第23話 黒金の呑みっぷり
前回のお話……謎の酒豪登場
(ル ゜Д゜)もっと呑もう
(ロ&デ-_-)zzz
((((真&ト;゜Д゜))))ガクガクブルブル
新年初投稿です。
「も、もぅ……げん、かい……」
ゴンッと派手な音を立ててテーブルに頭突き……突っ伏して沈むトルム。
「トルム!」
「マスミ、く……あと、たの……」
その台詞を最後に力尽きた彼の手からコップが滑り落ち、いびき混じりの寝息が聞こえ始めた。
酔い潰れた挙句、そのまま寝落ちしてしまったか。
「これでウチの三連勝。残るはお兄さんだけだねぇ?」
「くっ」
酒豪のローグさんとディーンさんが敗北し、最初は俺と一緒にビビッていたトルムだったが、「二人の仇は俺が討つ!」と奮い立ち、ルジェに勝負を挑んだ。
だが結果は御覧の有り様。
元々そこまで酒に強くないトルムでは、ルジェの相手をするには役不足。
僅か十分と経たずに敗北を喫することとなった。
「酔い難いにも程があるぞ。お前の身体どうなってんだ?」
「さぁ? 気にしたこともないなぁ。昔からこうだし」
気付けば最初の樽は空になって転がり、既に二樽目の蓋が開けられている。
勝負が始まってから今に至るまでの間、ルジェが口にした酒の量はいったい何リットルになるのだろう。
普通に考えれば急性アルコール中毒待ったなしの筈だが、当のルジェ本人の体調には一切の変化が見られず、呑むペースも全く落ちていなかった。
「ムフフフ、ウチは呑めば呑む程調子が上がってくるからねぇ。今はもう絶好調だよ」
「んな酔拳じゃあるまいし」
酔えば酔う程強く……ってそもそも酔ってないのか。
「それでどうする? お兄さんはやらないの?」
「……」
樽から掬った酒に口を付けたルジェが閉ざされた目蓋越しにこちらをジッと見てきた。
今更勝負しないとは言えない雰囲気。
既に三人抜きを果たしたルジェよりも、ほぼ素面の俺の方が有利とは到底思えなかった。
俺はローグさんやディーンさん程に酒は強くないし、そんな二人を苦も無く破ったルジェにはまだまだ余裕が有りそうだ。
まともに挑んだところで、彼らの二の舞になるのは目に見えている。
ならば裏技を使うまでよ。
まずはポケット―――と見せ掛けて空間収納―――から小さなボトル缶を取り出し、蓋を開けて中身を一気飲みする。
「ふぅぅ」
次に深く静かに息を吐き、全身に魔力を巡らせる。
血液のように体内を循環していた魔力を身体の一部分―――腹部に集中させる。
イメージするのは内蔵の活発化。
普段意識するようなことではない為、成功するかはかなり微妙なところだったけど、きっかり一分経つ頃には内臓が蠕動するような感覚が伝わり、腹の奥底がポカポカと温まってきた。
アーリィが言うには、魔力の質や量において俺は特別優れている訳ではないそうだが、魔力操作に関するセンスは高いと太鼓判を押された。
これまでは単純な筋力や運動能力の向上にしか使えなかったものの、彼女の指導のおかげで視力や聴力といった感覚器官の部分強化にも使えるようになった。
内臓機能の強化もその応用だ。
といっても初めての試みだったので正直不安だったけど、胃痙攣のような不快感も痛みもないし、どうやら無事に成功したっぽい。
一人でチビチビ酒を呑んでいたルジェが「へぇ、そういう使い方もあるんだ」と感心するように呟いた。
見えてないのに何が分かるんだ?
「待たせて悪いね」
「別にいいよぉ。ウチ適当に呑んで待ってただけだし」
先程飲んだものは、元の世界から持ち込んだドリンク剤。
肝機能を強化し、アルコールの分解能力を高めてくれるウコンエキスがたっぷり含まれている。
二日酔い防止にも効果的な大人の強い味方。
そう、◯コンの力である。
魔力によって活性化した内臓機能と掛け合わせれば、より強い効果を発揮してくれる筈……多分。
ん?
