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迷える異界の異邦人(エトランジェ) ~ アラサー警備員、異世界に立つ ~  作者: 新ナンブ
第11章 第1節 アラサー警備員、迷宮に潜る 〜探索編〜
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第17話 寒い寒い寒い

前回のお話……アルナウト大絶叫

(ア ゜Д゜)ボエー!

(真 ゜Д゜)耳がー!?

 群列黒鳥(クラスタークロウ)を撃退した俺達は、野営地に戻って迷宮内で起きたことを全て報告した。

 暴走としか言う他ない迷宮の異常事態に加え、支部長が未だ戻らないことに職員間で多少の動揺はあったものの、そこはディーナ女史が流石の手腕を発揮して上手いこと沈静化させてくれた。

 吹き飛ばされて気絶してしまったユフィ―と長瀬さんを医務室代わりの天幕に運んだ後、俺は外で地べたに座り込んでいた。


「あー、まだ耳の奥が痛い」


「すみません。本当にすみません。私がもっと早くに気付いていれば……」


「それはまあいいんだけど、なんでフェイムはアレを聞いても平気な訳?」


「平気と言いますか、たんに慣れただけと言いますか」


 あの怪獣みたいな叫び声って慣れで克服出来るもんなの?

 フェイムは慣れるまでに何度あの叫びを耳にしたのだろう。

 そして人の聴覚を破壊し掛けてくれた張本人は悪びれるどころか、「妹よ、ちゃんと教えてやらねば駄目ではないか」と妹を注意する始末だった。

 これには当然のようにフェイムも「そもそもの原因は兄さんです!」とキレた。

 うん、今のはアルナウトが悪い。


「あんな大立ち回りした後とは思えないくらい元気だなぁ」


「ね〜、びっくり〜」


 アルナウトとフェイムが見せた大立ち回り。

 実は群列黒鳥(クラスタークロウ)の群れに対してアルナウトが迎撃の咆哮―――怪獣並の雄叫びを浴びせた後には、まだ続きがあるのだ。

 飛行する力を失った群列黒鳥(クラスタークロウ)が次々と墜落していく中、群れのボスだけは墜落することなく空中に留まっていた。

 奴だけ離れた所を飛んでいた為、他の個体程被害が大きくならなかったのだろう。

 それでもノーダメージとはいかなかったようで、咆哮の余波だけで随分フラついているように見えた。


「ほぅ、中々骨のある魔物ではないか」


 何故かアルナウトだけは感心したように頷いていた。

 あ、ようやく聞こえるようになってきた。


「しかし自ら戦場に赴いておきながら敵前逃亡はいただけぬ。フェイム」


 俺達の前で初めて(フェイム)の名を口にしたアルナウトが五指を大きく広げた右手を頭上に掲げれば、応じるようにフェイムがトンッと地面を蹴った。

 助走無しの軽やかな跳躍であるにも関わらず、彼女は3メートルを超える高さにある掌の上にふわりと片足だけで跳び乗った。

 掌という不安定な足場で片足立ちをしているというのに、フェイムの姿勢は地面に立っている時と同じように背筋をピンと伸ばしたまま崩れることがなかった。

 何気なくやっているけど、驚くべき跳躍力とバランス感覚だ。

 更には人一人を片手で支えながら小揺るぎもしないアルナウトの体幹と腕力も尋常ではない。

 フェイムの体重の正確な数値は知らないけど、体格から判断するにウチの女性陣より軽いってことはないだろう。

 蜥蜴人(リザードマン)特有の鱗や大きな尻尾の重さまで加味すると、下手をすれば俺より重いかもしれない。

 兄妹揃ってとんでもない身体能力である。

 ちょっとしたサーカスでも見ているような気分だけど、二人はこれからいったい何を……と思っていた矢先、フェイムを支えるアルナウトの上腕が大きく膨れ上がり―――。


「ぬぅぅぅぅ……カァァアアアアアアアアッ!」


 ―――上空に向けて妹を全力でぶん投げた。


『ええええええええええ―――ッ!?』


 実の妹を槍投げよろしく投擲するというまさかの暴挙。

 予想だにしなかった光景に俺達は驚愕することしか出来なかった。

 全力投擲されたフェイムは槍どころかミサイルのような勢いで空中を突き進んでいく。

 彼女が向かう先にあるのは、戦場から離脱しようと必死に翼を羽ばたかせている群列黒鳥(クラスタークロウ)のボス。

 まだダメージが抜け切っていないのだろう。

 羽ばたきには力が無く、飛行も安定しない為、速度は全く上がらなかった。

 僅か数秒で群列黒鳥(クラスタークロウ)に追い付いたフェイムは、両の爪を左右一文字に鋭く振るい、悪鳥の躰を真っ二つに引き裂いてみせた……以上が蜥蜴人(リザードマン)兄妹の大立ち回りである。


