第6話 やっておしまい
前回のお話……ゴロツキ共に絡まれた。
(真 ゜Д゜)見てんじゃねーよ
古今東西、頼んでもいないのにトラブルの種が向こうから勝手にやって来るのは何故なのだろう。
「これ見よがしに女連れやがってよぉ。ムカつくぜ」
「オレらもあやかりてぇもんだなぁ」
嬉々として絡んでくる四人の野郎共。
異世界ファンタジーでゴロツキに絡まれるというのは、ある種テンプレなのやもしれんが、実際にやられるとひたすら煩わしいだけである。
年齢的には全員俺とそこまで変わらなさそうだ。
おそらくは二十代後半から三十歳前後といったところだろう。
「アンちゃんよぉ、オレらにもちぃとばかし分けてくんねぇか? 散々楽しんだんだろぉ?」
さて、今まさに俺に絡んできた四人組だが、一人残らず身なりがよろしくない。
髪も髭も碌に手入れをしていない上に身に付けている装備も所々が汚れている。
そして何よりも臭い。
と……っても臭い。悪臭である。
最後に風呂に入ったのは、いつだと問い詰めたかった。
「オイッ、聞いてんのかよテメェ!」
無視されているとでも思ったのか、四人組の一人が声を荒げ、低い視点から睨め付けてきた。
ローリエよりも背が低く、160センチも無さそうな小男。
四人組の中では一番小柄だ。
ちゃんと話は聞いているし、無視をしているつもりもないのだが、あまりにも臭いので口を開きたくなかったのだ。
「オイッ、なんとか言えやゴラァ!」
……イイ年した男のダミ声でキャンキャン喚かれるのは耳障りだな。
さて、どう返せばいいものか。
そもそもギルド内での争いはご法度なのではと思ったが、誰も仲裁する様子がない。
他の冒険者はともかく、職員から注意くらいはしてほしいのだが、自己責任でなんとかしろってことかね。
仕方ないから取り敢えず……。
「なんとか?」
と返しておいた。
途端に顔を真っ赤に染め、全身をプルプル震えさせる小男。
「テ、テメッ、馬鹿にしてんのか!?」
「なんとか言えと言ったのはそっちだろうに」
ヤレヤレ困った奴だなぁわざとらしく首を左右に振ってみせれば、余程癇に障ったのか、またも小男は喚き出した。
他のゴロツキも目を怒らせているが、こういった輩は本当に煽り耐性が足りんなぁ。
「……お前は何をやっているのだ」
声に振り向けば、掌で顔を覆ったミシェルが深い溜息を吐いていた。
ローリエは口の端を引き攣らせながら、小さく乾いた笑い声を上げ、エイルは変わらずニコニコしている。
「お話終わったの?」
「終わった。というかまずこの状況を説明しろ」
「説明しろと言われても、見ての通り一方的に絡まれているだけなのだが」
「本当か? 変に煽ったりしていないだろうな?」
失敬な。
俺は相手からの問いに対して素直に答えただけだぞ。
当初の目的である女性陣が出てきたからだろうか、再びその目を好色染みたものに変えるゴロツキ共。
だからその目を止めろと言うとろうに。
下心を抱いているのがバレバレなニヤつき顔を見て、ミシェルとローリエが不快そうに表情を歪めるも、エイルだけは未だにニコニコしている。
「姉ちゃん達よぉ、良ければオレらと一杯やらねぇか?」
「……この後は宿を探す予定があるのだ。悪いがそんな暇はない」
「んなつれねぇこと言うなって」
「なんなら今夜はオレらと一緒の部屋に泊めてやってもいいぜぇ?」
「当然、そこの野郎は別部屋だけどなぁ」
ギャハハハッと声を揃えて笑い出すゴロツキ共。
いや、今何か笑うところあったか?
