第39話 このツキに全てを賭けて
前回のお話……王様パワーで
(真 ゜Д゜)ガンガンいこう!
(全 ゜Д゜)オラオラオラオラ!
(エル ゜Д゜)つよ…
年内最後の更新となります。
戦闘が再開してからすぐに俺はユフィーにある質問をした。
「ユフィー、もう一度だけ〈疑似神殿〉は使えそうか?」
そんな問い掛けにユフィーは少しだけ考える素振りを見せた後、「少々お時間をいただけますか?」と返してきた。
「〈疑似神殿〉を発動するには、意識を神の座へ繋げる必要がございます。そのためには真摯に祈りを捧げ、精神を統一しなければ―――」
「細かい理屈はいい。時間さえあれば使えるんだな?」
「……確実に使えるとは申せません。一度成功したとはいえ、本来のわたくしには行使不可能な高位の法術にございますので」
「使える可能性がゼロじゃないなら試すだけの価値はある。やってくれ」
「承知致しました」
そこからすぐにユフィーは両手を握り合わせ、静かに祈りを捧げ始めた。
此処ではない遥か天上の存在に一縷の望みを託すという正真正銘の神頼み。
無謀とも言える試みは―――。
「マスミ様、準備が整いました」
―――成功した。
どうやらまだツキに見放されてはいないらしい。
「神も『今日はまだそんなに眠くないから別にいいよ』と仰せです」
「それって昼寝し過ぎただけ……まあいいや」
起きていてくれるなら理由は何だって構わない。
今ばかりは素直に昼寝好きの神様に感謝しておこう。
本音は普段からそれくらい起きておけと言いたいところだが、それはまた別の機会にしよう。
「ミシェルとローリエも準備は……」
いいかと二人の方を振り返るも、肝心のお嬢さん達は何やらおかしな様相を呈していた。
「マスミィ……」
「マスミさぁん……」
揃って眉を八の字にして情けない声を上げるミシェルとローリエ。
お前ら今戦闘中だぞとツッコまれそうだが、致し方ない。
彼女達にも何が起きているのか分からないのだろう。
多分、二人は力を溜めておけという俺の指示に従っただけなのだ。
ミシェルは〈ロッソ・フラメール〉に〈魔力付与〉を、ローリエは〈魔爪〉を、それぞれの最大の武器を発動させようとしたのだと思う。
何故断言出来ないのかと言えば……。
「マスミ、なんか私の剣燃えてるんだけど……」
「燃えてるな」
「わたしの爪、なんだかバチバチいってません?」
「バチバチいってるな」
言葉通りの意味です。
ミシェルの〈ロッソ・フラメール〉は赤熱化を通り越して剣身が真っ赤な炎に包まれており、魔力を纏ったローリエの獣爪からはバチバチと青白いスパークが止め処なく発生していた。
通常時とは大きく異なる現象。
今でなければじっくりと時間を掛けて調べるところなのだが、生憎そんな余裕はない。
「二人とも体調に変化は?」
「いや、特にはない」
「わたしもです」
「なら取り敢えずそのまま行くぞ。見た感じ強化されてるっぽいから、多分〈絶対王権〉の影響かなんかだろ」
難しいことは全部終わってから考える。
問題を先送りすることに決めた俺は、ユフィーに「頼む」と告げた。
無言で頷いたユフィーは再び目を瞑り、聖なる言霊を唱え始めた。
「『我が身は柱。仮初の神座なり。聖なる印は天地を繋ぎ、主へと通ずる道とならん』」
ユフィーを中心に広がる白金の光。
発生した無数の光の珠が泡のように弾けて散った。
「『鳴り響く鐘の音は災いを退け、眩き光は闇を照らす。我らは奇跡という名の御業を知るだろう』」
響く鐘の音。幾度も弾ける光の珠。
大地から姿を現す光り輝く神殿。
「『まつろわぬ者、心卑しき者、邪悪なる魂よ、疾く去れ。此処は神の宮なるぞ』」
完成する祈祷。
威容を晒す白金の宮―――〈疑似神殿〉から発せられた清浄なる光が戦場を聖域へと作り替えていく。
神殿中央に備わった祭壇の炎は、最初の時よりも激しく燃え盛っていた。
