第11話 若手パーティの奮闘劇 〜奴隷の子〜
前回のお話……イルナキレる
(イ ゜Д゜)ざけんな!
(セ ゜Д゜)!?
―――side:セント―――
「こんな夜中に呼び出して何の用? もしかしてエッチなことでもする気?」
「するか!」
開口一番に失礼なことを言ってくるイルナを思わず怒鳴り付けてやったら、隣のニナから「セント、もう夜」とやんわり注意された。
夕食を終えてあとは寝るだけという時間帯に俺はイルナを宿の裏手に呼び出した。
「だったら何の用よ? 夜更かしは美容の天敵なんだけど」
「お前冒険者やっといて夜更かしとか……いや、今は取り敢えずいいや」
普段通りの減らず口を叩くイルナ。
こうして話している分には昼間の件を引き摺っているようには見えなかった。
少なくとも表面上は……。
「悪かったよ」
「なにが?」
「よく分かんないけど俺、お前を怒らせるようなことを言っちまったんだろ? だから……」
「よく分からないのに謝ってる訳? あんたって馬鹿なんじゃない?」
まあ脳筋だからしょうがないけどと露骨に肩を竦めるイルナの態度には心底腹も立ったし、謝罪したことも既に後悔し始めてるけど、我慢我慢と内心で自分に言い聞かせた。
昼間、奴隷という存在の現実を見せ付けられてショックを受ける俺にイルナは突然怒り出した。
未だに怒られた理由は分からないけど、あの時のイルナの怒り様は尋常ではなかった。
「べっつにー。なんにも知らないお子ちゃまなあんた見てたら、ちょっとムカついただけよ」
「……本当にそれだけか?」
「はぁ? 他にどんな理由があるってのよ?」
「ちょっとムカついた程度の怒り方じゃねぇだろ。なぁ教えてくれ。お前は何を―――」
「しつこいわね。あんたに関係無いでしょ」
そう言ってイルナは俺達に背を向けた。
その背中は明らかにこれ以上の追及を拒んでいた。
「大体あんた、私のこと嫌いでしょ。そんな奴のことなんか気にせずほっとけばいいじゃない。どうせ……」
―――形だけのパーティなんだから。
そう、俺達は所詮形だけのパーティ。
イルナが勝手にパーティの仮登録をしなければ、俺とニナは今も二人でやっていた筈だ。
偉そうな割りに足を引っ張ってばかりで役に立たないイルナに仲間意識なんて持ったことはないし、それはイルナだって同じことだろう。
こんな身勝手な奴を好きになれる訳がない。
「確かにお前のことなんて嫌いだよ。我儘だし自分勝手だし、ビビリのくせに態度だけはデカいし」
「あとちょっと香水臭い」
「金遣いは荒いし、しょっちゅう人の神経逆撫でするようなこと言うし」
「あと寝相悪い」
「こんな奴いなけりゃいいのにって、ほぼ毎日思ってるよ」
これが俺の正直な気持ち。
イルナに対して抱いている嘘偽り無き本音。
改めて口に出来て、少しだけスッとした。
そんな本音を聞いたイルナから返ってきたのは、「あっそ」という素っ気無い声だった。
「私だって別にあんたらのことなんか好きでもなんでもないし、そんな相手を気に掛けるだけ無駄でしょ? だったら余計な干渉なんて―――」
「でも俺達はパーティだ」
多分、余計な干渉をするな……みたいなことを言おうとしたんだろうけど、そんなの俺の知ったことか。
こいつは人の都合なんて考えやしない。
だから俺もイルナの都合なんて考えてやるもんか。
「お互い気に食わなくても、形だけでも、俺達はパーティを組んじまったんだ。お前が抱えてる問題は、もうお前一人のもんじゃねぇんだよ」
「……意味分かんないんだけど」
「分かんなくてもいいから話せよ。吐き出せば楽になることだってあるだろ」
「あんたさぁ、それで格好つけてるつもり?」
「そんなんじゃねぇよ。ってかいちいち茶化すな」
こっちが真面目に話してる時くらいお前も真面目に答えろ。
そんな不満を込めて軽く睨み付けること数十秒。
やがてイルナは諦めたように嘆息し、「あんたらも物好きよね」と漏らした。
「聞いたって面白い話じゃないからね。あと勘違いしてるかもしれないから先に言っておくけど、私別に悩んでる訳でもないし、奴隷だった訳でもないから」
そう前置きして数秒の間を置いた後、イルナは自らの境遇を語り始めた。
「奴隷だったのは……私の母親」
「母親が?」
「そ、私は奴隷の子。といっても母さんも最初から奴隷だった訳じゃないわ」
奴隷になる前、イルナの母親は酒場の給仕として働いていた。
容姿と愛想の良さもあり、看板娘として大層な人気があったようで、彼女が給仕をしている日は、いつも多くの客で賑わっていた。
当然言い寄ってくる男も沢山居たそうだが、その中の一人と一緒になったことで、彼女の転落人生は始まってしまった。
