第28話 エミール先生の迷宮講座 〜考察編〜
前回のお話……ダンジョン生物説
(エミ ゜Д゜)生きてます
(真澄 ゜Д゜)そうなの?
―――地下迷宮は生きている。
エミールの口から告げられた言葉に耳を疑ったのは、きっと俺だけではないだろう。
何しろ地下迷宮とは単なる魔物の巣窟ではなく、一個の生命体であると彼は断言したのだから。
「地下迷宮が生きてるって……おいおい、ちょっと待てよ。幾ら何でも有り得ねぇだろ」
「俄には信じ難いな」
ローグさんとジュナがエミールの発言を否定すれば、二人のパーティメンバーらも追随するように否定的な、あるいは困惑したような声を上げた。
「地下迷宮とは魔物を産み落とす魔物である」
特に声を張り上げた訳ではない。
だがこれまでとは明らかに異なる明瞭な声音は、室内の雑音をピタリと止めてみせた。
「僕の恩師とも呼べる方が提出した論文です。流石に魔物は言い過ぎかもしれませんが、この説に一定の説得力が有るのは紛れもない事実です」
何処か自信無さげであった態度はすっかり鳴りを潜め、地下迷宮が生きていると多くの学者に支持される理由についてエミールは説明してくれた。
「全ての魔物には核となる魔石が存在します。迷宮にも同じような物が存在することはご存知ですか?」
その名は迷宮魔核。
迷宮最深部に据えられた巨大な魔力の結晶体。
迷宮魔核から発生する魔力によって迷宮は形成され、魔物を生み出していく。
「迷宮魔核とは迷宮の心臓部です。魔石を破壊された魔物が消滅するのと同じようにコアを失った迷宮は魔力の蓄積と循環が不可能になり、魔物を生み出せなくなります。やがては崩落するか、あるいはただの地下空洞に成り果てるんです」
「もしかしてアルナウトとフェイムが枯れたとか朽ちたとか言ってたのは……」
「既にコアを破壊された後だったのでしょう。そのように自らを維持出来なくなった迷宮のことを、枯れた迷宮と呼んでいます」
迷宮と魔物との類似点を説明してくれたエミールには悪いけど、今の話だけでは根拠として弱い気がする。
その点は彼も承知の上だったのか、話にはまだ続きがあった。
「大量の魔力を吸収し、多くの魔石を食らった魔物はより強力な個体へと進化します。迷宮も同じです。魔力を蓄えたコアは、その魔力を以って迷宮を拡大し、内部構造をより複雑に変化させ、より強力な魔物を生み出せるようになる。これが迷宮の進化です」
「……魔物と同じように迷宮も成長する。だから迷宮は生きてるって訳ですか?」
「はい、技術は人の手によって進歩するものですが、自らの力で進化出来るのは生物だけです」
「あー、それは確かに」
実際に地下迷宮を生物の括りに入れていいのかは置いておくにしても、成程こうして聞くと確かに説得力があるな。
エミールの説明も分かり易いし、何人かは感心した様子を見せていた。
俺も聞いてて結構面白いし、うん、参加出来て良かった。
機会を設けてくれた支部長に感謝するのはちょっと癪だけど……。
「あ……す、すみません。なんだか偉そうに講釈を……」
急に我に返ったように声と身体を小さくするエミール。
好きなことや得意分野になるとスラスラ喋れるようになるタイプか。
別に言う程偉そうにはしてなかったけど。
「学者さんなんて講釈垂れてなんぼだと思うけどね」
『彼奴はどう見てもそんな性格ではあるまい』
まあ、彼の見た目で偉そうな態度を取られても違和感しか覚えないだろう。
あと顔を赤くしてモジモジするのは止めてくれ。
「ちなみにコアに魔力を蓄積するって言ってましたけど、具体的にどうやって集めるんですか?」
疑問の解消ついでに助け舟のつもりで質問を投げ掛けてみたところ、エミールはホッとした様子―――顔は赤いままだけど―――で質問に答えてくれた。
「実はどのような手段で魔力を収集しているのかは、まだ解明されていないんです」
「ありゃ、そうなんですか?」
「はい、大気中の魔素だけで迷宮を維持出来るとは到底思えませんので、迷宮内に侵入した生物……主に人の持つ魔力を集めているという説が今の時点では一番濃厚です」
