第14話 若手パーティの奮闘劇 〜たとえ偽善でも〜
前回のお話……全員売れちゃった
(ル ゜Д゜)お買い上げありがとうございます
(セ ゜Д゜)売れた、だと?
―――side:セント―――
ビメルの店から買い取った五人の少女奴隷。
労働力としても愛玩用としても大して期待出来ないと思われていた彼女達が……全員売れた。
しかも購入金額の十倍以上もの値段で。
まあ、元々びっくりする程の安値で買い叩いたから、十倍といってもそんなに高額って訳じゃないんだけど、まさかたった数日で全員売れるなんて。
奴隷として彼女達にそれだけの価値があったというよりもルゴームの手腕が優れていたってことなんだろうな。
「いやぁ、この結果は流石としか言い様がないね。俺一人も売れないと思ってたからさ」
「俺も同じです」
普通だからこそ需要があるってルゴームは言ってたけど、この発言の意味が分からなくて困惑していたのは俺だけじゃないと思う。
でも五人を買った人達は、みんなルゴームが言った普通こそを求めていた。
客に共通しているのは貴族や名家ではないものの、それなりに裕福な家庭の老夫婦や中年夫婦。
そしてどの夫婦にも子供が居ないこと。
そう、この人達は養子を求めて奴隷市にやって来たのだ。
まずそのことに俺は驚いた。
子供が欲しいのは理解出来るけど、なんで態々奴隷の中から選ぶんだよ。
普通は教会とかに預けられてる孤児を引き取るもんじゃないのかよ。
そんな俺の疑問にルゴームは「一般的にはその通りですが、実は例外も存在するのです」と詳しく説明してくれた。
教会に預けられた孤児は、当然のように教会で信仰している神や宗教に関する教えを聞いて育つことが多い。
そこまで信心深くなければ大した問題にはならないけど、中にはその教えに大きな影響を受けて成長する子も少なからずいるらしい。
「それ自体悪いことではないのですが、信仰も価値観も人それぞれです。里親側からすると可能な限り何かに染まっていない状態が望ましいのですよ」
学んだ教えが万人に受け入れられる―――そんな宗教無いけど―――ものとは限らないし、里親となる人の考えに沿わないこともある。
そもそも教会によっては孤児を養子に出すことを禁じている場合もあったり等々、俺が想像している程簡単な話でもないようだ。
そのため、どうしても子供を諦め切れない人は奴隷の中から養子となる者を探す。
例外はあるけど、子供の奴隷は食うに困って親に売られた貧しい家庭出身の子がほとんど。
教育らしい教育を受けていないおかげで……と言ったら語弊があるけど、変な思想に染まってることはまずない。
ルゴームが言ってた普通というのはこういうことらしい。
「体力や知識、容姿が優れているに越したことはありません。ですがそれ以上に重視されるのは内面なのですよ」
奴隷の中から養子を見付けようという人達は決して多くないけど、常に一定数は居るらしい。
購入後、奴隷市の最中だとトラブルに巻き込まれる可能性があるので、みんな地元に引き返してから奴隷契約を解除し、改めて養子縁組をするそうだけど……段々話が難しくなってきた。
「彼女達は運が良い」
「運が良いって、奴隷堕ちしたのにですか?」
「そうですね。本来は相応しくない物言いかもしれません。とはいえ、普通なら一組か二組でも見付けられれば御の字といったところです。まさか全員の引き取り先が見付かるとは私も思っていませんでした。それに……」
一拍の間を置いた後、「どうせなら良いお客様に買っていただいた方が私も安心出来ますからな」と言って、ルゴームは笑みを深めた。
「良いお客……ですか?」
「奴隷を同じ人として扱って下さる方のことですよ」
そう言った後、ルゴームは懐から一枚の金貨を取り出した。
「私は自分自身に一つだけルールを課しております。それは奴隷を蔑ろにする方にだけは絶対に売らないというものです。金銭で人の身を売買するような者が何を偉そうにと思われるやもしれませんが、このルールだけは曲げたくないのです」
「……」
「おそらく奴隷制度や奴隷に対する世間の価値観は変わらないでしょう。少なくとも五年十年で変えられるようなものではありません。それだけ世間に根付いてしまっていますからね」
