第12話 落下攻防 〜イクサコトバ〜
前回のお話……二匹目登場からの
(真 ゜Д゜)落ちるー!!
二匹目のレーヌ・アタカスによって引き起こされた地盤の崩落に俺は巻き込まれた。
空を飛ぶ術を持たない我が身は、重力に従って落ちて行くことしか出来ない。
「くっそ……!」
このまま墜落死なんて御免だ。
何かないかと足掻く俺の耳に「マスミさん!」というフェイムの必死な声が届いた。
声のした方に目を向ければ、驚くべきことに彼女は平地を駆けるのと変わらない速度で空中を移動していたのだ。
本来なら足場の存在しない空中を移動するなんて不可能だが、フェイムは崩落時にバラバラに砕け散った地面の欠片―――岩や土の塊を次々と跳び移ることで不可能を可能にしていた。
驚異的なバランス感覚と反射神経。
何より僅かでも足を踏み外せば即落下という恐怖に負けない胆力が有ればこそ為せる芸当だろう。
「手を!」
「……ッ!」
自らの危険すら顧みず、俺を助けに来てくれたフェイムに向かって手を伸ばす。
あと少しで互いに伸ばし合った手が届く。
未だ危機的状況の中、僅かな安堵が胸の内に芽生え掛けたその時、俺の視界は巨大蛾の翅に覆われた。
器用にもレーヌ・アタカスは滑り込むように俺とフェイムの間に割って入り、接触を阻んだのだ。
更に巨大蛾の羽ばたきが無防備な俺の身体を吹き飛ばし、同時に落下速度も増した。
「ッぅおおおオオ!?」
「マスミさん!?」
未だ鱗粉の効果は残っているのか、レーヌ・アタカスの青い複眼は俺一人だけに向けられていた。
本来なら感情など窺わせない筈の複眼からは、絶対に逃がさないという確かな執着が感じられた。
「こんの……害虫野郎!」
空中で戦ったところで勝ち目が無いことは分かっているが、大人しくやられてやるつもりなど毛頭ない。
相打ち覚悟で空間収納から突撃銃を取り出そうとした時、同じく吹き飛ばされたと思っていたフェイムがレーヌ・アタカスの横っ面を殴り飛ばし、岩壁に叩き付けた。
殴った反動を利用してレーヌ・アタカスとは反対側に跳んだフェイムは、獣のように四肢を突いて岩壁に着地してみせた。
「はは、本当に凄ぇわ」
怪獣のような巨大蛾が人に殴り飛ばされる光景は実に痛快であり、俺は状況も忘れて笑ってしまった。
当然フェイムがレーヌ・アタカスを食い止めている間にも俺の身体は落下し続けており、最早彼女の救助を期待することは出来ない。
『我の力で落下時の衝撃を緩和出来ないかやってみる。諦めるでないぞ』
「あぁ、俺も悪足掻きしてみるさ……!」
諦めてたまるか。
死んでたまるか。
緩衝材になりそうな物や落下速度を落とすのに役立ちそうな物はないかと空間収納を開こうとした時、突然視界がぐにゃりと歪み、驚く間もなく俺の意識は途絶えた。
―――side:フェイム―――
「マスミさん!?」
暗き穴の奥底へマスミさんが落ちていく。
あと少しで手が届く筈だったのにレーヌ・アタカスに邪魔をされてしまった。
足場に使えそうな物も殆ど残っていない。
このままでは本当に救助が間に合わなくなるというのに……。
「この期に及んでまだ……!」
胴体の一部が岩壁にめり込む程の拳打を喰らわせたというのに、レーヌ・アタカスの複眼は攻撃を加えた私ではなく、未だにマスミさんの姿を追っていた。
信用の置けないエレウ=カーガの前で、手の内を晒すのは極力避けたかったけれど、最早出し惜しみをしている場合ではない。
「偉大なる祖竜よ!」
私はレーヌ・アタカスに向かって壁を走りながら、祖竜より賜りし二本の牙を刀剣へと変化させ、それぞれの柄頭を組み合わせて双刃刀の状態にした。
