第13話 若手パーティの奮闘劇 〜商人のやり方〜
前回のお話……全部買い取ります
(ル ー`дー´)キリッ
(セ ゜Д゜)……
―――side:セント―――
天幕襲撃から一夜明けた今日、本格的に奴隷市が始まった。
購入目的なのか、それとも単なる冷やかしなのか、まだ朝も早い内から市場の中は沢山の客で溢れている。
売っているのが食料でも雑貨でもなく奴隷という点を除けば、俺がよく知っている普通の市場と何ら変わりないように見えた。
予想外に活気のある奴隷市。
そんな中、俺とトルムさんとジド、それとルゴームはある天幕を訪れていた。
広場の片隅にポツンと設営されたその天幕は、周りにあるどの天幕よりも小さく、所々に汚れが目立った。
奴隷市が始まって早々、部下に店のことを任せたルゴームは俺達だけを伴って、此処までやって来た。
いきなり店主不在とか大丈夫なのかよと心配する俺を余所にルゴームは「皆慣れていますから心配いりません」と余裕の態度だった。
店主不在に慣れてるって……いや、考えるのは止めとこ。
俺達以外に客も居ないその天幕の中にルゴームは躊躇することなく入ると、奥に控えていた店主―――ビメルに向けてこう言い放った。
「ビメル、貴方の店で売られている奴隷は、私が全て買い取ります」
入店と同時の堂々買い取り宣言に見るからにだらけ切っていたビメルは、「なっ、なんだいきなりぃ!?」と驚きのあまり座っていた椅子からズリ落ちた。
そりゃ朝っぱらから、しかもちょっかい出した相手がいきなり来たら驚くよな。
「テメェ何しに来やがっ……ま、まさか……報復のつもりか? ォ、ぉぉォォオレは何も知らねぇぞ!」
昨夜の天幕襲撃の報復に来たと勝手に勘違いしたビメルが泡を飛ばしながら自分は無関係だと言い張っているけど、流石に無理がある。
俺の隣ではトルムさんが「それもう自分がやったって言ってるようなもんじゃん」と小声で呟いた。
そんな動揺丸出しで言っちゃいけないことまで口走っているビメルを「何を言っているんですか、貴方は」とルゴームも呆れた目で見ている。
「私は奴隷を買い取ると言ったんですよ。お望みでしたら昨夜の件の落とし前をつけても構いませんが?」
「オレ……オレは何も知らねぇ」
「でしたら時間が勿体無いので早く手続きを済ませましょう。奴隷全員連れて来て下さい」
「……なんでテメェに売らなきゃいけねぇんだ」
「ふむ、逆に売らない理由が分かりませんな。折角在庫処分に協力して差し上げようというのに」
「なん、だとぉ……!?」
「ホッホッホッ、どうせ売れないでしょう。貴方の店の奴隷なんて」
朗らかに、でもハッキリと侮辱の言葉を吐くルゴーム。
途端に顔を真っ赤にしたビメルが「オイッ!」と声を張り上げれば、奥から腰に剣を佩いた二人の護衛らしき男が出て来た。
天幕内の緊張感が急激に増していく中、ルゴームは変わらぬ口調で話を続けた。
「貴方が扱っている奴隷の質は下の下。加えて貴方自身の悪評もすっかり知れ渡っています。最初から質が悪いと分かっている商品を態々買いに来るような物好きはいませんよ。現に前回の奴隷市でも貴方の店で購入するお客様はいなかった」
「……黙れ」
「貴方は奴隷に問題があるから売れないと思っているのでしょうけど、それは大きな間違いです。全ての責任は貴方自身にあります。品質管理を怠った商品は悪くなっていくだけです。それは奴隷……人も同じこと。ちゃんと食事と睡眠を与えて―――」
「黙れってんだよ! お前らやっちまえ!」
ルゴームの口上を遮ったビメルが大声で指示を飛ばし、応じた二人組の護衛が同時に鞘から剣を抜いて、こちらに向かってきた。
「舐めんなぁ!」
「オラァ!」
振り下ろしの剣を躱したジドが反撃の拳で相手を顔面を殴り飛ばした。
仲間をやられて僅かに足が鈍った残るもう一人に接近した俺は、背中から引き抜いた長柄鎚矛を横薙ぎに振るった。
鉄塊の一撃は、防御のために構えた剣も腕も纏めて砕き、相手の身体を吹き飛ばした。
「ヒィィィッ!?」
「相手が悪かったねぇ」
瞬く間に護衛を倒されたビメルが悲鳴を上げた直後、その首筋にナイフの刃がピタリと添えられた。
見れば、いつの間にかトルムさんが背後に回り込んでいた。
護衛を失い、身動きすら封じられたビメル。
