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第20話 ある異邦人少女の日常 ~業務妨害~

前回のお話……なっちゃん反省文

(菜 ゜Д゜)なんでじゃー!?

 ―――side:絵里―――



「いやぁ、今朝の朝礼は久々に白熱してましたねぇ」


「あれ、白熱って言うんですか?」


 阿鼻叫喚の間違いじゃないかな?

 今朝の光景でも思い出しているのか、隣の受付に着いたメリー先輩が口元を手で隠しながら上品に笑っていた。

 朝礼―――半分近くは反省文提出者の発表会―――終了後、本格的に業務開始となった。

 今日のわたしの仕事は受付での窓口業務。

 普段は奥の事務室で提出された書類の確認や整理を行っているんだけど、今日は受付の人手が不足気味だったので応援で入ることになった。

 忙しい朝のピークも無事乗り越えたので、こうしてお喋りに興じていられる。

 ちなみに此処には居ないなっちゃんの仕事は、倉庫に保管されている備品整理。

 本人は与えられたこの仕事を嫌っているけど、ディーナさんから……。


「識字や計算が出来るのは分かりましたが、貴方は礼節に大きな問題があります。書類の纏め方も雑過ぎです。そんな方に事務仕事や人との折衝を任せる訳にはいきません」


 とバッサリ断じられた結果、倉庫番という名の雑用係に任命された。

 当然のようになっちゃんは雑用なんて嫌だと駄々をこねたけど、嫌なら採用しないとまで言われては従わざるを得なかった。

 反省文の件が余程ショックだったのか、別れ際のなっちゃんは死んだような目をしていた。

 足取りもなんだか頼りなかったけど、大丈夫かな?

 また何か失敗して反省文を追加されないといいけど……。


「今日はエリちゃんが応援に入ってくれて本当に助かりました。まだ数えるくらいしかやってないのに、すっかり受付の仕事が様になってますね」


「いえ、まだ全然です」


「謙虚ですねぇ。でもエリちゃんの仕事振りにはディーナさんも感心されてましたよ。書類の書き方は丁寧だし、細かくチェックしてくれるから不備も減ったって。このまま臨時職員にしておくのは勿体無いとも言ってましたよ」


「はぁ、そうですか」


 評価してくれるのは嬉しいけど、わたしは気のない返事をすることしか出来なかった。

 こんなことを言ったらきっと怒られるけど、いずれ元の世界に帰る(退職する)つもりでいるわたしにとっては、正式な職員よりも臨時職員(アルバイト)という立場の方が都合が良いのです。


「わたしなんかよりメリー先輩の方がよっぽど凄いと思いますけど。よくあの人の波を冷静に捌けますね」


「慣れですよ。慣れ」


「慣れって……」


 朝の受付の忙しさは並大抵のものではない。

 依頼を請けるために冒険者が殺到するのだから。

 割の良い依頼は早い者勝ちの奪い合い。

 次から次へと押し寄せてくる冒険者はまさしく人の波。

 生活のために冒険者も必死なのは分かるけど、それを処理する受付嬢だって必死なんです。

 多くの受付嬢が多大なストレスと疲労を笑顔という名の仮面で隠しながら業務に臨んでいる。

 たまに隠し切れない人も居るけど……。

 その中でもメリー先輩だけは別格だった。

 他の先輩達が朝のピークを乗り越えた途端、ぐったりとカウンターに突っ伏していく中、メリー先輩だけは軽く伸びをした後、一人だけ何事もなかったように書類を纏め始めた。

 散発的にやって来る冒険者にも変わらぬ笑顔で対応し、手早く手続きを済ませてしまう。


「慣れですよ。慣れ」


「いや、だから慣れって……」


 とても慣れの一言で済ませられるようなものではないと思う。

 こうしてわたしと話している間も自然な笑みを湛えたまま、更には背筋をピンと伸ばした綺麗な姿勢が崩れる様子は全くなかった。

 ネーテのナンバーワン受付嬢―――他の先輩達が言ってた―――の名は伊達ではない。

 そんなメリー先輩のもう片方の隣の席では、一人の受付嬢が大量の書類と必死に格闘していた。


「あの、大丈夫なんですか?」


「何がです?」


「その……ベルタ先輩が今にも倒れそうになってますけど」


「いつものことです」


「あとなんだか助けてほしそうな目で先輩のことを見てますけど」


「いつものことです」


 気にしちゃいけませんと振り向くこともなくメリー先輩が告げれば、ベルタ先輩は「裏切り者ぉ……」と弱々しい恨み言を口にした。

 ベルタ先輩はメリー先輩の同期で、ネーテのナンバーワン武闘派(・・・)受付嬢という名誉なのか不名誉なのかよく分からない呼び名をされている。

 仕事が出来ない訳じゃないんだけど、面倒臭がりな性分の所為か、今みたいに書類を溜め込んでしまうことが割りとあるらしい。


「早く片付けなさいって私は何度も忠告しました。悪いのは素直に言うことを聞かなかったベルちゃんです」


「だってこんなことになるとは思わなかったし……」


「自業自得です。書類を溜め込んでいるのがディーナさんにバレて今日中に全て片付けるように言われたのも、反省文を他の人の二倍の量にされたのも全部ベルちゃんが自分で招いたことです。私は知りません」


