第17話 調子に乗ると大抵痛い目を見る
前回のお話……メリーからの説教
(メ ゜Д゜)なにしとんじゃゴラァ!
(真 ゜Д゜)(コ ゜Д゜)すんませんしたぁ!
「という訳で今日も元気に森の中を散策しよう」
「何が、という訳なんですか?」
そこをツッコんではいけない。
はいどうも、森の中から深見真澄です。
翌日、朝一でギルドに集合した俺とコレットは一緒に依頼を請けた。
依頼内容は『大蜘蛛の討伐』。
昨日コレットが請けたのと同じものだ。
諸々の準備を終えた後、俺達は再びネーテの森へとやって来た。
ちなみにメリーの姿はなかったので、別の受付嬢に手続きをお願いした。
今日はお休みかな?
「昨日のリベンジと行こうじゃないの。まずは浅い所をブラブラしよう」
「でも、また出てこなかったら……」
「その時はその時さ。出てこなかったら考えよう」
始める前から気にしてても仕方がないので、いざ出発。
昨日の薬草探しと同じルートを辿りながら、森の表層部分を進んでいく。
採取したばかりなので薬草らしき姿は何処にも見当たらない。
今日の目的は薬草ではないから別に構わないのだけれど、ちょっと残念に思ってしまうのは俺が貧乏性だからだろうか。
昨日見たのと同じ景色が続き、大蜘蛛に限らず、魔物が出てくる様子は皆無だった。
仮にも森の中だ。
ここまで静かなのは流石に不自然に思えてならない。
何より暇だ。
「なんか面白い話とかない?」
「唐突過ぎませんか?」
気にするな若者よ。
三十分以上も代わり映えのない風景の中を歩き続けるのに飽きたのだ。
よし、折角だから装備の紹介でもしようか。
本日の俺の装いはこれまでとは少し変わっているのだ。
順に紹介すると―――。
マルチカム迷彩の施された戦闘服の上下。
同じく迷彩を施されたキャップ型の戦闘帽。
更に戦闘服の上からは、複数のポーチやナイフを収める鞘を取り付けたタクティカルベストを着用している。
履き物は丈夫で耐久性に優れ、脚の保護もバッチリのコンバットブーツ。
そして背中にはデカい背嚢。
―――以上である。
戦闘服とは、アメリカ陸軍で採用されている迷彩服だ。
正式名称を『Army Combat Uniform』と言う。
素早い着脱やボディーアーマーの装着。デジタル迷彩の導入等々。
非常に先進的な設計となっており、現在も改良を重ねて採用され続けている。
そしてマルチカム迷彩とは、様々な地形に対応出来る万能性が特徴の迷彩パターンであり、こちらはアメリカ軍のみならずイギリス陸軍等でも採用されている。
これで森の中での活動も問題無しだ。
ついでに言うとコレットは簡素なシャツとショートパンツにマントのような外套を羽織っている。
腰には細めの帯革を巻き、小振りのナイフ数本と大きめのポーチを吊るしている。
「そういえばフカミさんが昨日使ってたのって魔術ですか?」
「俺は魔術なんか使えないぞ?」
この子はいったい何を言っているのかね。
「え? でも凄く大きな音を出して、灰猟犬を怯ませてましたよね? あたしも驚きましたけど」
「音って……あぁ、これのことか」
コレットの疑問に答えるため、俺はタクティカルベストのポーチの中から―――と見せ掛けてこっそり空間収納から―――癇癪玉を幾つか取り出した。
「この小さいのは癇癪玉って言ってな。俺の故郷にある遊び道具の一種だよ。こいつが昨日の音の正体」
「これがですか?」
「思いっ切り何かにぶつけたり、踏ん付けたりすると玉が破裂してデカい音が鳴るって寸法さ」
こいつのおかげで昨日は命拾いしたんだぞと説明しつつ、取り出した癇癪玉をコレットに手渡してやる。
コレットは掌の上に乗せた癇癪玉を繁々と、だけど何処か胡散臭そうに眺めていた。
「こんな小さな玉が……なんだか信じられません。魔道具じゃないんですよね?」
「そんな大層なもんじゃないよ。遊び道具って言ったろ。精々獣除けか、昨日みたいに脅かしてやるのが関の山さ」
俺の知っている魔道具といえば今まさに首に下げている冒険者の認識票だが、こいつは再発行するのに金貨が必要となる。
一箱数百円で購入可能な癇癪玉と一緒の扱いをするのは流石に失礼だろう。
「折角だからそのまま持っときな。間違って潰さないように気を付けろよ」
「えっと、ありがとうございます?」
手に持っていた癇癪玉を布で包み、ポーチの中に仕舞い込むコレット。本当に潰すなよ?
