第45話 一人じゃないから 〜アラサー警備員、異国を巡る〜
前回のお話……大精霊ツンデレ疑惑
(真 ゜Д゜)ツンデレ?
(大 ゜Д゜)違うから
テッサルタ王国編最終話
エルビラとの決戦の場となったヴァンナッシュ城の中庭。
見る影も無い程に破壊し尽くされた中庭は、現在急ピッチで修繕が進められており、崩れた城壁などは既にほとんどが撤去されていた。
それでも破壊の痕跡は未だに色濃く残っている。
邪神教団との一件に決着がつき、少しずつだがテッサルタ王国もかつての姿を取り戻しつつあるとはいえ、本当の意味での復興はまだまだ先の話。
この工事が終わる目処も立っていないけど、いつかは必ず終わりがやって来る。
「まあ、その頃にゃとっくに居なくなってる訳だが」
と呟きつつ、空中に紫煙を吐き出す。
大規模修繕工事現場の片隅。
工事の邪魔にならない所で、俺は一人煙草を吸いながら作業風景をぼんやりと眺めていた。
流石は普段から過酷な環境で汗を流しているだけあり、工事に従事している者達はナイスバルクな肉体の持ち主ばかりだった。
碌に重機の存在しないこの世界で工事をするとなれば、当然手作業がほとんどになる訳だが、その作業スピードが恐ろしい程速く、俺では身体強化をしなければ運べないような量の資材を笑いながら持ち抱えていた。
異世界の肉体労働者の体力と腕力は、地球生まれとは比較にならない。
同じ男として少し憧れる。
だからといってあそこまでムキムキになりたいとは思わんけど……。
『マスミの顔では似合わんじゃろうな』
「ほっとけ」
あと顔は関係ねぇだろ。
余計な茶々を入れてきたニースを人差し指でグリグリの刑に処しつつ、根元まで吸い切った煙草を携帯灰皿に捨てる。
「さぁて、そろそろ行くか」
作業に勤しむガテンのあんちゃん達に頑張れよと声援を送り、中庭を後にする。
向かった先は城門。俺は地下道から城に潜入したので、ちゃんと城門を潜るのは今日が初めてになる。
尤も入るのではなく、出て行くために潜るのだが。
「悪い。待たせた」
「私達から言い出したことだ。気にするな」
「チトセさんとタクミくんには先に馬車に乗ってもらいました」
「少しはぁ、気分転換出来た~?」
「どうかなぁ。別に気が滅入ってる訳でもないんだけどね」
城門のすぐ傍ではウチの女性陣が出立の準備をしてくれていた。
少し離れた所ではユフィーと長瀬さんが「お、重いのでございますぅ……!」「ちょっ、ユフィーさん!? ちゃんと持って!」と二人掛かりで荷物を運んでいた。
大分苦戦している。
まあ、二人揃って貧弱だから仕方あるまい。
誤解しないでほしいのが、俺が彼女達に準備を押し付けた訳ではないということ。
出立の準備は自分達でやっておくから、俺は気分転換でもしてこいと言われたのだ。
別に調子が悪いという訳でもないのだが……。
『少なくとも皆にはそうは見えなかったということじゃろ』
「んー、なんか気遣われてばっかりだな」
本当に体調が優れない訳でも、落ち込んでいる訳でもないのだが、仲間達はみんな俺のことを心配していた。
それは数日前、エリオルム王と一緒にこの国の都市神・大精霊テッサルタとの対談を果たした際のことである。
―――
――――――
「大精霊テッサルタ、あんたに聞きたいことがある」
エリオルム王と大精霊との間で交わされた王威継承に伴うあれやこれやが一段落した後、俺は自らの目的を果たすことにした。
テッサルタ王国にやって来た本来の目的―――日本に帰還するための手掛かりを見付けること。
大精霊と呼ばれる程の超越存在ならば、何かしら情報を持っているのではなかろうかと多大な期待を込めて切り出した訳だが……。
―――聞きたいこととは召喚……否、送還術に関係することか。
都市神様は全てお見通しであった。
目的を看破されて内心密かに動揺したものの、説明する手間が省けてラッキーだと切り替えることにした。
「分かってるなら話が早い。送還について、あんたが知ってる限りのことを教えてほしいんだ。頼む」
―――よかろう。
大精霊テッサルタは思いの外あっさりと送還に関する情報を教えてくれた。
結論から言って、送還術は存在する。
というより召喚と送還は本来セットの術式らしい。
一方的に喚び出しておきながら、事が済んでも帰れませんでは道理が通らない。
これはユフィーも言っていたが、召喚には様々な制約があり、おいそれと行うことは出来ない。
たとえ大精霊であろうとも、自らの意思と持ち得る力だけで強力な〈異邦人〉を自在に召喚するような真似は不可能とのこと。