「そんなこと言わずに助けてよぉ。友達じゃん」


「ええ、ですから友の反省と成長を信じ、敢えて私は厳しく接しようと思います。そうそう、エリちゃん(後輩)に助けを求めるのも駄目ですからね。そんなことをしたらすぐディーナさんに報告して反省文を三倍に増やしてもらいますから」


「そんなぁ……」


 尚も食い下がろとするベルタ先輩だったが、メリー先輩に手助けする意思が無いと理解したのか、諦めたように目の前の書類に向き直った。

 悲壮感が凄くて思わず手伝いますと言いそうになるけど、メリー先輩に釘を刺されているから、勝手に手を貸す訳にもいかない。

 心の中で声援を送ることしか出来ないわたしをどうか許して下さい。

 ベルタ先輩の痛々しい姿を見ていられず、ソッと目を逸らしたわたしの前に二枚の書類が置かれた。


「失礼。依頼達成の報告に来ました」


「あ、フェイムさん。お疲れ様です」


「エリもお疲れ様です」


 今日は受付ですかと言って微笑んだのは、王城を脱出して行き場のなかったわたしとなっちゃんを保護し、この街まで連れて来てくれたフェイムさんだった。

 彼女は蜥蜴人(リザードマン)と呼ばれる爬虫類の特徴を有する種族で、兄のアルナウトさんと一緒に武者修行の旅をしていた。

 二人がこの街に留まっているのは旅の路銀を稼ぐためというのもあるけど、実はわたしとなっちゃんのためでもある。

 深見さんから自分が不在の間だけでもわたし達のことを見守ってほしいと頼まれた二人はこれを快諾。

 依頼をこなす傍ら、こうして気に掛けてくれるのだ。


「アルナウトさんは一緒じゃないんですか?」


「ああ、兄さんなら―――」


「おお、エリ殿。息災であるかな?」


 フェイムさんの声を遮って現れたのは二本の脚で歩く巨大な蜥蜴……ではなく彼女のお兄さんであるアルナウトさん。

 蜥蜴というより恐竜と評した方がしっくりくるその見た目と人間を大きく上回る体躯にほとんどの受付嬢が驚きの声を上げる。

 動じていないのはわたしとメリー先輩とそもそも気付く余裕すらないベルタ先輩の三人だけ。

 当のアルナウトさんは驚かれている理由が分からず、「むぅ?」と首を傾げ、そんな兄の頭をフェイムさんが思いっ切り引っ叩いた。


「このお馬鹿! 外で待ってるように言ったでしょう!」


「しかし妹よ、マスミ殿からエリ殿らのことを頼まれた以上はやはり―――」


「私が話すから大丈夫です! 兄さんが出てきたら受付の皆さんを怖がらせてしまうと何度も言ったじゃありませんか! 自分が蜥蜴顔だって自覚有ります? いい加減覚えなさい!」


「すまん。だが妹よ、蜥蜴と言うのは―――」


「言い訳しない!」


 鼻先にビシッと指を突き付けられて「ぅぅむ」と黙ってしまうアルナウトさん。


「だいたい兄さんは普段からですね!」


 そんなアルナウトさんにいきなりお説教を始めるフェイムさん。

 時も場所も弁えることなく突然始まった蜥蜴人(リザードマン)兄妹の公開説教。

 ついさっきまでアルナウトさんの姿に驚いていた人達もみんなポカンとしていた。

 うん、そうなるよね。

 だって見た目は完全に二足歩行の大蜥蜴にしか見えない人がお説教されてるって、絵面的にシュール過ぎだもの。

 注目を集めるのは仕方ないんだけど……。


「メリー先輩どうしましょう?」


「どうと言われましても……エリちゃん止められます?」


「いえ、多分無理です」


 絵面のインパクトとフェイムさんの迫力に負けて誰も近寄ることが出来なかった。

 お説教は三十分以上も続き、その間の窓口業務は当然ながら滞っていた訳で……。


「業務妨害で訴えられたいんですか?」


「本当にすみませんでした!」


 異変を察知したディーナさんに今度はフェイムさんがお説教をされるという一幕があった。

お読みいただきありがとうございます。


次回更新は7/17(月)頃を予定しております。

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