第10話 支部長からの呼び出し 〜初対面?〜
前回のお話……就職先決定
(仁 ゜Д゜)よろしくお願いします
(千 ゜Д゜)頑張ります
(真 ゜Д゜)立場…
長瀬さんと三上さんをディーナ女史に紹介した翌日。
俺は珍しく早起き―――といっても既に昼前―――してきたユフィーと二人、水鳥亭の一階で寛いでいた。
一緒のテーブルでお茶を啜っている途中、何かに気付いたユフィーが顔を上げた。
「マスミ様、お客様です」
「俺に客? 店にじゃなくて?」
いったい誰よと振り返れば、ギルドの制服をきっちり着こなした絵里ちゃんが店の入口近くに立って、何かを探すようにキョロキョロと店内を見回しているのが見えた。
成程。確かに俺への客かもしれん。
名前を呼びながら手を振れば、すぐにこちらに気付いた絵里ちゃんは俺達の座るテーブルの傍に寄って来た。
「どしたの絵里ちゃん。サボり?」
「違いますよ。深見さん達を迎えに来たんです」
「俺達を?」
「はい、先日届けられた封書の件でお聞きしたいことがあるそうで」
「あぁ、アレね」
ディーナ女史からも確認事項が出来た際には応じてほしいと言われていたので、協力することは何の問題も無いのだが……。
「それって全員必要?」
「と言いますと?」
「実は俺とユフィー以外みんな出掛けててさ」
長瀬さんは朝早くからギルドに向かった。
記念すべき初出勤のためか、実に意気揚々とした姿だった。
「やっぱり仕事が決まると人間元気になりますよね!」
なんて言っていたけど、俺にはただの仕事中毒にしか見えなかった。
やる気満々なところに水を差すのも悪いと思って、敢えて指摘はしなかったけど。
「ちゃんと休むように言ってね?」
「え、はぁ……」
なんとも気のない返事である。
社会経験の浅い絵里ちゃんには、日本の企業戦士達がどのような状態で日々の職務に従事しているのか。
彼らの危うい精神構造に関する理解が足りていないのかもしれない。
ならば上司のディーナ女史に注意を……と思ったのだが、そういえば彼女も大概中毒気味だったことを思い出した。
仕事先にギルドを紹介したのは失敗だったかもしれん。
「深見さん?」
「あ、ごめん。気にしないで」
一先ず長瀬さんのことは脇に置いておこう。
彼女だってブラック勤務はもう懲り懲りの筈だから、日本に住んでいた頃のような無茶な働き方はしないだろう……多分。
三上さん親子は、ディーナ女史の知り合いがやっているという店にさっそく挨拶に向かった。
彼女の刺繍が本当に売り物になるのか否か。
その道のプロである店の人に直接判断してもらい、ゴーサインが出たら、まずはお試しで販売させてもらう。
正式な契約を結ぶかどうかは、このお試し期間における売り上げ。
そして何より三上さんの腕次第という訳である。
何しろ店に卸す商品は全て彼女のハンドメイドなのだ。
望むクオリティと量を安定して供給出来ないようでは、契約など成り立つ筈がない。
「ま、そもそも店の人に認めてもらえないことには販売すら出来ないんだけどね」
「千歳さんなら大丈夫ですよ」
「うん、俺もそこはあんまり心配してない」
「ところで他の皆さんは?」
「護衛って名目で三上さんと一緒に行った」
三上さん親子はまだ街に不慣れな上に戦闘能力も無い。
だから自分達が護衛として一緒に付いて行く。
そう言ってミシェル、ローリエ、エイルは三上さん親子と一緒に行ったのだが、彼女らの目的は間違い無く別にある。
だって三人とも物凄く楽しそうな顔してたもの。
ワクワクを全然隠し切れてなかったもの。
「ありゃ新しい服が欲しいだけだな」
『若しくはアクセサリーかのう』
「ま、まぁ、皆さん年頃の女性ですから気持ちは分かりますけどね」
「そんな訳で今手が空いてんのは俺とユフィーだけなのよ」
それでもいいかと訊ねれば、すぐに「大丈夫です」と返ってきた。
「呼び出しの理由も封書の件で何か問題が起きたからではなく、領主様へ説明する場合に備えて、一応経緯を把握しておきたいだけみたいです。説明さえ出来るなら別に一人でも構わないって言ってましたけど」
「あ、そうだったんだ。ちなみに呼び出しってディーナさんから?」
「いえ、支部長からです」
「……こりゃまた予想外」
支部長―――即ちネーテの街における冒険者ギルドのトップ。
まさかそんな人物からの呼び出しだったとは……。
「そういやまだ一度も会ったことないなぁ」
「わたくしもです」
「実際、支部長の顔を一度も見たことがないって冒険者さんは結構いるみたいですよ? わたしもまだ二回しか会ったことありませんし、その時も挨拶くらいでまともな会話はしてませんね」
臨時とはいえギルド職員である彼女ですら、支部長とはほとんど会ったことがないらしい。
それだけ忙しいから人前には出て来られないってことなのかね?
