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第22話 だから今度は彼女が助ける

前回のお話……ワンワン大パニック! そして再び放火魔参上。

『グオオオオオォォォオオオンンッッ!?』


 ヘルハウンドの身体が―――全身の体毛が燃えている。

 如何に強固な毛皮を纏っていようとも、その身を炙る炎の熱までは防げまい。


「ざまぁみろってんだ」


 あの巨大な黒犬にようやく一泡吹かせてやることが出来た事実に思わず悪態が口を衝いて出た。


「やはりあの液体はトーユだったのだな」


「そっ、ホブ・ゴブリンにお見舞いしてやったのと同じね」


 傍に寄って来たミシェルに液体の正体を答える。

 投げ付けた革袋の中身は、以前に火炎瓶モドキを作成する際にも使用した灯油だ。

 それをヘルハウンドに浴びせてやったのだ。

 灯油が染み込んだ体毛。そこにヴィオネが放った〈雷火(ファイアボルト)〉が触れたことで発火し、今まさに全身を炙られているのだ。

 ホブ・ゴブリンもそうだったが、自分の身体が突然燃え出したのだから、さぞかし驚いたことだろう。


「確かに援護しろとは言ったがよぉ。恐ろしい真似するなぁ、マスミ」


「ん、む……」


 ミシェルに遅れて、ローグさんとディーンさんもこちらに寄ってきた。

 疲れた表情をしているのはヘルハウンドの相手をしていたからだと信じたい。


「褒め言葉として受け取っておきますよ。といっても、見た目派手に燃えてるだけで、そこまで大きなダメージはないと思うんで」


 実際、ホブ・ゴブリンもこれで倒すことは叶わなかった。

 空間収納から水薬を三本取り出し、ミシェル達に配る。


「だから……任せるよ?」


 ミシェルは受け取った水薬の栓を抜き、一息で呷ると―――。


「任せろッ!」


 ―――力強く応じ、誰よりも速く駆け出した。

 ミシェルの全身から淡い光の粒子が飛び散った瞬間、爆発的に速度が増した。


「んなッ、魔力の身体強化だと!?」


「むッ!?」


 あまりの急激な加速にローグさんとディーンさんがどんどん引き離されて行く。

 銃口から吐き出された弾丸の如く、減速することなく一直線にミシェルはヘルハウンドへ突撃を仕掛けた。


「はぁぁあああああッッ!!」


 疾走と共に一閃された剣が未だ炎に炙られている巨体を正確に捉え、その横っ腹を真一文字に斬り裂いた。

 傷口からは赤黒い血が噴き出し、その痛みにヘルハウンドが大きく鳴いた。

 搦め手とも言える火炙りを除外すれば、この戦いが始まってからようやく目の前の化け物に対して明確なダメージを与えられた瞬間だった。

 どれ程の速度で駆け抜けたのか。

 ミシェルは両の踵で地面を削り、溝のような跡を残して急停止。即座に反転して、再びヘルハウンドに斬り掛かった。

 ヘルハウンドが迎撃のために振るった前肢の攻撃を掻い潜り、逆にその前肢を斬り付けた。


『グルルルルルッ』


 悔し気に呻くヘルハウンドだが、ミシェルの勢いは止まらない。

 これまでのような距離を保った堅実な戦いとは打って変わり、自ら距離を詰めては縦横無尽に剣を振るって斬撃を叩き込む。

 底上げされた身体能力を遺憾なく発揮し、ヘルハウンドを果敢に攻め立てた。


「セェァァアアアアッ!」


『グゥルアアアッッ!』


 吠える魔犬に真っ向から立ち向かうミシェル。

 魔物と人間を比べるのもおかしな話だが、余りにも体格に差の有り過ぎる両者。

 大人と子供なんてものではない。

 それでも押しているのはミシェルの方だった。


「アレかな? 魔力で肉体を強化したら性格も普段より強気になるとか?」


 思わず軽口を叩いてしまう程、今のミシェルが戦っている姿は勇ましかった。

 ホブ・ゴブリンと戦った時よりも強くなっているように感じるのは、俺の勘違いだろうか。


「こんな隠し玉持ってやがるたぁ、ミシェル嬢ちゃんもやるじゃねぇか。俺らも負けてらんねぇぞ、ディーン!」


「んッ!」


 ミシェルに遅れてローグさんとディーンさんも戦闘に参加する。

 正面はそのままミシェルに任せて二人は左右に展開し、後肢側の位置に陣取った。

 ヘルハウンドは回り込む二人を一瞥すると、すぐに正面で対峙するミシェルへと向き直った。

 ここまでの戦いぶりから二人を脅威と見做していないのかもしれない。

 それこそが過ちだとも気付かずに……。


「オラァ!」


「フンッ!」


 ほぼ同時に繰り出されたそれぞれの片手突きが、ヘルハウンドの両後肢の股関節付近に突き刺さる。

 どちらもそれ程深くは刺さっておらず、ミシェル並みのダメージは期待出来そうにない。

 だが二人はそんなことには一切拘泥せず、お互いの武器を引き戻すと素早く一歩後ろへ下がり……。


「一発で駄目なら、もう一発だらァァ!」


「フ、ンッ!」


 全体重を乗せた渾身の片手突きを寸分違わず同じ箇所に突き刺したのだ。

 深々と毛皮と肉に埋まる切っ先。如何に巨体で比較的狙い易いとはいえ、相手は動き続けているのだ。

 それにも関わらず、正確に同じ箇所を捉えてみせた二人の技量に俺は瞠目した。


『ォォオオオオオンンッ!?』


 然しものヘルハウンドも傷口を抉られるのは堪らなかったのだろう。

 まるで嫌々をするように大きく身を(よじ)り、動きが鈍くなった後肢の代わりに長い尻尾を鞭のように振るうが、その頃には既にローグさんとディーンさんは尻尾が届かない間合いにまで離脱していた。


