第30話 迷宮へ ~帰って来たアラサー警備員~
前回のお話……みんなで散歩
(真 ゜Д゜)焼き鳥うめぇ
(ミ ゜Д゜)お散歩
(ロ ゜Д゜)お散歩?
(エ ゜Д゜)お散歩〜
(ユ ゜Д゜)お昼寝…
第十章最終話です。
エミール先生の迷宮講座から五日経った今日、遂に地下迷宮に向けて出発するのだが……。
「さあマスミくん、遠慮せずにドンドンいってくれたまえ」
「そもそも何をどう遠慮しろってんだよ……」
酒の席でしか聞いたことのない台詞を嬉々として吐くシャーナ支部長に対して、俺は弱々しいツッコミを返すことしか出来なかった。
支部長が示す先にあるのは、堆く積み上げられた荷物の数々。
俺は今からこの大量の荷物を収納しなければならないのだ。
「これどれくらい用意したんですか?」
「人数分の水と食料だけども凡そ一月分かな。あとは野営道具や医療品。記録用の書類と―――」
「いや、もう充分です」
別に荷物の内訳を知りたい訳ではない。
少なくとも一ヶ月は生活出来る程度の量が有るということ。
よくもまあ、たった数日でこれだけ用意出来たものだ。
なんだかすっかり便利に使われてる気がするなぁ。
「実際便利なのだから仕方あるまい」
「何処に行っても役立つ能力です」
「歩く倉庫なの〜」
「収納力抜群でございます」
「それは人に対する評価と呼べるのか?」
完全に収納グッズ扱いである。
ウチの女性陣には悪いが、とても褒められている気はしなかった。
『迂闊な発言をしたマスミにも責任はあるがの』
「それを言われると何も言い返せん」
つい昨日の話。
迷宮への出発を翌日に控え、調査に参加するメンバー全員が集まっての最後の打ち合わせを行っていた際、支部長から「マスミくんの空間収納とやらにはどれだけの荷物を入れておけるんだい?」と訊かれたのだ。
「さあ? 取り合えず巨大蛇なら丸ごといけましたけど」
特に考えることなく反射的に答えたら、俺の〈顕能〉を知らない全員から『え?』と凄い目で見られた。
あ、ヤベ。もっと控えめに答えればよかったと後悔した時には後の祭り。
迂闊な発言の結果は、こうして目の前に聳え立っているのだから。
「まぁまぁ、報酬にはちゃんと色を付けておくから」
「別に構いませんけどね。俺が特別苦労する訳でもありませんし」
どうせ空間収納のことはバレているのだ。
今更遠慮したところで意味は無かろう。
という訳で片っ端から荷物を空間収納の中に移動させていく。
俺が触れる度に荷物が消えていく光景を初めて目にしたギルド職員達は、皆揃って唖然としていた。
フハハ、存分に驚くがよい。
「あ、荷物の一覧表とかあったらあとで貰えます? 流石にこれだけの量になると元々収納してた分との区別が付かなくなっちゃうんで」
「それならディーナくんが纏めていた筈だから伝えておくよ」
「お願いします」
ゲームのように所持品の一覧を表示する機能でもあれば良かったのだが、流石にそこまで都合良くは出来ていない。
何を収納したかは自分で把握しておく必要があるのだ。
「ほい、これでラスト」
最後の荷物を収納し終えたところで、何故か職員達から無言で拍手を送られた。
俺の方ばかり見てないで自分達の仕事をしなさい。
「まさか本当に全て収納出来るとは大した〈顕能〉だね。ありがとう。これで運搬の負担が無くなるよ」
「どういたしまして」
「どうだい。今回の調査が終わったら冒険者を引退してギルドの職員になるというのは?」
「丁重にお断りします」
唐突過ぎる職場へのお誘い。
支部長の場合、本気なのか冗談なのかが分かり難くて困る。
生憎、まだまだ冒険者を引退するつもりはないし、この支部長の部下になった日には、いったいどんな無理難題を吹っ掛けられるか分かったものではない。
勢いだけで転職してはイカンのです。
「いやぁ、やっぱマスミが一緒だと助かるぜ。あ、これも頼むわ」
と言って蓋がされた木箱を俺の前に置くローグさん。
結構重そう。
「これ何ですか?」
「酒」
「……」
今更何かを物申す気にもならなかった俺は、無言で木箱に「ローグの酒」と書いた後、空間収納の中に移動させた。
「はーい、他に個人的に持って行きたい荷物が有る人は居ませんかー? 今の内ですよー」
大なり小なり持って行きたい物が有ったのだろう。
周りに呼び掛けてやれば、ローグさん程ではなかったものの、みんなそれぞれ私物の収納を頼んできた。
「お兄さん、ウチの分もお願いね」
「この見るからに重そうな袋は何?」
「お酒」
「……」
少々乱雑な字で「ルジェの酒」と書いてやった。
ちなみにローグさんに次いで私物が多かったのは、意外にもエミールだった。
といっても彼の場合は、個人的に用意したらしい迷宮に関する資料が殆どの為、あまり私物感はなかったけど。
「あの……こちらもお願い出来ますか?」
何故か恥ずかしそうに顔を逸らしたディーナ女史がちょっと大きめのハンドポーチを差し出してきた。
今回の迷宮調査には、記録や報告関係の為に戦闘員ではないギルド職員も何人か同行する。
ディーナ女史もその一人だ。
別に中身を改めるつもりはないけど、何か見られたら恥ずかしい物でも入っているのか?
