第20話 人に投げてはいけません
前回のお話……ワンワンパニック再び
卵爆弾というものをご存知だろうか?
決して生卵を電子レンジでチンして爆発させたものではない。
勿論、ボールを投げてモンスターをゲットする某ポケットなゲームの技の一種でもない。
卵爆弾とは、中身を抜いた卵の殻の中に胡椒や唐辛子といった香辛料を詰めて相手に投げ付けるという恐るべき兵器である。
余りにも非人道的であるため、世界の軍隊が使用を見送ったという……すまん嘘だ。
とにかく絶対に人に投げてはいけない危険な代物なのだ。
「良い子は真似するなよ」
「なら、最初から、作っちゃ駄目」
「あたしの感動の涙を返して下さい」
鼻と口元を押さえながら涙目というか完全に泣いている―――しかも号泣―――ヴィオネとコレットの双方からツッコまれた。
かく言う俺も涙腺崩壊一歩手前な状態。これに関しては本当に申し訳ないと思っている。
爆弾と呼んではいるものの、要は即席の催涙弾のようなものだ。
俺が拠点に案内された後、一生懸命内職に励んでいたものの正体がこれである。
粉末状になるまで擦り潰した黒胡椒と唐辛子。
特に唐辛子の方には辛味の源たるカプサイシンが豊富に含まれている。
そんなものを顔面にぶつけられたら、いったい何が起きてしまうのか。
「――――――ッッ!?」
効果はご覧の通り。
体重100キロを超えそうな程の体格を有する黒猟犬が、小型犬のようにキャンキャンと喚きながらのたうち回っている。
頻りに鼻先を地面に擦り付けているが、そんなことをしたところで無駄だ。むしろ逆効果。
粘膜を直接刺激しているため、何かしらの方法で洗い流さない限り効果は継続する。
時間経過と共に効果は薄れていくので、我慢さえすればその内落ち着いてはくるものの、それとて一分二分で終わるような話ではない。
「そしてこの隙にトドメ!」
グロッキー状態の黒猟犬に接近し、首筋に剣鉈を振り下ろせば討伐完了。
未だに泣いているヴィオネとコレットの元に戻り、水筒の水で顔を洗ってやる。
あぁもう、擦るんじゃありません。
ローグさん達もこちらに戻って来た。
前方から接近していた黒猟犬も無事に討伐出来たらしい。
トルムだけはゼェゼェと息を荒げていたけど。
「お疲れ様です」
「おう。なんでヴィオネとコレット嬢ちゃんは泣いてんだ?」
「不幸な事故です」
直接顔に当たらずとも周囲に飛散した粉末を吸い込むだけで結構な効果がある。
俺?
俺は別に初めて喰らった訳じゃないから。
身を以って効果の程を知っていたため、多少我慢が出来るだけ。
ちなみに卵の殻は女将さんに提供してもらった。
あんまり割らずにお願いしますという細かい注文をしたら、渋い顔をされたけど……。
「ところで、あそこに倒れている黒猟犬はマスミがやったのか?」
「うん、俺が殺った」
「油断すると鉄級冒険者ですら返り討ちに遭い兼ねない魔物なんですけど……」
「運が良かったんだろうね」
「……まあ、マスミだしな」
「……マスミさんですしね」
なんだその俺だからしょうがないみたいな空気は……。
何故それで納得するのか。
ローグさんとディーンさんまで変に感心しているし。
「ま、ヴィオネの魔術を温存したまま退治出来たんだから良しとしようや。それにしても黒猟犬が六匹、いや七匹か」
「どう考えても親玉じゃなくて、使い走りっすよねぇ」
黒猟犬は確かに灰猟犬が進化した上位種だが、ここまで膨れ上がった群れを統率出来る程の能力はないそうだ。
まぁ、普通の群れのボスは一匹だよな。
「もっと大物がこの先に控えてると?」
「だろうな」
黒猟犬を手足のように操る魔物か。
知識が足りない所為でどうにもピンとこないけど、相当厄介な魔物なのだろう。
……嫌だわぁ。
「なぁなぁ、トルム?」
「なになに、マスミくん?」
「親玉とやらの住処ってもうすぐだよね?」
「そっすねぇ。このまま歩いても十分は掛からないかなぁ」
走れば到着するのはもっと早い訳か。
なら今しかないだろうな。
「提案です。この後は親玉との決戦が控えている訳ですし、ここらで一息入れませんか? 先に進んだら休んでる暇なんてないと思うんで」
「その提案自体には賛成するがよ。こんな森のど真ん中でか?」
確かにこのまま呑気に足を止めていたら、またぞろ襲撃を受けるのは確実だろう。
敵の住処が近いのなら尚更だ。
「短時間の休憩だったら、多分大丈夫だと思うんですよね」
「大丈夫ってお前、何を根拠にんなこ―――ッッ、来やがったぞ!」
新たに一匹の黒猟犬と二匹の灰猟犬が、木々の合間を縫うように接近して来るのが見えた。
ローグさんの声に応じた全員がそれぞれの得物を構えようとする中、先んじて俺が卵爆弾を投擲し、先頭を走っていた黒猟犬の鼻先にぶつけてやった。
当たったのは結構なのだが、俺ってこんなにコントロール良かったっけ?