「ま、ディーナさんとも約束したしね。取り敢えずギルド行こっか」
「ありがとうございます」
「いってらっしゃいませ」
「お前も来るんだよ」
ナチュラルに居残ろうとしたユフィーの首根っこを掴んで立たせ、強制的に同行させる。
ギルドへ向かう道すがら、支部長のことについて絵里ちゃんに幾つか質問をしてみた。
「参考までに支部長ってどんな人?」
「女性です。見た目はかなり若々しいですけど、深見さんより一回り以上は歳上だったと思います」
「え、オッサンじゃないの?」
「はい、元冒険者で現役時代は凄い魔術師だったって聞いてますけど」
冒険者を引退後、ギルド職員になって遂には支部長か。
同じように冒険者からギルド職員になった人物として、戦技教官を務めているグラフさんを知っているが……。
「その支部長って大丈夫な訳?」
「なんですか急に?」
「だって冒険者上がりなんでしょ?」
何しろ同じ冒険者上がりのグラフさんは、実力は確かだけど、見た目うだつの上がらない中年管理職みたいな人だ。
事実、よくディーナ女史からも注意されている。
支部長を任されるような人だから優秀なのは間違いないんだろうけど、本当に大丈夫かね?
せめてまともな人格の持ち主であることを祈ろう。
一抹の不安を抱いている内にギルドに到着した。
「支部長は最上階の支部長室でお待ちです」
「だろうね」
他のどの部屋で待つというのか。
絵里ちゃんに先導される形で階段を上り、ようやく最上階―――五階まで着いた頃にはユフィーの息は完全に切れていた。
「ぜぇ、ぜぇ……な、何故こんなに、建物を高くする必要が、あ、あるのでしょう」
「敷地が限られてるからだろ」
横に広げられないのなら縦に伸ばすしかない。
エレベーターのような運搬装置でも有れば別だが、そんな便利な物は設置されていないのだから、地道に上る以外にない。
「お前いつになったら体力つくんだよ?」
「体質かもしれません」
「どんな体質だ」
なんてやり取りをしている内に支部長室の前までやって来た。
「扉は割りと普通だな」
「何を期待したんですか?」
「いや、仮にも会社のトップの部屋だから、もっと立派なのを想像してたんだけど」
「支部ですけどね」
そう言った後、絵里ちゃんは扉を軽くノックし、「冒険者殿をお連れしました」と呼び掛けた。
するとすぐに「どうぞお入り下さい」と応えがあった。
「んん? 今の声……」
「失礼致します」
首を傾げる俺に構わず、絵里ちゃんが扉を開けた。
応接用のソファーやテーブルのセット。大型の執務机と壁際の本棚。
存外シンプルな内装をしている支部長室の中には、二人の人物が待っていた。
一人は背筋を伸ばして執務机の脇に立つディーナ女史。
先程の返事は彼女が発したものだろう。
そしてもう一人は執務机の椅子にゆったりと腰を下ろした妖しい雰囲気の女性。
支部長と思われるその女性は、入室した俺に薄い笑みを向けながら、「久し振りだね」と気軽な態度で声を掛けてきた。
「深見さん、支部長とお知り合いだったんですか?」
「いや、今日が―――」
初対面だけどと言い掛けたところで、自分が目の前の女性と面識が有ることに気付いた。
それはエイルと二人で請けた鍬形兜の捕獲依頼を終え、俺から全く離れようとしないレイヴンくんと従魔契約を結んだ時の話。
そう、目の前の女性は、あの時レイヴンくんに魔術刻印を施してくれた妖しい美女と同一人物だったのだ。
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次回更新は10/9(月)頃を予定しております。