―――異なる世界同士を繋ぐ大召喚とは、真なる神々が人に与えた秘儀。
―――術の成立には莫大な魔力と神の意思を代弁する神託の巫女が必要となる。
―――それ以外にも星辰の配置や世界を繋ぐための柱となる器物。何より召喚術を正しく制御出来るだけの術者が居なければならない。
「でもエルビラは召喚を行った」
―――然様。巫女も術者も器物もなく、術式すらも不完全なまま、あの邪教徒めは召喚陣を起動させた。
〈金央の瞳〉が信仰する邪神『昏き瞳にて覗き込む者』の助力もあったのだろうと大精霊は語る。
数多の命を犠牲にした末、召喚そのものには成功したものの、喚び出された〈異邦人〉はただの一般人。
正式な手順も踏まずに行われた違法召喚なのだから、当然の結果だ。
だがエルビラは侍女達だけではなく、秘密裏に誘拐してきた者達―――犠牲になった侍女達の数倍にも及ぶ人数―――をも生贄に二度三度と召喚を繰り返したが、最初の十一人を除いて〈異邦人〉が生きたまま喚び出されることなかった。
更に恐ろしいことにエルビラは〈異邦人〉の亡骸を、その血と肉すらも人の身を悪魔へと変貌させる邪法完成のために利用した。
死して尚、人の悪意に弄ばれた者達には同情を禁じ得ない。
同時に死者を平然と冒涜する人間の残酷さに怒りと悲しみを覚えたものの、感傷に浸ることは許されず、続く大精霊の発言に俺は耳を疑った。
―――来訪者よ、汝もまた人の悪意によってこの世界に招かれた可能性が高い。
――――――
―――
違法召喚のようないたずらに次元に干渉する行為を繰り返せば、世界間の境界は歪んで脆くなり、時折境界の壁に穴が空くことがある。
穴そのものはすぐに自動修復されるが、ほんの僅かな間とはいえ世界間を隔てていたものは失われる。
その穴に誰かが落ちる可能性は……ゼロではない。
「俺みたいに、か」
何のことはない。
俺も安藤さんや長瀬さん達と同じように、誰かの悪意によってこの世界にやって来た。
単にその手段が召喚されたのか、穴に落ちたかの違いに過ぎなかったのだ。
ニースと出会った時、俺の身体はこの世界に適合していなかったが、アレは不正な手段で境界を越えた異物に対する拒絶―――世界そのものが有する一種の免疫反応のようなものだったらしい。
ニースに調整してもらえなければ、今頃はどうなっていたのかも分からない。
大精霊から聞かされた話は包み隠すことなく、その日の内に仲間達にも共有している。
結果、何故か全員からギュッと抱き締められ、優しく頭を撫でられる羽目になった。
解せぬ。
以上が仲間達から過剰なまでに心配され、気遣われている原因である。
ここまで気遣われてしまうと嬉しい反面、少なからず心苦しさも覚えてしまう。
そろそろ平常運転に戻ってほしいんだけど……なんて思っていると、「悩みが尽きないねぇ」という声が背後から聞こえてきた。
振り向けば、そこには常の楽し気な笑みを浮かべたアーリィが立っていた。
闇ギルドで見たベリーダンサー風の踊り子衣装や戦闘用のボディスーツでもなく、ラフな白シャツとジーンズ風のズボンを身に着けた普段着姿なのだが、割りとタイトな仕様の所為か、彼女の規格外の爆乳や美しい曲線を描くお尻、スラリと長い御御足がこれでもかと強調されている。
今日も今日とて大変ありがたや。
「見送りに来てくれたの?」
「あれ、驚いてくれない」
想像していたリアクションと違ったのか、不満そうに唇を尖らせるアーリィ。
声を掛けられるまで相変わらず気付けなかったし、どうやって此処まで来たのかという疑問はあれども、何しろ相手はアーリィだ。
驚いたところでしょうがないと言うのが、正直な気持ちである。
ちなみにジェイム=ラーフとアウィル=ラーフの二人は、動けるようになった途端、早々に姿を消してしまった。
如何にエルビラ打倒の功労者とはいえ、奴らも世間一般では邪教徒だし、場所によってはお尋ね者扱い―――実際ネーテでは手配されている―――だから仕方ない。
「今回は本当に助かったよ。アーリィの協力がなかったら、俺達は全員仲良くあの世行きだった」
「助かったのはボクも同じだけどね。それに仕事だし、請け負ったからには責任持つよ」
という訳で今後ともご贔屓にとアーリィは言ってくれるけど、闇ギルドをご贔屓にするのってどうなんだろ。
あとアーリィに依頼を出すためには、いちいちテッサルタ王国まで足を運ばなければならない訳で、手間ばかり掛かって仕方がない。
遠方から依頼を出すことって可能かしらん?