更に三十分程散策を継続するも、成果は何一つ上がらず、昨日と同様に魔物の姿は見当たらなかった。
「魔物出てこないなぁ」
「出てきませんね」
小休止中。
二人並んで地面に腰を下ろし、太い木の幹に背中を預けている。
オヤツ代わりに煎られた木の実を口にする。
女将さんにお願いして用意してもらったものだ。
酒のつまみは専らこれである。
「このままだと、また依頼失敗ですね」
昨日に引き続き、散策が空振りに終わっている現状に沈んだ声を漏らすコレット。
相当参っているようだ。
「諦めるにゃ早いだろ。時間はまだたっぷりとある」
「でも、大蜘蛛なんて何処にもいないじゃないですか」
「いないのが大蜘蛛だけとは限らんけどな」
昨日から抱いていた疑念が確信に変わりつつあるものの、まだ情報が足りない。
もう少し森の中を歩いてみる必要があるな。
「それってどういう意味ですか?」
「言っただろ。思うところがあるって」
地面から立ち上がり、尻に付いた汚れをパンパンと叩いて落とす。小休止は終了。
コレットも俺に倣って腰を上げた。
「さて、今度はもう少し奥まで足を伸ばしてみようかね。取り敢えずコレットが昨日襲われてた辺りまで行ってみるか」
「あんまり思い出したくないんですけど」
そこは我慢してほしい。
歩きながら俺が抱いていた疑念をコレットにも説明した。
昨日コレットはギルドで討伐依頼を請けた後、森の中を長時間散策したものの、魔物を一匹も発見することが出来なかった。
仕方なく散策の範囲を広げ、森の奥へ進んだ結果、運悪く灰猟犬と遭遇する羽目になったのだ。
「正直それだけなら、ツイてなかったってだけで終わりなんだけどさ」
森に居たのはコレットだけではない。
多少、時間のズレはあっても俺も森の中を歩いていたし、きっと他の冒険者だって活動していた筈だ。
「俺が散策してる時も魔物は一匹も出てこなかった。こうして二日続けて森の中を歩いてみても、それは変わらない。果たして今の状況は普通と言えるんかね?」
「……」
コレットは黙って俺の話に耳を傾けている。
続けましょうかね。
「実は他の冒険者にもちょっと話を聞いてみたんだよ。最近の森の様子について」
「フカミさん、そんなことしてたんですか?」
「おうとも。みんな快く教えてくれたぞ」
エールとかエールとかエールとかを奢ったらな。
ギルド併設の酒場で出されるエールの値段は、一杯につき銅貨三枚。
奢った数は全部で八杯。しめて銅貨二十四枚の出費なり。
我ながらなんと涙ぐましい努力よ。
その聞き込みの結果、判明したことは……。
「どうも森の外周部や表層で出没する魔物の数は、明らかに減少しているみたいなんだわ。それもここ最近になってから」
今の俺達のように一日中歩き回ったけど、成果が全く上がらなかったという冒険者も少なくなかった。
だから討伐依頼を請ける際は、みんなネーテの森以外の場所を選ぶようにしているらしい。
ボランティアでもあるまいし、実入りが無いのでは誰もやりたがる筈もない。
「そして気になる点がもう一つ。ギルドで報告した時にメリーさんが俺に言ってたことは覚えてるか?」
「えっと、四匹目が隠れてたら……でしたっけ?」
「違う、もう少し前」
「……灰猟犬が増えてる?」
「正解」
程無く木々の開けた空間―――昨日、灰猟犬と交戦した場所に到着した。
周囲に異常は見られない。
薬草を得るために掘りまくった地面もそのままだ。
「さてここで追加の疑問。他の魔物はさっぱり出てこないってのに灰猟犬だけが増加傾向にあるのはなんでかね?」
「それは……」
この森に生息する灰猟犬の群れに何かが起きたと考えるのが妥当だろう。
問題はその何かが分からないってことなんだが……。
「こいつら仕留めりゃ何かしら分かるかもねぇ」
「フッ、フカミさん……!?」
濃密な森の匂いに混じり出す獣臭さと特有の唸り声。
茂みの奥から現れる野犬に酷似した姿。
四匹もの灰猟犬が森の奥から姿を現した。
「昨日より多いじゃねぇか」
「なっ、なんでそんなに落ち着いてるんですかッ!?」
「焦ってもしょうがないでしょうよっと!」
近くにある木の幹目掛け、握り込んでいた小さな玉―――空間収納から直接掌に出した癇癪玉数個を纏めて投げ付ける。
パパン!