「人ってあんな風に投げれるもんだな」


「翼が無くてもぉ、人は空を飛べるの~」


 アレを飛んだと言うのは流石に憚られる。

 仮にミシェルが身体強化を全開にしたところで、同じような芸当は出来ないだろう。


『しかもこっちは魔力の強化無しじゃ』


「やっぱり生まれ持った身体能力は種族間で全然違うんだな」


 勿論本人の弛まぬ努力の成果があってこそだろうが、普通の人間がどれだけ鍛えたところで彼のようにはなれまい。


「はぁ、疲れた」


 脚を伸ばしてリラックスしている俺とは対照的に、隣に座ったエイルはギュッと自身の膝を抱えていた。


「……ミシェルちゃんとローリエちゃん、遅いね〜」


「……そうだな」


 魔物を撃退して一息付けた所為か、改めてミシェルとローリエの安否が気に掛かってしまったのだろう。

 俺も迷宮から出て来る途中、二人を心配するエイルに割りとつっけんどんな物言いしちゃったからなぁ。


「ま、まぁ確かに今の迷宮はヤバそうだけど、支部長も一緒なんだからきっと大丈夫だって。実際かなり余裕そうだったし」


「そうだな。ローグ辺りなど人の心配を余所に帰って来て早々酒が呑みたいとか言い出すぞ。マスミ、今の内に用意しておいてやったらどうだ?」


 そんな冗談めかしたことをジュナが口にすれば、周りのみんなも思わずといった体で吹き出し、つられるようにエイルも笑みを零した。

 ジュナなりに空気を察して気を利かせてくれたのだろうが、俺的にはあまり冗談にも聞こえず、ローグさんなら本当に言いそうだなぁと思ってしまった。


「……ったく、早く帰って来いよ」


 思わず口を衝いて出た台詞に俺もエイルのことは言えないなと苦笑いしてしまう。

 一服して気を紛らわせようと思い、懐からシガレットケースを取り出した。

 ケースを開け、中の煙草を口に運ぼうとした時、一度だけ地面が大きく揺れた。

 次いで迷宮の方角から強い魔力の気配を感じた。

 まさか迷宮内でまた何か起きたのではと危惧する中、岩山の入口から俺達の心配の種―――ミシェルとローリエが飛び出して来た。

 続けてローグさん達が、最後に支部長が一人だけ悠然とした足取りで外に出て来た。

 良かった。みんな無事に帰って来たと安堵したのも束の間。

 支部長を除いた全員の様子がおかしいことに気付いた。

 ようやく外に出て来られたというのに誰一人喜んでいる様子はなく、それどころか速度すら落とすことなく全力疾走で野営地に向かって来た。

 完全に余裕を失った六対の目―――ルジェは閉じているのでカウントしない―――が見ているのは……俺?


「ヤダ怖い。こっち来ないで」


 なんて願いが通じる筈もなく、身構える俺の元にやって来たミシェルとローリエは同時に抱き着いてきて……。


「「寒い寒い寒いぃぃいいいいいッ!」」


 ……これはどんなリアクションを取るのが正解なのだ?

 だが悩む必要などなかった。

 抱き着いてきた二人の身体が驚く程冷え切っていた為、そちらに思考の大半を持って行かれたからだ。


「ちょっ、マジで冷た!?」


「さむっ、寒い。寒いよぉぉ……!」


「あっためて下さいぃぃ……!」


 いったい何があったんだと聞いている暇はなかった。

 ミシェルとローリエ以外の面子も寒さに耐えるように全身を震えさせ、頻りに剥き出しの肌を擦っていた。

 これは早急に対応する必要がありそうだ。


「エイル、風呂の準備だ。ディーナさんに頼んで仕切りに使えそうなデカい布とか貰ってきてくれ」


「あいあ〜い」


「しかしマスミよ、流石に浴槽など無いぞ」


「デカいタライなら何個か有る。一人で入浴(はい)るだけならそれで充分だろ」


 水だけではなく、予め沸かしておいたお湯もたんまり持って来ているので、数人分の風呂くらいならすぐに用意出来る。

 ジュナとミランダの手を借りてミシェルとローリエを引き剥がした後、タライを地面に並べて空間収納の取り出し口から直接お湯を注いでいく。


「最近習得しました」


『誰に言っとるんじゃ?』


 気にしなさんな。

 そうしてタライにお湯を張っている途中、「マ、マスミィ……」といつになく弱り切ったローグさんが傍に寄って来た。

 彼の腕の中にはルジェが横抱きにされている。

 二人共唇が紫に変色しており、上の歯と下の歯がガチガチと大合唱していた。

 俺達が離脱した後の迷宮内では、本当に何が起きていたのだろう。


「ローグさん、ちょっとだけ我慢して下さいね。すぐに風呂を……タライが足りないな。焚き火の準備しますんで少しだけま―――」


「さ、さけ……」


「……は?」


 今この人なんて言った?


「さ、酒くれ……! キツい火酒(ウォッカ)、頼む……!」


「ウチに、も……!」


「……」


 無言でジュナの方を見やれば、彼女はサッと視線を逸らし、頑なに俺と目を合わせようとしなかった。

 ほれ見たことか。

 やっぱり冗談で済まなかったじゃないか。

お読みいただきありがとうございます。

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