第28話 嚮導官の目的
前回のお話……ゼフィル幹部登場
(エレ ゜Д゜)よろしくー
(真 ゜Д゜)また変なの出てきた
(ユ ゜Д゜)お腹……タプタプ……
ゼフィル教団の幹部―――嚮導官のエレウ=カーガ。
俺達の前に現れた招かれざる客は、隠し立てすることもなく至極あっさりと自らの正体を明かした。
この女―――エレウ=カーガがゼフィル教団の一員であることに驚きはなかったものの、まさか幹部の一人だとは流石に思わなかった。
「ゼフィルの幹部……君がかい?」
「そうだよぉ。驚いた?」
表面上は至って平和そうなのに寒々しさを感じさせる支部長とエレウ=カーガのやり取りはまだ続いていた。
支部長からのプレッシャーを一身に浴びながらも、エレウ=カーガは平然と会話に応じている。
それだけでもこの女が只者ではないことがよく分かる。
もしやジェイムとアウィルも一緒に来ているのだろうかと周囲に目を向けてみたが、エレウ=カーガ以外にゼフィル教団員の姿は見当たらなかった。
何故かちょっとだけホッとしてしまった。
「おいマスミ、どうするよこれ」
「どうするって言われても……」
小声で訊ねてくるローグさんに対して、反射的にどうしたらいいんでしょうと返さなかった自分を褒めてやりたい。
そんなことは俺の方が聞きたいくらいだ。
如何に相手がゼフィル教団の幹部とはいえ、現状は明確に敵対している訳ではない為、下手に動くことも出来ない。
それよりも気になるのが……。
「ゼフィルが迷宮にいったい何の用だい?」
俺の気掛かりを支部長が代わりに質問してくれた。
ゼフィル教団はとにかく魔物を特別視している組織だ。
そんな連中が魔物以外に興味を向ける理由とは何だろう?
「迷宮にっていうか、迷宮の仕組みにちょっと興味があってねぇ」
「迷宮の仕組み?」
「どうやって魔物を無尽蔵に生み出しているのか、その方法を知りたいんだぁ。原理が分かれば私の研究も捗りそうだからね」
成程。
エレウ=カーガが知りたいのは、迷宮が魔物を生み出す仕組みについてか。
確かに一度に大量の魔物を生み出せる手段が有るのなら、何としてでも手に入れたいだろう。
「どうせ君達は迷宮の探索やら調査が仕事でしょ? 邪魔はしないからさぁ、私も中に入れてくれない?」
お願いだよぉと両手を合わせておねだりしてくるエレウ=カーガ。
初対面なのに馴れ馴れしい女だな。
ついでに言えば、黒尽くめで顔も隠した人物におねだりされるのって結構不気味だった。
「敵意は……感じられませんね」
「だな。嘘ついてるような感じもないけど」
だからといって安心は出来ない。
これで敵対の意思有りなら話も早かったのだが、やはり今のままでは勝手に動けない。
皆が困惑し、対応に苦慮していると思っていたのだが、支部長だけは違った。
無言で指揮棒を構えた次の瞬間、何十発もの〈小火弾〉がエレウ=カーガに向けて発射された。
炸裂する灼熱の礫。
熱風に巻き上げられた砂塵と煙に呑まれ、エレウ=カーガの姿はあっという間に見えなくなった。
「…………ってぅオイ!?」
いきなり何してくれやがるんだ、この魔女は!
「頭おかしいだろ!」
「気でも触れましたか!?」
「無防備な相手を攻撃するのは流石に……」
「ってか撃ち過ぎだろうよ。マジでイカれてるぜ」
「ん……ぅん……」
「無詠唱でぶっ放すってどんだけ殺意高めなんすか」
「何も、見えない、し、煙い」
「ねぇ君達、言葉の暴力って知ってる?」
私だって傷付くことくらいあるんだからねなんて言い出す支部長だったが、言葉とは裏腹に彼女が俺達の発言に傷付いた様子はなかった。
それどころか再び指揮棒を構えて次なる魔術を放とうとした為、俺は慌てて支部長の手首を掴み、狙いを逸らした。
「いきなり女の手を掴むなんて……マスミくんも大胆だね」
「手首な……って言ってる場合か! あんたマジで何考えてんだよ!?」
「何とは?」
「いきなり攻撃したことに決まってんだろ。幾ら相手がゼフィルだからって、まだ敵対もしてない奴を―――」
「敵対行動なら彼女は既に取っているよ」
「……は?」
事も無げに告げられた事実に言葉を失う俺に代わって、「まさかいきなり攻撃されるとは思わなかったよ。びっくりだねぇ」という呑気な声が響いた。
見れば、砂塵と煙が晴れた先にエレウ=カーガは変わらぬ姿のまま佇んでいた。
あれだけの数の〈小火弾〉を浴びたにも関わらず、エレウ=カーガがダメージを受けた様子は皆無。
傷一つ負うことなく、あの女は支部長の魔術を凌いでみせた。
「いやいや、無傷じゃないよ?」
「……何処が?」
「ほらよく見て、髪の毛焦げてる」
そう言って、自身の長い髪を持ち上げてみせるエレウ=カーガ。
確かによく目を凝らしてみれば、くすんだ金髪の毛先が少し焦げているように見えなくも……。
「……ボサボサ過ぎて全然分からん」
「ひどーい。髪は女の命なのにぃ」
「本気でそう思ってんだったら、もそっと大事にしとけ」
誰がどう見たって、碌に手入れをしていないのがバレバレである。
それでよく女の命などと嘯け……んなこたぁどうでもいい!