『如何に〈疑似神殿〉とはいえ、今のエルビラには……』
「言われなくても分かってる」
邪悪なる者に対して絶対的な効果を発揮する筈の〈疑似神殿〉だが、悪魔化したエルビラの力を削ぐことは殆ど出来なかった。
もう一度やったところで、所詮は焼け石に水だ……と普通なら誰もが思うだろう。
個人的な見解だが、最初の〈疑似神殿〉が然したる効果を発揮出来なかったのは、法術自体の出力が足りなかった所為だと俺は考えている。
本人も言っていたが、今のユフィーはまだ自分の力だけで〈疑似神殿〉を行使出来るだけのレベルには至っていない。
魔術の威力や精度が使い手次第で変わるように、優れた神官が行使する法術は、より大きな効果を発揮する筈。
〈絶対王権〉で大幅に強化された今ならエルビラにも通用するのでは……根拠に乏しい、ただの希望的観測。
かなり分の悪い賭けだったが……。
「ァッ、ァァアアア"アア―――ッッ!?」
「やっぱまだまだツキに見放された訳じゃ無さそうだな」
女の絶叫を聞いて、思わずガッツポーズを取ってしまうとは、我ながらどうかしている。
だがこれは最後のチャンスなのだ。
エイルとアーリィを相手に超速戦闘を繰り広げていた筈のエルビラは、二度目の〈疑似神殿〉が発動すると同時に動きを止め、絶叫を上げた。
強化された聖なる光に全身を灼かれ、今も苦痛の呻きを漏らしているが、それはユフィーも同じだった。
「はぁ、はぁ……っぐ、かはッ」
乱れた呼吸と滴り落ちる汗。
懸命に祈りを捧げながらも苦しそうに歪められた表情が、彼女の限界が近いことを物語っている。
今を逃せば、俺達の勝機は本当に無くなってしまう。
だから……!
「このツキに全賭けするしかねぇ! エイル! アーリィ!」
「お任せ―――!」
「―――あれ!」
エイルとアーリィ。同時に放たれた二人の回し蹴りがエルビラの腹部にめり込んだ。
悪魔の身体がくの字に折れ曲がり、ガクッと顎が落ちてきたと思った次の瞬間、その顎が反対にかち上げられた。
「「はああぁぁあああああ―――ッ!」」
大きく仰け反り、無防備な姿を晒したエルビラに、エイルとアーリィの容赦無い連続攻撃が叩き込まれていく。
強化版〈疑似神殿〉の影響で動きに精彩を欠いたエルビラでは二人のスピードに追従出来ない。
両腕を盾とし、防御に徹することで持ち堪えていたが……。
「甘いよ!」
「ぅぐッ!?」
防御の間隙を縫って懐に入り込んだアーリィの膝がエルビラの腹に刺さり、防御の腕が下がったところへ「こっちも忘れちゃ駄目なの!」とエイルの爪先が横っ面を捉えた。
ピンボールのように蹴り飛ばされるエルビラ。
その先に待ち構えていたのは……。
『モォォォォオ゛オオオオオオ―――ッ!!』
脚を潰され、機動力を奪われていた巨大バイソンことジュブル・ボナザス。
戦闘に巻き込まれない位置まで下がっていたジュブル・ボナザスは、自慢の角をへし折ってくれた憎き怨敵に残る片角を叩き付けた。
自身の胴回り程の太さもある角で背中を殴打されたエルビラの口から「ガハッ!?」と血と息が漏れたが、すぐに血走った目でジュブル・ボナザスを睨み返した。
「こ、の……魔物風情がぁ!」
ゼロ距離から黒の魔力光を浴びたジュブル・ボナザスの頭が爆散した。
飛び散る魔物の血や脳漿を避けることもせず、荒い呼吸を繰り返すエルビラの左右から黒の影が接近する。
「ジュブル・ボナザス、仇は取ります……!」
「今度こそくたばりやがれ!」
「本当にしつこい方々ですわね……!」
ジェイム=ラーフとアウィル=ラーフ。
二人の宣教官の挟撃に悪魔の鉤爪で応じるも、やはりその動きは精彩を欠いており、二人の振るう刃が漆黒の肉体を幾度も掠めた。
「はっ、自慢の爪捌きはどうしたよ!」
「くっ、いい加減に―――」
「するのは貴方ですよ」
