第30話 異邦人と嚮導官
前回のお話……真澄くん拉致。
(エレ ゜Д゜)お話しよー
(真 ゜Д゜)ヤダー!
(ロ ゜Д゜)返せー!
「ぁ―――ッぇ―――ッッ」
「えー、何か言ったー?」
不意を突かれ、エレウ=カーガの手によって戦場から連れ去られた俺は、未だこの女の元から解放されず……というか絶賛引き摺られている最中であった。
抵抗したいのは山々なのだが、掴まれているのが後ろ襟な為、体勢的に抵抗し難いのだ。
おまけにエレウ=カーガの跨る剣刃歯虎が本物の虎さながらの速度で走るものだから、襟ぐりに加えわれる圧力もかなりのものとなっている。
結果として俺は碌に声を発することも出来ず、精々首を絞められないように押さえておくことしか出来なかった。
身体強化を発動したくとも充分な酸素が脳に行き届かない所為で、魔力操作にも集中出来ない。
こんな状態、長く保つ筈がない。
「ッ―――ぃぇ―――!」
「聞こえないよー?」
テメェの所為で喋りたくても喋れねぇんだよ!
いつまで人様のこと引き摺ってるつもりだ馬鹿野郎!
マジで死んじ……あ、ヤバい。
本格的に苦しくなってきた。
このままじゃ本当に……意識が遠のき掛けたその時、『いい加減離さぬか!』というニースの怒声が響き、次いでバチッと静電気のような音が聞こえた。
直後にエレウ=カーガが「痛ッ」と短い悲鳴を上げるのと俺の身体が浮遊感に襲われるのはほぼ同時だった。
あ、ようやく離されたと安堵したのも束の間、すぐに背中を地面に強打して悶える羽目になった。
「い……っぐ、ぉぉ……ぉッ」
『大丈夫か?』
大丈夫……とすぐに返すことは出来なかった。
背中を苛む痛みに耐えながら顔を上げれば、迷宮の入口が目と鼻の先にあるのに気付いた。
視線を元居た方に向ければ、残されたみんなは今まさに剣刃歯虎と戦っている最中であった。
随分引き離されてしまった。
それでも迷宮へ潜られる前に身体の自由を取り戻せたのは、せめてもの僥倖か。
ようやく痛みも和らいできた為、身体を起こして―――ついでに足元で目を回していたシマリスを拾って―――エレウ=カーガと向かい合う。
「もうちょい優しく離してほしかったもんだよ」
「文句はそこのおチビちゃんに言ってもらえる? 私だって痛かったんだから」
エレウ=カーガは、ニースにやられた手にわざとらしくフーフーと息を吹き掛けていた。
本当に痛がっているのかは疑わしいものだ。
「その子なに? 妖精じゃなさそうだけど」
「さてね。あんたに教えてやる義理はねぇよ」
息を吹き掛けていた方とは反対の手で、胸ポケットから顔を出したニースを指差すエレウ=カーガ。
敢えて強気な態度で返してやれば、俺が引き摺られている間も懸命にくっ付いてきたレイヴンくんが、そうだそうだと言わんばかりにガチガチと大顎を鳴らしてみせた。
質問自体に大した意図は無かったのか、エレウ=カーガは然して興味も無さそうに「そっかぁ。残念」と言って手を引っ込め、代わりにすぐ傍に侍る剣刃歯虎の頭を撫でた。
「……なんで俺を連れて来た?」
「お話しようって言ったじゃない」
「ハッ、魔物大好き教団の幹部が一介の冒険者に何の用だよ」
「冒険者にじゃなくて君に用があるんだよ。マスミ=フカミくん」
何故俺の名を知っているんだと反射的に漏れそうになった言葉を呑み込んだものの、不自然さは隠せなかったらしい。
言い当てたことが嬉しかったのか、エレウ=カーガは「あは、やっぱり君のことかぁ」と口元に笑みを作った。
今更誤魔化したところで意味は無いか。
「初対面のあんたがなんで俺の名前を知ってるんだ?」
「ジェイムのことは知ってるでしょ? 前にあの子から聞いたんだよ。面白い人に会ったって」
教えてもらった特徴とまんま同じだからすぐに分かったよと語るエレウ=カーガだったが、今俺の意識の矛先はこの場に居ない女顔の宣教官へと向けられていた。
「ジェイムの野郎。余計なことをペラペラと……!」
『彼奴はマスミのことが大好きじゃからのぅ』
「冗談でも止めろ馬鹿野郎」
本気で気色悪いわ!
