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迷える異界の異邦人(エトランジェ) ~ アラサー警備員、異世界に立つ ~  作者: 新ナンブ
第9章 第3節 アラサー警備員、異国を巡る 〜激情編〜
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第34話 人を捨てて得たもの

前回のお話……エルビラ覚醒

(エ ゜Д゜)復活

(真 ゜Д゜)やっべぇ

「があッ!?」


 衝撃に全身を叩かれ、地面の上をゴロゴロと転がる。

 これで何度目になるのだろう。

 全身を苛む痛み以上に衝撃波を幾度も浴びて転がり過ぎた所為で、三半規管が馬鹿になっている。

 視界がぐにゃぐにゃと歪んで気持ち悪いが、寝ている暇はなかった。


「く、そがぁ……ッ」


 満足に力の入らない腕を支えにして身体を起こし、前方を睨み付ける。


「ハァァアアアアアッ!」


「ワゥァアアアアアッ!」


 大上段から振り下ろされる〈ロッソ・フラメール〉と渾身の獣拳。

 ミシェルとローリエが同時に放った一撃は……。


「あらあら、危ないですわ」


 人ならざる存在と化したエルビラの手によって、あっさりと防がれた。

 左手で〈ロッソ・フラメール〉の剣身を、右手でローリエの獣拳をそれぞれ掴み止めており、二人がどれだけ力を籠めようとビクともしなかった。

 エルビラの両手が塞がっている隙に背後からゼル爺が斬り掛かるも、まるで別の生き物のように動く二対の羽によって防がれた。


「ぬぅ!?」


「見えておりますわよ」


 一歩も動くことなく、回避の素振(そぶ)りすら見せずに三者の攻撃を難無く凌いでみせたエルビラ。

 その唇が小さく動いて「〈衝撃(インパクト)〉」と囁かれた瞬間、エルビラを中心に発生した不可視の衝撃波によって、三人の身は吹き飛ばされた。

 俺の近くに転がってきたミシェルとローリエの傍に駆け寄っている間に、エルビラの死角へ回り込んだエイルが「〈風砲(ゲイルカノン)〉!」と最大火力の魔術を放つ。

 エルビラは唸りを上げる烈風の砲弾を目で追おうともしない。

 それどころかノールックのまま右腕を伸ばし、開いた掌で〈風砲(ゲイルカノン)〉を受け止めると、見せ付けるようにゆっくりと掌を閉じていき……握り潰した(・・・・・)


「えっ……?」


 自慢の魔術をまさかの力尽くで破られ、言葉を失うエイル。

 魔術を構成していた緑の粒子が辺りに飛び散って消えていく中、エルビラは嫣然と笑みを浮かべた。


「この程度の魔術、わたくしには通用致しません」


「だったらこれはどう!」


 そう言って空中からアーリィが襲い掛かった。

 彼女の右手には完成した高密度の魔力球が握られている。

 侵食する闇を吹き飛ばすために使用した魔力球を、今度は直接叩き込むつもりなのだろう。


「今度こそ……吹っ飛べ!」


「うーん、流石にそれ(・・)は喰らいたくありませんわ」


 アーリィが魔力球を握る右手を伸ばせば、応じるようにエルビラも左手を伸ばし、なんと自ら魔力球に触れてみせた。

 来たる爆風に備えて身構えるも、魔力球が爆発することはなく、アーリィとエルビラの掌の間に挟まれたままとなっている。

 爆発物を押し付け合っているようにしか見えないけど、懸命に力を籠めるアーリィとは対照的にエルビラは余裕の微笑みを浮かべたままだ。


「お、まえ……!?」


「驚かれまして?」


 器用なものでしょうと口調だけは自慢げなのに、相変わらずエルビラの声からは何の感情も伝わってこなかった。

 見れば、エルビラの掌からは悪魔特有の漆黒の魔力が細い糸状に何本も伸びており、それらがアーリィの魔力球に絡み付いていた。


「まさか……直接干渉してるのか?」


『器用などと言う次元ではないぞ』


 俺達が驚いている間にも黒い魔力の糸はどんどん絡み付いていき、やがて魔力球を完全に覆い尽くしてしまった。


「うふふ、これでもうわたくしのモノですわ」


「チッ」


 即座に制御を取り戻すことを諦めたアーリィは、舌打ちと同時にエルビラの肩を蹴って後方に大きく飛び退いた。

 そんな彼女を逃すまいとエルビラは「受け取って下さいまし」と言って、未だ空中にあるアーリィ目掛けて奪った魔力球を投げ付けた。


「ちょぉ!?」


 自分で作った魔力球を投げられ、然しものアーリィも焦燥を露わにしたが、彼女の反応は流石の一言に尽きた。

 足場の存在しない空中で器用に身を捻り、オーバーヘッドの要領で迫る魔力球を蹴り上げたのだ。

 放物線を描いて飛んでいく魔力球は、少し前まで俺が居た見張り台の屋根に当たって爆発し、見張り台を含む城塔の上半分を木っ端微塵に吹き飛ばした。


「あっぶな……ッ」


 無事に着地したアーリィの頬を一筋の汗が伝い落ちていく。

 彼女でなければ、今の魔力球を防ぐことは不可能だったに違いない。

 投げ付けた張本人は、「まるで曲芸師のようですわね」と場違いな感想を口にしていたが……。


「一斉に掛かれぇ!」


 フレットの指揮に従い、距離を置いてエルビラを包囲していた部下の兵士達が一斉に攻撃を仕掛けるも、「無駄ですわ」の一言と共に広げられた翼の羽ばたきによって、接近することも叶わず、全員が元の位置よりも更に遠くまで押し戻された。

