第16話 支部長の実力 ~死なない程度の模擬戦~
前回のお話……支部長と模擬戦開始
(シ ゜Д゜)ファイアショット
(真 ゜Д゜)いきなり?
「それじゃあ始めるよ……〈小火弾〉」
指揮棒の軌道に沿って生まれた火の玉。
その数は全部で十個。
燃え盛る礫が一斉に俺達に向けて放たれた。
「速ッ、詠唱が……!」
詠唱無しで魔術が使用された事実に驚き、俺の反応は遅れてしまった。
回避は間に合わない。
せめて防御に徹し、少しでもダメージを減らす以外に選択肢はない……一人だったら。
「はぁぁあああああッ!」
「わぅぁあああああッ!」
頼れる仲間―――ミシェルとローリエの二人が前に出る。
炎を纏った〈ロッソ・フラメール〉の刃と紫電迸る獣の爪が、支部長の放った〈小火弾〉を全て防いでくれた。
「悪い。助かった」
「気にするな。私だって驚いている」
「誰だって驚きますよ。まさか無詠唱で魔術を使うなんて……」
そう、支部長は無詠唱で魔術を使用した。
魔術の詠唱速度は即ち攻撃速度と同義。
詠唱がより速く、より短い程に攻撃速度も上がっていく。
俺が知っている中で最も詠唱の速い魔術師は長瀬さんだが、そんな彼女でも無詠唱で魔術を発動させることは出来なかった。
本来後衛の魔術師が如何にして単独で戦うつもりなのか、ようやくその疑問が解けた。
「単語一つで魔術発動かよ。とんでもねぇな無詠唱」
「んー、どうも勘違いしているようだけど、私は無詠唱魔術なんて使ってないよ?」
「は?」
無詠唱で発動した魔術に驚く俺達に対して、自分は無詠唱魔術など使っていないとやんわり事実を否定する支部長。
「いや、だって現に詠唱を―――」
「そこがまず勘違いなんだけど、私が今やって見せたのは詠唱破棄と呼ばれる技術さ。本当の無詠唱とは一切の音を発しない、つまり術名を唱えずに魔術を発動させることだよ」
模擬戦とはいえ戦闘中であるにも関わらず、支部長は魔術についてのレクチャーをしてくれた。
詠唱を挟まず、術名のみで魔術を発動させることを詠唱破棄。
術名すら唱えずに己の魔力制御技術だけで魔術行使することを本当の無詠唱と言うそうだ。
支部長が行っていたのは前者。
ちなみに呪文を短縮して魔術を行使する場合は詠唱簡略と言うらしい。
「通常の呪文詠唱より高い制御技術と集中力を要求されるし、下手クソな人がやると魔力を無駄に消費する上に暴発の危険まであるから慣れない内はオススメしないかなぁ」
「慣れとかそういう問題じゃねぇだろ……」
事も無げに言ってのける支部長だが、彼女が言う程簡単な訳がない。
俺がこれまで出会ってきた中で、支部長以外に詠唱無しで魔術を使ったのは悪魔化したエルビラだけだが、あの女の場合は魔術師としての技量云々ではなく、単純に上級悪魔の能力による結果に過ぎないため、比較の対象とはなり得ない。
一流の魔術師である長瀬さんやヴィオネに出来ないことを支部長は易々とやってのけた。
支部長の魔術師としての技量が彼女達より優れているという何よりの証左である。
「上級冒険者ともなれば私みたいなのはゴロゴロ居るよ。むしろ君達の方こそなんだいそれ。どう見ても普通の〈魔力付与〉じゃないよね?」
支部長は指揮棒をゆらゆらと揺らしながら、興味深そうにミシェルの手にした〈ロッソ・フラメール〉とローリエの〈魔爪〉に視線を向けた。
剣身に真っ赤な炎を纏った〈ロッソ・フラメール〉とバチバチと電光を帯びた獣の爪。
確かに普通の〈魔力付与〉には見えないけど……。
「マスミ」
「マスミさん」
「絶対に言うなよ?」
何をと問い返すこともなく素直に頷くミシェルとローリエ。
……言えない。
実は普通に魔力流してるだけなんですなんて絶対に言えない。
少なくとも二人はいつも通りの感覚で魔力を操作しているだけなのだ。
原因として考えられるのは、エリオルム王が使った〈絶対王権〉の影響。
王威の力で出鱈目な強化を受けた際にも同様の現象が起きていたけど、何故か未だにその効果が継続されているのだ。
流石に直接強化されていた時には遠く及ばないものの、明らかにこれまでの〈魔力付与〉や〈魔爪〉を上回る攻撃力を発揮していた。
正直、最初は結構不安だったけど、当のミシェルとローリエが全然平気そうにしていたので、悪いことじゃないし別にいいかと割りとすぐに考えることを止めてしまった。
「ふむ、流石に素直に教えてはくれないようだね」
「そりゃ馬鹿正直に自分の手札晒す訳ねぇでしょうよ」
「それもそうだね。うん、どうやら君達を見くびっていたようだ。謝るよ」
支部長が再び指揮棒を横に振れば、今度は握り拳大の氷の塊が生まれた。
数は先程の〈小火弾〉と同じ十個。
「私ももう少し本気で相手をするとしよう。さぁ、次は防げる―――」