知りたいのは頭髪の健康状態ではなく、如何なる手段を以って支部長の魔術を防いでみせたのかだ。
「何こいつ凄ぇやり辛い」
『ノリやすいマスミにも責任はあるがの』
「ほっとけ」
割りと自覚も有るから。
エレウ=カーガの独特過ぎる対話テンポに苦戦する俺に代わって、ローリエが「どうやって防いだんですか?」と問い詰めた。
質問に対して、エレウ=カーガは特に隠し立てすることもなく、「どうって……普通に〈障壁〉の魔術を張っただけだよ?」と答えた。
支部長は無詠唱で魔術を放った。
完全なる不意打ちの為、詠唱による魔術では防御が間に合わない。
つまり……。
「あんたも無詠唱魔術を使えるって訳か」
「詠唱が一節二節の簡単な魔術限定だけどね」
そもそも無詠唱魔術が簡単じゃねぇよとツッコミたくなったものの、言うだけ無駄な気がしたので止めておいた。
流石に支部長には及ばないだろうけど、エレウ=カーガが恐るべき魔術の使い手である事実に変わりはない。
腐ってもゼフィル教団の幹部と言ったところか。
「……支部長、あの女が既に敵対行動を取ってるってのはどういう意味ですか?」
「出来れば先に聞いてほしかったよ」
「あとで謝りますんで、早よ!」
「彼女は私が張った魔物除けの結界に穴を空けたのさ」
「は、穴?」
魔物除けの結界は、その名の通り魔物を近付かせないようにする為の結界だ。
魔物以外に効果は無い為、人が通る場合は何の影響もない筈なのだが……。
「何の為に……ってか結界なんていつの間に?」
「それに関しては是非とも本人の口から教えてほしいものだね」
俺の疑問を無視してどうなんだいと問い詰める支部長だったが、当のエレウ=カーガは然して悪びれた様子もなく、「それは仕方ないよねぇ」と返した。
「だって魔物除けの結界があったら、私の可愛い魔物達が近付けないでしょ?」
「……近付いてほしくないから態々張ったんだよ」
余計な手間を増やすなと幾分口調の荒くなった支部長が指揮棒を大きく横に振れば、その軌道に沿って無数の氷の礫―――〈氷弾〉が生まれ、一斉に撃ち出された。
支部長の操る魔術は、手加減した状態ですら精度も速度も威力も並の魔術師を大きく上回る……にも関わらず空中を走る氷の弾幕は、エレウ=カーガに届くこと叶わず、全て不可視の障壁に防がれてしまった。
「やはり無詠唱……!?」
「しかも発動、の気配すら、感じられ、ない」
同じく魔術を扱う身であるローリエとヴィオネが驚きを露わにする中、黙って様子を窺っていたローグさんが一歩前に出て、「まどろっこしい。全員で一斉に掛かってふん縛っちまおうぜ」と言えば、応じるようにディーンさんとトルムも武器を構えた。
「止めてよぉ。そこの魔女さん相手にするだけでもキツいのに」
「なんで支部長が魔女って知ってるんだ?」
「ん? それくらい見れば分かるでしょ。ねぇ?」
「……私に同意を求めないでほしいね」
見た目が如何にも魔女然としているからという訳ではなさそうだな。
支部長の正体が魔女であることをどうやって知ったのかも気になるが、それよりも支部長が苛立っていることの方が俺には気掛かりだった。
あまり内面を見せず、常に余裕のある態度を崩さなかった彼女がどうして……。
「ミンナ気ヲ付ケロ!」
「シマリス?」
サングリエが応援として派遣した動物達の中で、唯一人語を解するシマリスが慌ててこちらに駆け寄って来た。
当たり前のように俺の肩までよじ登って来たシマリスは、小さな身体に見合わない大声で、「魔物ガ来ル!」と警告した。
残念ながら胸中に芽生えた新たな疑問を解消している時間は貰えそうになかった。
お読みいただきありがとうございます。




