第24話 安全な階段
前回のお話……またまた穴が
(エ ゜Д゜)出た〜
(ル ゜Д゜)目ぇ痛い
―――side:ミシェル―――
「もう囲まれてる」
ルジェ殿の言葉が合図であったかのように出現する無数の闇の穴。
無尽蔵に魔物を吐き出すゲートに取り囲まれ、皆咄嗟の反応が遅れて半ば硬直している中、唯一動いたのはアルナウト殿だった。
「キィィィィェエッ!」
奇声染みた叫びと共に振るわれた爪が、闇の穴から現れた直後のインプの頭を捉えた。
悪魔の小さな頭が宙を舞うのと他の穴から新たなインプが続々と姿を現したのは、ほぼ同時。
アルナウト殿に次いで、今度は動物達が迎撃の為に動き出した。
「各々方、呆けている場合ではないぞ!」
アルナウト殿の一喝によって硬直が解けた私は、腰の鞘から〈ロッソ・フラメール〉を抜き放ち、こちらに近付きつつあったインプの胴を薙ぎ払った。
仲間達も直ぐ様インプに攻撃を加えていたが、状況は圧倒的に私達の方が不利だった。
魔物を生み出す闇の穴に包囲された上に原因不明の不調の所為でルジェ殿は戦力にならず、それどころか身動きすら取れなくなっている為、ミランダ殿が大盾を前面に出して彼女を守っていた。
如何にインプ単独では然したる脅威にならないとはいえ、私達の体力や魔力が有限である以上、無限に相手取れる訳ではないのだ。
これでは前回の探索と同じだ。
なんとかこの包囲を突破しなければ……と剣を振るいながら懸命に思考を重ねる私の脳裏にシャーナ支部長の姿が思い浮かんだ。
彼女が操る魔術を浴びた闇の穴は軒並み異常をきたし、本来の形状を維持出来ずに消失、あるいは暫くの間魔物を吐き出すことが出来なくなっていた。
無論、支部長の卓越した魔術の技量と膨大な魔力があればこそだろうが……。
「ヒトミ殿、あの穴を狙って魔術を頼む!」
ヒトミ殿ならばあるいは同じことが可能かもしれない。
何しろ彼女の魔力総量は常人を遥かに上回る。
支部長を除いた探索メンバーの中で、最大の火力を有しているのは間違いなくヒトミ殿だ。
「穴を狙ってって……な、何の魔術を?」
「味方に被害が及ばなければ何でも構わん!」
「そ、そんな雑に注文されても……」
私からの要望に対してヒトミ殿は幾分眉を顰めながらも「えーっと……地下だから炎はマズいし、広範囲魔術だとみんなを巻き込んじゃうし……」と使用可能な魔術を必死に選別してくれているようだった。
「巻き込む危険が少なくて、でも威力はあって……あ」
やがて該当する魔術に思い至ったのか、ヒトミ殿は揃えて立てた右の人差し指と中指を闇の穴の一つに向けた。
揃えた指先の前に純白の魔法陣が展開された。
「『光よ、集い束ねて、鋭く穿て』―――〈穿光〉」
詠唱に合わせて輝きを増していく魔法陣から蒼白の光線が高速で撃ち出された。
大気引き裂く一筋の光は、狙いを誤ることなく闇の穴に命中した。
魔術の直撃を浴びた闇の穴は、形状を不自然に変化させ、やがて魔力の粒子となって消失してしまった。
「ヒトミちゃん凄〜い」
「あぁ、本当に凄いな」
確かに彼女なら出来るかもしれないとは考えたが、まさかこんなにあっさり成功させるとは……。
だが、そのおかげで突破口が見えた。
「ヒトミ殿、その調子でどんどん魔術をぶつけてくれ!」
「わ、分かったわ!」
ヒトミ殿は頷きで応じた後、再び詠唱を開始し、二度目の〈穿光〉を闇の穴に向けて放った。
まるで剣の切っ先のような閃光は、今度も狙いを外すことなく闇の穴に命中し、ただの魔力へと還した。
ヒトミ殿が魔術を放つ度に闇の穴の数は確実に減っていき、比例して魔物の出現速度も落ちた為、敵の勢いも徐々に弱まってきた。
「〈岩弾〉!」
ドナート殿が放った何度目かの魔術によって数匹のインプが倒されれば、ようやく包囲の一角に穴が空いた。
この機を逃してなるものか!
