第15話 支部長の実力 ~望まぬ模擬戦~
前回のお話……支部長と模擬戦決定
(シ ゜Д゜)纏めて相手してやらぁ
(真 ゜Д゜)断わりたい…
「胸を貸して上げるよ。さぁ、遠慮なく掛かってきなさい」
「遠慮なくと言われても……」
豊かな胸にポンと手を当て、掛かって来いと言い放つシャーナ支部長。
相変わらず貼り付けたような微笑には何の感情も窺えなかったものの、声だけは幾分弾んでいるような気がした。
そしてその豊かな乳房もポヨンと弾んでいた。
……胸だけは貸してほしいかも。
『くだらぬことを考えるでない』
「おっきなお胸ならぁ、ここにもあるの〜」
呆れ気味なニースのツッコミに続いて、エイルが自慢の爆乳を下から支えるようによいしょと両手で持ち上げた。
たったそれだけのことで大きく形を変えるたわわな果実。
実に眼福である。
でもお願いだから心を読まないで下さい。
あと凄い目でこっちを見ているミシェルとローリエが本当に怖い。
どうしよう。あとで殺されるかもしれない。
「マスミ様……」
「なんだ? 遺言でも聞いてくれんのか?」
「何故このような事態になってしまったのでしょう」
「俺が聞きてぇよ」
わたくしは関係無いのに途方に暮れたように呟くユフィー。
気持ちは分からんでもない。
普段なら自分だけ知らん顔するなとか注意するところだけど、今回に限って言えばユフィーは本当に無関係なのだから。
特例による昇格を支部長から言い渡され、試験代わりの模擬戦をやらされる羽目になったかと思いきや、その対戦相手はまさかの支部長御本人。
しかもたった一人で俺達全員を相手にすると言い出す始末。
予想外な展開続きで、いい加減どのように返答すればいいかも分からずにいた俺とは裏腹にユフィー以外の女性陣の反応は明確だった。
たった一人で全員を相手取るなんて幾らなんでも舐め過ぎじゃねぇのかオイコラ……なんて感じで三人揃ってキレていた。
きっとプライドを傷付けられたのだろう。
これに対して支部長は……。
「別に冗談を言ったつもりはないよ? 一人で相手に出来ると思ったから言ったまでのことさ。出来もしないことに時間を費やす程、私は暇でも見栄っ張りでもないからね」
まさに売り言葉に買い言葉。
上等じゃい。だったら今すぐ相手をしてもらおうじゃねぇかと更にヒートアップする女性陣を止められる筈もなく、そのまま全員で訓練場に移動。
本来なら試験を受ける必要のないユフィーをも巻き込み、今に至るという訳である。
支部長権限で貸し切ったのか、訓練場に他の冒険者の姿はなく、離れた所では絵里ちゃんとディーナ女史が心配そうにこちらを見ていた。
それと……。
「アレがギルドのお偉いさんなんかね?」
『さての。少なくとも好意的ではなさそうじゃな』
観客席に固まって座っている数人の男達。
多少年齢にバラつきはあるものの、少なくとも五十を下回る者は一人も居なさそうだ。
ニースの言う通り、誰も彼もがこちらを値踏みするような目で見ているのが、遠目からでも分かった。
特例に選ばれるような冒険者が、いったいどんな連中なのか態々見に来たってところか。
「暇人共め」
「さぁさぁ、何処からでも掛かってきなさい」
そんな中でも何故かちょっと楽しげな支部長。
「いいだろう。そこまで言うなら全力でやってやる」
「今更卑怯だなんて言わないで下さいね」
「怪我してもぉ、知らないよ〜?」
戦意増々な御三方。
俺とユフィーだけ完全に置いてけぼりとなっている。
『止めなくてよいのか?』
「止まってくれると思うか?」
『……やるだけやってみてはどうじゃ?』
投げやり感満載で言わないでほしい。
提案したはいいものの、ニースも自信が無くなってきたのだろう。
「無駄だと思うけど……」
言うだけならタダだし、駄目元で話してみるか。
「あー、みんな? 興奮するのも分かるけど、ちょっと落ち着こう。支部長も言ってたけど、所詮は形だけのもんなんだし、気張らず適当に流してさぁ……」
「嫌だ。あの女に目に物見せてやらねば気が済まん。というか泣かす」