更に私は自らの魔力を流し込み、牙の力を引き出す為の特殊な呪文―――〈戦陣宣誓〉を唱えた。
まるで植物が成長するように双刃刀の柄が伸びていき、刀身はより攻撃的な形状へと変化しながら大きくなっていく。
「我が手に在るは猛勇の証。地なる竜の牙は金剛断ち切る剛剣とならん!」
物の数秒で柄は倍以上の長さに伸長し、二振りの刀身に至っては、どちらも私の身の丈を超えて覆い隠せるまでに巨大化した。
〈戦陣宣誓〉によって秘められた力を引き出された竜牙の双刃刀。
壁を全力で蹴って跳躍した私は、巨大化した双刃刀を半ば振り回すようにして上段に構え、めり込んだ胴体を岩壁から抜こうと藻掻くレーヌ・アタカスの脳天に叩き付けた。
「ハァァァアアアアアアッ!」
刃と化した竜の牙は一切の抵抗を許すことなく、岩壁ごとレーヌ・アタカスの巨体を真っ二つにしてみせた。
双刃刀を岩壁に突き立てて自らの落下を防いだ私は、塵のような魔力に還っていくレーヌ・アタカスの骸には目もくれず、深き穴の奥へと視線を向けた。
「マスミさん……」
もうどれだけ目を凝らしても彼の姿を見付けることは出来ない。
私が手間取っている間にマスミさんは奈落の底へ落ちてしまった。
自らの不甲斐無さに肩を震わせる私の耳に「いやー、びっくりしたなぁもう」と場違いに呑気な声が届いた。
見れば、上に残っていた筈のエレウ=カーガがゆっくりと私の方に降下してくるところだった。
おそらく身体を浮かせながら動くことの出来る〈浮遊〉の魔術を使っているのだろう。
私の近くまで降りて停止したエレウ=カーガは、「やっぱり今までは本気出してなかったんだねぇ」と言って、ベールの下から覗く口元に笑みを作った。
「それにしてもまさかレーヌ・アタカスを真っ二つとはねぇ。その武器いったいどうなって―――」
「何故笑っていられるのですか」
明らかに状況も忘れて自分の興味を優先しようとするエレウ=カーガの声を遮り、逆上がりの要領で双刃刀の上に立った私は、ベールの奥に隠された素顔を睨み付けた。
話を遮られたエレウ=カーガは気分を害した様子もなく、「何故って……何が?」と小さく首を傾げた。
この女は本当に理解出来ていないのか?
「マスミさんが落ちたのですよ」
「そうだねぇ。落ちちゃったねぇ」
「ッッ……我々は仲間ではありません。しかし、一時とはいえ協力関係にある者の生存が危ぶまれるというのに、貴方は何も感じないのですか」
「んー、正直残念ではあるよ。彼と話すのは結構面白かったし、もっと聞いてみたいことも沢山あったからさぁ。でも落ちちゃったものは仕方ないじゃない。それにほら、死んだと決まった訳じゃないし?」
運が良ければ生きてるんじゃないとエレウ=カーガが平然と口にした瞬間、私の中で瞬間的に怒りが湧き上がった。
この女はマスミさんの身など一切案じていない。
ただ自分の興味を引くものが無くなったことを残念がっているだけだ。
「貴様……!」
反射的に掴み掛かりそうになった時、「こらこら、こんな時にそんな所で喧嘩をしてちゃいけないよ」という声が頭上から降ってきた。
穏やかにこちらを嗜めたその声は、私が知っている人物のものだが、同時に有り得ないとも思った。
だって彼女はこの場に居ない筈なのに……。
「やぁ、フェイムくん。元気そうで安心したよ」
「な、何故貴方が此処に……」
見上げた先には、長い箒に腰掛けて空を飛ぶ美しき魔女―――シャーナ支部長の姿があった。
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