第5話 嚮導官の提案
前回のお話……エレウ=カーガ再登場
(エ ゜Д゜)混ぜてー
(フ&真 ゜Д゜)!?
貴重な安全地帯で休息を取る俺達の前に現れた望まぬ来客―――エレウ=カーガは、地上の陣地で会った時と同じような態度で、「やっぱり君達も来てたんだねぇ」と気軽に手を振ってきた。
来てたんだねぇ……じゃねぇよ!
そもそも全部テメェの所為だろうがと怒鳴りたくなる衝動をグッと我慢する。
今感情的になったところで、良いことなど一つもないのだから。
当然手を振り返すような真似もせず、フェイムに倣って俺もその場に立ち上がった。
黒のベールから覗く唇は笑みの形を作っており、敵意はこれっぽっちも感じられない。
上から現れたということは、どうやらエレウ=カーガも俺達と同じ階層に飛ばされていたらしい。
迷宮内に転移しているだろうと予想はしていたが、まさか同じ階層を彷徨っているとは思わなかった。
一人で居た時に鉢合わせなくて本当に良かった。
「それで何の話をしてたの? 魔女の研究とか、生体端末がどうとか凄い気になること言ってたよね?」
私にも教えてよぉと言いながら階段を降りて来るエレウ=カーガ。
こちらを警戒している様子など微塵も無く、まるで無邪気な子供のようにも見えた。
俺達程度では自分の敵にはなり得ないと侮っているのか、それとも……。
「本気で敵とは思ってないとか?」
『あの女は読めぬ』
人間らしさが欠落していたエルビラ=グシオムとは、また違うベクトルで心情が読み辛い。
厄介なのが、ゼフィル教団の幹部を名乗るだけのことはあって実力は本物。
おまけに支部長を出し抜ける程に頭も回るときた。
さぁ、どう対応するのが正解だと思考を巡らせる俺の隣で、フェイムが「止まりなさい」と制止の声を上げた。
意外にもエレウ=カーガは彼女の制止に従い、階段を下りる足を止めた。
高低差があって分かり辛いが、あと二十段も下れば踊り場に到達する距離だ。
「それ以上近付くことは許しません」
「えー、なんでさー。私にもお話聞かせてよぉ」
「話し合う理由などありません。地上で襲ってきた時点で、貴方は我々の敵です」
「私は君達と敵対したつもりなんてないよぉ?」
警戒心剥き出しのフェイムとは対照的な態度を見せるエレウ=カーガ。
まさかとは思っていたが、どうやら本気で俺達を敵とは認識していないらしい。
結果的に被害が出なかったとはいえ、地上であれだけの数の魔物を嗾けておきながら敵ではないって、いったいどういう神経してるんだか。
いつでも飛び出せるように僅かに腰を落とすフェイムを見て、エレウ=カーガは「止めた方がいいと思うよぉ?」と告げた。
相変わらず覇気も緊張感も感じられないが、これは間違いなく警告だ。
下手な真似はするな、と。
ハッタリではない。
何しろエレウ=カーガは、支部長と同じ無詠唱魔術の使い手。
気付いた時には魔術の餌食になっていてもおかしくないのだ。
フェイムも重々承知している筈だが、その程度の脅し文句で彼女が臆することはなかった。
「確かに貴方の力は脅威です。魔術師として如何に傑出した存在なのか、魔術の使えない私にだってそれくらいは分かります。ですが……」
―――そこはもう私の間合いです。
そう静かに告げた直後、フェイムの姿が俺の隣から消え、一瞬後にはエレウ=カーガの眼前に現れた。
ベールの下の口から「あ」と小さく声が漏れた時には、既に牙剣の刃がエレウ=カーガの首に添えられていた。
その気になれば、いつでも首を切断することが出来る。
生殺与奪の権利は完全にフェイムに握られていた。
その代わり……。
「君凄く速いねぇ。いきなり目の前に現れてビックリしたよぉ」
「……貴方こそ」
フェイムを取り囲むように空中に浮かぶ無数の氷の針。
ほんの少しでも動けば、鋭い先端が彼女の肌に触れ、傷付けてしまうであろうギリギリの距離で静止している。
エレウ=カーガのような生粋の後衛タイプが、フェイムの神速の踏み込みに反応出来るとは思えない。
おそらくは今のような事態を見越して、予め魔術を仕込んでいたのだろう。
俺やフェイムどころかニースにも察知させない卓越した魔力制御。
癪だけど、流石と言わざるを得なかった。
片や剣。片や魔術。
両者共動くぬ動けない状況の中、空気だけがピリついていた。
『マスミ、どうするのじゃ?』
「どうするったって……」
むしろ俺の方こそ教えてほしい。
とはいえこのままでは埒が明かないのも事実。
そして悲しいかな、この場で介入出来る者は俺しか居なかった。
