第21話 時には諦めも肝心
前回のお話……ダンジョン発見
(ロ ゜Д゜)ダンジョンや
(真 ゜Д゜)聞きたくない…
地下迷宮。
本来は地下牢などを意味する英単語だが、異世界ファンタジーにおいては凶悪な魔物が徘徊し、無数の罠が設置されていると同時にまだ見ぬ宝が数多く眠る、文字通り危険と夢が隣り合わせの場所。
単に迷宮と呼ばれることもあり、古今東西多くのRPGの冒険の舞台となってきた。
例に漏れずと言うべきか、はたまたファンタジーのお約束と言うべきなのか。
この異世界にも複数の地下迷宮が存在するらしい。
洞窟や森、城や遺跡等々。環境や構造は様々だが、これまでネーテやその近郊都市で地下迷宮が確認されたことはなかった。
そんな地下迷宮と思しきものが遂にネーテの近くに出現したのだ。
ギルドからの直接依頼で調査に行っていたローグさん達は、同行していたギルド職員や護衛を現地に残し、途中経過を報告する為に一度ネーテへ帰って来た。
帰って来たのはいいのだが……。
「以上がここ数日の調査結果だ。流石に中まで入っちゃいねぇが、間違いねぇと思うぜ」
「ふむ、もしやとは思っていたけど、まさか本当に地下迷宮への入り口だったとは」
何故かその報告の場に俺達まで同席させられていた。
しかもその同席の場がまたもや支部長の執務室。
本日二度目である。
「じゃあ我々は食事に行きますので、またあとで」
「まぁまぁ、んなつれねぇこと言うなって」
みたいな感じで首に腕を回され、半ば強制的に医務室から執務室まで連れて来られたのだ。
支部長は支部長で「やぁ、さっき振り」と俺達が居ることに対して一切ツッコんでくれなかった。
支部長の傍に控えるディーナ女史に視線で助けを求めたものの、彼女は無言で諦めろと言わんばかりに頭を振るだけだった。
どいつもこいつも頼りにならん。
「マスミ、何故私達まで連れて来られたのだ?」
「知らん。俺に聞くな」
ヒソヒソ声で訊ねてきたミシェルに素っ気無い返事をする。
見当は付くけど、正直当たってほしくないのが本音。
「そうなると本格的な調査隊を組む必要が有るね」
「物資の用意もです。人数と日程にもよりますが、どちらにしてもかなりの量が必要になると予想されますので、早めに調達しておいた方がよろしいでしょう」
「うん、その辺りの手配はディーナくんに任せるよ。さて肝心の調査隊だけど、ローグくん達には引き続き調査に参加してもらいたい。問題無いかな?」
「おう、勿論よ。折角の地下迷宮なんだ。断られたって付いてくぜ」
「やる気があるのは大いに結構」
頼もしい限りだよと言って、支部長は感情の読めない微笑みを浮かべた。
「何しろネーテ周辺で発見された初めての地下迷宮だ。下手な冒険者を調査に参加させる訳にはいかない。加えて今のネーテには迷宮探索の経験者がほとんどいない。人選にはより注意を払う必要があるんだよ」
分かるよねと何故か微笑みのまま視線を俺に固定する支部長。
止めろ。その目で俺を見るな。
「体力や戦闘力は勿論だけど、罠の解除や正確な地図の作成。何より地下迷宮という一種の異界においても冷静さを失わない精神力。迷宮探索には様々な技能や能力が要求されるんだ」
と言ってぐるりと一同を見渡した後、何故か再び視線を俺に固定する支部長。
だから俺を見るな。
十秒程意味深な目で俺を見詰めた後、支部長はおもむろに「ローグくんの意見はどうだい?」とローグさんへ水を向けた。
「俺の意見?」
「ある程度の人選は私がするけど、やはり当事者の意見も大事だからね。慣れたメンバーの方が君達も連携が取り易いだろうし、希望があれば今の内に言ってもらいたい」
「……成程なぁ」
妙に今の内にを強調する支部長とニヤリと悪そうな笑みを浮かべるローグさん。
嫌な組み合わせだなぁ。
そして嫌な予感がするなぁ。
互いを見ていた筈の二人の視線が俺に向けられる。
何度も言うが、俺を見るんじゃねぇ。
「誰か連れてってもいいってんなら、第一候補はやっぱマスミ達だな」
そう言って、ローグさんは連行した時と同じように俺の首に逞しい腕を回してきた。
ちょっと苦しいんですけど?