卵の殻が割れ、中の混合粉末が飛散する。
直接当てられた黒猟犬はもとより、飛散した粉末を吸い込んだ他の二匹もキャイーンという微妙に可愛らしい悲鳴を上げながら、頭から突っ込むようにして地面に倒れ込んだ。
そのままギャンギャンキャンキャンと鳴きながら地面の上を転げ回り、やがて逃げ帰って行った。
『…………』
俺の行いとその結果を見た全員が、武器を構えたまま無言になった。
「周囲の警戒さえ怠らなければ、ある程度は卵爆弾で時間稼ぎが出来ると思うんですけど、如何でございましょう?」
「……全員休憩」
何処か不貞腐れたようにローグさんが休憩を宣言した。
「なぁ、さっきまでとても緊迫していた筈なのに、どうしてマスミはこう、なんと言うか……空気を維持することが出来ないのだ?」
「もしかして、そういった雰囲気を壊したくなる病気でも患っていらっしゃるとかですか?」
「知らんがな」
―――三十分後―――
「マスミはあんな危険な物を作っていたのだな」
「おう。種類にもよるけど、犬の嗅覚は人間の百万倍から一億倍なんて言われてるからな。流石に堪らんだろ」
「犬って、あれでも一応魔物ですよ?」
「似たようなもんだろ」
「フカミさん、あの卵爆弾でしたっけ? もしもあたし達が直接喰らったらどうなるんですか?」
「余波だけで、酷い目に、遭った……」
人間が卵爆弾の直撃を喰らったらどうなってしまうのか。
顔面に浴びせられた場合、まずは焼けるような痛みに襲われる。
そして自分の意思とは関係なく目からは涙が、鼻からは鼻水が、口からは涎が止め処なく流れ、咳も止まらなくなる。
粘膜に直接付着しているので当然だが、とても人様にはお見せ出来ないようなお顔になってしまうこと間違いなし。
「イメージとしては顔中にずっと電流……ってか稲妻が走ってるような感じかな。痛くて熱くて苦しくて訳分かんなくなる。そんな状態がしばらく続くかなぁ」
『……』
俺からの説明にドン引きしている女性陣。
聞きたがったのは彼女達なのに……。
休憩に入った後も予想していた通り襲撃はあったものの、卵爆弾の活躍により然したる苦労も無く撃退することが出来た。
都合三回の襲撃を退けて以降、敵が出て来る様子はない。
襲撃が収まった理由は手勢が減り過ぎた所為か、それとも周囲に漂う刺激臭を嫌ったのか。
なんとなく後者が理由の気もするけど、おかげで全員充分な休息を得られた。
「あれだな。マスミと一緒に行動すると感覚が色々とおかしくなってくるな」
「ん、む……」
「俺、黒猟犬をこんな簡単に討伐したの初めてなんすけど」
何故か不完全燃焼気味の男性陣。
労せず倒せたというのに何が不満なのやら。
結果として黒いのとか灰色の亡骸がそこら中に転がっている。
既にニ十匹近くも仕留めた所為で、周辺に漂う獣臭さと血生臭さが半端ない。
「こんな状況じゃなきゃ、残らず素材を剥ぎ取っていくんだがなぁ」
名残惜しそうに亡骸を眺めるローグさん。
「こいつらの売れる部位って何処?」
「うん? 魔石は当然だが、どちらも爪と牙は売れるな」
「あと、黒猟犬の方は毛皮も売れますね」
成程。思った以上に買い取ってもらえる部位があるんだな。