 魔力も何もない、ただの羽ばたきだけでこれかよ。


「クソッ、傷一つ付けられんとは!」


「これでもまだ力を制限されているなんて……!」


 俺に助け起こされたミシェルが腹立たしげに地面を叩き、ローリエも奥歯をキツく噛み締めている。

 そう、邪悪を退ける〈疑似神殿〉の効果が未だ健在であるにも関わらず、俺達はまるで歯が立たなかった。

 しかも明らかに手加減をされている。

 今のエルビラなら俺達全員を瞬殺出来る筈なのに、敢えてそれをしない理由は……。


「完全に遊んでやがる」


 そして遊ばれていることを悔しがるだけの余裕も俺達にはなかった。

 悲しいかな、今の俺達はエルビラによって生かされているも同然なのだ。

 あの女がその気になる前に、現状を打破するための手立てを考えなければならないのに……。


「くそったれ……!」


 逆転の一手が、抗う術が残されていないのだ。

 圧倒的な力の前には、下手な小細工など無意味に過ぎないと嫌でも思い知らされてしまう。

 諦めたくない。

 だが現実は何処までも非情だった。


「もう……げん、かいです……ッッ」


 懸命に祈りを捧げ、〈疑似神殿〉を維持し続けてきたユフィーだったが、遂に彼女にも限界が訪れた。

 白金の光が消失し、波にさらわれる砂の城のように仮初めの神殿が崩れ去っていく。

 同時にユフィーも崩れ落ちた。


「ユフィー!?」


 倒れたユフィーを慌てて抱き起こすも、既に彼女は気を失っていた。

 念のために口元へ耳を寄せれば、か細いながらもちゃんと呼吸をしていたので思わず安堵の息が漏れた。

 しかし、状況は更なる悪化を辿った。


「あぁ、ようやく身体が軽くなりましたわ」


 〈疑似神殿〉の束縛から解放された所為か、エルビラは何処か心地好さそうに息を吐きながら、「貴方には感謝しております」と細めた目をアウィル=ラーフへと向けた。

 飛び出すタイミングを窺っていたアウィル=ラーフは、「何言ってんだテメェは?」と怪訝そうにしている。

 殺そうとした相手から感謝されたら誰だって困惑するだろう。


「先程の術式は、術者本人の死によって発動するのですが、自殺では起動条件を満たせないのです。誰かに殺していただく必要があったのですけど……貴方のおかげで無事に術式が発動し、我が身を悪魔へと変えることが叶いました」


 ほとんど賭けでしたけど付け足すエルビラ。

 術者本人の死が発動条件。

 つまりあの時、アウィル=ラーフが手を出さなければ……。


「普通に皆様の勝利でした。取り押さえられたらどうしようかと、これでもわたくし必死でしたのよ?」


 ニッコリ笑顔を浮かべたエルビラの口から語られる真実。

 次の瞬間、エルビラに向けられていた敵意や殺意が全てアウィル=ラーフに向けられた。


「お前、このクソ阿婆擦れぇ……!」


「輪切りにしてやる」


「原型を留めないくらい殴ります。主に顔面を」


「磔にして矢の的にするの」


「知り合いに拷問とか得意な奴が居るんだよね」


 誰が何を言ったかは敢えて説明しない。

 全員の本気の殺意をぶつけられたアウィル=ラーフの口からは「ひっ!?」と短く悲鳴が漏れた。


「命を賭して……言葉通りだったって訳か」


「冗談とでも思われました?」


「ああ、負け惜しみか時間稼ぎだと思ってたんだけど、一杯食わされたよ」


「うふふふ、わたくしの演技も捨てたものではございませんわね」


「今のあんたは……悪魔なのか?」


 俺の疑問に対して、エルビラは自身の胸に手を置いた後、「仰る通り、今のわたくしは上級悪魔(グレーターデーモン)に等しい存在へと生まれ変わりました」と答えた。


「人智を超越した力を持つというのは、こういうことなのですね。人としての自分が如何にちっぽけで、愚かであったかを思い知らされる心地です」


 そう言って、エルビラは悪魔化した自らの身体を抱き締め、微かに甘さを含んだ吐息を漏らした。

 あれ程人間味の感じられなかったエルビラが自己陶酔している。

 人の身を捨てたことで、初めて人らしい感情を得られるとは、いったいどんな皮肉だろう。


「もう少しこの力を試したいところですけど、わたくしにはまだやるべきことがありますし、居なくなられたエリオルム殿下の動向も気になりますので、そろそろ終わりに致しましょう」


「んなこと言わずにもうしばらく付き合ってくれんかね? ついでにもっと手加減してくれると大変有り難いんだが?」


「うふふふ、お断り致します。特に貴方方は油断なりませんから」


 俺からの提案を朗らかに却下しつつ、エルビラは油断なく俺とアーリィに視線を飛ばしてきた。

 降って湧いたように力を得たのだから、もっと溺れて調子に乗っておけばいいものを、付け入る隙もくれないか。


「こいつはいよいよ……」


 万策尽きたかと諦め掛けた時、「いいえ、貴方にはまだまだ付き合ってもらいますよ」と後方に下がっていたジェイム=ラーフが声を上げた。

 その手には広げられた魔述巻物(スクロール)が握られ、中に記された魔法陣が明滅する度に魔力の粒子が踊った。


「ジェイム……」


「むざむざあの女の思い通りになるなんて、死んでも御免なんですよ!」


 常の平静さをかなぐり捨て、怒りを露わにするジェイム=ラーフ。

 持ち主の感情に呼応したかのように、魔述巻物(スクロール)から一際強い光が発せられた。

お読みいただきありがとうございます。


次回更新は11/21(月)頃を予定しております。

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