逆に気になってしまうぞ。
「いけませんよ、フカミさん。女性には色々と必要な物が多いんですから」
「そこら辺は理解してるつもりだけど……ってメリーと長瀬さん?」
まだ顔を赤くしているディーナ女史の後ろから現れたのは、メリーと長瀬さんだった。
メリーの方は見慣れてるけど、長瀬さんの制服姿は今初めて見た。
「私もお願いします」
「お預かりします。もしかしてメリーも同行するの?」
「実はそうなんです。ディーナさんから推薦されちゃったんですよ。人手が足りないのは分かるんですけどねぇ」
私受付担当なのにと言って苦笑するメリー。
多分、彼女が普通に優秀だから連れて行くんだろうな。
長瀬さんはディーナ女史と同じ総務部に配属されたって言ってたから、同行するのは分かるんだけど……。
「まさかとは思うけど、長瀬さんまで迷宮に潜ったりしないよね?」
「それこそまさかですよ。今回の私は完全に裏方です。正直、個人的に興味はありますけど、私が一緒だとすぐにバテて足手まといになること間違い無しですから、今回は我慢します」
「そんなことは……」
ないだろうと言い掛けたところで、そういえば彼女の体力は人並以下―――下手したらユフィー以下―――であることを思い出した。
まぁ、自分を客観視出来るのは良いことだ……ということにしておこう。
どうやら私物の預かりもメリーと長瀬さんで最後のようだ。
「もう頼む人はいなさそうだね。よし、時間も惜しい。準備が出来たなら早速出発しよう。みんな馬車に乗って」
支部長の指示に従い、全員馬車の方へ移動し始めた。
何しろ三十人以上もの大所帯な為、馬車もそれに見合った数が用意されているのだ。
「えーっと、俺が乗る馬車はどれだっけ?」
とキョロキョロしていたら、ミシェルにいきなり肩を叩かれた。
力加減を間違えたのかは知らんけど、かなり痛かった。
「おい、ミシェ―――」
「楽しみだな、マスミ!」
口から出掛かっていた文句の言葉は、彼女が浮かべた満面の笑みと溌剌とした声によって、半ば強制的に呑み込まざるを得なかった。
「……そんなに楽しみか?」
「当然ではないか。未踏の地下迷宮だぞ? 胸が熱くなるな!」
「迷宮攻略は全冒険者の憧れですからね。まぁ、今回は調査ですけど」
「危険がわたしを呼んでるの〜」
「危険ならば行きたくありません」
一人を除いて大いにテンションが上がっている女性陣。
まるで遠足前日の子供のようだ。
こんなに楽しそうな姿を見せられては、文句を言う気も失せてしまう。
「楽しみなのは結構だけど、せめて到着するまでその元気は取っとけよ。まだ実物も見てないんだから」
「勿論だ!」
そう言って意気揚々と馬車に乗り込むミシェルの姿を、俺はスマホのカメラに収めた。
うん、良い感じに撮れてる。
俺はカメラを起動させたまま、今度は他のパーティの方にレンズを向け、シャッターボタンを押した。
「タイトルはやっぱり……」
―――いざ迷宮へ。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第十章は終了となります。
次回更新まで暫くお待ち下さい。




