第20話 新たな依頼の予感
前回のお話……支部長とシェリル夫人はお友達
(シ ー`дー´)キリッ 相棒ですが何か?
(他 ゜Д゜)えー!?
支部長とディーナ女史が医務室を後にして三十分程経った頃、ようやくミシェルとローリエが目を覚ました。
寝起きで記憶があやふやになっている二人に模擬戦の顛末と昇格の決定。
ついでに実は支部長が冒険者時代のシェリル夫人の相棒であったことを聞かせてやれば、二人は俺達と同じようなリアクションで驚きを露わにした。
うん、まぁそうなるわな。
「なぁ、お前の母ちゃんマジで何者?」
「何者と言われても、それは私が本人に一番問い質したいことなのだが」
「冒険者をやってたことすら知りませんでしたからねぇ」
あの子持ちとは到底思えない御夫人の謎が深まっていくばかりである。
支部長に聞けば何か教えてくれるのだろうか?
「そんなことより私はお腹が空いた」
「仮にも自分の母親に関係する話題をそんなことって……」
「まぁ、奥様に謎が多いのは今に始まったことじゃありませんし」
ちなみにわたしもペコペコですと少し恥ずかしそうに笑うローリエを見ていたら、俺の腹の虫までグーグーと鳴き始めた。
あまり気にしていなかったけど、この腹の空きっぷりからして、どうやら俺達は結構な時間気を失っていたらしい。
昼時はとうに過ぎている。
「メシでも食いに行くか?」
「動いても平気〜?」
「俺は大丈夫だけど、ミシェルとローリエは? まだ痺れてるとかない?」
「問題無い」
「わたしも大丈夫です」
「では急ぎ参りましょう。わたくしお腹と背中がくっ付きそうです」
『マスミ達が寝ておる間に干し肉囓っておったじゃろうが』
そうだそうだと同意するようにレイヴンくんが大顎をカチカチ鳴らせば、当のユフィーは「あれはオヤツでございます」と意味不明な主張をしてきた。
食った事実に変わりはないし、オヤツだったらいったいなんだというのか。
言うだけ無駄だろうけど。
「まぁいいや。取り合えず食堂にでも行って―――」
何か食おうぜとベッドから立ち上がろうとした矢先、ノックも無しにいきなり医務室のドアが開けられた。
「よぉ、久し振りだなぁマスミ。帰って来て早々派手にやったらしいじゃねぇか」
「ローグさん?」
医務室に入ってきたのは、お互いにすっかり懇意な間柄となった先輩冒険者のローグさん。
彼に続いてパーティメンバーのディーンさん、トルム、ヴィオネも入室してきた。
先輩パーティ勢揃いである。
「これはこれはお揃いで」
「聞いたぜ。テッサルタから帰って来て早々、支部長とバチバチにやり合ったって。俺も見学したかったぜ」
「ただの模擬戦ですよ。好きでやった訳じゃありません。それより誰から聞いたんです?」
「仕事サボって飯食ってたベルタ」
「あんの駄目受付嬢……」
サボりの挙句に情報漏洩。
あとでディーナ女史にチクってやる。
「会えることすら稀な支部長といきなり模擬戦なんてねぇ。どう? 支部長強かった?」
「……勝った?」
如何にも興味津々といった様子のトルムとヴィオネがグイグイ顔を寄せてきた。
近いっちゅうねん。
「ご期待に沿えなくて申し訳ないけど、結果は完敗だよ。五対一で戦ったのにボロ負けさ」
「お前らがボロ負け? おいおい、冗談だろ?」
「これが実は冗談じゃなくマジなんですよ。手も足も出ませんでした。しかも支部長様は手加減までしてくれるくらいお優しかったですよ」
「マジかよ。凄腕の魔術師だって聞いちゃいたが……」
俺の話を聞いたローグさんがその太い眉を顰め、何かを考えるように顎をさすり出した。
まさかとは思うけど、支部長と戦うことを想定しているとかじゃないよな?
