第4話 交渉開始は口論から
いつもより早く更新できました。
目的地である村に到着したので、さっそく依頼主である村長さんのお宅へご挨拶に伺いました。
伺ったのですが―――。
「それはどういう意味だ!?」
「どうもこうもあるか! 村中の金をかき集めてようやく冒険者ギルドに依頼したってのに、来たのはたった三人だと? しかも全員が銅級? ふざけるな!」
「ふざけてなどいない! 依頼内容には階級も人数も指定されてはいなかったし、ギルドからの審査も問題なかった。私達は正式な依頼を請けて此処に居るのだ!」
「そんなもんで納得出来るか! 小鬼共が大量にいたらどうするんだ!? あんたらだけでどうにか出来るってのか!?」
「だからその調査も兼ねていると言っているだろうがッ!」
―――初っ端から派手に揉めております。
顔を突き合せたミシェルと村長さんが喧々囂々と派手にやり合っているのだ。
この間、俺は口を挟まずに壁際で傍観者に徹し、ローリエは二人を止めたいけど、どうすればいいのかが分からずにあたふたしていた。可愛い。
こんな具合で、記念すべき最初の異世界コミュニケーションは失敗に終わった。
いや、終わらせちゃ駄目なんだけどね。
何故こんな面倒なことになってしまったのか。
事の発端はこうだ。
日が傾き始めた頃には村へ辿り着いた我々一行。
それぞれ仕事を終えて帰宅するところなのか、老若男女多くの村人の姿が確認出来た。
皆さん遠慮なくジロジロと視線を向けてくるが、余所者が珍しいのかね?
負けじと俺もあちこちに視線を向ける。
ミシェルが顔を顰めていたけど、気にしてはいけない。
ぽっかりと開いた広場のような場所を中心に木造の家屋が点在している。
ほとんどの家々の煙突から煙が吐き出されているのは、夕飯の支度をしている最中なのだろう。
屋台らしきものや地べたの上に直接風呂敷を広げて物を売っている人の姿も確認出来る。
商品は食べ物やちょっとした小物がほとんどで、そこまで種類は多くなさそうだ。
少し離れた場所には、田畑や村の周囲を囲っているのとは別の柵で囲われた牧場らしきものが見える。
育てているのは牛か。
品種には詳しくないが、なんとなくホルスタインに似ている気がする。
しかしこの村、幾ら田舎とはいえ住民の数が少な過ぎやしないだろうか。
村の規模や屋外に出ている人の数を見る限り、百人を下回りはしないだろうけど、それでも二百人には届かないと思う。
これが普通なのかとローリエに質問したところ、開拓して間もない村としてはこれでも大きい方であるとの回答をいただいた。開拓村ってそんなもんなのね。
最初に抱いた長閑な村という印象は間違ってなさそうなのだが……。
「なんだか元気ないなぁ」
住民の皆さん、なんとも元気なさげというか、見るからに暗い顔ばかりなのだ。
流石に目が死んでるとまでは言わないけど、村全体に陰気―――鬱々とした雰囲気が漂っている感じがする。
俺達に向けられている視線もあまり友好的なものではない。
おのぼりさん丸出しとなっている俺の存在は放置することに決めたのか、ミシェルが近くの村人に声を掛けて、自分達が依頼を受けてやって来た冒険者である旨を告げた。
その村人さん―――恰幅の良いおっちゃん―――が、依頼主である村長さんの家に案内してくれるらしい。
ただこの人、俺達の姿を見た途端、何故か疲れたように息を吐き出していた。
明らかに気落ちしているようだが、我々何かしましたっけ?
特にミシェルとローリエに対しては、それがより顕著なものとなっている。
待望の冒険者が来たというのに、この態度はいったいなんなのか。
二人もその様子には気付いているものの、何も口にすることなく黙っておっちゃんの後に続いた。
……はて?
