第31話 知っているから
前回のお話……スクロールピカッ!
(エレ ゜Д゜)ピカー
(真 ゜Д゜)!?
(ロ ゜Д゜)!?
(フ ゜Д゜)!?
―――side:ローリエ―――
倒した剣刃歯虎の死骸を手分けして処理している途中、わたしのすぐ近くで作業に勤しんでいたヴィオネさんから声を掛けられました。
あまり表情の変化しない彼女ですが、今は困ったように眉根が下がっています。
「ローリエ、大丈夫?」
「あ、ヴィオネさん」
「元気、出して?」
「……わたしなら大丈夫です」
ご心配をお掛けしてすみませんと謝れば、ヴィオネさんの表情は更に曇ってしまいました。
あぁ、駄目ですね。
ちゃんと笑ったつもりだったんですけど、彼女にはお見通しのようです。
「無理、しないで」
「無理をしているつもりはないんですけど……」
「嬢ちゃんにそのつもりがなくても、周りにゃそうは見えねぇってこったよ」
今度はローグさんから「ローリエの嬢ちゃんは少し休みな」と言われてしまいました。
少し離れた所では、ディーンさんとトルムさんもこちらを心配そうに見ていました。
「でも何かしていないと落ち着かなくて」
「気持ちは分かるけどよ。嬢ちゃんが受けたショックのデカさは、俺らなんかの比じゃねぇだろうからな」
「ローリエ、休んで」
「皆さん……」
お願いとヴィオネさんに手を握られてしまえば、わたしもそれ以上意地を張ることは出来ませんでした。
「すみません。少しだけ……甘えさせてもらいます」
「おう。遠慮なく甘えとけ」
「残りは俺らで片付けとくからさぁ」
「ん」
ありがとうございますとお礼を告げた後、わたしは皆さんの傍を離れました。
向かった先は迷宮の入口―――マスミさんが消えてしまった場所。
「マスミさん」
わたしは何も無い中空に手を伸ばし、数秒強く握り締めた後、手を広げてみました。
その手の中には、当然ながら何も有りません。
だってわたしの手は、マスミさんに届かなかったのですから。
エレウ=カーガが魔述巻物を使用した際、わたしとフェイムさんは転移の光に呑み込まれていくマスミさんに向けて手を伸ばしました。
しかし光が収まった後、わたしの前からマスミさんの姿は消えていたのです。
それは隣に居た筈のフェイムさんとエレウ=カーガも同様で、その場に残されたのはわたしと物言わぬ骸と化した剣刃歯虎。
そして穴の空いた魔述巻物だけでした。
あの時、わたしの手が届いていれば……いえ、もしも話をしたところで何の意味もありませんね。
「何も掴めなかった……本当にわたしは役立たずですね」
「そんな風に自分を卑下するものじゃないよ」
「支部長……」
立ち尽くすわたしの元にシャーナ支部長がやって来ました。
本来ならわたしも〈転移〉に巻き込まれてるか、あるいは剣刃歯虎に攻撃されてもおかしくなかったのですが、そうならずに済んだのは彼女のおかげです。
あの混戦の中、支部長は魔述巻物と剣刃歯虎のみを正確に攻撃し、わたしの命を救うと同時に術式の発動を妨害してみせたのです。
「ありがとうございます。支部長の援護が無ければ、今頃わたしもどうなっていたことか」
「よしておくれ。そもそも私がもっと冷静に対処していれば、今回のような事態にはならなかった」
あの女にしてやられたよと支部長にしては珍しく悔やんでいるようでした。
既に支部長の口からわたしも含めた全員に伝えられていることですが、どうやらエレウ=カーガは魔女の血を、それも支部長のよく知る人物の血を継いでいるようなのです。
曰く、魔女は同族の魔力に敏感なのだとか。
「色々なことが重なって、私も少し冷静さを欠いてしまっていたんだ。偉そうなことを言っておきながら、結局このザマだよ。君達には本当に申し訳ないと思っている」
「そんな、支部長が謝るようなことでは」
「慰めになるかは分からないけど、まず間違いなく〈転移〉は失敗している。エレウ=カーガの望んだ場所には飛べていない筈だよ」
「だとしてもマスミさんやフェイムさんは何処に……」
「おそらく二人は迷宮の中だ」
「え?」
支部長の発言を受け、わたしは反射的に迷宮の入口を振り返りました。
「術の特性上、不完全な〈転移〉で遠く離れた場所まで移動することは不可能。加えて言うと〈転移〉は、周辺に漂う魔力の影響を受け易いんだ。だからこそ予め座標を指定しておく必要が有る」
「初めて知りました」
「知らなくても無理はないさ。実際に〈転移〉の術式を学ぶ機会でもなければ知りようもないからね。重要なのは今此処に影響を与えるモノが存在するということ」
すぐそこにねと言って、支部長も迷宮の方に目を向けました。
この中にマスミさんとフェイムさんが……。
今すぐにでも探しに行きたい衝動を懸命に堪えるわたしの耳に「では何の心配もございませんね」という声が届きました。
お菓子とお茶の取り過ぎで休んでいた筈のユフィーさんがこちらに歩いて来たのですが、わたしは彼女の体調よりも発言の方が気になりました。
「ユフィーさん、今のはどういう意味ですか?」
「どうと仰いますと?」
「心配要らないとはどういう意味かと聞いているんです」