「何処を見ている!」


 当然、そんな隙を見逃すミシェルではない。

 大地を踏み砕かんばかりの力強い踏み込み。

 弾けるように全身から溢れ出す魔力の粒子。

 裂帛の気合と共に繰り出された逆袈裟の一撃はヘルウンドの顔面―――その右目を正確に捉え、硬質な毛皮など物ともせず、血のように赤い眼球を真っ二つに斬り裂いた。


『ッヴオオオオォォォォオオオオ―――ッッ!?』


 ミシェルが放った会心の一撃。

 その直撃を受けた魔犬の悲痛な叫びが木霊する。

 激痛のあまり、狂ったように頭を振り回すヘルハウンド。

 奴が頭を振る度に赤黒い血液が撒き散らされ、ビチャビチャと音を立てながら地面を汚していく。

 その血を浴びないようにミシェルは間合いを取り、油断なく剣を構える。

 完全に足を止めたヘルハウンドに対して、ローグさんとディーンさんが駄目押しとばかりに両後肢へ追撃を加え、更に出血量が増す。

 再び尻尾が振るわれるも、虚しく空を切るだけで二人には当たらない。

 ミシェル同様、間合いを取った二人も各々の得物を構え直した。


「はぁ、はぁ、はぁ……ッ」


「ぜっ、はっ……しぶてぇ野郎だ」


「……ふぅ」


 三人ともすっかり息が上がっている。

 当然だ。あんな怪物と正面から戦い続けているのだから。

 水薬で補充したといっても、劇的に体力が回復した訳ではない。

 肉体的にも精神的にも相当厳しいだろう。

 だがそれ以上に……。


『グッ、グルルル―――ッ』


 ヘルハウンドに与えたダメージが大きい。

 両の後肢を傷付けられたことで機動力は低下し、これまでのような俊敏な動きは不可能となった。

 横っ腹を大きく裂かれたことで血液も大量に失い、片目も潰した。

 如何な魔犬とて限界が近い筈。

 だから頼む。

 このまま押し切ってくれ。

 俺を含め、離れた場所で戦況を見守る全員がそう思っていた。


 ―――俺は魔物の底力を甘く見ていた。


 勝負を決めるためにミシェル達が動く。

 示し合わせたようなタイミングで同時に前へ出る三人の姿をギョロリと残された片目で捉えるヘルハウンド。

 その赤き目の奥に憎悪の炎が燃え盛り―――


『グゥルアアアアアアアアアアアアアア―――ッッ!!』


 ―――魔犬の咆哮が響き渡った。

 ヘルハウンドを中心に凄まじい衝撃波が発生し、接近しようとした三人の身体が押し戻された。


「ぬっ、がぁッ!?」


 ビリビリと震える大気。

 あまりにも出鱈目な大音量に鼓膜が悲鳴を上げ、咄嗟に両耳を手で押さえる。

 ローリエやトルムも表情を歪めており、コレットやヴィオネに至ってはその場に膝を突いている。

 離れた場所に居た俺達でさえこれ程の被害だ。

 衝撃波をもろに浴びたミシェル達は堪え切れずに吹き飛ばされ、地面の上を何度も転がる羽目になった。


「くっ、まだこれ程の力が残っていたとは……ッッ」


「クッソがぁ、この死にぞこないがよ!」


「ぬ、ん……!」


 それぞれの得物を支えになんとか立ち上がるも、その脚はガクガクと力なく震えていた。

 三半規管をやられてしまったのだろう。

 今にも崩れ落ちてしまいそうな程に三人とも疲弊し切っていた。


「こんな状況で攻められたら……ッ」


