第13話 魔女来たる 〜本気の笑顔〜
前回のお話……箒に乗って颯爽と登場
(フ ゜Д゜)なんで箒?
(シ ゜Д゜)魔女なので
―――side:フェイム―――
穂先から煌めく魔力の粒子を発する箒に腰掛け、宙に浮きながら悠然とこちらを見下ろすシャーナ支部長。
地上に居る筈の支部長が何故此処に……と思っていたら、穴の縁から大きな蜥蜴がひょっこりと顔を覗かせた。
「おぉ、妹よ。姿が見えんと思ったら、そんな所に居たのか」
「兄さん?」
失礼。蜥蜴と思いきや我が兄のアルナウトだった。
頭の上には、戦闘に巻き込まれないように非難していた筈のシマリスが乗っている。
「そこじゃ落ち着いて話も出来ないね。二人ともこっちに来なさい」
箒に腰掛けたまま、支部長がパチンと指を鳴らした直後、視界が大きく歪むと同時に目眩にも似た感覚に襲われたが、気付いた時には地面の上に立っていた。
今何が起きたのだろう。
目の前には私と同じように「え? あれ?」と驚きを露わにしているエレウ=カーガや兄さんの姿があり、傍らには足場の代わりにしていた双刃刀もあった。
「妹よ、大事ないか?」
「兄さん、どうやって此処まで……」
「どうやっても何も、支部長殿と一緒に上の階層から降りて来ただけだが?」
「だけだが……じゃありません」
だからその方法やら支部長と一緒に居る理由を知りたいというのに、全然質問の意図を汲んでくれない。
駄目だこの兄。
聞くだけ無駄だった。
まぁ、決して機微に聡い性格ではないと長い付き合いの中で散々思い知っている為、今更そこを言及するつもりはない。
改めて支部長に訊ねようと思っていたら、空中を滑るように移動し、箒から軽やかに降りた支部長が「色々と聞きたいこともあるだろうけど、先に確認させてもらってもいいかな」と私の質問を遮った。
「この場に居るのは君達だけかな。マスミくんは一緒じゃなかったのかい?」
「マスミさんは……」
黙り込む私と崩落によって出来た大穴を見て、何が起きたのかを察したのだろう。
支部長は静かに「そうか」とだけ呟き、それ以上詳しく訊ねようとはしなかった。
「ねぇねぇ、今のってもしかして短距離転移? ちょっともう一回だけ私に使ってくれないかなぁ?」
私達の間に漂う空気や雰囲気などお構い無しのエレウ=カーガが、もう一度同じ魔術を使ってくれと支部長に強請り始めた。
何処までも自分本位な女だ。
きっとこの女は配慮や思いやりといった言葉を知らないのだろう。
「ちょっと黙っててくれるかな」
そう言ってまたもや支部長が指をパチンと鳴らせば、エレウ=カーガの一方的なお喋りがピタリと止んだ。
いや、止んだ訳ではない。
エレウ=カーガは今も変わらず喋ろうとしていたが、どうやら声が出せなくなっているらしい。
本人も何故声が出なくなったのかが分からず、何度も口を開いては首を傾げるという行為を繰り返している。
「〈沈黙〉。対象が発するあらゆる音を消す魔術だよ。君は暫く静かにしていなさい」
ついでに猛省しなさいと実力でエレウ=カーガを黙らせた後、俯く私に向けて支部長は、「マスミくんは生きている」と告げた。
私を励ますつもりだったのか、さも当たり前のようにマスミさんの生存を口にする支部長には申し訳ないが、如何に彼女の言葉といえども信じることは出来なかった。
「気休めなら結構です」
「おいおい、私がそんな気遣いの出来る人間……というか魔女に見えるのかい? 今言ったことは紛れもない事実だよ」
「何を根拠に……」
「理由はこれさ」
これとはいったいどれだと言い掛けた時、光で編まれた鳥籠のような物が何処からともなくやって来た。
おそらくは支部長の魔術だろう。
まるで揺蕩うようにふわふわと空中に浮いている鳥籠の中には、一匹の鍬形兜―――マスミさんの従魔が入っていた。
「慌てて穴の中に行こうとしてたのを捕まえたんだ。きっとマスミくんを追い掛けようとしたんだろうけど、この子だけじゃ危ないしね」
「はぁ、それで……確かレイヴンでしたっけ。この子がどうかしたのですか?」
マスミさんが居なくなった所為か、見るからに元気は無さそうだった。
そんなレイヴンの背中を支部長が指揮棒でトンッと軽く叩けば、淡い光の紋様―――魔術刻印が浮かび上がった。
「マスミくんとレイヴンくんの間に結ばれた従魔契約を解除する条件は二つ。一つは主であるマスミくんが契約の破棄を望むこと。もう一つは双方あるいはどちらかが死亡した場合」
「死亡?」
「従魔契約に限らず、あらゆる契約は対になる存在が居てこそ成立するものだからね。主と従魔が揃っていなければ成り立たない。そしてレイヴンくんの身体には契約の魔術刻印が未だに残っている。つまり……」
「マスミさんは……生きている」
「正解。百点満点を上げよう」
茶目っ気のつもりだろうか。
わざとらしく片目を瞑った支部長は、「何を隠そう術式を施したのは私自身だからね。その辺りは信用してくれていいよ」と自信満々に胸を張った。
その拍子に衣服越しでも分かる程に大きな乳房が上下に弾んだ。
私が心配するようなことではないけれど、この人はちゃんと下着を着用しているのか?
