第20話 異世界サファリ 〜言語の壁〜
前回のお話……動物大集合
(動 ゜Д゜)……(ジーッ)
(真 ゜Д゜)凄い見てくる……
野営地の近くに集まった謎の動物達。
動物……だと思う。
シェパードのような中型犬が二匹。
妙にふっくらずんぐりとした狸。
赤みを帯びた褐色の体毛が特徴の狐。
枝分かれした立派な角と体格を有する鹿と、その背に乗って悠然とした姿を晒す凛々しい顔付きの鷹。
そして一際強い存在感を発している一頭の……大きな熊。
「多分ヒグマだよな、アレ」
アルナウトよりもずっと大柄でガッシリとした体格は、身の丈3メートルに届きそうな程だった。
口の中にズラリと並ぶ太い牙と逞しい四肢に備わった鋭い爪。
見ていて普通に怖い。
もっと危険で恐ろしげな魔物と何度も相対したことがあるのに恐怖感が拭えない。
きっと日本で生まれ育った影響だろう。
熊は怖い生き物であると潜在的に刷り込まれているに違いない。
そんな中にあって、場違い感を際立たせている一匹のシマリス。
熊とは別の意味で目立っているが、食われても知らんぞ。
流石に今の状況で呑気にシマリスの姿を愛でる気にはなれない。
「俺はサファリパークにでも迷い込んだのか?」
『なんじゃそれは?』
「あとで教えるよ」
「ふむ、このタイミングで集まって来るようなものが普通の動物とは思えないけど……」
「マジで支部長は取り乱しませんね」
冷静なのは有り難いけどさ。
確かに普通の動物ではないだろうけど、だからといって魔物とも思えなかった。
少なくとも見た目は地球にも生息する動物によく似ている。
いや、似ているだけで実は魔物でしたってパターンも珍しくはないんだけど、魔物の特有の独特な気配が感じられないのだ。
無論それだけで安心する訳にもいかないのだが……。
「とはいえ敵意は無さそうなんだよな」
『何をするでもなく大人しくしておるからのぅ』
ニースの言う通り、いつの間にか野営地の近くまで接近していた動物達は、示し合わせたように一箇所で固まり、ただジッとこちらを見ているだけで、襲って来る様子も逃げる素振りもなかった。
観察されているようでどうにも落ち着かない。
「マスミ、あの動物達はいったい……?」
「敵意は感じませんけど、何が目的なんでしょう?」
「俺が教えてほしいよ」
タライ風呂での入浴を終えて合流したミシェルとローリエも困ったように眉を下げている。
唐突に集まったと思ったら、何もせずにただジッと大人しく待機している動物達。
そりゃあ誰だって対応に苦慮するだろう。
危険は無さそうに思える。
さりとて警戒を解く訳にもいかず、遠巻きに眺めることしか出来ずにいた時……。
―――マスミ。
サングリエの声が届いた。
見れば、いつの間にやら彼の眷属たるウリ坊が足元に寄って来ていた。
「サングリエ、悪いけど今ちょっと取り込み中で―――」
―――あの者達は味方だ。
―――何も案ずることはない。
こちらの発言を遮って告げられたサングリエの言葉は、俺に安堵よりも先に戸惑いをもたらした。
あの者達というのが動物達を指しているのは分かるのだが……。
「あいつらが味方?」
―――如何にも。
「森の熊さん御一行ではなく?」
―――なんだそれは?
サングリエの意思を反映してなのか、ウリ坊が可愛らしく小首を傾げた。
―――これで手は足りそうか?
「手?」
何のことだと言い掛けたところで、そういえば人手は足りているかどうかと訊ねられていたことを思い出した。
つまりこの動物達はそこいらの野良ではなく、サングリエが派遣してくれた助っ人という訳か。
いやまぁ確かに人手が欲しいとは言ったけど、あくまでも欲しいのは人の手であって獣では……そういえば人じゃなくても平気かって言ってたな。
うーん、俺達の為を思って色々と気を回してくれるのは有り難いんだけど……。
「魔物じゃないんだよな? もしかしてウリ坊と同じサングリエの眷属とか?」
―――否、あの者らは我が眷属ではない。
―――我と志を同じくする守人達だ。
あの動物達は、元々サングリエが守護する森で暮らしていた普通の動物だったそうだが、いつしか自分達の意思でサングリエに付き従い、森の治安維持に協力してくれるようになったらしい。
直接力を分け与えられた眷属とは異なるものの、サングリエの放つ魔力や住処たる湖畔に漂う霊気に触れ続けた影響により、普通の動物を上回る力と知性を手に入れたそうだ。
俺は知らなかったけど、アウィル=ラーフがやらかした大蜘蛛大量発生事件の際にも森のあちこちで尽力してくれていたのだとか。
「サングリエの部下って訳か」
―――部下と思ったことはないがな。
―――我の仲間の中でも戦闘に秀でた者達を見繕った。
―――マスミ達には及ばぬと思うが、並の魔物相手に遅れを取るようなことはあるまい。
―――存分に使ってやってくれ。
「逆に及ばないとは思えないんだけど……」
特にあの熊がその気になれば、俺如きなど一撃で亡き者にされそうなのだが……。
「マスミ? サングリエ殿からか?」
「あぁ、うん。悪いんだけど、味方だから心配要らないって、手分けしてみんなに伝えてくれないかな?」
「構わんが、ちゃんと後で説明してくれるのだな?」
「勿論。俺はもうちょい詳しい話を聞いてみるから」
「分かりました。こちらは任せて下さい」
「行ってきま〜す」
周りへの説明を女性陣に一任した後、俺はサングリエからの言葉を支部長にも伝えた。
すると支部長は、「ほぅ、サングリエ殿の」と如何にも興味津々といった様子で動物達を眺めた。
「眷属ではなく、自らの意思でサングリエ殿に従う森の守り手。霊獣の影響下にあった動物がどれ程の力を持つに至ったのか、実に興味深いね」
「サングリエが言うには、並の魔物だったら充分相手に出来るって話ですけど……」
その点に関しては何も心配していない。
あのサングリエが戦闘向きと太鼓判を押した上で、態々派遣してくれた動物達なのだ。
弱い筈がない。
俺が本当に心配しているのは……。
「どうやってコミュニケーションを取れと?」
「あ、そっち?」
「大事なことでしょ」
何しろ彼らは人語を介さない動物。
そんな相手とどうやって意思疎通を図れというのか。
仮に彼らに人語を理解するだけの知性があったとしても、俺達が動物の言葉を理解出来ないのでは一方通行で終わってしまう。
サングリエのような思念による会話も不可能。
異文化ならぬ異種族コミュニケーションは実に難しい。
「〈翻訳〉の魔術でなんとか―――」
なりませんかねと支部長に相談しようとした時、仲間達の傍を離れたシマリスがこちらに近寄って来た。
サングリエは戦闘向きの奴を選んだって言ってたけど、他はともかくこの愛玩動物にまともな戦闘能力が有るとは到底思えない。
シマリスは俺と支部長の足元で止まると―――。
「ハジメマシテ。ヨロシク」
―――割りと流暢な発音で挨拶をしてくれた。
お読みいただきありがとうございます。