そんなビメルに向けてルゴームは笑みを深め……。
「貴方の店で売られている奴隷は、私が全て買い取ります。宜しいですね?」
丁寧ながらも有無を言わせぬ口調と迫力にビメルは黙って頷くことしか出来なかった。
そこからはトントン拍子で話が進んでいった。
ビメルが連れて来た奴隷は五人。
全員が十代前半の女の子で、ガリガリに痩せている。
その中には昨日も見た片耳が千切れた兎系獣人種の女の子も居た。
ルゴームはその五人を言葉巧みに買い叩き、速やかに手続きを済ませると、すぐに自分の天幕に連れ帰った。
「まずは身体を洗いましょう」
女性の部下にお湯と布を用意させ、対応を任せている間に五人が着ていたボロボロの服を処分し、新しい貫頭衣を準備した。
「次は食事です」
出発前に予め指示していたのか、五人が身体の汚れを落とし、着替えも終える頃には食事の方も出来上がっていた。
出来立てのシチューとパンを前に固まる奴隷の少女達。
多分、食べたいんだけど、本当に食べていいのかなぁ……なんて悩んでるんだろうな。
「ホッホッホッ、気持ちは分かりますが、そのままでは折角の食事が冷めてしまいますよ。遠慮せずにお食べなさい」
「食わねぇんだったら捨てちまうぞ」
ルゴームとジドに食べるよう言われて―――ジドのは何か違うけど―――少女達は恐る恐る食事に手を付けた。
ビメルの所で満足に食事を与えられていなかったのもあってか、一度口を付けたらもう止まらなかった。
掻き込むようにシチューを食べる少女達を見て、ルゴームは「ホッホッホッ、誰も盗ったりしませんから、ゆっくりお食べなさい」と言って笑った。
そんな感じでルゴームは商いを続ける傍ら、少女達に何をさせるでもなく充分な食事と睡眠を与え、更には浴場にまで行かせた。
そうして三日も経つ頃には、痩せ細っていた身体には少しだけ肉が付き、不健康そうだった肌も血色を取り戻していた。
まだかなり細いけど、ビメルから買い取った直後に比べれば随分マシになったと思う。
「へぇ、あの女の子達が化けたもんですねぇ」
「ホッホッホッ、磨けば光るのは何も宝石に限った話ではないのですよ」
「とはいえ見た目が幾らかマシになった程度で売れるもんですか? 言っちゃ悪いですけど、この子達は特別容姿に優れている訳でもないし、特技がある訳でもないんでしょ?」
トルムさんの割りと不躾な疑問にルゴームは「ごもっともです」と大きく頷いた。
「仰る通り。他の奴隷と比べた場合、今の彼女達には何も秀でているものがありません。ですがそこはやり方次第です。時にトルムさん、奴隷は何のために購入されるのだと思いますか?」
唐突な質問に戸惑いながらもトルムさんは「それは……やっぱり労働力じゃないんですか?」と答えた。
「確かに多くの場合は単純な労働力を求められます。次に多いのが戦闘や愛玩用といったところですが……その点をこの子達に期待するのは酷というものでしょう」
なんか遠回しに五人のことを貶しているように聞こえるけど、あながち間違ってる訳でもないんだよな。
多少肉が付いた程度じゃ体力は簡単に戻らないだろうし、貧しい家庭なら勉強だって出来ない。
斯く言う俺も未だに計算とか苦手だし……。
隣に立つイルナが「幼女趣味の変態になら売れるんじゃない?」と退屈そうに呟けば、少女達は揃って顔を青ざめさせた。
「止めろよ。そういうこと言うの」
「だって事実だし」
「ホッホッホッ、お嬢さんが仰ることも間違いではありませんが、それが全てでもありません。何事も需要と供給。そしてそれらを正しく見極めてこそ、一流の商人と言えるのです」
自信満々に言い切るルゴームに対して、俺は冷ややかな気持ちを抱いていた。
そんな簡単に売れたら誰も苦労しねぇだろ。
彼女達は何処にでも居る普通の女の子だ。
言っちゃ悪いけど、ちょっと見た目がマシになったからって、態々金を出してまで買う奴が居るとは思えない。
「普通だからこそ需要が生まれることもあるのですよ」
そしてその言葉はすぐに現実となった。
奴隷市が始まって七日も経つ頃には、五人全員に買い手が付くこととなった。
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次回更新は5/29日(月)頃を予定しております。