この時のイルナの母親には知る由もないことだが、その男は見た目と口が上手いだけの詐欺師みたいな奴で、付き合った女や知り合いに自分の借金を押し付けては行方をくらますという行為を繰り返す正真正銘のクズ野郎だったらしい。
「最低だな。お前の親父」
「そいつ父親じゃないわよ?」
「えっ、違うの?」
一緒に暮らしてはいたけど、結婚までには至らなかったようだ。
だが同棲が始まってから僅か一ヶ月。
これまでの例に漏れず、男はギャンブルで作った借金だけを残してイルナの母親の前から姿を消し、借金を返済する当ても無かった彼女は奴隷堕ちとなった。
「幸いすぐに買い手は付いたんだけど、買ったのが好色家の変態貴族でさ。毎晩のように慰み者にされたそうよ」
「好色家ってなに?」
「女好きなドスケベ野郎のことよ」
「慰みとかあんまそういうこと言わないでほしいんだけど。なぁ、まさかとは思うけど、お前の父親って……」
「そのまさかの貴族様よ。所謂、庶子ってヤツよ。そりゃヤることヤってれば子供の一人や二人出来るなんて当たり前よねぇ」
何でもないことのようにイルナは語っているけど、その後の内容は到底何でもないとは言えないものだった。
変態貴族に買われてから数ヶ月で妊娠が発覚。
別邸とは名ばかりのボロい離れに強制的に移されたイルナの母親は、そこで娘を出産した。
一応、出産の前後数日だけは屋敷の方から手伝いが来てくれたようだけど、産まれたのが女の子だと分かった途端、食事を運ぶ以外に誰も来なくなったらしい。
「男が産まれたら家督の問題で揉めたりするけど、私が女だったから安心して放置することに決めたんでしょ」
「なんで女の子だと放置されるんだ?」
「そりゃ女は普通家を継がないからね」
たとえ父親が誰であろうと、イルナの母親にとっては初めての出産で大切な我が子に変わりはない。
むしろ誰からも邪魔されずに育児に専念出来る環境は、彼女からすれば願ってもないものだった。
そうしてイルナが生まれてから一年が経った頃、幸福な時間は唐突に終わりを告げた。
「追い出されたのよ。私や母さんも含めて、同じように子供が生まれた奴隷はみんな」
「なんでいきなり……」
「醜聞だからでしょ。貴族が妾でもない奴隷の女を何人も孕ませただなんて、社交界じゃ笑い物どころか蔑視の対象にされるわよ。それでも大貴族や裕福な家柄だったらどうにでも処理出来るんでしょうけど、母さんを買った貴族はいつお取り潰しになってもおかしくないような木っ端貴族だったからね。隠しておくのも面倒を見るのもキツくなったから放り捨てたんでしょ。態々奴隷の身分から解放するっていうオマケ付きで」
また売り飛ばされなかっただけマシかもしれないとイルナは言うけれど、俺にはとてもそうは思えなかった。
全員に手切れ金が渡されたそうだけど、金額は微々たるものだし、奴隷身分から解放されたからって仕事がある訳ではない。
幼い娘を連れた母親を追い出すなんてあんまりだ。
「それから先は特別なことなんて無かったわよ。母さんが身を削りながら働いて私を育ててくれたってだけ。以上おしまい」
「お母さんは何処に居るの?」
「とっくに死んじゃったわよ。私が十四歳の頃かな。無理が祟ったんでしょうね」
「今更なんだけど、お前って幾つなの?」
「ホントに今更それ聞く? セントと同い年よ」
ってことはイルナは十六歳か。
なんていうか……。
「お前もその……大変だったんだな」
「今の聞いて出てくる感想がそれだけってのが、実にあんたらしいわ。別にいいけど」
イルナは一度欠伸をすると「ね、面白い話じゃなかったでしょ?」と言って、その場で軽く伸びをした。
「あ、同情とかは止めてね。今の世の中、親を亡くしたり捨てたりなんて珍しいことでもなんでもないんだし」
「もしかしてお前が男共を侍らせてたのって……」
「悪い? 私も母さんもアホな男共に人生弄ばれたんだから、少しくらい仕返ししてもバチは当たらないと思うんだけど?」
何も知らなかったら自分勝手なこと言うなって叱るところだけど、流石に今は強く何かを言う気にはなれなかった。
「ふぁぁぁ……ッ、ねぇ、もう寝てもいい? いい加減話し疲れちゃったんだけど」
「あ、ああ。夜中に悪かったな」
「ホントよ。それじゃおやす―――」
「あぁ、三人とも此処に居たのか。探しちゃったよ」
部屋に戻ろうとするイルナの声を遮ったのはトルムさんだった。
口振りからして俺達を探していたみたいだけど……?
「トルムさん、何かあったんですか?」
「細かいことは道すがら説明するよ。とにかく一緒に来て」
切迫しているって程じゃないけど、常とは違う強引な様子に俺達三人は揃って困惑し……次の発言に目を見開いた。
「ルゴームさんの天幕が襲われた」
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5/15(月)頃を予定しております。




