第8話 嚮導官との探索 〜魔女の血脈〜
前回のお話……ミミズ一刀両断
(女s ゜Д゜)イヤー!?
(ア ゜Д゜)オラー!
「ん?」
一度だけ揺れのようなものを感じた俺は、その場で足を止めた。
地下に居る所為か、地面だけではなく辺り一帯が揺れたような気がする。
地震にしては余りにも短かった為、俺の勘違いかと思いきや、隣を歩いていたフェイムも微かに眉根を寄せて、「今揺れませんでしたか?」と言ってきた。
どうやら俺の勘違いではなかったらしい。
しかしそうなるといったい何が原因なんだ?
首を傾げていると、後ろの方から「上の階層で何かあったみたいだねぇ」と呑気な声が聞こえてきた。
嫌々振り返れば、俺とフェイムから十歩程度の距離を置いて歩くエレウ=カーガの姿があった。
何が面白いのか、黒のベールの下から覗く口元は緩く笑みの形を作っている。
「何かってなんだよ?」
「さぁ、そこまで詳しいのは分からないけど、何か大きな力を感じたからそれが原因じゃないかなぁ」
魔術じゃなさそうだけどねぇと呑気に告げるエレウ=カーガ。
いったい何を根拠に……と出掛けた言葉を呑み込んだ俺は、フェイムを促して移動を再開した。
エレウ=カーガとの会話を早く終わらせたかったからだ。
結局、一緒に最深部を目指すというエレウ=カーガからの提案を俺は受け入れてしまった。
当初は囮にでも利用してやるつもりだったのだが、この手のタイプは一度言い出したら聞かないのがお決まりだ。
どれだけ拒否しても勝手に付いて来るのが目に見えている。
何を仕出かすかも分からないこの女と別行動をした結果、無用なトラブルに巻き込まれてより事態を悪化させるくらいなら、いっそ目の届く所で監視した方がマシと判断したのだ。
御せる自信は微塵も無いけど、そこはフェイムと二人で頑張る他ない。
所詮は利害の一致で行動を共にしているだけだ。
馴れ合うつもりなど毛頭ない為、会話は必要最低限である。
最低限にしたいと思っているのに……。
「ねぇねぇ、マスミくんって本当に〈異邦人〉なの?」
人の気も考えも知らないエレウ=カーガは、目茶苦茶話し掛けてくるのだ。
仲良くなりたくない相手から、こうも積極的にコミュニケーションを図られると対応に困ってしまう。
いつの間にか馴れ馴れしく名前で呼ばれてるし。
あとこいつはなんで俺が〈異邦人〉だと知って……あぁ、ジェイムの奴に聞いたのか。
誤魔化しても意味は無さそうだし、ずっと質問攻めをされるのも面倒だな。
「……あぁ、正真正銘の〈異邦人〉だよ」
「おー、私初めて会ったかも」
観念して溜め息混じりに自らの正体を明かした俺を、エレウ=カーガはジロジロと無遠慮に眺めてきた。
珍獣じゃあるまいし、完全に見世物扱いである。
まぁ、これで少しは大人しく「なんて世界から来たの?」ならなかった。
「ねぇねぇ、なんて世界から来たの?」
「世界ってか、地球? 日本ってとこに住んでた」
「どんな世界だったの?」
「魔術も魔物も居ない世界」
「どうやってこっちの世界に来たの?」
「知らん。気付いたら迷い込んでた」
根掘り葉掘り訊いてくるじゃねぇか。
結局質問攻めに遭い、このままでは俺の個人情報が丸裸にされてしまうと危惧していた時、フェイムから「マスミさん、律儀に受け答えしなくてもいいですから」と呆れ気味にツッコまれてしまった。
「なんで俺は素直に答えてるんだ?」
『無視すればいいものを。絆されたか?』
「そんなつもりは欠片もないんだけど……」
相手の敵意の無さ故か、知らぬ間に警戒心が弱まってしまったのだろうか?