 まともな対処なんて出来ない。

 慌ててヘルハウンドの様子を窺うも、その目はミシェル達を映しておらず、全く別の方向に向けられていた。

 辛うじてそれに気付くことが出来たのは俺とトルムだけ。

 ヘルハウンドの視線を辿った先に居たのは、膝を突いたまま動けずにいるコレットとヴィオネ。


 ―――二人の姿を捉えたヘルハウンドが嗤った。


 ゾクッと肌が泡立ち、俺は反射的に二人の方へ駆け出した。

 僅かに遅れてトルムも二人の元に向かう。

 ヘルハウンドもミシェル達を無視し、機動力を奪われているとは思えない程の速度で走り出した。

 万全の時と比べて速度は随分落ちているものの、それでも尚俺やトルムの全力疾走よりも速い。


「このクソ犬がぁ!」


 目の前のミシェル達よりも弱っているコレットとヴィオネ―――確実に仕留められる獲物に狙いを切り替えやがった。

 迫るヘルハウンドの姿を二人は呆然とした様子で見詰めていた。


「ボケッとすんな!」


 二人までの距離は残り僅かだが、ヘルハウンドもすぐそこまで迫っている。

 駆け寄って来る俺とトルムに気付いたコレットとヴィオネが慌てて立ち上がろうとするも、上手くいかずに再び膝を突いてしまう。


「チィッ!」


 残り数歩。視界の端にヘルハウンドの姿が映る。

 間に合え!

 間に合え!

 間に合え!


「間に合えぇぇええええ―――ッ!!」


 俺はコレットに、トルムはヴィオネに向かってそれぞれ手を伸ばし……彼女達を突き飛ばした。

 自分達が何をされたのかも分かっていないような表情で二人は俺達から遠退いていく。


『ガルルアァァァアアッ!』


 二人を突き飛ばした直後、俺とトルムは頭から突っ込んで来たヘルハウンドに揃って吹き飛ばされた。

 凄まじい衝撃に、意識が、途切れ……。


 ―――

 ――――――

 ―――――――――


「……っ、ぁ」


 暗転していた視界に徐々に光が戻ってきたが、まだよく見えない。

 まるでバッテリー切れでも起こしたかのように、視界は明滅を繰り返していた。

 辛うじて感覚はあるものの、手足に全く力が入らない。

 俺はいったいどうなったんだ?

 コレット達は無事なのか?

 視界と身体は自由にならず、纏まらない思考だけがぐるぐると空回りしていた時、ふと腹部に重みを感じた。

 腹の上に何か乗っている?

 そんな疑問を覚えた直後、バキッと何かが折れる音が聞こえ、激痛が全身を貫いた。


「ガァァアアッアアアア―――ッッ!?」


 自分の喉から発せられたとは思えないような絶叫。

 何者かに肋骨を折られたのだ。


「がっ、ぐぅぅ……がはッ」


 怪我の功名などと言いたくないが、この痛みのおかげで曖昧だった意識と視界がようやく回復した。

 俺の腹の上には巨大な獣の脚―――ヘルハウンドの前肢が乗せられていた。


『グゥルルルル』


 前肢から感じられる重みが更に増していき、肋骨だけではなく、胸骨や内臓までも軋み出すのが伝わってきた。


「ゴッ―――ッッ―――ガッ―――!?」


 肺が圧迫され、満足に呼吸することも儘ならず、骨折の痛みに呻くことすらも出来なくなる。

 このまま俺を押し潰す気か……!?