だからせめて……と何かを言い掛けたところでルゴームは口を閉じた。
そして取り出した金貨を懐に戻すと、「いえ、言葉を飾るのは止めましょう」と息を吐いた。
「せめて自分の奴隷くらいは少しでも良い環境とお客様の元へ送り出して上げたい。この気持ちに嘘はありませんが、所詮は私の自己満足。下らない見栄に過ぎません。こんな商売をしておきながら、私はまだ善人振ろうとしているのですよ」
我ながら実に滑稽ですと自嘲するように笑うルゴーム。
普段の人の良さそうな笑みとは全く違う。
自分は偽善者だと嘲笑うルゴームに対して俺は何も言うことが出来なかった。
いや、本来無関係の俺なんかが軽々しく口を挟んでいいことじゃないんだ。
トルムさんもそれを分かっているからか、同じように黙っていた。
でもただ一人……。
「いいじゃありませんか」
ジドだけが口を開いた。
「自己満足だろうと見栄だろうと構いやしねぇでしょう。少なくともあのガキ共はビメルのクソ野郎から解放されて、まともな客に買ってもらえた。これからちったぁマシな生活も送れる筈です」
「ジド……」
「騒ぎてぇ奴は勝手に騒がせときゃいいんですよ。旦那のおかげで救われた奴だっているんですから」
―――オレみてぇに。
ジドもかつては奴隷だった。
本人の口から語られたその事実に俺は大いに驚かされた。
まさかそんな過去があったなんて……。
「ジドの主だった男はね、それこそあのビメルみたいな奴だったんだよ」
元々知っていたのか、俺と違って驚いた様子もないトルムさんがジドの過去を話し始めた。
ジドは一度だけトルムさんをジロリと睨んだけど、特に止めるようなことはなかった。
トルムさんが言うには、奴隷時代のジドの主は日常的にジドに対して酷い暴力を振るっていたらしい。
単純にジドのことが気に食わなかったのか、それとも何か別の理由があったのか、今となっては分からない。
結果としてはジドは死ぬ寸前にまで追い込まれたものの、今回のようにルゴームに買われたことで、なんとか命を落とさずに済んだ。
だが身体と心は既にボロボロ。
ジドの声が異常に嗄れているのは、この時の後遺症によるものらしい。
誰も信じられず、自分以外の全てを憎むようになっていたジドに対して、ルゴームはある提案をした。
「貴方、私の護衛として働くつもりはありませんか?」
金を貯めて自分を買い戻し、人生をやり直せ。
この提案にジドは乗り、ルゴームの護衛として働く日々が始まった。
そうして数年後、自力で自分を買い戻したジドは奴隷の身分から解放された。
「おめでとうございます。貴方は本当の自由を手に入れました。これから自分のために生きていいのですよ」
奴隷から解放された記念に何か望みはあるかと訊ねるルゴームにジドが返した答えは、これからも護衛として働かせてほしいというものだった。
「そして今に至るって訳。ジドの打たれ強さの秘密は死ぬ一歩手前まで追い込まれた結果、人間って実はそう簡単に死なないんだっていうのを身を以て知ったから―――」
「余計なことまで喋るんじゃねぇ」
またもやジドに睨まれたトルムさんは、今度こそ口を閉じた。
「旦那。俺は旦那に買われてなけりゃとっくにくたばってた。こうして働かせてもらってることに感謝してます。後悔したことなんざ一度だってねぇ」
「それは貴方が諦めずに日々を生き抜いた結果です。私は何も……」
「そのチャンスをくれたのも旦那です。奴隷に堕ちたら人生おしまいだってずっと思ってた。でもそうじゃねぇって旦那が教えてくれたんだ。別にいいじゃねぇですか。偽善だろうが金儲けのためだろうが、口だけで何もしねぇ善人よか遥かにマシでさぁ」
胸に秘めた心情を言葉にして吐き出すジドのことをルゴームは眩しそうに目を細めて見た。
ついさっきまで浮かべられていた自嘲の笑みは、もうそこにはなかった。
「旦那はこれからもやりたいようにやって下さい。邪魔する奴は全部オレがぶっ飛ばす」
オレは旦那の護衛なんですからと言って自らの胸をドンと叩くジド。
そんな部下に向けてルゴームは目を細めたまま、「ありがとう」と小さく告げた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6/5(月)頃を予定しております。




