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迷える異界の異邦人(エトランジェ) ~ アラサー警備員、異世界に立つ ~  作者: 新ナンブ
第11章 第1節 アラサー警備員、迷宮に潜る 〜探索編〜
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第6話 第一階層 〜生まれる瞬間〜

前回のお話……壁がグニャン

(ジ ゜Д゜)!?

(ル ゜Д゜)開いたー

 ―――side:ジュナ―――



 まるで引かれた線を押し広げるように岩壁の一部が開いた(・・・)

 割れたり、崩れたりした訳ではない。

 自然的にはどう考えても有り得ない現象を目にし、私の思考は数秒だけ完全に停止した。

 穴のように開かれた先に見えるものは土でも砂でも石でもなく、真っ黒な闇が有るだけだった。


「これはいったい―――ッ!?」


 ミランダの疑問は、突如として闇の中から現れた人型の手によって遮られた。

 小さく細い緑色の腕の主は、肘から肩、頭と見せ付けるように出て来た。


「ゴブリンなのか?」


 闇の裂け目から這い出てきた者の正体は、矮小なる悪鬼―――ゴブリンだった。

 現れたゴブリンは我々の存在を認識した瞬間、醜悪な顔を敵意で歪め、襲い掛かって来ようとしたが、次の瞬間にその首は宙を舞っていた。


「GI―――」


「ぬぅん!」


 一瞬で距離を詰めたアルナウトが、五指に備えた鋭い爪でゴブリンを仕留めたのだ。

 猛獣の如き凶爪によって引き裂かれる子鬼の首。

 最後方に立っていた筈の彼の踏み込みを私は察知することが出来なかった。

 気付いた時には既にアルナウトの爪は振り切られており、ゴブリンの首と胴は完全に分断されていた。


「ミランダ、今の動き……」


「いえ、私にも見えませんでした」


 私だけではなく、ミランダの目でも捉えられないとは……。

 あの巨体で何という踏み込みの速さだ。

 ドナートに至っては、「へ? あれ?」と何が起きたのかも理解出来ていない様子だった。

 平然としているのは、ゴブリンが出現する前から足を止めたままのルジェと「まったく兄さんは……」と呆れているフェイムだけだ。


「いやぁ、つい反射的に動いてしまった。すまんなジュナ殿、獲物を横取りするような真似をして」


「それは別に構わないのだが……」


 むしろ私は驚きの方が大きくて動けずにいたから助かった。

 同時に今の一瞬の動きで理解させられた。

 アルナウトは私やミランダよりも数段格上の猛者なのだと。

 そんな兄と一緒に旅をしているくらいだ。

 きっとフェイムも相当な実力者であるに違いない。

 白金級にも昇格して少しは強くなったつもりでいたが、まだまだ上には上がいる。

 素直に認めるのは少々癪だが、今は彼らが味方であることを素直に喜ぼう。

 それよりも気になるのは先程目にした現象。


「ルジェ、もしや今のが……」


「そ、今君らが目にしたのは迷宮から魔物が生まれる瞬間だよ。初探索でお目に掛かれるなんて本当に運が良いねー」


 オメデトーと然してめでたくもなさそうな態度でパチパチと拍手をするルジェ。

 壁に出来た闇の穴は既に閉じられている。

 私は無言でゴブリンが出て来た辺りまで近付き、岩壁に触れてみた。


「……普通の岩だな」


 闇の穴の形跡など何処にも見当たらないし、手触りにも不自然な点はなかった。

 この目で直接見ていなければ、壁の中から魔物が生まれるなど、いったい何の冗談だと鼻で笑っていただろう。

 アルナウトに首を刎ねられたゴブリンの死骸は、飛び散った血液も含めて黒い魔力の塵へと還っていき、小さな魔石だけを残して消えてしまった。

 どうやら死体が残らないというのも本当だったらしい。


「出現パターンは幾つかあるけど、今みたいに壁の中から出て来るっていうのが一番よくあるヤツだね」


「成程」


「な、何か出現する時に兆候みたいなものってないんですか?」


 ドナートから質問に対してルジェは「あるよ」とあっさり答えた。


「出現箇所には通常の流れとは別に魔力が集中してるんだ。その魔力を感じ取ることさえ出来れば見付けることは充分可能だよ」


「またそれか……」


 出発前の指揮所で支部長も似たようなことを言っていたが、そもそも私は魔力感知が出来ない為、魔力が集まってると言われても何のことかが分からない。

 仮に出来たところで、魔術師であるドナートに気付けないものを私が先んじて見付けられるとは思えなかった。


「今更ですけど、ルジェさんはどのようにして魔力の流れを感知しているのですか? 魔術師……ではないのですよね?」


「そうだよー。見ての通り、メクラの案内人さ」


「ではいったいどんな方法で?」


「んー、それはねぇ」


 ミランダの疑問に答えるかと思われたルジェだったが、イタズラを思い付いた子供のような笑みを浮かべると、「やっぱまだ秘密ー」と言って、唇の前に人差し指を立てた。


「おい……」


「まぁまぁ、その内お披露目する機会も有るだろうし、楽しみは後に取っておこうよ。という訳で探索再開だー」


 そう言ってルジェは一人でさっさと歩き出してしまった。


「出発前から思っていたことだが、あいつに協調性は無いのか?」


「愚痴っても仕方ありません。私達も行きましょう」


 ミランダに宥められながらルジェの後を追う。

 迷宮内は時折左右に分岐していたり、折れ曲がっていたりはしたものの、基本的には一本道でそれ程複雑な構造はしていなかった。

 時間が経って迷宮が成長すれば、構造ももっと複雑に変化するのだろうか。

 ゴブリン以外の魔物とも散発的に何度か遭遇したものの、やはりまだ新しい迷宮の、それも第一階層である所為か、出て来る魔物は一角兎(ホーンラビット)巨大鼠(ジャイアントラット)といった低級の魔物ばかりで、正直相手にはならなかった。

 そうして迷宮探索を開始してから二時間近くも経った頃―――。


「おー、ようやく見付かったねー」


 ―――私達は第二階層へと続く道を発見した……発見してしまった。

 長時間歩き回った訳ではないし、魔物や罠に苦戦させられた訳でもない。

 強いて言うならゴブリンの出現に驚いたくらいだ。


「よーし、これで第一階層は探索完了。さー、帰ってお酒呑むぞー」


 意気揚々と来た道を引き返すルジェの背中を私はすぐに追うことが出来ず、パーティメンバーらと顔を見合わせた。


「え……終わり?」


「そのようですね」


「ま、まぁ何事もなく終えられたのは良いことだよ」


 弟のフォローがなんとも虚しい。

 夢にまで見た地下迷宮(ダンジョン)

 何の達成感も得られないまま、私の迷宮探索初日は幕を下ろすのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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