パパパアァァン!
連続して響く破裂音に驚き、硬直する四匹の灰猟犬とコレット。お前はまたか。
昨日とほぼ同じ状況だが、俺だけは動きを止めずに突撃する。
腰の裏に吊るしていた刃物―――刃渡り40センチを超える分厚い刃の剣鉈を右手に構えて斬り掛かった。
「っらぁ!」
一番近くにいた個体の顔面に全力で剣鉈を叩き付ける。
肉を裂き、骨を砕く感触が剣鉈を通して伝わってくるも、俺は奥歯を強く噛み締めながら刃を振り切った。
一撃で眼球と鼻面を潰されたその個体は、力無くその場に崩れ落ちた。
まずは一匹。
続けて胸元の鞘から左手でナイフを引き抜くと、すぐ傍にいた別の個体の首に横から突き刺し、思いっきり捻った。
刃を捻られた直後、一度だけ痙攣したその個体もすぐに白目を向いて絶命し、刺したナイフを抜くと同時に倒れ込んだ。
僅かな間に半数の仲間を失った残る二匹の灰猟犬が浮足立ったように喚き出す。
奥にいた個体が大口を開けて俺に噛み付こうとしてきたが、地面を蹴ったタイミングに合わせ、硬いブーツの底を口腔内に叩き込む。
ブーツ越しに牙がへし折れる感触が伝わってきた。
脚を緩めることなく、カウンターで吹き飛ばされたその個体に追い付き、全体重を乗せた踏み込みで首を折ってトドメを刺す。
慌てて逃げ出そうとした最後の個体は後ろ脚の一本を斬り飛ばして機動力を奪い、焦らず確実にトドメを刺した。
四匹全てを仕留めたことに安堵し、深呼吸をする。
新鮮な空気に濃密な血生臭さが混じって咽そうになった。
「あー、疲れた。怖かった」
「いや、嘘ですよね絶対」
「嘘じゃねぇよ」
疲労は感じているし、怖かったのも事実だ。
でも怖がって動かずにいたら死んでしまう。
だから頑張っただけだ。
「それにしても……」
倒した灰猟犬の亡骸を観察しながら思考する。
昨日もそうだったけど、我が身体ながら随分と思い通りに動いてくれるものだ。
明らかに以前よりも身体が軽く感じられる。
癇癪玉を利用した不意討ちだったとはいえ、まさかここまで上手くいくとは思わなかった。
動き易いのは大いに結構なのだが、なんだろうねぇこれ?
「さてと、血の臭いに惹かれて変なのが寄って来る前に魔石を―――」
「フカミさん後ろ!」
悲鳴染みたコレットの声。
灰猟犬の亡骸に気を取られ、周囲への警戒が疎かになっていた。
コレットが声を上げてくれたおかげで、背後から接近する何者かの気配に遅まきながらも気付くことが出来た。
攻撃を防げたのは、ただの偶然。
振り向くと同時に剣鉈を眼前に構えた結果、運良くそこに相手からの攻撃が飛んできたに過ぎない。
そして幸運は長続きしなかった。
戦闘と呼ぶことすら憚られる一方的な攻防。
両手に持った剣鉈とナイフを必死に駆使し、相手の得物―――長剣による斬撃を防御するので精一杯。
眼前に迫る鈍色の刃に肝が冷え、その鋭く重い斬撃を防ぐ度に手が痺れ、武器を取り落としそうになる。
矢継ぎ早に繰り出される攻撃の速度に反応が追い付かず、反撃をする余裕など微塵もなかった。
結局十合も刃を打ち合わせることなく、すぐに限界が訪れた。
右手に握った剣鉈が弾き飛ばされた直後、腹部に衝撃が走ったのだ。
「ごはッ!?」
前蹴りを喰らったと気付いた時には、既に背中から地面に倒れていた。
倒れた拍子に戦闘帽も脱げたが、そんな些事を気に掛けるだけの余裕はなかった。
打ち付けた背中と腹部のダメージ。
身体の前後から襲い来る痛みに息が詰まり、知らず呻き声が漏れる。
なんとか上体を起こそうとするも、突き付けられた刃の切っ先にその動きすらも止められてしまった。
負けた。これ以上ない程の完敗だ。
クソッタレ……!
切っ先から視線を外し、せめてもの抵抗と相手を睨み付けるべく顔を上げれば……。
「……ミシェル?」
「……マスミ?」
そこに居たのは、今日も赤茶色のポニーテールが素敵なミシェルさんだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は、次の月火曜辺りを予定しております。




