第8話 若手パーティの奮闘劇 〜痛くて軽い〜
前回のお話……開幕の一発
(セ&ジ ゜Д゜)オラァ!
―――side:ニナ―――
セントとジドとかいう男の喧嘩が始まった。
一撃目は全く同じで、相手の顔面目掛けて真っ直ぐ突き出された右の拳が同時にそれぞれの頬を捉えた。
殴り殴られた二人の身体がぐらりと仰け反り掛けたけど、どちらもすぐに体勢を戻して、今度は左の拳で反対の頬を殴り付けた。
二人は防御も回避も碌にすることなく、足を止めたまま殴り合った。
離れた所に立つニナの方にまで、生々しい打撃音が聞こえてくる。
「あの人、凄いね。普通にセントと殴り合ってる」
セントの腕力はちょっと普通じゃない。
少し前の依頼で、セントは黒猟犬っていう魔物の首を力尽くで折ってみせたことがある。
よっぽど疲れたみたいで、暫くゼェゼェと喘いでた。
だけど何処かやり切ったような顔で「が、頑張れば……なんとか、なるもん……だなッ」なんて言ってたけど、普通は頑張っても無理だから。
少なくともニナには絶対真似出来ない。
ニナの知っている人の中で同じようなことが出来そうなのは、マスミと一緒に居るミシェルとローリエの二人だけ。
でもミシェルは魔力で身体を強化出来るし、ローリエは手足を〈獣化〉させることが出来る。
素の腕力だけで魔物の骨を折れるセントは、やっぱりちょっとおかしいと思う。
そんなセントの攻撃を正面から受け止めて殴り返してるあのジドって人も相当おかしいけど。
「痛くないのかな?」
「痛くない訳ないでしょ。セントの力で思いっ切りぶん殴られたら大概の奴は一発でのされちゃうよ」
普通ならねとトルムが呟いた直後、セントの左拳がジドのお腹にめり込み、身体が僅かに折れ曲がった。
セントは相手の頭に右の拳を落とそうとしたけど、それよりも早く復活したジドがお返しの頭突きをセントの顔面に当てた。
直撃を貰ったセントの鼻から血が噴き出し、真っ赤な飛沫がジドの顔を汚したけど、ジドは知ったことかと言わんばかりに今度はセントの額に頭突きをもう一発叩き込んだ。
「ァッ!?」
「オラオラァ! 休んでんじゃねぇぞゴラァ!」
連続で頭突きを喰らったセントが堪らず後ろに数歩下がれば、すぐに同じ歩数だけ前に出たジドが追撃を仕掛けていく。
始まってから数分、最初は互角に見えた喧嘩だったけど、ここに来てジドがセントを押し始めた。
「セント、負けてる?」
「どうやらジドさんが優勢のようですね」
喧嘩の結果が気になったのか、食堂に残っていた筈のヴィオネとミランダも外に出てきた。
「ジドはね、人並み外れて打たれ強いのも確かなんだけど、何より痛みに対して異常に強いんだ」
「痛みに強い?」
「別に痛みを感じないとかじゃないんだけど、普通の人だったら激痛でのたうち回ったり、ショック死し兼ねないような傷を負っても、あいつは平然としてることが多いんだよ。実際、昔悪漢からルゴームさんを庇って腹にナイフ刺された時も普通に殴り返してたし」
お腹にナイフが刺さったまま殴り返した?
それって痛みに強いからでどうにかなる話なの?