ミシェルとローリエの目付きがどんどん据わっていくので、俺としてはそっちの方が気が気じゃない。
「失せろ。不愉快だ」
「生憎とディナーのお相手は既に決まっていますので、さっさとお引き取り下さい」
「オイ、せっかく誘ってやってんのに随分な物言いじゃねぇか」
お前らが言うなとツッコんでやりたい。
しかも誘ってやってるって、このゴロツキ共はどれだけ上から目線なんだ。
取り付く島もないミシェルとローリエの態度に腹が立ったのか、小男―――またお前か―――がミシェルの胸元に手を伸ばす。
流石にこれ以上は看過出来ん。
咄嗟に小男の腕を掴んで止めようとしたら―――。
「だ~め」
―――間延びした女性の声が耳に届くと同時に視界から小男の姿が消えた。
直後、足元からダンッと何かが叩き付けられるような音が聞こえた。
ゆっくりと視線を下げてみれば、白目を剥いた小男が床の上で完全に伸びている。
時折、痙攣したようにビクッと反応する様がちょっと気持ち悪い。
いったい誰がやったのか。
いやまぁ、今の声で誰が行為者なのか察してはいるものの、正直信じられなかった。
「女の子に乱暴したらぁ、いけませ~ん」
未だニコニコと笑みを絶やさずにいるエイルがこれをやったという事実。
エイルがどのような方法で小男をノシたのか、一瞬のことで俺には何がなんだか分からなかった。
驚きの早業にミシェルとローリエも唖然としている。
残りのゴロツキ共は目を見開き、金魚みたいに口をパクパクと開閉させている。
これは流石にマズいのではなかろうかと思い、受付嬢の方を見てみるも、彼女は素知らぬ顔で書類のチェックをしていた。
「あのぉ……」
「はい、どうかされましたか?」
恐る恐る声を掛けてみると、にこやかに応じてくれる受付嬢。
その目は不自然なまでに俺の顔だけを注視しており、他の景色を視界に映そうとはしていなかった。
「手ぇ出しちゃいましたけど、いんすか?」
「はて、今何かありましたか? 私は書類の整理が忙しくて、全く全然これっぽっちも気付きませんでした」
「いや、明らかに気付いてましたよね? 絶対意図的に無視してましたよね?」
「なんのことやら私には分かりませんねぇ」
それでいいのかギルド職員。
「実は私、今悩みがあるんです」
「おっと唐突に話題が変わったぞ」
頬に手を当て、悩まし気な息を吐く受付嬢。
どうやら俺の話を聞くつもりはないらしい。
なんか敬語で話すのも面倒臭くなってきた。
「最近になって、この宿場町に居着くようになったある男性四人組パーティの話なんですけど……」
「宿場町に居着くというのもおかしな話だな」
話の流れからしてそこのゴロツキ共のことだろう。
仲間をヤられて―――殺ってはいない―――憤慨した残る三人が喚き散らしている。
「彼らに対する苦情が殺到しているんです」
「はぁ?」
苦情とな?
「所構わず迷惑行為を繰り返しているようでして、特に女性に対するセクハラ紛いのナンパが多いんです」
私も口説かれましたと心底嫌そうに告げる受付嬢。
大変だね。
「その所為か、ギルドへの苦情が殺到してて私達も困っているんですよ。どう思われます?」
「除名してしまえ」
取り敢えず受付嬢の言いたいことは分かった。
本当は除名したいけど、重大な犯罪を犯した訳でもないから除名する程ではない。
腐っても冒険者だから下手に手を出すことも出来ず、扱いに困っていると。
「見逃してくれるものと考えてよろしいんで?」
「見逃すだなんてそんな。ただ……ナンパしてすげなく振られた女性にしつこく付きまとった挙げ句、勝手に逆上して返り討ちにされるのって自業自得だと思いません?」
「そりゃごもっとも」
よくよく見れば、他の受付嬢や女性職員らもウンウンと頷いている。
えっ、もしかして全員ナンパされたの?
「殺さない程度に痛め付けちゃって下さい。あっ、備品は壊さないで下さいね」
「うっす」
受付嬢からの応援というか後押しというか、暴れてもオッケーというお墨付きをいただいたので、女性陣にゴーサインを出しておく。
「やってもいいってさ」
そこから彼女達の行動は迅速だった。
「女の敵がぁ!」
吼えるミシェルの鉄拳が一人の顔面に突き刺さる。
腰の入った一撃は、相手の顔面を粉砕すると共にその意識をいとも容易く刈り取り、大の男の身体を壁際まで吹き飛ばした。
「お風呂に入って出直してきて下さい」
その場に身を沈めたローリエは、床の上スレスレを這うような鋭い回し蹴りを放ち、別のゴロツキに足払いを喰らわせた。
バランスを大きく崩したそいつは、勢い良く床に倒れて顔面を強打。
身悶える暇も与えられないまま、流れるような動作でローリエに片腕を捻り上げられた。
「よいしょ~」
そしてエイルは先程と同じ謎の早業で、もう一人のゴロツキを床というか小男の上に叩き付けていた。
小男の口から潰された蛙のような声が漏れた。大丈夫か?
柔術の類だろうか。速過ぎてよく分からん。
女性陣ばかりに働かせるのもアレなので、遅ればせながら俺も参戦しようかと思ったら……。
「あれ?」
相手がいない。
倒れているゴロツキ共の数は四人。
俺達に絡んできた連中の数も四人。
「……出遅れた?」
振り返れば、にこやかな笑みを浮かべながらも微妙に白けた空気を醸し出している受付嬢の姿。
周囲から上がる歓声。
その中に女性陣を讃える声はあれども、俺への称賛は一切含まれていなかった。
―――遅ればせどころか、俺は完全に流れに乗り遅れてしまったのだった。
女性陣が暴れただけ……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は、木曜日か金曜日辺りを予定しております。