 ミシミシと音を立てて軋みが大きくなる。

 脳に充分な酸素が行き渡らず、取り戻した筈の意識が混濁していく。

 手足の感覚が薄れてきた。

 微かに俺を呼ぶ声が聞こえるものの、最早それが誰のものなのかすらも判別がつかない。


「―――く、ソッ―――いぬ、が―――ッッ」


 人生最後の台詞がこれかよ。

 自らの意思とは関係なく再び視界が暗くなり、意識が闇の底へと落ち掛けた時……。


 ―――パァアアアン!


 破裂音が響いた。

 同時に薄れていた意識が呼び覚まされる。

 この身を押し潰そうとしていた圧迫感が消失し、呼吸が幾らか楽になった。

 ……今度はなんだ?

 音の聞こえた方にノロノロと首を向ければ、コレットの姿が映った。

 彼女の手には、俺が手渡した癇癪玉が握られていた。

 破裂音の正体はアレか。

 ヘルハウンドは突然の音に驚き、その拍子に前肢を俺の腹の上から退かしてしまったのだろう。


「……約束、しました」


 小さな身体は恐怖で震え、瞳は涙で濡れている。

 それでも彼女は逃げ出さず、最後まで戦場に残り続けた。


「今度は、あたしが助けるって。だから―――」


 ―――負けないで下さい。

 泣き笑いのような表情でコレットはそう告げた。


「……ったくよぉ」


 彼女は俺との約束を果たした。

 だったら今度は俺の番だ。

 呑気に寝ている場合ではない。

 横たわったまま〈顕能(スキル)〉を発動し、空間からある物を取り出した。

 小さな噴射口と引き金が取り付けられた細長い真っ黒なスプレー缶。

 折れた肋骨の痛みに堪えながら、噴射口の先をヘルハウンドの顔面に向ける。


「覚悟しろよ。こいつは卵爆弾なんかの比じゃねぇぞ」


 俺の行動に気が付いたヘルハウンドが大口を開け、その顎で腕を噛み砕こうとしたが……もう遅い。


「くたばれ犬っころ」


 俺はスプレー缶の引き金を躊躇なく引き、ヘルハウンドの顔面に中身を噴射してやった。

 至近距離で目に、鼻に、口の中にスプレーを噴射されたヘルハウンドは―――。


『ワオオオオオォォオオオンンッッ!?』


 ―――悲痛な叫びを上げた。

 今度の鳴き声ばかりは本当に犬っぽい。

 もんどり打って倒れるような勢いで、巨体が後方に引っ繰り返り、バッタンバッタンと地面の上で暴れ回っている。

 スプレー缶の正体は、催涙スプレーと呼ばれるものだ。

 缶の中にはカプサイシン等を主成分とする薬液がたっぷり詰まっており、引き金を引くことで勢い良く噴射される仕組みとなっている。

 人間だけではなく、野生動物にも使用可能な護身用具。

 日本にもこういった護身用具を専門に取り扱った店は存在している。

 しかも俺が今使用した催涙スプレーは市販のものではなく、海外警察払い下げの禁制品。

 犯罪者を制圧するためのより強力な代物だ。

 その効果は手作りの卵爆弾はおろか、一般的な催涙スプレーとも比べ物にならない。


『ギャオンッ!? ワォォォンッ!?』


 あの凶悪な魔犬がのたうち回る程度には強力なのだ。

 そんな危険なスプレーを至近距離で噴射されたヘルハウンドは当然として、それを使用した俺自身にも相応の被害はある訳で……俺の顔面は最早言葉では言い表せないくらい酷い有り様と化していた。

 クッソ(いて)ぇ!!