もしやこの女、実はとんでもないコミュ力お化け……んな訳ないか。
「貴方も少しは遠慮しなさい」
「遠慮って何を?」
「同行は認めましたが、私達と貴方は本来なら敵同士です。馴れ合うつもりはありません」
「だから私は君達を敵だなんて思ってないってばぁ」
「口ではどうとでも言えます」
「本当だってばぁ。折角一緒に居るんだからもっと仲良くしようよぉ」
どれだけフェイムに厳しい言葉をぶつけられてもエレウ=カーガに堪えた様子はなく、むしろグイグイと積極的に距離を詰めて来る。
普通ここまで明確に拒絶の意思を示されたら諦めようものだが、この女には全く通じないのだ。
暖簾に腕押し……いや、何か違う気がする。
「せめてもう少し口数が少なければ……」
「お喋りしてた方が楽しいじゃない」
「お前はな」
俺達は別に楽しくないんだよ。
困ったことにエレウ=カーガと行動を共にして以降、ノーラとの交信が途絶えてしまったのだ。
どれだけ呼び掛けても彼女が応じることはなかった為、おそらくグラフィーナによる何らかの妨害行為があったものと思われる。
無論、俺の勝手な憶測に過ぎないのだが、ノーラからの情報提供が失われたのは事実だ。
状況は悪化する一方……かに思われたが、実は案外そうでもなかった。
「あ、何か出そうだねぇ」
そう言ってエレウ=カーガが指差す通路の先に闇の穴が出現し、次々と魔物を生み出し始めたが―――。
「『冷たき涙滴よ』―――〈氷雨〉」
―――降り注ぐ氷結の雨が魔物も闇の穴も呑み込み、全てを消滅させた。
後に残されたのは、地面の上に転がる魔石のみ。
「詠唱省略して〈氷雨〉使えんのかよ」
『威力も速度もヒトミ以上じゃな』
このように闇の穴の発生に気付いたエレウ=カーガが率先して排除してしまう為、俺とフェイムの出番は大幅に減り、探索自体はかなり安全になっていた。
「よーし、このまま奥まで進むぞー」
「お前……いったい何者なんだ?」
「ん? 何ってゼフィルの嚮導官だってば」
「肩書きなんざどうだっていいんだよ。俺が聞きたいのは、お前自身が何者なのかって話だ」
エレウ=カーガは地上で支部長と対峙した際、彼女のことを本物の魔女と称した。
まるで自分は本物ではないかのような物言いが妙に引っ掛かった。
「まさかお前も魔女なのか?」
「違うよ?」
「違うんかい」
「魔女は私のおおばあちゃん。えーっと……曾祖母ちゃんのそのまた曾祖母ちゃんかな」
曾祖母の更に曾祖母って、六代も前になるのか。
「その人が……」
「そ、ラフネルって魔女。おおばあちゃんは自分が魔女だって言わなかったけど、亡くなった後に見付けた手記の中に魔女に関するあれやこれやが書かれてて、それを読んで分かったんだぁ。すんごい長生きだったから絶対普通の人間じゃないとは思ってたけど」
だって母さんや祖母ちゃんが死んでもまだ生きてるんだもんと言って笑うエレウ=カーガ。
イジり辛いから故人をネタにするのは止めろ。
その言い方だと割りと最近まで生きていたように聞こえるが、現役魔女の支部長が実年齢四百歳超えである点を考慮すると、有り得ない話でもないのか。
「一応魔女の血を引いてはいるけど、大分薄まっちゃってるから、とても私は魔女ですなんて名乗れないよ。何より知識と魔力の引き継ぎが出来てないからねぇ」
「魔力の引き継ぎ?」
また知らないワードが出て来た。
ニース先生、説明よろしく。
『我のこと生き字引とでも思っとらんか?』
「ちょっとだけ」
我もそこまで詳しくないぞと前置きしつつ、ニースは簡潔に説明してくれた。
魔女のように女しか生まれない特定の種族は、代を重ねる毎に血が薄まる為、種としての能力が劣化してしまう。
それを防ぐ為に行われるのが魔力の引き継ぎ―――継承魔力というらしい。
古い魔術師の家系などでも行われているとか。
『代を重ねた分だけ魔力が加算されていく故、理論上は無限に魔力を増やしていけることになるのぅ。扱えるかどうか別問題じゃが』
「それをラフネルさんとやらはしなかったと。なんで?」
「さぁ、理由までは分かんないよぉ」
気付けば当たり前のようにエレウ=カーガと会話をしていた。
またフェイムに注意されるかもと思ったが、チラリと一瞥をくれただけで、彼女が何かを言うことはなかった。
もしかしたら呆れられたのかもしれない。
そうして足も口も止めることなく探索を続けたところ、迷宮の様相が変わった。
「何だこりゃ……」
「最深部ではなさそうですが」
これまで通った迷路染みた構造とは全く異なるドーム状の広大な空間。
正確な高さは不明だが、面積だけなら野球の試合くらいは余裕で出来そうだ。
これも人造迷宮ならではなのか。
いったい何をどうすれば地下にこれ程の空間を築けるのだろうと驚く俺の傍らで、エレウ=カーガが「また何か来そうだねぇ」と告げた直後、上空の空間が大きく歪み、巨大な闇の穴が出現した。
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