第35話 見えない瞳に映るもの
前回のお話……ルジェの目には
(ル ゜Д゜)魔力が見えてます
(ミ ゜Д゜)……魔力?
―――side:ミシェル―――
自らの目の秘密―――魔力が見えると打ち明けたルジェ殿だったが、私は彼女の発言に対して驚きよりも戸惑いを抱いた。
魔力なんて誰にでも見えるのでは?
そう思ったのは、きっと私だけではない筈だ。
現に身体強化や魔術を使った際には、様々な色の魔力粒子が放出され、視認出来るようになる。
雰囲気で察したのだろうか、ルジェ殿は「ま、普通はそう思うよねー」と言って、髪が乱れることも構わずに頭を掻いた。
「みんな知ってるだろうけど、ウチは昔の怪我が原因で視力の殆どを失った。あぁ、割りと苦い思い出だから、なんで怪我をしたかとかそういう質問は無しの方向で」
むしろウチの語りが終わるまで質問は受け付けませーんと一方的に告げるルジェ殿。
その姿は極めて普段通りであり、少なくとも自らの過去を悔いたり、悲嘆しているような様子は見受けられなかった。
「最初は冒険者も引退かなぁって思ってたんだけど、辞めたところで出来る仕事も行く当ても無かったからさー。こりゃ何としてでも続けるしかねぇよなって逆に腹を括ったね」
何でもないことのようにルジェ殿は語ってはいるが、よくそれで腹を括れたものだと感心してしまう。
普通なら視力を失った時点で冒険者など引退している筈だ。
現に私が彼女の立場だったら早々に諦めて実家に帰ることだろう。
だがルジェ殿は冒険者を続けた……続けざるを得なかった。
他に選択肢など無かったから。
他者の身の上話を聞くと、自分がどれだけ恵まれた環境に生まれたのかを改めて痛感させられる。
「デカいハンデ背負ったまま今まで通りにはやれないからねー。残ってるもん使って食ってくしかないよねって考えた訳」
「だからといって、それでよく耳や鼻を鍛えようなどと思い付いたものだ。普通はそんな発想に至らんぞ」
若干の呆れを含んだジュナ殿とは反対に「いやいや、逆境を力に変えようとは中々の気概ではないか」とアルナウト殿は妙に楽しそうだった。
「しょうがないじゃん。暫く杖無しじゃ歩けなかったんだから。満足に動かない身体鍛えてる暇あるんだったら、他のことやるよ」
「怪我したのはぁ、目だけじゃなかったんだ〜」
「そそ、治療と同時進行。もうホント死ぬ気で努力したもん。多分人生で一番頑張ってた時だと思うなー」
軽薄そうな物言いだが、その道程が決して容易なものでなかったことは想像に難くない。
当然だ。
日常生活に支障をきたす程の障害を乗り越え、現役に復帰しようというのだから。
失われた視力を他の感覚器官で補い、更に発達させていく。
死に物狂いで努力を続けた結果、ルジェ殿は目に頼らない正確無比な探知技術を手に入れたのだ。
「そんな感じで丸一年近く掛けてやって来たわけ。んで、それなりに物になってきたかなぁなんて頃から急に目に違和感を覚え出したんだー」
まさか視力が回復してきたのかと当初は疑ったそうだが、負傷して以降、ぼやけて曖昧となった視界に変化はなく、相変わらず物や人の輪郭ははっきりしなかった。
だが時折、視界の中に細かな光のようなものが映り込むようになった。
日を追う毎に鮮明に見えていく光は、人や様々な物の中に有り、大気中にも漂っていることが分かり、もしやこの光は魔力や魔素なのではとルジェ殿は疑いを持つようになった。
「確信に変わったのはギルドの魔道工芸品が稼働してるのを見た時かな。凄い勢いで光が動きまくってたからさ。あ、もしかしてこれ魔力じゃね……って」
更に確信が確証へと変わったのはシャーナ支部長からの一言。
ある日、事前連絡も無しに突然ルジェ殿を呼び出した支部長は、困惑する彼女に向けて一言「君、魔力見えてるよね?」と切り出した。
知った上で言っているのだろうが、ストレート過ぎではないか?
