第4話 唯一絶対の目標 〜探索前〜
前回のお話……ウリ坊可愛い
(真 ゜Д゜)飼いたい…
(シ ゜Д゜)ペットちゃう
迷宮破壊が未遂に終わり、連絡役として眷属を俺達に託したサングリエは頭を冷やすと言って、一度森に帰って行った。
その後は支部長の指示の下、急ピッチで天幕等の設営が進められたのだが、数時間掛けて出来上がったそれらは最早野営地というよりもちょっとした陣地と呼ぶべきものだった。
寝泊まりする為のテントや指揮所代わりの天幕の他に防御用の柵や簡易的な見張り台まで用意されていた。
収納を頼まれた荷物の中に建設用と思しき木材が妙に多いとは思っていたけど、この為だったのか。
「何しろ場所が見晴らしの良い平地だからね。魔物や野生の獣に襲われないとも限らないし、今回は非戦闘員も多いからこれくらいは、ね」
とは支部長の言である。
そんなこんなで完成した陣地内で一晩明かし、今日から本格的な迷宮調査が始まる。
今は指揮所に集まり、探索開始前の最後の打ち合わせを行っている最中なのだが、俺はこの場を借りて、すっかり言いそびれていたことをみんなに伝えた。
「夢の中で警告された?」
「すみません。サングリエとのゴタゴタで言うタイミングがなくて」
「それは構わないけど……確認だが、マスミくんの夢に出てきた人物は引き返せ。関わるなと言ったんだね?」
「現代にあっちゃいけないモノとも言ってましたね。関わったら絶対不幸になるって」
夢の内容を聞いた殆どの面子は怪訝そうに、あるいは困惑したような表情を浮かべている。
そんな中、支部長だけは思案するように「ふむ」と形の良い顎に手を添えた。
「俺だって普段なら相当夢見が悪かったか、下らない与太話で片付けますよ。ただサングリエまで危険を感じて出張って来たことを考えると、単なる与太話じゃ済まない気がするんです」
「そうだね。実は私も此処に来てから気になっていることがあったんだよ」
支部長は僅かに細めた目を迷宮の方に向けながら、「魔力の流れがおかしいんだ」と呟いた。
「魔力の流れ?」
「みんなエミールの講座に参加したから迷宮内に魔力が循環していることは知ってるよね? だから迷宮の近くで魔力を感知出来るのは何もおかしくないんだけど、肝心の魔力の循環が私には不自然に思えて仕方ないんだよ。ルジェ、君はどう思う?」
「んー、どうだろ。中に潜って直接視てみないことには何とも言えないかなぁ」
残念ながら、この場に支部長とルジェの会話を聞いて成程と頷ける者は居なかった。
そもそも支部長が不自然と指摘する迷宮の魔力を俺は感じ取れていないのだ。
念の為、隣の女性陣にも訊ねてみた。
「なんか感じる?」
「いやさっぱり」
「何も感じませんね」
「わたしも〜」
「そもそもわたくし魔力の気配はよく分かりません」
ウチの女性陣にも支部長の言う不自然な魔力の気配を感じ取れた者は居なかった。
肩の上ではレイヴンくんも頭を左右に振っている。
「ニースにも分からないのか?」
『魔力自体は迷宮の方角から僅かに感じておる。じゃがシャーナの言うような不自然な循環とやらが何なのかは我にも分からぬ』
他の迷宮を知らぬから比べられんと眉を八の字にして答えるニース。
確かに通常時の循環を知らないのでは、何が不自然なのかも分からんか。
「エミール先生の見解は?」
「枯れた迷宮でなら似たような現象が起きたと思いますけど、そちらは魔力そのものの枯渇が原因なので、今回のケースには該当しない筈です。僕も魔力感知が出来ればよかったんですけど……」
申し訳無さそうに眉を顰めるエミールだったが、別に彼の所為ではないのだから気にしなくていいのに。
とにかく前例の無いケースだということだけは分かった。
だからといって俺達のやることが変わる訳ではない。
「どのみち潜って調査することに変わりはないでしょう? サングリエとも約束しちゃった訳ですし」
「うん、マスミくんの言う通り。本来の調査と並行して魔力の循環が不自然な原因も探っていくしかないだろうね。焦らずに慎重な探索をお願いするよ、ルジェ」
「なんでそこでウチに丸投げするかなぁ」
もっと丁重に扱えと不満を露わにするルジェだったが、支部長は取り合うことなく自然な動作で視界からルジェの姿を外した。
「ところでマスミくん、その子は探索に同行させるのかい?」
「あー、どうしたもんでしょうねぇ」
支部長がその子と言うのは、俺の手に抱えられたまま大人しくしている一匹のウリ坊―――サングリエの眷属である。
離れていても俺達の意思をサングリエに届けられるそうで、緊急連絡用として預かったのだが、それ以外は普通のウリ坊と変わりないらしい。
つまりは戦闘能力ゼロ。
そんなのを危険な迷宮探索に同行させていいものか。
「あくまで緊急時の連絡用にって考えれば連れてった方がいいんでしょうけど、まず間違いなくお荷物になるんですよねぇ」
しかも厄介なことに俺以外だとウチの女性陣にしか抱っこさせてくれないのだ。
他のメンバーに懐いていない訳ではない。
身体を触らせてくれるし、自分から擦り付けたりもするけど、抱っこまでは許してくれない。
他のメンバーが持ち上げると途端に短い四肢をジタバタさせて嫌がり出すのだ。
「足元チョロチョロされても困るし、抱っこしてたら手が塞がっちゃうし、マジでどうしたもんでしょうねぇ」
「ふむ、現状足手まといにしかならないのであれば、流石に同行は許可し兼ねるよ?」
「まぁ、しょうがないでしょうね。大人しく留守番させときますよ」
大人しく留守番……してくれるよな?
勝手にどっか行くなよと頭を撫でてやれば、じゃれるように掌に鼻先を押し当ててきた。
チクショウ、本当に可愛いなこいつ。
お持ち帰りしてウチの子にしたい。
「マスミ、私に、も……」
「いや抱っこ出来んでしょ」
ヴィオネがそっと両手を伸ばしてくるも、ウリ坊が我が腕の中から彼女の方へ移る様子はなかった。
そんなウリ坊を見て、表情にこそ変化はなかったものの、明らかにヴィオネは落胆していた。
なんかごめんね?
「さて、それでは改めて探索メンバーを選抜しようか。先導役のルジェは当然として、最初は経験者にも潜ってほしいかな」
「うむ、承知した」
「お任せ下さい」
アルナウトとフェイムの蜥蜴人兄妹が鷹揚に頷くのに対して、ルジェの方は「やれやれ、仕事するか」とかったるそうな態度を隠そうともしなかった。
「残りのメンバーはジュナくん達のパーティにお願いしよう。あまり人数が多くても迷宮内では動き辛くなるからね」
任せられるかなと支部長が確認すれば、ジュナは特に気負った様子もなく「問題無い」と返した。
「何しろ前例も情報もまるで足りていない地下迷宮だ。急ぐ必要はないから、まずは第一階層の探索を入念に行ってほしい。無論、安全第一だ。冒険者に職員、誰一人欠けることなく調査を終えてネーテに帰還する。これが唯一絶対の目標だ」
みんなもいいねと念を押してくる支部長の声音は、常の感情を窺わせないものではなく、確かな熱や決意が秘められているように感じられた。
全員が頷きを以って支部長の言葉に応じれば、彼女は声音だけではなく、表情も幾分温もりを感じさせるものへと変化させた。
「よし、では探索開始だ」
―――謎多き地下迷宮の調査はこうして始まった。
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