「また変なこと考えてません?」
「またってなんだよ、またって」
お前じゃねぇんだからと、さも当たり前のように返してくるローグさん。
その発言は流石に俺に対して失礼では?
「ん」
「慰める感じで背中さするの止めてもらえます?」
まるでこちらの身を労わるような優しい手付きで、ディーンさんが背中をさすってくれる。
多分、今の「ん」は気にするな的な意味なんだろうけど、それ遠回しにローグさんの発言を肯定してますからね。
「マスミが言ったことは事実だ。悔しいが、本当に手も足も出なかった」
「有効打どころか、最後まで触れることすら出来ませんでした」
「強過ぎ~」
「大きな怪我も無く終えられたのですから、別によろしいのではございませんか?」
相変わらずズレた意見を口にするユフィーだったが、内容そのものには同意出来た。
無傷とは言えないけど、負った傷はどれも軽傷だ。
元宝石級相手にこの程度の負傷で済んだのは、まあ僥倖と言ってもいい気がする。
「んじゃあ暫く動けねぇなんて奴は、一人もいねぇんだな?」
「そうなりますかね。出来れば一日か二日くらいはちゃんと休みたいですけど」
「そうかそうか」
そいつは良かったぜと厳つい顔に子供が見たら泣き出しそうな笑みを浮かべるローグさん。
この笑顔、そしてこの会話の流れ……なんだか嫌な予感がする。
「実は俺ら仕事の関係で十日ばかり街を離れてたんだけどよ」
「聞きたくない聞きたくない」
「その仕事ってのがちっとばかし面倒でよぉ。ほら、前に一緒に蜘蛛退治した森があんだろ? あそこの近くに妙なもんが出来たってんで、そいつの調査を依頼されたんだわ」
「だから聞きたくないって言ってんでしょ」
などと言ったところで、ローグさんの口上が止まることはなかった。
冗談でもフリでもなく、本気で言っているのに全く伝わらない。
ディーンさんがポンポンと軽く背中を叩いてきたけど、今度のは諦めてくれとかそんな感じの意味だろうな。
「その妙なもんってのが、まぁかなり小せぇ岩山だったんだけどよ」
「岩山なんてあの辺りに幾らでもあるのでは?」
何しろ件の森は、山間部の麓に広がっているのだ。
あそこは小さな山々が連なっている為、探せばローグさんが言うような物凄く小さな岩山だって見付かるだろう。
「そう思うだろ? でもそうじゃねぇんだよ。俺ら森には入ってねぇのよ」
「……話が見えんのですが」
「まぁ聞け。例の岩山ってのは森から少しばかり離れたとこ……ギリギリ平野って言える場所にあったんだよ」
「はぁ?」
ますます話が見えん。
「マスミくんの疑問はもっともだけど、これがマジなんだよねぇ」
「何も、なかったところに、いきなりポツン。驚き」
話を纏めると、ある日突然森近い平野に岩山が出現した。
サイズは高さが10メートル程度。外周部は精々30メートル前後くらいで、台形のような形状をしている。
それ本当に岩山かって思ったけど、サイズを無視すれば見た目は完全に岩山だったらしい。
「んでまあ数日様子を見てたんだけどよ。急にグラグラ揺れ出したと思ったら、いきなり岩壁の一部が崩れて、人が通れるくらいの穴が出来たんだよ。覗いてみたら地下に続く道があったぜ」
ご丁寧に迷わねぇよう一本道にしてくれてたぜと言って、腕を組むローグさん。
その岩山の正体が何なのかを俺は知らない。
知らないが、想像だけは出来た。
それもまた異世界ファンタジーの定番の一つ。
答え合わせはすぐに行われた。
「それってもしかして……」
「ああ、俺も実際に見るのは初めてだが、まず間違いねぇだろ。あれは―――」
―――地下迷宮だ。
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次回更新は12/18(月)頃を予定しております。




