第9話 若手パーティの奮闘劇 〜悩める若人〜
前回のお話……セント敗北
(ジ ゜Д゜)拳が軽いわ!
(セ ゜Д゜)ショック!
―――side:セント―――
広場のあちこちに設営された沢山の天幕。
どれも野営用のテントとは比べ物にならない程大きく、大人が二十人は中に入ってもまだまだ余裕がありそうに見えた。
そんな広場の一角に同じくらいの規模の天幕が、今まさにルゴームの部下達の手によって設営されている最中だ。
他の天幕でも下働きの人達が忙しなく動いていて、まだ本番でもないのにかなりの活気を感じさせた。
「これが……奴隷市?」
「見るのは初めてだよね?」
「……っすね。なんていうか、思ってたのと結構違いました」
「だろうねぇ。何も知らないとみんな勝手なイメージでどんよりしたものを想像するけど、案外そうでもないでしょ? つってもまだ準備中だけどね」
本格的に忙しくなるのはこれからだよと言って肩を叩いてくるトルムさんに俺は目の前の光景をぼんやりと眺めながら頷きを返した。
ネーテを出発してから五日。
俺達は目的地のカロムに到着した。
此処までの道中、一度だけ魔物の群れと出くわした以外に大きな問題は起きなかった。
少なくとも行程上は……。
「顔の腫れも大分引いてきたね。流石に痣はまだ残ってるけど」
「……っす」
俺の顔を見て少しだけ眉尻を下げたトルムさんに「もう喧嘩とか勘弁してね?」と言われてしまえば、俺はすみませんと返すことしか出来なかった。
顔の痣。魔物にやられたものではなく、人に殴られて出来たもの。
ジドと喧嘩をして、俺が負けた証。
俺は未だ微かに熱を持つその痣にそっと触れてみた。
―――
――――――
「本当にすみません。ウチの者がご迷惑を……」
喧嘩の事実を知ったルゴームは、殴られ過ぎてパンパンに腫れ上がった俺の顔を見た途端、頭を下げてきた。
まさか依頼主に謝られるなんて思ってもみなかった俺は、咄嗟にどんな反応をすればいいのか分からず、下げられたルゴームの頭を見詰めることしか出来なかった。
そんな俺を見兼ねたトルムさんが「ルゴームさんが謝る必要なんてありませんよ」と代わりに対応してくれた。
「確かに最初に吹っ掛けたのはジドからですけど、この子もカッとなって好き放題言ってましたから、傍から見てる分にはどっちもどっちですよ。別にジドを庇うつもりはありませんけど、応じて喧嘩した時点でセントも同罪です」
「そうでしたか。しかしジドが喧嘩で彼に怪我を負わせたのは事実です。治療費は今回の依頼料に上乗せさせていただきます」
「旦那、喧嘩じゃありやせん。口の利き方がなってねぇガキへの躾です」
「貴方も少しは反省しなさい」
ルゴームに注意されてもジドは特に悪びれた様子もなく、偉そうに腕を組んだまま「へいへい、分かりやしたよ」と肩を竦めるだけだった。
この際、俺の方には一瞥もくれなかった。
――――――
―――
あの喧嘩以降、ジドが俺にちょっかいを掛けてくることはなくなった。
言うべきことは言ったからもう用は無い。
眼中にも無いと言わんばかりのその態度が俺をまたイライラさせた。
こっちはあいつに言われたことが気になって仕方ないってのに。
「何それキモいんだけど」
「ぶっ飛ばすぞこの野郎」
茶化してくるイルナは相変わらずムカつくけど、今はこいつのことなんかどうでもいい。
俺の視線の先では下働きの連中に混じって働く子供―――奴隷達の姿が見えた。
「奴隷って、普通は売られるまで何もしないもんじゃないんですか?」
「普通ならね。でもルゴームさんの商会では正式な売買が決まるまでの間は、簡単な仕事を与えて働かせるらしいよ」
奴隷達が働くことによって人件費が浮き、その浮いた分だけ奴隷達の食事や身形に金を使うことが出来る。
更に労働を通して得た知識や経験は奴隷自身の価値を高めることに繋がるらしい。
「誰だって何も知らない、やったことのない奴より少しでも物を知ってて働ける奴の方が欲しいに決まってるからねぇ。ルゴームさんなりに奴隷が買われた後のことも考えてるんでしょ」
「……体よく働かせてるだけじゃないすか?」
「かもね。でも別に悪いことじゃないでしょ? 別に誰も困ってない訳だし」
そう言われてしまっては、俺はもう何も言い返すことが出来なかった。
視線を少し横にずらせば、天幕の準備を進める連中に指示を飛ばすルゴームとそのすぐ近くに控えたジドの姿が目に映った。
ここ数日、ジドを見ていて―――見たかった訳じゃない―――気付いたことがある。
それは奴隷に対するジドの対応。
口の悪さは相変わらずだったけど、自分から積極的に奴隷の面倒を見ているのが意外だった。
奴隷の子供達もそんなジドを怖がるでもなく、むしろ慕っているように見えた。
「ジドは元々面倒見は良い方なんだよ。あの見た目や言動の所為で勘違いされ易いだけで」
本人もそんなこと気にするような性格じゃないしと言ってトルムさんは笑ったけど、笑えるような気分じゃない俺は自分の右手に視線を落とした。
「痛いだけで軽い」
拳を強く握れば、俺を見下ろしながらジドが言い放った台詞が勝手に頭の中で再生された。
―――テメェの拳は軽いんだよ。
喧嘩に負けた悔しさよりも拳を軽いと言われたことの方がショックだった。
冒険者になってまだほんの数ヶ月前だけど、俺なりに今日まで必死にやってきた。
魔物と戦う際はいつだって命懸けで、時には武器を手放し、あいつが軽いと言ったこの拳だけで戦うこともあった。
いい加減な気持ちで依頼を引き受けたことなんて一度もない。
―――テメェの拳には何も込められちゃいねぇ。
「いったい何を込めるってんだよ……!」
数日考えてもジドの発言の意味が分からず、それがまたモヤモヤとした嫌な感覚となって俺の心を重くした。
息を吐くのに合わせて拳から力を抜き、視線を上げようとしたその時、何かが割れるような音が広場に響いた。
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次回更新は5/1(月)頃を予定しております。