 俺の意思とは関係なく涙と鼻水と涎がダラダラ。

 顔面に広がる燃えるような熱さは、頭だけ灼熱地獄に突っ込んでいると言われても納得してしまいそうだ。

 今は横たわったまま、空間収納から取り出した水筒や革袋の水を顔面にバシャバシャとぶっかけている。

 こうやって洗い流さなければ効果が治まらないのだ。

 気分は文字通り焼け石に水だが、何もしないよりは遥かにマシだ。


「フカミさん! 大丈夫ですか!?」


 まだまだ顔中が痛むものの、大量の水をぶっかけた甲斐もあり、少しはマシになってきた。

 おそらく3、4リットルは水を使ったと思う。

 滲む視界にコレットの泣き顔が見えた。


「……生きてるよ」


「よかった。本当によかった……!」


 痛みに耐えながら片手を上げて無事であることをアピールすれば、コレットはその小さな両手で俺の手を包み、自らの額に押し当てた。

 まだ噴射したガスが漂っていると思うので、あまり近寄らない方がいいのだが、言うだけ野暮か。

 コレットの手を借り、ゆっくりと上体を起こす。

 俺に出来ることはやったぞ。

 だからあとは―――。


「〈炎矢(フレイムアロー)〉!」


「〈炎槍(フレイムジャベリン)〉!」


 ―――みんなに任せる。

 ローリエとヴィオネが行使した魔術の炎がヘルハウンドの横っ腹に全弾命中し、連続して爆発が起こる。


「オォォラアァァッ!」


「フンッ!」


 ローグさんとディーンさんの渾身の薙ぎ払いが左右の前肢に叩き込まれ、半ばから千切れた前肢が宙を舞う。

 そして―――。


「おおおおおおおおッッ!!」


 全身から魔力の輝きを漲らせたミシェルが大跳躍。

 落下する勢いのままにヘルハウンドが無防備に晒している胸部へと長剣の刃を突き立てた。


『――――――ッッ!?』


 声もなく巨体を震わせるヘルハウンド。

 ミシェルが両手で握った長剣の柄に力を込め、より深く刃を押し込むと喉奥からゴボリと濁った血の塊を吐き出し、遂に動かなくなった。


『…………』


 誰一人として言葉を発しない。

 果たして本当に終わったのか。次の瞬間にはまた動き出すのではないか。

 全員がそのような疑念を抱いているのだろう。

 今一度、ミシェルが刃を強く押し込むも、やはり反応はなかった。


 ―――魔犬は完全に力尽きたのだ。


 次の瞬間、歓声が上がった。

 ミシェルが、ローリエが、ローグさんが、ヴィオネが、ディーンさんですら大声を上げている。

 トルムはどうした?

 そう思って首を巡らせれば、俺よりも後方に転がっているのが見えた。

 どうやら気絶しているらしい。南無。


「終わったんですね」


「そうだな」


 空間からスマホを取り出し、満足に力の入らない指を懸命に動かしながらカメラを起動させる。

 手ブレ補正機能に存分にお世話になりつつ、歓喜に沸くみんなの姿を写真に収めた。

 トルムが写ってないけど、許せ。

 灰猟犬(グレイハウンド)大量発生の元凶たるヘルハウンドは討伐された。

 あとは事の顛末をギルドに報告するだけなのだが、肝心のヘルハウンドの亡骸はどうしよう。

 果たして〈顕能(スキル)〉に収納出来るだろうか?

 出来なければ嫌でも手運びになる訳だが、流石にあのサイズを人力で運ぶには無理がある。

 というかもう疲れて、いい加減眠くなってきた。

 でもまだ寝る訳には……とすっかり鈍くなった頭で思考を巡らせていた時、「クソがッ、生きてやがったのかよ」と吐き捨てるような声が聞こえた。

 声のした方に目を向ければ、そこには全身ズタボロで佇むチンピラの姿が。

 お前生きとったんかい。

 そう思ったのはきっと俺だけではない筈。


「テメェら全員くたばってりゃ、オレ様も楽だったのによ」


 微妙に白けた雰囲気を漂わせている俺達などお構い無く、チンピラは一人で勝手に喋り続けた。

 取り巻きの二人はどうした……って今の姿を見れば一目瞭然か。

 二人仲良く犬の餌になったと。


「まぁいい、この場でテメェら全員ぶっ殺せば、オレ様のてが―――ッッ!?」


 隙だらけの顔面に丸くて白い物―――卵爆弾をぶつけられるチンピラ。

 赤黒い粉末が辺りに飛散し、「ギャアアアアアアアアッッ!?」と野太い悲鳴が上がる。

 痛かろう。苦しかろう。でも俺じゃないぞ?

 投げたのは俺のすぐ傍にいる少女。


「少しは空気読んで下さい。このチンピラ」


 見たことがない程に目を怒らせたコレットがやったのだ。

 卵爆弾の直撃を喰らったチンピラは、顔面を押さえながらのたうち回っている。

 人に投げちゃ駄目だって言ったのに……。

 ヘルハウンドを討伐した感動は何処へいったのやら。

 そして冗談抜きに限界を迎えた俺は、諸々の処理が面倒臭そうだなぁと他人事のような感想を抱きつつ、意識を手放すことにした。

お読みいただきありがとうございます。


次回更新は、日曜日か月曜日を予定しております。

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