「押し通る!」
ルジェ殿をヒョイと小脇に抱えたアルナウト殿が先陣を切り、包囲の穴を更に押し広げに掛かった。
剛爪が振るわれる度に近付くインプの矮躯は引き裂かれ、彼の気迫と斬殺された同胞の姿に恐れをなした他のインプ共はすっかり腰が引け、中には逃げ出す個体まで出始めた。
「我らも続くぞ!」
ジュナ殿の号令に従って私達もアルナウト殿に続き、敵の包囲網を突破する。
最後に包囲を抜けた動物達が置き土産とばかりにそれぞれ強烈な一撃を放てば、敵の陣形は大きく崩れた。
「足並みが乱れてる!」
「今の内に離脱しましょう!」
「エイルッ、先行してくれ!」
「了解なの!」
未だ動けないルジェ殿は引き続きアルナウト殿に運んでもらい、彼女に次いで高い感知能力を持つエイルに先を進んでもらう。
すると後方から速度を上げて追い付いてきた犬が、先頭を走るエイルのすぐ隣に並んだ。
おそらくエイルと一緒に先導するつもりなのだろう。
確かに犬の優れた嗅覚もあれば、より安全に進むことが出来る。
「頼むぞ」
人の言葉を理解出来る程の知性を有した犬は、私の声に「ワンッ」と力強く応えてくれた。
折角苦労して敵の方位を抜けたのだ。
グズグズしている間に追い付かれては堪ったものではないと、皆ここまで全力で駆けて来たのだが、「ちょッ、ちょっと待って下さい!」という焦ったドナート殿の声が響いた。
「こっちの道はまだマッピングが出来てません。地上に逃げるなら方向が逆です」
「戻ればまたインプの群れだ。今更引き返せる訳がなかろう」
ジュナ殿に厳しく言い返されれば、ドナート殿の声は「そ、そうかもしれないけど……」と露骨に尻すぼみしてしまった。
彼は姉に頭が上がらないのだ。
「まずは安全な場所……があるかは分からんが、何処かでルジェ殿を休ませよう。彼女がこんな有り様では、迷宮の調査などと―――」
「ま、待って……は、や……速い……ッ」
息も絶え絶えとはこのことだと言わんばかりに弱々しい訴えが後ろから届いた。
首だけを後ろに向ければ、完全に息も顎も上がっているヒトミ殿の姿があった。
そういえば彼女の体力は人並みを大きく下回っていることを思い出した。
懸命に走ってはいるものの、速度は落ちていく一方で、集団からも離れつつあった。
見兼ねたミランダ殿が「私が行きます」と言って、ヒトミ殿の元へと向かった。
「失礼しますね」
「ふぇ? ヒャッ!?」
大盾と鎚矛を後ろに回したミランダ殿は、器用にも走りながらヒトミ殿を横抱きにしてみせた。
大人一人を抱えたまま走るミランダ殿は息を乱すどころか、姿勢が僅かにブレることすら無かった。
如何にヒトミ殿が軽いとはいえ、驚異的な体力と体幹だ。
一先ずこれでヒトミ殿がはぐれる心配は無くなった。
「あとは何処か休めそうな場所を見付けられれば……」
「みんな止まって!」
先頭を走るエイルの口から発せられた制止に皆が慌てて足を止める。
まさか新手の敵かと思って武器を構え掛けた私の目に飛び込んできたものは、第二階層へ降りる為の階段だった。
まさかこんな時に発見してしまうとは……。
正直惜しい気持ちはあるものの、今はルジェ殿の回復が最優先だ。
誰もがそう考えてこの場を離れようとしたのだが、アルナウト殿だけは「よし、降りよう」と異なる意見を口にした。
「アルナウト殿、流石にこのまま調査を続けるのは……」
「否。調査の為ではなく、ルジェ殿を休ませる為だ」
「しかし第二階層がどのように変化しているかも分からないのに……」
「故に第二階層までは降りない。階段で休息を取るのだ」
階段で休憩?
意図が読めず、揃って首を傾げる私達を見てアルナウト殿は鷹揚に頷いた後、自らの考えを説明してくれた。
「如何なる理由か、各階層を繋ぐ階段部分では魔物が発生せず、一種の安全地帯となっているのだ。そこであれば皆も一息つけよう」
「でもぉ、それって普通の地下迷宮の話でしょ〜?」
「うむ、その通り。正常からは程遠いこの迷宮の中でも同じように安全とは言い切れぬ。だが通路程の広さはないので、一度に攻めて来れる数には限度がある。それに方向も前と後ろだけなので、先程のように包囲される可能性は低い」
少なくとも守るだけなら悪い場所ではない筈だとアルナウト殿が断言すれば、それまで黙っていたルジェ殿が「蜥蜴の旦那の……言う通りに、した方が……いいよ」と苦しげな声で同意した。
蜥蜴呼ばわりを嫌うアルナウト殿の表情が曇ったものの、腕の中の傷病者に不満を伝えたりはしなかった。
「此処も、もうそろそろ……危なくなりそう、だし」
「ルジェ殿」
目蓋の裏に隠された彼女の瞳には、いったい何が映っているのだろう。
だがそれを問うべきは今ではない。
「ジュナ殿はどう思う。私は二人に従うべきだと思うが……」
「……そうだな。どのみち悠長に悩んでいる暇もない。ここは二人の言葉を信じよう」
一抹の不安を抱えながらも、私達は休息を得る為に階段を降りることを選択した。
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