内心で首を傾げつつ、俺も二人に倣って移動する。
程なく村長さん宅に到着。
造り自体にそこまでの違いはなさそうだが、他の家屋と比べて、一回りは大きなものとなっている。
中に入ると上り口はなく、いきなり十畳程の居間っぽい部屋が広がっていた。
室内には棚やテーブル、椅子が数脚置かれているくらいで家具はほとんどなかった。
あとは精々奥の部屋へ通じる引き戸が見えるくらいだ。
「おーい村長、冒険者が来たぞぉ」
おっちゃんが呼び掛けると、奥の引き戸を開けて、一人の老人が姿を現した。
つるりと禿げ上がった頭とは対照的に、口元や顎には豊かな白髭を蓄えている。
長年の農作業やらなんやらで鍛えられたのか、小柄だが体格は悪くないし、腰もあまり曲がっていない。
既に還暦は迎えていそうだが―――異世界に還暦の概念が存在するのかは知らんけど―――外見からは年齢による衰えを感じさせない。
そして何より目が鋭い。
目力が半端ない……ってか睨まれてる?
「あんたらが冒険者か?」
禿頭の老人―――村長さんからの問い。声は低く、少しだけしわがれていた。
その問いにミシェルが頷いたと思ったら、いきなり胸元に手を突っ込み、何かを引っ張り出した。
出されたものは紐が通された二枚の薄い金属板。
一枚は銅色で細かい文字、あるいは記号らしきものが刻まれている。読めん。
もう一枚は水晶のように半透明で薄い青色。妙にキラキラしているけど宝石じゃないよね?
どちらも形は小判型で、名刺よりもサイズが小さい。
なんとなく自衛隊や軍隊で利用されている認識票を思い出した。
「銅級冒険者のミシェルだ。ネーテの街の冒険者ギルドから依頼を請けて来た。よろしく頼む、村長殿」
認識票(仮)を見せながら自己紹介するミシェル。
それを聞いた途端、何故か村長さんは俯いてしまった。
「……銅級だと?」
「そうだ」
「あんたらだけか?」
「今回の依頼を請けたのは我々だけの筈だが」
何かに耐えるかのように声を絞り出す村長さん。
村に入ってからずっと感じてはいたが、やはり様子がおかしい。
何処か具合が悪いといった様子でもないが、いったいどうしたのだろう?
などと思っていると……。
「ふざけるな!」
村長さんの怒声が室内に響き渡った。
とまあ、このような感じで村長さんからしばらく怒鳴られる羽目になったのだ。
怒っている理由がよく分からないので、初めの内はミシェルも戸惑っているだけだったのだが、怒鳴られ続けて段々腹が立ってきたのだろう。
なんだか目が据わってきたなぁと思っていたら、いきなり彼女は爆発したのだ。
「喧しいッ!!」
村長さんを上回る程の怒号が迸り、その後はお互い売り言葉に買い言葉で今に至る。
「お前らのような小娘に何が出来る! たかが銅級が偉そうにするな!」
村長さん村長さん、小娘じゃない奴もここには一人居るよ?
「そのたかが銅級にも頼らなければいけないのは何処のどいつだ! 文句があるなら碌に条件を指定しなかった過去の自分に言え!」
ミシェルも煽るようなことを言うんじゃない。
「なんだと小娘!」
「なんだハゲオヤジ!」
最早ただの口論。
低レベルな悪口の応酬だがミシェルよ、ハゲと言うのは止めて上げなさい。
村長さんも好き好んで禿げた訳ではなかろうに、身体的特徴を上げつらうのはよくないぞ。
依頼云々の話は何処に行ってしまったのやら。
俺達をここまで案内してくれたおっちゃんは、いつの間に退散したのか、村長宅から姿を消していた。
まあ、誰だって面倒事は避けたいよな。
そしてローリエは未だにあたふたしている。
可愛い……っていかん、そんな場合じゃなかった。
「……俺も退散したいなぁ」
これって誰か収拾つけられるのかね?
お読みいただきありがとうございます。