「人の魔力を?」
「それは、やっぱり魔術、とか?」
自身が魔術師故に気になったのだろう。
手を挙げたヴィオネからの質問にエミールは、「そうですね」と頷きを返した。
「補足するなら魔術を含めたあらゆる魔力操作。魔道具や魔力を帯びた武器の使用などによって発生する魔力。そして……迷宮内で命を落とした方の肉体からも吸収していると考えられています」
そうして集めた魔力を使って迷宮は自らを成長させていくという訳か。
ただそうなってくると……。
「迷宮は人を集める為に出てくんのかね?」
「と言いますと?」
「いえね、迷宮は何の為に態々地上に入口なんか造るのかなぁと思いまして」
あくまでエミール達学者の仮説や研究結果の全てが正しいという前提の話になるけど、迷宮の成長には魔力が必要不可欠。
自然界で得られる魔力には限界がある為、魔力を豊富に持つ生き物を迷宮内に招き入れ、自らの栄養分にしているのではないだろうか。
「素人考えですけどね。なんか食虫植物みたいだなって思ったんですよ。虫をおびき寄せて捕食的な」
「虫って私達のことか?」
「この場合はな」
虫に例えられるのはお気に召さなかったのか、ミシェルがちょっと不満げな顔で自分のことを指差していた。
例えなんだから怒るなよ。
だがその例えに対してエミールは真面目に考察し始めてしまった。
「おびき寄せて魔力を得る。その為に魔物だけではなく資源も……でもそう考えれば確かに辻褄が合う」
俺としてはその場の思い付きを口にしただけなので、そんな本気で受け止められても困ってしまう。
「あー、先生? さっきも言いましたけど、所詮は素人の思い付きなんで、そんな真面目に考え込まなくても……」
「とんでもない。素晴らしい発想ですよ。迷宮が一個の生命体として独自の意思を持つと仮定した場合、本来なら絶対に内部へ侵入されたくない筈。でも迷宮は地上に入口を造り、魔物だけではなく資源まで中に生み出した」
「先生? 聞いてます? おーい」
「明らかに狙われ易いものを配置した理由。これが偶然ではなく、最初から人をおびき寄せて効率的に魔力を回収することが目的だとすれば……あぁ、何故僕はその可能性に思い至らなかったんだ」
「駄目だ。こいつ聞こえてねぇ」
完全に自分の世界に没入している模様。
どうやらエミールは集中すると周りが見えなくなるタイプでもあるらしい。
まだ講義も途中だというのに。
「ったく、残りの時間どうす―――!?」
「ありがとうございます!」
いきなりエミールに手を掴まれたことに驚き、反射的に椅子から立ち上がってしまった。
他のみんなはなんだなんだと不思議そうにはしているものの、それ以上の反応を示してはくれなかった。
「貴方のおかげでまた一歩、迷宮の真実に近付けました。本当にありがとうございます!」
「あんなので解明出来たとは思えないけど、まぁお役に立てたのなら……何より?」
なのでそろそろ手を放してほしい。
そんな思いは欠片も伝わらず、エミールは俺の手をガッチリ握ったまま放してくれなかった。
興奮している所為か、エミールの頬は僅かに上気しており、何故か瞳は濡れたように潤んでいた。
止めろ。変な気持ちになるからそんな目で俺を見るな。
ちなみに今俺をガン見している奴は、エミールの他にもう一人だけ居た。
『マスミ、あれ……』
「見るな。気付いてない振りしとけ」
講義が始まると同時に居眠りしていた筈のユフィーが、バッキバキに血走った目で俺とエミールのことを見ていた。
今のあいつの目には、いったいどのような光景が映っているのだろう……想像したくもない。
結局、暫く待ってもエミールが平常運転に戻ることはなかった為、時間を持て余した本日の迷宮講座は、グダグダのままに終了するのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2/12(月)頃を予定しております。




