第15話 帰って来た
前回のお話……魔物襲来
(シ ゜Д゜)留守番よろしく
(ロ ゜Д゜)はーい……(渋々)
――side:ユフィー―――
全身を黒い体毛に覆われ、顔の周囲に黄色の鬣を生やした人に近しい姿の魔物―――イエロートップ。
大柄な成人男性より数回り大きく、頑強な体躯を有する剛猿は、雄叫びと共にディーン様に襲い掛かりました。
滅多矢鱈と振り回される二つの拳をディーン様は長槍を巧みに操ることで見事に捌いておられます。
自分よりも小さく非力な人間相手に全ての攻撃を防がれ、やがて痺れを切らしたイエロートップは渾身の一撃を喰らわせるべく大きく腕を振り上げましたが、ここでディーン様は攻勢に転じ、長槍の石突を無防備なお腹に突き込みました。
打たれたお腹を押さえ、苦しそうに身体を折り曲げるイエロートップでしたが、今度は下がって来た顎を石突で強かに打ち上げられました。
「ふ、ん!」
大きく仰け反ったイエロートップの喉元を狙って放たれる全力の刺突。
巨大な蛇の魔物―――フェルデランスの素材によって鍛えられた穂先は、一刺しで喉どころか首を貫通し、イエロートップを絶命させました。
「させないよっと!」
「オラァ!」
今まさにトドメを刺し終えたばかりのディーン様の背後に別のイエロートップが近付こうとしておりましたが、そちらにはトルム様がナイフを投げ付けて牽制し、足が止まったところにローグ様が斬り掛かりました。
ディーン様の長槍と同じフェルデランスの素材で鍛えられた両手剣は、剛猿の腕を、返す刃で難無く首を斬り飛ばしました。
離れた所ではローリエ様がご自身よりも大きな魔物を〈獣化〉させた拳で殴り飛ばし、ヴィオネ様はお得意の炎の魔術で数匹の魔物を纏めて火達磨にしております。
「皆様絶好調でございますね」
押し寄せる魔物の群れを物ともしておりません。
霊獣サングリエ様に仕える動物の皆様も大活躍中でございますし、今のところわたくしの出番は無さそうです。
出来ればこのまま最後まで働くことなく終われることを心よりお祈り申し上げ……ようとしていたら、わたくしの護衛を任された警備の職員様―――年若い殿方です―――の一人が「あの……ユフィーナさんは何もされないんですか?」と遠慮がちに声を掛けてこられました。
「心外でございます。皆様の無事を心から願っているというのに……わたくしショック」
「えっと、そういうことではなく、戦闘には参加されないのですか?」
「それこそ無理な相談です。幾つかの法術を修めているというだけで、わたくしに戦闘の心得はございません。見て下さい、この細腕を。子供が相手でも力比べをしたら負ける自信がございます」
正直に打ち明けたら物凄く嫌そうな顔をされてしまいました。
解せません。
聖騎士や神官戦士ならばいざ知らず、わたくしは祈ることしか能のない普通の神官。
死人や悪霊の類なら〈退魔〉の法術で攻撃も出来ますが、生身の相手に直接的な戦闘能力を期待されても困ります。
「か、仮にも冒険者がそれでいいんですか?」
「そこまで仰るのでしたら、どうぞ貴方様が戦ってきて下さい。わたくしが行ったところで邪魔になるだけですから」
仮にもギルドの警備を任されている身なのですから、わたくしと違って戦う力はお持ちでしょう。
そう思っての発言だったのですが、言われた本人は「そ、それは……」と何やらお困りのご様子。
わたくし何か変なことを言いましたか?