「……本当に人間?」
「疑いたくなる気持ちはよぉく分かるけど、紛れもなく人間だよ。あいつが痛みに強くなったのは……俺の口からはこれ以上言えないかな」
「気になる」
「ごめんね。流石に本人の許可無しに語っていいような内容じゃないからさ」
口の前に人差し指を立てて、これ以上は喋れないとアピールするトルムにニナが食い下がろうとした時、「ガァァアアアアッ!」という獣染みたセントの叫びが響いた。
防戦一方になっていたセントが身体ごとぶつかってジドを押し退け、体勢を崩したジドの顎を下から突き上げるように放った拳でかち上げた。
「ぅごッ!?」
「ラァ!」
今のは効いたのか、ジドの脚が僅かにふらついた。
セントはその隙を見逃さず、ジドに組み付くと無防備なお腹に膝を叩き込んだ。
更に二発三発と連続で膝を打ち込んだ後、セントは下がってきたジドの頭を掴み、今度は顔面に膝蹴りをお見舞いした。
頭突きのお返しのようにジドの鼻から血が噴き出したけど、セントは手を緩めずに攻め続けた。
それ見てトルムが「そろそろ終わりかな」と呟いた。
「ミランダ、手伝って」
「分かりました」
二人掛かりでセントを止めに行くんだ。
確かに今のセントは頭に血が上ってるみたいだから、ちょっとやそっとじゃ止まりそうに「ジドを止めないと」ってそっち?
なんでジドを止める必要があるの?
だって勝つのはセントなのに……そんなニナの予想、ううん、勝手な思い込みはあっさり覆された。
「―――ぉぉぁぁあああッ!」
一方的に攻められていた筈のジドが打たれるのも構わずセントの腰に両手を回し、まるで地面から野菜を引っこ抜くようにセントの身体を持ち上げてみせた。
驚きながらもセントは持ち上げられたままジドの脳天に何度も拳を落とした
だけど今更その程度の抵抗でジドに通用することはなく……。
「ぅぅ……るぁぁあああああッ!」
雄叫びと共にセントの身体は背中から地面に叩き付けられた。
叩き付けられたその瞬間、一度だけ足元が揺れた気がした。
それだけの衝撃を受け身も取れずにモロに喰らったセントは、手足を痙攣させたまま起き上がることが出来なかった。
「ッッ……ぃっ、ぉぐ……ぁォッ」
「手こずらせやがって、クソガキが」
これで仕舞いだとジドは呼吸も儘ならないセントにトドメの拳を振り下ろしたけど、その拳はセントに届く前にミランダに片手で受け止められた。
そういえばミランダの腕力も普通じゃなかった。
「……何のつもりだ?」
「そこまで。もう決着は付きました。拳を収めて下さい」
「まだ躾は済んじゃいねぇ」
「馬鹿言ってんじゃないよ。喧嘩はお仕舞い。もうあんたは自分の部屋行ってさっさと寝ろ」
これ以上は俺らも看過出来ないと言った直後、トルムとミランダの全身から抑えていた戦意が溢れ出した。
それを感じ取ったのかは分からないけど、ジドは面白くなさそうに鼻を鳴らした後、ミランダに受け止められていた拳を引いた。
そして倒れたままのセントを見下ろしながら「テメェの拳は軽いんだよ」と告げた。
「確かにテメェの拳は痛ぇ。これ程強烈なのはそう喰らったことがねぇ。だがそれだけだ。テメェの拳には何も込められちゃいねぇ。だから幾ら殴ろうと響かねぇんだよ。それじゃオレは倒せねぇ」
「な、に……言って……ッッ」
「今のままじゃテメェは一生オレには勝てねぇってことだ」
二度と旦那に舐めた態度を取るんじゃねぇぞと一方的に告げたジドは、セントに背を向けて、一人でさっさと宿に戻って行った。
ミランダの手を借りて身体を起こしたセントは、そんなジドの背中を悔しそうに睨んだ。
そしてニナは……。
「なんで止めるの?」
「駄目、だよ?」
ヴィオネに後ろから抱き竦められていた。
セントの仇を取ろうと思っただけなのに……。
振り払おうと思えば簡単に出来るけど、なんだかやっちゃいけないような気がして、結果的にニナも動けないままジドの背中を見送ることになった。
それにジドが言ったことも気になる。
「痛いのに軽いってどういうことだろ?」
力を籠める以外に何かあるの?
セントが負けて、ジドの勝利に終わった夜の喧嘩。
ジドの言葉の意味が分からず、ニナの心は微妙にモヤモヤしていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4/24(月)頃を予定しております。