取り敢えずジェイムの奴は、次に会ったら絶対に張り倒す。
「ジェイムがあんなに楽しそうに喋ってるのを見たのは、本当に久し振りだったからよく覚えてるよ。あの子は他人にあんまり興味が無いからさぁ」
「あぁ、そうかよ」
どうやら俺と話がしたいというのは本当らしい。
一先ず危害を加えられる心配は無さそうだが、さてどうやってこの場を切り抜けたものか。
曲がりなりにも支部長と魔術の撃ち合いが出来るような実力者だ。
そんな奴を相手取れるなんて考える程、俺は自惚れちゃいない。
『隙を見て、我が目眩ましを使ってやろうか?』
「それだけでどうにかなりゃいいけど」
仮にエレウ=カーガの隙を突けたとしても、向こうには剣刃歯虎も居るのだ。
逃げたところで、俺の足ではすぐに追い付かれるのが目に見えている。
嚮導官と魔物の双方を同時に……俺に対処可能なレベルを超えている。
「割りと万事休すなんだが……」
もうどうにでもなれと破れかぶれに腹を括ろうとした瞬間、一筋の閃光が俺とエレウ=カーガの間を通過し、迷宮の入口たる岩山に命中した。
閃光が命中した箇所は爆発を起こすでもなく、まるで最初から無かったかのように綺麗に抉り取られていた。
赤熱化した断面部分が先の閃光に籠められた熱量を物語っている。
こんな真似が出来そうな人物を俺は一人しか知らない。
閃光が飛んできた方向に目を向ければ予想通りの人物―――シャーナ支部長が指揮棒を構えているのが見えた。
戦っていた剣刃歯虎も残り一匹だけとなり、ローグさんに取り囲まれている。
更にはローリエとフェイムの二人が凄まじい速さでこちらに駆け寄って来ている。
「今のは……もしかして〈穿光〉? もう完全に私の知ってる魔術と別物なんだけど」
「安心しろ。あの人だけだ」
あんな戦略兵器みたいな魔術師がホイホイ居てたまるか。
空間収納から突撃銃を取り出して構えれば、応じるように剣刃歯虎がエレウ=カーガの正面に回り、威嚇の唸りを上げた。
番犬ならぬ番虎である。
「悪いな。あんたの話にこれ以上付き合うのは難しそうだ」
「えー、私はもっとお話したいのに?」
「取っ捕まった後でも幾らでも付き合ってやるよ。あんたにゃ色々教えてもらいたいんでね」
テッサルタの違法召喚の時もそうだが、ゼフィル教団がどうやってこの迷宮の存在を嗅ぎ付けたのかも気になる。
それに貴重な〈転移〉の魔述巻物の供給源やあれだけ大量の魔物を何処で管理しているのか……聞きたいことは山程ある。
いつでも撃てるように突撃銃に魔力を流し込んでおく。
普通に戦っても勝ち目は無いだろうが、時間稼ぎくらいは出来る筈だ。
「すぐに俺の仲間も来るし、支部長もあんたを狙ってる。諦めて―――」
「やっぱり今お話したいなぁ」
という訳でと一旦間を置いた後、エレウ=カーガは懐から巻物―――魔述巻物を取り出し、素早く広げてみせた。
魔法陣は既に激しく明滅しており、今すぐにでも記された魔術を発動可能な状態にあった。
馬鹿な、いつの間に!?
「場所を変えようか」
「クソが!」
「マスミさん!?」
「くっ、間に合え……!」
魔述巻物から発せられる強烈な閃光。
銃の引き金を引く俺に向けて、追い付いたローリエとフェイムが手を伸ばし、そんな二人に剣刃歯虎が飛び掛かる。
それぞれの行動がどのような結果をもたらしたのか、転移の光に呑み込まれた俺達には知る由も無かった。
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