「ほぅ、何故彼らを?」
「直接戦り合ったあんたなら分かるだろうが、まず実力は本物だ。今のネーテにこいつらとまともに戦って勝てる奴なんざほとんどいねぇ」
「そうだね。異論はない。彼らは私の予想を上回る実力を見せてくれたからね」
「トラブルにも強ぇ。突発的な事態が起きても臨機応変に行動出来るだけの能力がある。これは迷宮探索でも充分活かせると俺は思ってるぜ?」
何より……と一拍置いたかと思いきや、俺の首に回されたローグさんの腕にいきなり力が籠められた。
絶対に逃がしてなるものかという気概を感じる。
だから苦しいってば。
「マスミの〈顕能〉があれば物資なんざ幾らでも運び放題だ。地下迷宮の中で水や食料が補充出来るとは限らねぇからな。それだけでも連れてく価値は充分だろ」
「実に素晴らしい。やはり大荷物を抱えた状態での探索は危険だからね。彼の能力でその点を補えるのなら、かなり調査も捗るだろう」
なんだこの茶番劇は……。
俺はいったい何を見せられているのだろう。
ローグさんも支部長も演技するつもりが有るのか無いのか、実に白々し過ぎるやり取りだった。
「じゃあマスミくん達のパーティは調査に参加するとして」
「ちょっと待て」
当人らの承諾も無しに勝手に話を進めるな。
なんで二人ともキョトンとしてんだよ。
今の会話の流れでイケると本気で思ってたのか?
「誰も参加するなんて言ってないでしょ」
「おいおいマスミィ、今更そんなの言いっこ無しだぜ?」
「言いっこも何もローグさんが無理矢理連れて来たんでしょうが」
「おかしいな。私の中で君達の参加は決定事項だったんだけど」
「おかしいのはあんたらの会話だ」
面倒事になると分かり切っているものに誰が参加するか。
言葉と態度。ついでに両手でバッテンを作って断固拒否を示したものの、支部長は常の微笑みに戻ると「でも君の仲間はやる気満々みたいだよ?」と言ってきた。
「そんな訳―――」
あるかと振り向いた我が目に映ったものは、かつてない程にお目々をキラキラと輝かせた女性陣の姿だった。
唯一ユフィーだけは全力で首を左右に振っていたけど……。
「お前らは……」
「す、すまん。でも地下迷宮だぞ? 冒険者なら誰もが憧れる迷宮探索。まさかこんなに早くチャンスがやって来るなんて……む、胸の高鳴りが治まらん」
「しかも発見されたばかりの新しい地下迷宮の探索です。こんな機会は滅多にありませんよ」
「未知なる冒険! そして浪漫という名のお宝がわたし達を待っているの!」
「わたくしは行きたくありません」
嫌な予感しかしませんと本当に嫌そうな顔で告げるユフィー。
今だけは彼女がまともに見えた。
しかし困ったことに反対しているのは俺とユフィ―の二人だけ。
パーティの過半数が今回の迷宮調査への参加を表明していた。
「マスミぃ」
「マスミさぁん」
「マスミく~ん」
「止めろ。そんな目で見るな」
おまけに普段しないようなおねだりまでしてくる始末。
口には出さず、両手を組んで目だけでお願いお願いと訴えてくる。
頼むからそんな穢れを知らない子供のような目で見ないでくれ。
俺が悪いみたいじゃないか。
『マスミよ、時には諦めも肝心じゃぞ?』
「ニースはそれでいいのかよ?」
『今回に関して言えば、どちらでも構わんというのが我の意見じゃな』
「出来れば反対してほしかった……」
そうすれば賛成意見三、反対意見三で振り出しに戻ったのに。
げんなりした気分で溜め息を吐く俺に支部長が……。
「まぁまぁ、取り合えず話だけでも聞いておくれよ。参加するかどうかの判断はその後でも遅くないでしょ?」
なんて駄目押しのようなことを言ってきた。
悪魔の囁きにしか聞こえないその発言に対して、俺は「……聞くだけですよ」と返すことしか出来なかった。
「すっかり尻に敷かれてんなぁ、マスミ」
「元はと言えばローグさんの所為でしょ」
他人事みたいに言うな。
あと俺は女性陣のお目々とおねだりに屈した訳ではなく、日本人として民主主義を尊重しただけだ。
胸元から『物は言い様じゃのう』と呆れるような声が聞こえてきたものの、俺は何も言い返すことが出来なかった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12/25(月)頃を予定しております。