「助力もあったとはいえ、わたし達は多くの悪魔と戦って生き残ったんですよ。そんなわたし達を一人でなんて……馬鹿にし過ぎです」
「泣いてぇ、詫びさせてぇ、生まれてきたことをぉ、後悔させるの〜」
「それはやり過ぎ」
戦意どころか最早殺意が増々である。
やはり俺如きの言葉では止まってくれんか。
「ユフィー、諦めろ」
「無情でございます」
パーティの過半数がやる気満々なので、俺も諦めるしかない訳だが、どうにも嫌な予感がする。
支部長の方に視線を向ければ、彼女は片手を腰に当てた姿勢で俺達の準備が整うのを待っていた。
容姿・スタイルともに抜群のため、気取らない立ち姿でも充分絵になるのだが……。
「……変わんねぇか」
その佇まいに気負っている様子は見られず、執務室から訓練場に移動してきた後も支部長は変わらず自然体のままだった。
自ら口にした通り、本当に俺達全員をたった一人で相手取るだけの自信があるのだろう。
この余裕がブラフだとは思えないし、ギルドが態々実力不足の冒険者を、それも一職員ではなく支部長に抜擢する筈がない。
気を引き締めて掛からねば。
「もう準備はいいのかな?」
「ええ、少なくともやる気だけなら」
「ならば結構。改めて説明するけど、今回は限りなく実戦に近い形で模擬戦を行う。君達の実力をジジイ共に見せ付ける必要があるからね。武器は訓練用ではなく各々の得物を使用。魔術や法術も許可する。勝敗は……戦闘不能になったらでいいよね。お互い死なない程度に頑張ろう」
「せめて怪我しない程度にしてほしいんですけど……」
戦闘不能でいい訳ねぇだろうが。
形だけの模擬戦じゃなかったのかよ。
せめてギブアップ宣言くらい認めろ……なんて主張は今更通らない。
だって俺とユフィー以外の三人があっさり頷いちゃったから。
「ならそろそろ始めようか。あぁ、私は魔術師だから、懐に入りさえすれば、ほぼ君達の勝ちだよ。頑張ってね」
「入らせる気もないくせによく言うわ」
皮肉の一つでも言ってやらねば気が済まんと思って出た台詞も、当の支部長には全く通じなかった。
支部長は懐からいつぞやも見たことのある指揮棒を取り出すと、その先端をこちらに向けてきた。
指揮棒の先には既に魔力の淡い光が灯っており、その光を目にした瞬間、全員が反射的に己の得物を構えていた。
俺達から支部長までの距離は20メートル以上。
とても一息で詰められるような距離ではない。
「如何せん相手の実力が未知数だ。まずはオーソドックスに攻めて、向こうの手の内を探る。エイルは自由に動き回って牽制。俺も此処から銃で援護する。ミシェルとローリエは隙を突いて接近してみてくれ。ユフィーはいつでも法術を使えるようにして、俺の後ろで待機」
既に俺の能力は知られているかもしれんが、素直に晒してやるのも癪だったので、観客席の暇人共には見えない位置で空間収納から銃を取り出す。
様子見なので、取り出したのはデイビット印のボルトアクションライフル。
模擬戦で実弾を使うことに抵抗はあるものの、支部長自身が望んだことだし、何より……。
「なんでか通用する気がしないんだよなぁ」
負けてやるつもりなど毛頭ない。
だがこの得体の知れない支部長に勝てる光景が、まるで思い浮かばないのだ。
エルビラが変異した上級悪魔と対峙した時のように覆し様のない絶望的な戦力差を感じている訳ではない。
強いて言うなら……将棋やチェスなどを打っている途中で、自分の負けを確信した時の感覚に似ているだろうか。
駄目だ。なんか上手く言葉に例えられない。
「やっぱり君はセンスがあるね」
模擬戦とは別方向に思考が飛びつつある俺に向けて、支部長はそんな台詞を吐いた。
前にも聞いた気がするけど、どういう意味なんだろう?
だが生憎、俺の疑問を解消するだけの時間は与えられなかった。
支部長が手にした指揮棒を横に振ると、その軌道に沿って中空に幾つもの火の玉が生まれたのだ。
「それじゃあ始めるよ……〈小火弾〉」
望まぬ模擬戦が始まった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11/13(月)頃を予定しております。