「言葉通りです。マスミ様の居場所が判明した以上、あとは迎えに行くだけで何の心配も要らないという意味でございます」
「ふざけてるんですか!」
心配無用とうそぶくユフィーさんをわたしは反射的に怒鳴り付けていました。
しかし怒鳴られた当人は「何をそんなに怒っていらっしゃるのですか?」とキョトンとした顔をしていました。
「マスミ様の居場所が分かったのですから喜ばしい限りではございませんか。むしろ思った以上に近くてラッキーでございます」
「ラッキーな訳がないでしょう! 迷宮の中なんですよ!?」
今やどれ程の危険が潜んでいるかも分からない迷宮の、何処に居るのかも分からない。
そんな状況に置かれているマスミさんの身を案じるどころか、心配要りませんだなんて、よくも言えたものですね。
「先に潜ったミシェル達の安否すら不明なのに貴方は仲間を何だと……!」
気付いた時には右手を大きく振り被っており、わたしはユフィーさんの顔面に平手を叩き付けようとしていました。
激情のまま手を上げそうになったわたしを「ローリエくん、少し落ち着きなさい」と支部長が止めてくれました。
「感情的になってしまうのはしょうがないけど、今ここで彼女を殴っても何の意味も無いよ」
「……すみません」
「うん、良い子だ。ユフィーくんも発言には気を付けなさい。あんな言い方をされたら、ローリエくんが怒るのも当然だよ」
「はて、わたくし何かおかしなことを言いましたでしょうか?」
「自覚無しとはまた凄いね。そもそもどうして君はマスミくんが安全だと思うんだい?」
支部長からの質問に対して、ユフィーさんは不思議そうに「いえ、安全とは思っておりませんが?」と返しました。
「んん? だってさっきは……」
「心配要らないとは申しましたが、安全とは一言も申しておりません」
「どう違うんだい?」
珍しく困った様子を見せる支部長にユフィーさんは変わらぬ態度で「マスミ様は決して諦めない御方ですから」と続けました。
「諦めないとはいったい何を?」
「生きることをです」
ユフィーさんは迷宮の方に向き直ると胸の前で両手を組み合わせ、更に瞳も閉じました。
その姿は法術を使う時と同じく祈っているように見えました。
「マスミ様は如何なる強敵や困難が立ち塞がろうとも生き抜く為の手段を模索し、実行に移せる御方です。迷宮内に居ると分かれば、必ずや地上を目指す筈です」
「それは……そうだと思いますけど」
「マスミ様の真なる強さはその心根です。上級悪魔と化したエルビラ=グシオムと対峙した時ですら諦めなかった御方です。この程度の窮地、マスミ様ならば鼻歌交じりに乗り越えられることでしょう」
「幾ら何でもそれは言い過ぎです」
本当に鼻歌交じりに迷宮から出て来たらちょっと……かなり引きます。
でも確かに彼女の言う通りマスミさんはきっと諦めたりしないでしょう。
支部長もユフィーさんの発言に少し呆れながらも、力の抜けた笑みを浮かべました。
「フフフッ、君はマスミくんを信頼しているんだね」
「神と主を信ずるのは当然のこと。わたくしはただ知っているだけでございます」
―――マスミ=フカミという御方の心が折れることはないと。
「フ、フフ……アハハハッ」
何の気負いもなく言い切ってみせるユフィーさんを見て、支部長は心底可笑しそうに笑い声を上げました。
失礼ながら、この人もこんな風に笑えたんですねと妙な感想を抱いてしまいました。
「あは、ははは……どうやら杞憂だったみたいだね」
「支部長?」
「ローリエくん、以前に君とミシェルくんに伝えたことを覚えているかい?」
「え? えっと……冒険者は強いだけじゃ駄目って仰ってたのですか?」
「そうそう。あの発言は撤回させてもらうよ」
「撤回と言われましても……」
こっちはあの発言の意図も理解出来ていないんですけど。
それどころか余裕が無くて、今の今まで忘れていましたよ。
「君達には無用な言葉だったらしい。余計なこと言ってごめんね?」
「お一人で納得せず、出来れば意味を教えていてだきたいんですけど」
「なぁに、年寄りの戯言だと思ってくれればいいよ」
私も耄碌したものだと一人でしみじみしている支部長。
全然取り合ってくれません。
そんな支部長に対して「支部長様の美貌は現役でございます。是非長持ちさせる秘訣の伝授を」と見当違いなお願い事をするユフィーさん。
勝手に魔女にでもなりなさい。
あぁ、駄目です。
わたしではこのマイペース過ぎる二人を処理し切れません。
一刻も早くマスミさんに帰って来ていただかないと。
「どうやらいつもの調子に戻ったようだね」
「おかげさまで言うのは癪ですけどね。悲嘆している場合ではないと思い出せました」
「結構。では戻ってマスミくんとフェイムくんの救出計画を練るとしよう。先に潜ったメンバーも心配だしね。私も遠慮するのはさっきの戦いで終わりにする。ここからは……」
一旦間を置いた後、支部長はこれまでに見せたことのない不敵な笑みを浮かべて「久し振りに本気を出すとしよう」と言い放ちました。
お読みいただきありがとうございます。
年内最後の更新となります。