今更戻る訳にもいかないので、移動中に倒した分は放置で仕方ないとしても、周辺に転がっている分まで放置するのは余りに勿体無い。
しかし、この後は親玉との戦闘が控えているから荷物を増やす訳にもいかない。
……うぅむ。
「ミシェルとローリエ以外の全員に確認。皆さん口は硬い方ですかな?」
「……何の、話?」
ミシェルとローリエ以外の全員が頭に疑問符を浮かべる傍ら、俺の事情を知っている二人は納得したように頷き合っていた。
「此処に転がってる犬どもの死骸。纏めて全部お手軽に運べる方法があるんですけど、聞きます?」
胡散臭そうな目で俺を見ているみんなの前でその方法を実演してみせた。
その結果……。
「相変わらずの収納力だな」
「未だに限界が見えてきませんね」
「やっといてなんだけど、本当に全部入るとは俺も思わんかった」
ローグさん達の前で実演して見せた方法とは異世界に来てからこっち、お世話になりっぱなしの〈顕能〉―――空間収納である。
黒いのも灰色のも残らず全部収まりました。やってみるものだな。
これで追加報酬ゲットだぜ。
「なんつーか、本当にマスミは色々と出鱈目だなぁオイ」
「マスミに常識を期待してはいけない」
「おい待てコラ、それはどういう意味だ?」
失礼なことを言うでない。
「でも、便利」
「んっ……」
「フカミさん一人でサポーター要らずですね」
休憩と回収を終えた俺達は、親玉の住処目指して移動を再開した。
一同の間に流れる空気は非常に和気藹々としており、とてもこれから一戦やらかす前とは思えなかったものの、先頭を歩くトルムから「……そろそろっすよ」という硬い声が届いた瞬間、一気に緊張感が高まり、足取りも自然と慎重なものになった。
徐々に木立の間隔が広がっていき、周辺に漂う空気すらも重苦しさを増していく。
この先に親玉が待ち受けているのだ。
「よぉし、こっからが本番だ。お前ら気合入れろ」
ローグさんの言葉に全員が頷きで応じる。
「親玉一匹しかいなかったら、焦らず取り囲んで相手するぞ。もし雑魚共が残ってたら手筈通りだ」
「自分で提案しておいてなんですけど、本当にいいんですか?」
「今更それ言うか? だがまぁ、意表を突くって意味じゃ悪くねぇ手だと俺ぁ思うぜ?」
さいですか。随分と信頼してくれるものだ。
ローリエとヴィオネの二人を後方に配置し、残り全員が前に出る。
やはり怖いのか、さっきからコレットは震えっぱなしだった。
「大丈夫。きっと上手くいくって」
「はっ、はい」
「お喋りはそこまでだ。行くぞ!」
ローグさんの掛け声と共に全員が走り出し、親玉の住処―――不自然なまでに木々が倒されて作られた空間に飛び込む。
開けた視界に映ったものは、まだ十匹近くも残っていた黒猟犬とその奥に佇む漆黒の巨体。
あいつが親玉か。
匂いで俺達の存在には気付いていたのだろう。
全ての個体が牙を剥き出しに臨戦態勢で待ち構えていた。
親玉だけは動く様子がない。
全ての黒猟犬が雄叫びを上げ、一斉に俺達目掛けて突っ込んで来る。
その直後―――。
「飛んで火に入るなんとやらだな」
―――辺り一面に赤黒い粉末が舞い上がった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は、水曜日辺りを予定しております。