「おいッ、いい加減にしろ。無駄口叩いてる余裕なんかねぇぞ」
「ユフィーナさんの護衛が俺らの仕事なんだぞ。下らないこと言って困らせんな!」
「す、すみません」
特に困ってはおりませんので、お気になさらず。
他の護衛の方々に叱られ、すっかり小さくなってしまわれました。
これではいざという時にちゃんとわたくしを守っていただけるのか不安になります。
「やはりローリエ様や諸先輩方に期待する他ありませんね」
実際、皆様凄い勢いで次々と魔物を倒しておられます。
テッサルタ王国での苦難や死闘を乗り越え、ローリエ様は益々お強くなられました。
諸先輩方もネーテの森で共闘した時より腕を上げられているようですし、これでしたら本当にわたくしの出番は無いかもしれませんね。
そう思えれば楽だったのですが……。
「これはわたくしも一仕事する必要がありそうです」
既にかなりの数を倒した筈ですが、魔物の勢いが衰える様子はありません。
如何に皆様がお強くとも永遠に戦える訳もなく、積み重なった疲労は確実に肉体を消耗させ、動きを鈍らせることでしょう。
非常に面倒臭いですが、致し方ありませんね。
戦う皆様を後ろから支えるのが、神官たるわたくしの役割。
そしてそのやり方は、いつ如何なる時であろうとも変わりません。
「『天高きに御座す、尊き御方よ。苦難に打ち克つ勇気と力を、彼の者達に貸し与え給え』」
錫杖を両手で強く握り、真摯に神へ祈りを捧げる。
祈りは確かな力―――白き光となってローリエ様、ローグ様、ディーン様、トルム様、ヴィオネ様の身に降り注ぎ、直後にわたくしは強い目眩に襲われました。
「―――ッッ」
錫杖を支えにすることで、なんとか倒れずに済みましたが、正直かなり辛いです。
法術は、魔術のように魔力を消費しない代わりに肉体と精神に直接負担が掛かります。
失われた体力を回復すると同時に肉体を強化する〈強力〉は、本来ならそこまで負担の大きい法術ではございませんが、それはあくまで個人に対して使用した場合。
一度に複数の方へ使用すれば、当然その分だけ負担は増します。
「ユフィーナさん、大丈夫かい?」
「法術による疲労ですので、ご心配には及びません」
とは言ったものの、乱れた呼吸が落ち着くまでは今暫くの時間が掛かりそうです。
実はわたくし、生まれつき他者よりも身体が弱く、とても疲れ易いという変わった体質の持ち主なのです。
鍛えようとしてもすぐに疲労で動けなくなってしまう為、体力なんて全然付かず、幼い頃は病気がちでした。
大人になって随分改善―――相変わらず体力は平均以下―――されたのですが、体質そのものが変化した訳ではない為、法術を使った後はいつも疲労困憊です。
しかしその甲斐はあったと言うべきか、皆様これまでを上回るペースで魔物を殲滅しており、物量差に押し負ける心配は無さそうです。
「これなら〈強力〉の効果が切れる前に撃退出来そうですね」
はて、何故かこの場に居ないマスミ様に「フラグっぽいこと言うんじゃねぇ!」と怒鳴られたような気が……。
神の声ならば稀に聞こえることはありますけど、幻聴が聞こえたことなど一度も無いのにと首をひねるわたくしの背中に「ぅ、うわぁッ!?」と誰かがぶつかってきました。
あ、危うく本当に倒れるところでした。
「いったい何方です?」
後ろを振り返れば、腰でも抜けてしまったのでしょうか。
先程叱られていた職員様が「あ、あれ!」と必死の形相で何かを指差していました。
震える指先が示す先に有るのは迷宮の入口と……。
「これは流石に予想外でございます」
迷宮の中から出て来た小鬼―――ゴブリンの姿がありました。
一匹、また一匹とまるで吐き出されるように迷宮から現れるゴブリン共は、手にした木の棍棒らしき物を振り回しながら、ギャーギャーと騒いでおります。
これはマズい状況です。
如何なる理由で地上に出て来たのかは知る由もありませんが、結果的に外部から攻めてくる魔物と迷宮の魔物によって我々は挟み撃ちにされてしまいました。
ローリエ様達は、迷宮へ向かわんとする魔物の群れを抑えるので精一杯。
そうなると必然的にあのゴブリン共の相手はわたくし達が……と言いますか、護衛の皆様にお任せするしかない訳であって……。
「激しく不安でございますねぇ」
未だにお一人は腰を抜かしたまま立てずにおりますし、他の皆様も明らかに動揺していらっしゃいます。
わたくし本当に守っていただけます?
「あぁ、本格的にマズそうですね」
何匹かのゴブリンがこちらを指差しながら喚いております。
完全に標的にされてしまいました。
大概の行為を受け入れる覚悟は出来ておりますけれど、流石のわたくしも魔物との交配は望んでおりません。
まだ疲労は抜けておりませんが、一先ず〈聖壁〉を展開して時間を稼ぎましょう。
そう思って錫杖を強く握り直した時、迷宮から出て来たばかりのゴブリンが突然絶叫―――断末魔の叫びを上げて倒れました。
他のゴブリン共が一斉に振り向いた先に見たものは、既に事切れた同族の亡骸とその傍に立つ一人の人間。
長い髪を風になびかせ、燃えるような赤き剣を手に立つその姿は―――。
「お早いお帰りでございますね」
―――全身に闘気と魔力を漲らせたミシェル様でした。
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