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第12話 支部長からの呼び出し ~魔女の思惑~

前回のお話……ユフィー就寝

(ユ ゜Д゜)無念…

(真 ゜Д゜)寝るんかい

(シ ゜Д゜)お茶飲む?

 凡そ一時間以上もの時間を掛けて、俺は違法召喚に端を発するテッサルタ王国で起きた事件の全てを支部長に話し終えた。

 本来、話すだけならこの半分も掛からなかっただろうけど、要所要所で確認や質問などが挟まれたため、これ程の時間を要してしまった。


「以上が我々がテッサルタ王国で巻き込まれた事件の全容であり、封書を預かるに至った経緯でもあります」


「成程。そういうことだったのか。長時間喋らせて悪かったね。さ、お茶でも飲んでおくれ。ディーナくんが淹れてくれた紅茶は美味しいよ?」


 支部長からの褒め言葉に対してディーナ女史は「褒めても何も出ません」とおすまし気味だったが、よくよく見れば、彼女の頬は僅かに赤く染まっていた。

 どうやら台詞や態度とは裏腹に褒められて満更でもなかったらしい。

 まあ、喋って喉が渇いていたのは事実だし、飲んでもいいと言うなら遠慮なくいただくとしよう。


「いただきます」


 実際、ディーナ女史が手ずから淹れてくれた紅茶は美味しかった。

 時間が経って少し冷めてはいたものの、それで味が落ちるようなことはなく、爽やかな風味と程好い渋みを楽しむことが出来た。

 日本で暮らしていた頃は眠気覚ましにコーヒーをよく飲むことはあっても、紅茶などは全く馴染みがなかった。

 かつて職場の同僚が淹れた紅茶を一度だけ飲ませてもらう機会があったけど、不味過ぎて飲めたものではなく、その場で噴き出してしまったことがある。

 ただひたすら渋いだけで人が飲んでいいものではないと酷評してやったら、同僚は物凄く怒っていた。

 だって事実だもの。


「淹れる人次第でこうも変わるもんかねぇ」


 こっちの世界に来てからは、ちょいちょい紅茶を嗜む機会も増えたけど、もしかしたらこれまで口にしてきた中で一番美味いかもしれない。

 カップの紅茶を丁度飲み干した辺りで、支部長が「それにしてもよく全員無事に帰って来られたね」と口を開いた。

 きっと俺が飲み終わるのを待っていたのだろう。


「運が良かっただけです」


「勿論それも有るだろうけど、決して運だけで解決するような問題じゃないよ。あとこれは私の経験上だけど、運っていうのは呼び込むものさ。きっと君達にはその呼び込む何か(・・)があったんだろうねぇ」