果たしてアウィル=ラーフの挑発が効いたのか否か、反射的に左の鉤爪を大きく振り被るエルビラだったが、鉤爪を振り下ろすよりもジェイム=ラーフの剣が脇腹を斬り裂く方が早かった。
「がッ……馬鹿、な!?」
「馬鹿は貴方ですよ」
「なってねぇんだよ。戦い方がなぁ!」
斬られた脇腹を押さえてヨロヨロと後ろに下がるエルビラだったが、すぐに顔を上げ、キッと二人の宣教官を睨み付けると「〈小火弾〉!」と炎の弾丸で二人を後退させ、それ以上の追撃を防いだ。
人間なら戦闘続行不可能な傷だが、悪魔の肉体は未だに戦う力を失ってはいない。
だが〈疑似神殿〉の影響により、傷の再生速度は大幅に遅くなっている。
このまま……。
「袋叩きだ! ローリエ!」
「わぅぅぁぁああああああ!」
〈小火弾〉の弾幕を掻い潜って接近したローリエが、右手の五指を揃えた〈魔爪〉による渾身の貫手を放つ。
エルビラも鉤爪に漆黒の魔力を纏わせ、同じく迎撃の貫手を放ってきた。
ぶつかり合う獣の爪と悪魔の爪。
数秒の拮抗の末、両者の貫手は眼前の相手を貫くこと叶わず、まったく同時に弾かれた。
痛々しく罅割れる爪。
真っ赤な血が細かな雫となって散り、両者の身に降り掛かった。
「まだ!」
痛み分けと思われたその時、ローリエが無事だった左手を強く握り込んだ。
獣爪に集中していた魔力が拳そのものを覆い、青白いスパークが迸る。
「ガゥルアアアアアア―――ッ!」
咆哮と共に繰り出される全力全開の獣拳。
手負いの獣が振り絞った一撃は悪魔の胸を打ち抜き、その身を遠くの外壁にまで殴り飛ばした。
既に相当脆くなっていた外壁の一角は、エルビラがぶつかると同時に完全に倒壊し、瓦礫の中へ悪魔を閉じ込めてしまった。
瓦礫の中からエルビラが這い出てくる様子はなかったものの、これで終わりの筈がないし、終わるつもりもない。
「駄目押しだ! 貰っとけ!」
「お代わりもあるよ!」
魔擲弾と圧縮魔力球。
俺とアーリィの持ち得る最大の火力が瓦礫の山を木っ端微塵に吹き飛ばし、閃光と衝撃が広がった。
長瀬さんが放った特大の〈火球〉に匹敵する程の大爆発。
果たしてエルビラは……。
「あぁアアあッぁあああ゛あ―――!!」
「いい加減くたばれよ……!」
黒煙を突き破り、再び姿を現したエルビラは傷付いた翼をはためかせ、空高くへと飛翔した。
跳躍ではどうやっても届かない高みから地上を見下ろす悪魔の姿は、見るも無惨なものへと変わり果てていた。
数多の傷を負い、自身から流れる血で全身を汚した様は満身創痍そのもの。
それでも尚、エルビラの両目には狂気の光が爛々と灯っていた。
「かは、はぁ、はぁ……王威の力、恐ろしいものですわね。まさか上級悪魔となったわたくしをここまで追い詰めるとは……」
「テメェの方がよっぽどしつけぇじゃねぇか! あと何言ってるかよく聞こえねぇぞ!」
「それと剣が届かんから降りて戦え!」
俺とミシェルの声が聞こえていないのか、「まだです。まだ終わる訳にはいかない……!」と独白を続けるエルビラの頭上に巨大な赤の魔法陣が展開された。
それを見て応じるように前に出た長瀬さんの頭上にも青の魔法陣が展開される。
「あいつの魔術は私が食い止めます。だから深見さんは……」
「ああ、絶対撃ち落としてやる」
俺の言葉に頷き、直ぐ様詠唱を開始する長瀬さん。
赤と青。輝きを増していく魔法陣から、光の粒子が火の粉のように弾けた。
そうして数秒と掛からず高まり合った二つの魔力が―――。
「塵と化しなさい、〈爆散雨〉!」
「『降り注げ』―――〈氷雨〉!」
―――天地を震わせた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は年明け1/2(月)頃を予定しております。
本年もお世話になりました。
来年もよろしくお願い致します。