酔い難さは個人の体質なので肝臓の強さは関係ない?
……いや、そんなことはない。きっと何かしらの効果はある筈だ。
「準備はいいね? じゃあ始めるよ」
「よっしゃ来い」
コップを手に取り、樽から直接酒を掬って呷る。
無花果のような甘みと清涼な香り。
クセも無くて呑み易いけど、これは調子に乗ってガバガバやってるとすぐに悪酔いするヤツだな。
一定のペースを崩さないようにコップを傾ける角度には注意しつつ……一息で呑み切った。
まずは一杯。
俺が呑み終わるのを待っていたルジェは、「じゃあウチも」と言って酒を掬うと、物の数秒で呑み干してしまった。
やはりペースは全く落ちていない。
彼女の底が見えん……あぁ、ザルだから底なんてないのか。
「はい、お兄さんの番」
「あいよ」
再び樽から酒を掬い、一杯目と同じペースで呑んでいき……程無くコップの中は空になった。
そうして更に三杯、四杯、五杯と交互に酒を呑んでいくが、どちらもペースが乱れることはなかった。
「プハァ、お兄さん中々やるじゃない」
「そりゃズルしてるからな」
普段だったらこんな呑み方をしたらすぐに酔い潰れていただろうけど、今回はまだまだ余裕があった。
酒精の巡りが随分遅いというか、酒精そのものが薄く感じられる。
もしかして○コンの力と魔力の相乗効果が本当に効果を発揮しているのか?
それともただのプラシーボ効果かな?
「まあ、別になんだっていいか」
これなら少しはまともな勝負が出来そうだ。
少しだけ前向きになった俺は、六杯目の酒に口を付けたのだが……。
―――一時間後―――
「ぅ……ぅぅ、ォェっぷ……!」
考えが甘かった。甘過ぎた。
「お兄さーん、大丈夫? もう止めとく?」
「まだ、ま……だ」
覚束ない手付きで樽から酒を掬う。
手の震えが収まらず、口に運ぶ間に幾らか零してしまったが、今更気にする者は居なかった。
もうこれで何杯目だっけ?
「五十三杯目だよ」
「どう、も……」
力の入らない腕でコップを持ち上げ、口を付ける。
最早味など分からず、酒精の匂いだけが鼻腔を刺激してくれる。
数分掛け、呑むというより喉の奥に無理矢理流し込むような作業を終えた。
あぁ、世界がぐわんぐわん回っている。
いや、回っているのは俺の方か?
そう思った次の瞬間には、衝撃が額を貫いた。
痛覚もすっかり鈍くなっているようで、そんなに痛くはなかった。
これは多分、テーブルに頭をぶつけたんだろうな。
つまりは限界の証。
「ありゃ? お兄さんもギブアップ?」
「ま、だ……まだ」
口では言うものの、もう呑めそうになかった。
辛うじて頭を上げるのが精一杯だった。
「ふぅ、流石にちょっと暑くなっちゃった」
そう言ってルジェが襟元を緩めた時、カチャッと音を立てて黒いネックレスが服の中から出てきた。
否、ネックレスに見えたそれは冒険者の身分を証明する二枚一組の認識票。
一枚は全ての冒険者が共通して所持している魔石を加工して造られたものだが、もう一枚は黒曜石のような色合いと光沢を有する見たことのない認識票だった。
あんな認識票があるなんて初心者講習では言ってなかったけど……なんて考えている内に本格的な限界が近付いてきた。
いい加減、目蓋を開けているのも億劫になってきた。
「ルジェ、あん……た、いったい……」
「今日はここまでかな。最後まで付き合ってくれてありがとねぇ」
俺の言葉を最後まで聞くことなく、楽しかったよと手を振ってくるルジェ。
襲い来る眠気に根負けした俺が最後に見た光景は、店の灯りを反射して黒金に輝く彼女の認識票だった。
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次回更新は1/8(月)頃を予定しております。