「……自分には分かりかねます」


 わざとらしく含みの有る言い方をする支部長に苛立ちを覚えつつも、声と表情だけは平静さを保った。

 まるでこちらの反応を愉しむように……いや、事実愉しんでいるのかもしれない。

 何しろ彼女は、既に〈異邦人(おれ)〉の正体に気付いているのだから。

 俺は自身や絵里ちゃん達が〈異邦人(エトランジェ)〉であると勘付かれないよう、注意しながら話を組み立てていたのだが、途中で支部長が……。


「あぁ、言い忘れてた。君やエリくんが〈異邦人(エトランジェ)〉であることは知っているから、無理に誤魔化そうとしなくてもいいよ?」


 何気無い口調でとんでもない発言をしてくれたのだ。

 これには俺や絵里ちゃんは勿論のこと、同席していたディーナ女史も大いに驚かされることとなった。

 特にディーナ女史の驚き様は顕著で、「え、フカミさんとエリが……エ、〈異邦人(エトランジェ)〉!? な、何がどういう、えぇ!?」と物凄く取り乱していた。

 流石に演技とは思えなかったので、彼女は今この場で初めて俺達の正体を聞かされたのだろう。

 そんなディーナ女史の取り乱しっぷりを目にしたおかげで、俺は幾分冷静さを取り戻すことが出来た。

 警戒心を最大まで跳ね上げた俺は、未だ変わらぬ微笑を貼り付けている支部長を睨み付けた。


「何故それを?」


「そんなに睨まないでほしいな。別に君達を害するつもりなんてないんだから」


「質問に答えろ」


「フフフ、私は割りと耳聡いんだよ。それなりに伝手も有るしね」


 どれだけ睨み付けようとも支部長の微笑みが崩れることは微塵もなかった。

 勿体振った言い回ししやがって。

 要は腹の底も手札も晒すつもりはないってだけだろうがよ。


「信じられないと思うけど、本当に君達を害するつもりはないんだ。勿論イタズラに吹聴するつもりもない」


「今まさにあんたの部下にバレたんだが?」


「ごめんね。つい口が滑っちゃった」


 滑っちゃったじゃねぇよ、白々しい。

 悪気が欠片も感じられないのも実に腹立たしかった。


「し、支部長。先程の発言はいったいどういう……」


 未だ狼狽から立ち直れずにいるディーナ女史を支部長は「少し落ち着きなさい」とやんわり宥めた。


「ディーナくん、今日此処で見聞きした全ては他言無用だ。いいね? これは支部長命令だよ」


「国家転覆クラスの大事件ですよ? それ程の情報を秘するようにと仰るのですか?」


「彼らの正体もそうだが、それ以上に現状のテッサルタの情報が広まるのは避けたい。まあ、遅かれ早かれ知れ渡ることになるかもしれないけどね」


「で、ですが支部長……」


「お願いだよ。大事な部下に魔術で強制させるような真似を―――」


 ―――私にさせないでおくれ。


 ゾッとする程冷たい声音で告げられたその言葉に対して、ディーナ女史は壊れた人形のようにガクガクと首を縦に振ることしか出来なかった。

 言葉の余波は彼女だけではなく俺と絵里ちゃんにまで及んだ。

 俺は反射的に腰のナイフを抜きそうになり、絵里ちゃんに至っては恐怖のあまりか、目尻に涙を浮かべ、歯の根まで合わなくなっていた。


「さ、これでディーナくんへの口止めは終わり。続きをどうぞ」


 何事もなかったかのように支部長は平然と話の続きを促してきた。


「……二人共あんたの所為で口が利けなくなってるんだが?」


「君が話す分には問題無いでしょ?」


 だからさっさと話せってか。

 いけしゃあしゃあとこの女は……!


「フゥーッ」


 一度大きく息を吐き出し、沸騰し掛けた頭を冷ます。

 どちらにしても既に主導権はこの女に握られてしまっているのだ。

 素直に従うのは業腹だが、今更隠し立てたところで意味がないのも事実。

 とにかく今は我慢だと心中で自分に言い聞かせた俺は、口調を改めて中断されていた話を再開し……それが先程終了したという訳である。

 話している間に絵里ちゃんとディーナ女史も落ち着きを取り戻してくれた。


「しかしゼフィルに続いて、今度は邪神教団か。君はよくよく妙な集団と縁が有るね」


「ほっといて下さい」


 無論、俺とて素直に全ての情報を開示した訳ではない。

 たとえば大精霊テッサルタの介入やアーリィ達闇ギルドの助力。

 そしてテッサルタ王国に残った二人の日本人―――安藤さんと塚田くんの存在。

 彼らに累が及ぶことだけは何としても避けたかった。

 本当に知らないのか、それとも知った上で敢えて見逃してくれたのかは不明だが、幸い伏せた情報について指摘されることはなかった。


「では自分達はこれで失礼します」


「おや、もう帰っちゃうのかい? もっとゆっくりしていきなよ」


「話すべきことは全て話し終えましたので」


 反抗的な態度がマズいことくらいは分かっている。

 だがそんなことは関係無く、俺は一刻も早くこの部屋を立ち去りたかった。

 これ以上、こんな得体も思惑も知れない魔女と同じ空間に居るのは御免だ。

 何より、あの目(・・・)に耐えられない。


「まぁ、確かに貴重な休日の時間を奪ってしまうのは申し訳ないね。今日は呼び出しに応じてくれてありがとう。この封書は私が責任を持って領主様にお届けするよ」


「どうも。ほら、いい加減起きろユフィー」


「むにゃ? マスミ様……おやすみなさい」


「寝んな起きろ。帰るってんだよ」


 寝惚けているユフィーを急き立て、俺は支部長室を後をした。

 部屋を出る間際に見た支部長の目は、やはり何も変わっていなかった。

 人間らしい温かみの感じられない無機質な瞳。

 一切の感情を窺わせないその目に見詰められると、まるで自分の内面を覗き込まれているような感覚に陥り、酷く不安で……不愉快だった。

 

お読みいただきありがとうございます。


次回更新は10/23(月)頃を予定しております。

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