一度だけ深く、それはもう実に深く溜め息を吐いた後、俺は覚悟を決めて二人の元に近付いた。
「エレウ=カーガ、あんたに聞きたいことがある」
「えー、今じゃなきゃ駄目?」
「逆に今しか聞けねぇから聞くんだよ。俺達と敵対する意思が無いってのは本当か?」
まさか敵対の意思を確認するとは思っていなかったのだろう。
視線も刃も固定したままのフェイムの口から「マスミさん、何を……」と微かに戸惑うような声が漏れた。
困惑するフェイムを他所に、エレウ=カーガはあっけらかんとした態度で「本当だよぉ」と肯定した。
「その言葉に嘘は無いって証明出来るか?」
「証明って言われてもねぇ。君達と本気で争うつもりなら、声なんか掛けずにさっさと魔術撃ってると思うんだけど……これじゃ証明にならない?」
「……分かった」
「マスミさん、まさか信用するのですか?」
「信用なんてしないさ。でも今俺達と争うつもりがないってのは本当だと思う」
「最初から争う気なんかないってばー」
「あんたはちょっと黙ってろ」
仮に敵対するつもりがなかったとしても、自らの目的の為に魔物を平気で嗾けるような奴がまともである筈もない。
そんな相手を信用するなんて土台無理な話だ。
「フェイムだって分かってるだろ。俺達は迷宮っていう敵の腹ん中に居るんだ。ただでさえ危険な状況の中、あの女と戦ったって何の得にもなりゃしない。むしろ百害しかねぇ」
「しかし……」
「情けない話だけど、きっと俺一人じゃ自力で地上には帰れない。フェイムの力が必要なんだ」
卑怯な物言いをしている自覚は有る。
だが情に訴えれば、根っからの善人であるフェイムは矛を収めてくれる筈だ。
案の定、フェイムは「分かり、ました」と如何にも不承不承といった様子ではあったもの、エレウ=カーガの首に当てていた刃を外し、元の牙の状態へと戻してくれた。
「流石に百個も害は無いと思うんだけどぉ」
「うるせぇ。お前もさっさと魔術消せ」
「オッケー」
そぉれと実にわざとらしい掛け声と共にエレウ=カーガが腕を横に振れば、空中に浮いていた全ての氷の針が一斉に砕け散り、青い魔力の粒子へ還っていった。
暗い地下にあっても鮮やかな輝きを放つ魔力の粒子に、不覚にも見入ってしまった。
「魔力って綺麗だよねー?」
「……こっち見んな」
薄いベール越しにエレウ=カーガの視線を感じた俺は、反射的にそっぽを向いた。
見えないけど、絶対得意げな顔を浮かべているだろうと容易に想像出来た。
腹立たしい……!
「いやー、止めてもらって本当に助かったよぉ。彼女に本気出されてたら今頃どうなってたか分からないもん。私」
「手の内を明かしていないのは、そちらも同じでしょう」
まるで牽制し合うようにお互いが本気ではなかったと言い出すフェイムとエレウ=カーガだったが、俺からすれば、いやお前ら殺人一歩手前まで行っといてどっちも全力出しとらんのかいとツッコんでやりたかった。
そしてあの一瞬の攻防で何故そんなことまで分かるんだ。
本当に最近戦闘力インフレが激し過ぎる。
「エレウ=カーガ、あんたの目的は何なんだ?」
「地上でも話したけど、私の目的はこの迷宮の仕組みを調べることだよぉ。一時はどうなることかと思ったけど、結果的にあの厄介な魔女さんからも逃れた上に迷宮にも侵入出来たんだから、私ってばツイてるよねぇ」
「俺らは何にもツイてねぇけどな」
「そしたら君達が面白そうなこと話してるのが聞こえたからさぁ。ついつい声掛けちゃった」
「聞けよ」
皮肉も通じない。
随分と機嫌が良さそうなのは、迷宮に侵入出来たことで、目的達成に一歩近付いたからだろうか。
まぁいい。
今はこの胡散臭い女の思惑よりも敵対しないという事実の方が重要なのだ。
おそらくグラフィーナは、俺達だけではなくエレウ=カーガの方にも魔物を差し向けている筈だ。
ならば上手いこと泳がせて、精々敵の注意を引いてもらおう。
エレウ=カーガを囮に俺とフェイムは迷宮の脱出を図り、地上部隊と合流する。
そうして戦力を整えた後、改めて迷宮に突入し、一気に最深部を目指す。
時間は掛かるだろうけど、この方法が一番安全で確実だ。
問題はどうやってエレウ=カーガを誘導するかだな……と密かに思考を巡らせていた時―――。
「あ、折角だからこのまま一緒に下まで行かない?」
―――当のエレウ=カーガから予想外の提案を受けてしまった。
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