アーリィに確認してみようかと思った矢先、「どうやら間に合ったようですね」という涼し気な声が耳に届いた。
「こりゃまた大人数でお越しだ」
「我が国の恩人達の出立なのですから、来ない訳にはいきませんよ」
そう言って集団の先頭に立つエリオルム王は自然な笑みを浮かべた。
彼の後ろにはロアナやゼル爺、フレットといったお馴染みのメンバーに加えて安藤さんや塚田くん、護衛らしき数人の騎士やメイドさんらの姿もあった。
「すみません。本当ならもっと盛大なお見送りをしたかったのですが……」
「止めて。お願いだからそれだけは本当に止めて」
そんなことをしたら王都に暮らす色んな人達に見られてしまう。
救国の英雄なんて冗談じゃない。
我々はこれ以上目立ちたくないのです。
「マスミ、貴方達のおかげで我が国は救われました。心より感謝申し上げます」
「だから感謝の言葉はもう腹一杯だって。一国の王様に何度も頭下げられたら却って申し訳ねぇよ」
「やはり貴方はこれからも送還の方法を探すつもりなのですか?」
「帰りたがってる子達が居るからね。冒険者として働きがてら探してみるさ」
然しもの大精霊様も送還の術式そのものは存じ上げなかった。
流石になんでも都合良くはいかないようである。
「ま、送還術があるって分かっただけでも充分収穫さ。そっちもこれから忙しくなるだろうけど、倒れない程度に頑張りなされ」
「ありがとうございます。マスミ達も道中お気を付けて」
どうぞ遠慮なく遊びに来て下さいと言って、右手を差し出してくるエリオルム王。
気軽な口調で実にハードルの高い要求をしてくれる新国王様に若干呆れながらも、気が向いたらねと握手には応じておく。
ゼル爺の片眉がピクッと一度だけ跳ねたけど、文句は俺じゃなくて握手を求めてきた自らの主に言ってほしい。
「んじゃ、世話んなったな。達者でな」
「ご武運を」
そう言ってエリオルム王に背を向けて馬車に乗り込もうとした俺だったが、ふと思い出したようにアーリィの方に振り返った。
「さっきは言いそびれちゃったけど、俺別に悩んでる訳じゃないから」
「ありゃ、そうなの?」
「ああ、そもそも悩む必要もないし」
大精霊テッサルタから異世界転移の真実を教えられた際には、流石に我が身に起きた不幸を嘆きもしたし、どうしようもない虚しさも覚えた。
でもすぐにどうでもよくなった。
だって俺は……。
「一人じゃないから」
俺の傍にはミシェルが、ローリエが、エイルが、ユフィーが居てくれた。
ニースやレイヴンくんも一緒だ。
気の良い友人や仕事仲間も見付かり、ネーテという第二の故郷も出来た。
これだけの幸運に恵まれて、いったい何を嘆く必要があるのか。
「俺にはみんなが居るし、世界が変わってもちゃんと帰る場所がある。だからまあ、その……なんて言うか、大変なことも多々あったけど、今の俺はきっと―――」
―――幸せなんだと思う。
恥ずかしさに耐えながら正直に告げた直後、みんなが一斉に抱き着いてきた。
ミシェルの、ローリエの、エイルの、ユフィーの温もりが俺を優しく包み込み、身体だけではなく、心までもが温かくなっていく。
ああ、やはり俺は幸せ者だ。
こんなにも想ってくれる人達が傍に居るのだから。
なんて感じで浸っていると、上空を緩やかに旋回するレイヴンくんとその一本角に吊るされたニースの姿が目に入った。
おそらく潰されると思って、咄嗟に避難したのだろう。
ニースは自らの〈精霊器〉でもある俺のスマホを胸に抱えたまま、器用にパシャパシャと写真撮影を行っていた。
すぐ近くからは「ヒューヒュー、お熱いねぇ」というアーリィの揶揄う声が、離れた所からは「重いぃぃ!」という切羽詰まった長瀬さんの声が聞こえてくる。
エリオルム王らの妙に生暖かい視線も感じる。
このままじゃ出発が遅れそうだなぁと苦笑しつつも、俺は今しばらくの間、この幸福感を味わうことにした。
お読みいただきありがとうございます。
これにてテッサルタ王国編は終了となります。
更新再開までしばらくお待ち下さい。




