ~?」
「アレで?」
「アレで~」
この爆乳エルフの底が知れん。
ちらりと後方に目を向ければ、逃げる俺達を追うこともなく、ギチギチと大顎を鳴らして威嚇する蟻共の姿が見えた。
崩れた蟻塚から絶えず増援を吐き出し、瞬く間に規模を拡大していくその光景は、黒い津波を思わせた。
遺跡調査二日目。
倒壊蟻の襲撃を受けた俺達は、調査に何の進展もないまま、逃走を余儀なくされたのだった。
プライベートでやることが多くて、予定通りの更新が出来ませんでした。反省。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新については、来週の半ばには更新したいと考えています。