「無論、生きているからといって無事である保証は何処にも無いんだけどね」
「安心させたいのか、不安にさせたいのかどちらなんですか……」
「ふふ、ごめんごめん。でも少しは落ち着いたかい?」
「そうですね。取り乱していたつもりはありませんけど、冷静ではなかったと思います」
実際、支部長の言葉で安心出来たのは事実だ。
何より彼女と兄さんが来てくれなければ、今頃はエレウ=カーガとの殺し合いを演じていた可能性すらあるのだ。
「ハッハッハッ、相変わらず心配性な妹だ。生きていると分かったのなら、助けに行くだけではないか」
「その通りなんですけど、兄さんに言われるとなんだか無性に腹が立ってきますね」
心配性の自覚は有るけれど、私が心配性になったそもそもの原因は、兄さんが超が付く程の能天気な上に考え無しに行動することが多過ぎるからなのに。
なんでまったくしょうがない妹だなぁ……みたいな感じで笑われなきゃいけないんだ。
あの蜥蜴頭を今すぐ引っ叩いてやりたい。
「元気も出たようで何よりだ。あとはマスミくんの救出に向かうだけだね」
「すっかり聞きそびれていたのですが、何故支部長と兄さんが一緒に居るのですか? 他の皆さんはどちらに……」
「その辺りのことは移動しながら話すとしようか。まずは我々もこの穴から下に……っと忘れるところだった」
パチンと支部長が三度指を鳴らせば、「―――ぁぇ、お? 喋れる?」と〈沈黙〉によって封じられていたエレウ=カーガの声が元に戻った。
支部長は、痛めた訳でもない喉の調子を確かめているエレウ=カーガの眼前に顔を寄せると「君にも手伝ってもらうからね」と有無を言わさぬ声で告げた。
「えー、私もぉ?」
「拒否は許さない。そもそもこうなった責任の一端は君にも有るということを忘れないように。どうしても協力を拒むというのであれば―――」
―――この場で君を消す。
支部長が発したとは思えない冷酷な声には殺意など……否、一切の感情が籠められておらず、それが却って恐怖を煽る結果となった。
感情を排したままでも人を殺せると彼女は言っているのだから。
自分に向けられた訳でもないのに、私の背中には冷たい汗が流れた。
黒のベール越しに暫し見合う二人だったが、やがてエレウ=カーガが諦めたように嘆息し、「分かったよ。協力すればいいんでしょ」と答えた。
「思った以上に素直じゃないか」
「貴方相手に戦っても勝ち目は無いからね。私だってまだ死にたくないし」
「結構。少なくとも今回の件が片付くまでの間は、君の命を保証しようじゃないか」
「お願いだから私も一緒に片付けるとか止めてね」
レーヌ・アタカスとの戦闘中ですら飄々としていたエレウ=カーガも本気の支部長が相手では、大人しく従わざるを得ないらしい。
降りた時と同様、軽やかな動作で箒に腰掛けた支部長は、これまで一度も見せたことのない満面の笑みを浮かべた。
「それじゃあ最短最速でマスミくんを助けに行くよ。ついでに傍迷惑な迷宮の主にもキツいお灸を据えてやろうじゃないか」
あ、これは本気で怒ってる。
その笑顔に更なる恐怖を覚えた私は、顔も知らない傍迷惑な迷宮の主に深く同情した。
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