「なんか前々からウチに目を付けてたみたいでね。どうせ冒険者続けるなら黒金級にならないかって誘われたんだー」
黒金級になればギルドからの援助も受け易く、身に付けた技術を活かせる依頼を回してもらえる。
元より新たなパーティの当てはなく、一人での活動にも限界を感じていたルジェ殿にとって、支部長からの勧誘はまさに僥倖だった。
その場で申し出を受け入れたルジェ殿は、自らの目の異常について支部長に訊ねてみた。
「それは異常なんかじゃないよ。魔力を直接視認出来る才能の持ち主は確かに存在する。君のように本来の視力を失った結果、後天的に目覚めるのはかなり珍しいケースだけどね」
こうして黒金級の冒険者となったルジェ殿は、今度は魔力の視認をコントロール出来るように支部長の指導を受け、現在の立場となった。
「ま、ウチの話はこんなところかな。ご静聴ありがとうございましたっと」
わざとらしく胸に手を当ててお辞儀をするルジェ殿。
彼女の話を聞き終えたドナート殿は「活性化していない魔力まで視認出来るなんて……!」と驚きを露わにし、ミランダ殿も「成程。魔物の出現するタイミングが分かるのもそれが理由ですか」と納得していた。
ジュナ殿やアルナウト殿も感心したように頷いている中、私は……。
「……どういうこと?」
一人だけ理解が追い付かず、エイルに助けを求めていた。
エイルは情けなく眉を下げる私を見ても嫌な顔一つせずに教えてくれた。
「ミシェルちゃんに見えてる魔力ってぇ、どんなの〜?」
「どんなのって、魔術とか身体強化の時に出る魔力粒子……とか?」
「じゃあそれってぇ、使ってない時にも見える〜?」
「見える訳がないだろう」
「ルジェちゃんにはぁ、それが見えるんだよ〜」
「……え?」
使っていない時……つまり放出されることなく、まだ魔力は体内に残ったままの状態。
その状態の魔力でもルジェ殿には見えている。
「普通に凄いことではないか?」
「とっても凄いことなの〜」
やっと私にも理解することが出来た。
ルジェ殿には最初から迷宮内を循環する魔力が見えており、その魔力の動きから闇の穴が出現する時を予期していたのか。
「凄いなルジェ殿!」
「あー、ありがと? でも別に万能って訳じゃないんだよ。あんまり見過ぎると頭と目が痛くなってくるし、そもそも魔力の抑制や隠蔽なんかされると見えなくなっちゃうし」
「魔力を隠蔽することなど可能なのか?」
「出来る人は出来るみたいだよー。現に支部長なんかは普段からやってるしね。知ってる? あの人、魔術使ってる時でも魔力が全然乱れないんだよ。気持ち悪くない?」
「それはもうただの悪口だ」
あの支部長を気持ち悪いって、彼女も大概怖いもの知らずだな。
そんな迂闊な発言には一切触れることなく、ジュナ殿が「やはり不調の原因はその目か?」と疑問をぶつけた。
「ま、そうなるね。正確には目の不調じゃなくて、迷宮の魔力が酷過ぎて酔ったって感じかな」
「魔力が酷過ぎたってぇ、どういうこと~?」
「魔力の流れがもうグッチャグチャなんだよ、この迷宮。数日前とは完全に別物。見てたらどんどん頭痛くなってきちゃって、マジで耐えられなかったんだよ。慣れるかと思ったけど駄目だった」
「今は平気なのか?」
「魔力の視認を完全に切ったから取り敢えず平気。おかげでただの盲目に逆戻りだけどねー」
そこまで告げたところで、ルジェ殿は自らの武器でもある仕込み杖で地面をコンコンと軽く叩き、「ウチの目についてはこんなところとして、こっからが本題」と切り出した。
「魔力の流れがグチャグチャだったって話はさっきしたけど、その中でも明らかに他と違うのがあった」
「他と違う?」
「とんでもなくデカくて異質な魔力。そいつが地下深くに……多分迷宮の最深部に向かってるのが見えた」
ルジェ殿が再び杖の先で地面を叩けば、皆の視線はその叩かれた箇所へと集中した。
「あの魔力の正体が何なのかはウチにも分からない。でも何かが起きようとはしてるのは確か。もう悠長に地上に戻ってやり直してる時間は無いと思うよ」
此処よりも遥か下―――迷宮の最深部へ向かう異質な魔力。
自分には見ることも感じることも出来ないその魔力に、私は言い様のない不安を覚えた。
お読みいただきありがとうございます。