「余所見禁止なの!」
次なる魔術を使おうとする支部長に先んじて、死角に回り込んだエイルが矢を放つ。
ミシェルとローリエが〈小火弾〉を防ごうと前に出たタイミングに合わせ、エイルも動いていたのだ。
放たれた矢が飛翔し、支部長の脚を射抜かんとしていた。
仮に支部長が反応出来たとしても、最早回避は間に合わない……そう思っていたのに、予想はあっさりと覆された。
「〈障壁〉」
魔力によって編まれた不可視の壁がエイルの矢を難無く防いでみせた。
弾かれた矢を見て、俺達はまたもや驚きの声を上げることとなった。
理由は支部長が〈障壁〉の魔術を使ったことでも、死角からの攻撃に対応したからでもない。
彼女は俺達の見ている前で氷と防御。
二つの魔術を同時に操ってみせたのだ。
「〈二重起動〉。二つの魔術を同時に展開・発動させる見たまんまの技術だよ」
「見たまんまって……」
「あぁ、言う程難しい訳じゃないよ。異なる魔術式を並列に処理すればいいだけだから」
「あんた以外にやってる奴見たことねぇよ」
異なる二つの魔術を同時に扱う。
そんな真似が簡単に出来てたまるか……と言ってやりたいところだが、現実として支部長は高等技術を使いこなしている。
詠唱破棄と〈二重起動〉。
たった一人で俺達を相手に出来ると豪語した根拠はこれか。
どうやら侮っていたのは俺達の方だったらしい。
色々気になるし、ツッコミたいことも多々あるけど、全部後回しだ。
「前言撤回! 様子見なんて悠長なこと言ってらんねぇ。最初から全力で行くぞ!」
その言葉を合図にミシェルとローリエも散開し、エイルと三人で支部長を取り囲むような配置となった。
俺は出したばかりのボルトアクションライフルを空間収納に戻し、入れ替えるように突撃銃を取り出した。
支部長は自身の周りに氷の玉を浮かべたまま動かずにいる。
「うん、それでいい。折角人数がいるんだから、数の優位を活かさないとね」
「そいつは……」
どうもと言って引き金を引くのと、支部長が再び「〈障壁〉」と口にするのは全くの同時だった。
魔力によって精製された弾丸が銃口から撃ち出され、支部長に向かって飛んでいく。
バーストで発射された三発の魔力弾が不可視の障壁に着弾するも、その防御を貫くことは叶わなかった。
構うものかと再び引き金を引いて魔力弾を発射する。
最初から簡単に破れるなんて思っちゃいない。
俺が撃っている限り、支部長は防御のために〈障壁〉を展開し続けなければならない。
つまり〈二重起動〉―――二つの魔術の片方を潰せる。
「成程。そう来るか」
余裕の態度を崩さず、支部長は感心したように声を漏らした。
どうやら俺の意図を察したらしいが、それは彼女だけではない。
一定の距離を置いて支部長を取り囲んでいたミシェル、ローリエ、エイルの三人が示し合わせたように同時に動いた。
「〈氷弾〉」
一気に距離を詰めてくる三人に対して、支部長は周囲に浮かべていた氷の玉―――〈氷弾〉を迎撃のために放った。
回避し、あるいは斬り払って氷の礫を防いだ三人の足は僅かに鈍ったものの、止めるまでには至らなかった。
「これで二つ……!」
〈二重起動〉で同時に使える魔術は二つまで。
如何に支部長が卓越した魔術師であろうとも、次の魔術を使えるようになるまで幾らか時間を要する筈だ。
たとえほんの数秒でも、みんなが支部長に接近するには充分な時間。
これ以上、妙な手札を切られる前に決めてやる。
そんな俺達の目論見は―――。
「〈烈風〉」
―――またもやあっさりと覆された。
支部長を中心に発生した猛烈な風が三人の接近を阻んだ。
風圧に押し負け、力尽くで後退させられる彼女達を見て、俺も射撃を中断せざるを得なかった。
「くっ、馬鹿な!?」
「同時に使えるのは二つまでじゃ……!?」
「嘘吐きなの!」
驚愕を露わにする俺達を嘲るでもなく、むしろ微笑ましそうに「君達は素直で良い子だね」と笑みを深めた。
「でも噓吐き呼ばわりは心外だね。同時に使える魔術は二つまで……なんて私は一言も言ってないよ?」
「あんたの場合は噓吐きじゃなくて詐欺師って言うんだよ」
確かに嘘は吐いてないけど、真実も話していない。
断片的な情報から俺達が勝手に魔術は二つまでしか同時に使えないと判断しただけ。
完全に詐欺師のやり口だが、効果は絶大だ。
俺達はまんまと騙されてしまった。
「〈三重起動〉。三種の魔術を同時に扱う技術……なんて今更言うまでもないかな?」
卓越した魔術の腕前と相手の思考を誘導する話術。
俺にはシャーナ支部長の実力の底が未だに見えなかった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11/20(月)頃を予定しております。




