第16話 反省するなら飯を食え
前回のお話……ワンワンパニック
予定よりも早く更新出来ました。
「ふぃーっ、やっぱ労働後は風呂入って汗を流さんとなぁ。そうだよな婆さん?」
「ヒッヒッヒッ、分かってるじゃないか」
「……あの」
「やっぱり熱い湯に浸かった後は冷たいものが欲しくなるよな。そうだよな婆さん?」
「ヒッヒッヒッ、分かってるじゃないか」
「……ねぇ」
「という訳で果実水おひとつ下さいな」
「ヒッヒッヒッ、銅貨二枚だよ」
「……ちょっと」
「プハーッ、冷たい! 美味い! もう一杯!」
「ヒッヒッヒッ、銅貨二枚だよ」
「…………」
「プハーッ、冷たい! 美味い! もう―――」
「ねぇ! 聞いてってばぁ!」
どうも、薬草採取の依頼を受けた筈なのに、何故か途中から魔物討伐に仕事がシフトしていた深見真澄です。
今し方、少女の悲鳴染みた叫びが聞こえてきましたけど、別段緊急事態ではありませんのでご安心を。
ネーテの森で灰猟犬を退けた後、牡丹餅感覚で大量の薬草をゲットした俺とコレットは、日が暮れる前に街へ帰還し、依頼達成の報告を済ませた。
他の冒険者が全身土塗れとなっている俺とコレットの姿にヒソヒソと内緒話をする中、笑顔を絶やさず対応してくれたメリーは優秀な受付嬢だと思う。
「お疲れ様です。成果は挙がりましたか?」
「大量でございますとも」
受付から買い取り用のカウンターに移動し、採取した薬草を全部出す。
素材の買い取り等をお願いする場合は、こちらのカウンターで鑑定専門の職員さんに見てもらう必要がある。
最終的に俺が用意した革袋だけでは入り切らない程の量が手に入ったので、コレットが持っていた空の袋も借りた。
〈顕能〉さえ使えれば、態々借りる必要もなかったのだが、無闇に他人に見せるべきではないと判断したので使用は控えた。
採取した薬草は全部で百七十六株。全て問題なく買い取れるそうなので買取票を発行してもらった。
この買取票を受付に提出すれば、報酬や買取金をいただけるというシステムである。
一株で銅貨二枚。総額は銅貨三百五十二枚―――大銅貨三十五枚と銅貨二枚となった。
「どうぞ、お受け取り下さい。随分と集められたのですね。表層でこれだけ採取出来るのは珍しいですよ」
「まぁ、表層で手に入れた訳じゃないので?」
「はい?」
不思議そうな顔で小首を傾げるメリーさんはちょっと可愛かった。
「ちょっと説明しなきゃなんですけどね。その前に彼女は何の依頼を受けてたんですか?」
俺の背後に身を隠していたコレットを前に押し出す。
コラ、抵抗するな。
「あら? どうしてコレットさんがフカミさんと一緒に?」
「森の中で灰猟犬に囲まれてたのを見付けました」
「そうですか、灰猟犬に……って灰猟犬!?」
驚いたメリーが受付のカウンターから身を乗り出してくる。どうどう。
薬草採取から帰ろうとした際、少しだけ森の奥を覗いたらコレットが三匹の灰猟犬に囲まれていたこと。
不意を突くことで、何とか灰猟犬を退けたこと。
そこで大量の薬草を入手して街に帰還したこと。
簡単に経緯を説明し、灰猟犬討伐の証として、亡骸から取り出した魔石―――解体なんてもう慣れた―――を提出すると共に俺の魔石票の記録も読み取ってもらった。
俺が説明している間、コレットは一言も口を挟まずにずっと俯いていた。
そして説明を聞き終えたメリーから―――。
「何を考えているんですか!」
―――雷が落ちた。
俯いたままビクッと身体を震わせるコレット。
近くに居た他の冒険者たちも驚いている。
ちなみに俺もビックリした。
「コレットさん、説明して下さい。何故単独で森の奥まで入って行ったのかを」
「……」
「貴方が請けた依頼は『大蜘蛛の討伐』。大蜘蛛は森に入る手前や浅い場所でも出現する魔物ですから、無理に森の奥へ向かう必要はなかった筈ですね?」
俺は一匹も出くわさなかったけど……なんて口にしようものなら、お説教の矛先が俺にまで向きそうなので、沈黙を守ることにする。
「灰猟犬は臆病な魔物で、森の表層であればまず襲われることはありません。たとえ大規模な群れであったとしてもそれは変わりません」
コレットを取り囲んでいた姿からは想像もつかないが、灰猟犬は臆病な性格をしており、自分達の縄張りから出ることを極端に嫌う。
どうもネーテの森に生息する群れのほとんどは森の奥を縄張りにしているのか、表層部分まで出てくることは滅多にない。
出現するのは群れに馴染まないはぐれ者だけ。
反面、弱者を見分ける嗅覚だけは異常に優れているので、相手が自分よりも弱いと判断すれば普段の臆病さは鳴りを潜め、牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。
今回単独で縄張りに侵入して来たコレットは、奴らにとって格好の餌でしかなかった訳だ。
「私、言いましたよね? 絶対に無茶だけはしないで下さいって。新人の冒険者が単独で討伐依頼を受けて、そのまま未帰還……亡くなってしまう方が毎年どれだけの人数になるのかを知っていますか?」
「……ごめんなさい」
顔を俯けたままボソボソと呟くように謝罪するコレット。
家族や友人でもないのに、これだけ心配してくれるなんて逆に有り難いことだ。
今は素直に怒られておきなさい。
「今回は偶々フカミさんが助けてくれたからよかったものの、次も助かる保証なんてないんですからね。それとフカミさん」
「ん?」
お呼びですかな?
「貴方も貴方です。相手が三匹だけとはいえ、どうして一人で突っ込んだりしたんですか! ここ最近は灰猟犬の数が増しているんですよ。何処かに四匹目や五匹目が潜んでいたらどうするつもりだったんですか!?」
「ええっ、俺も!?」
何故か知らんが、功労者たる俺までメリーのお説教を受ける羽目になってしまった。
ほんの少し前まで浮かべていた笑顔はなんだったのか。
凄まじい剣幕で怒られて、ちょっとだけ泣きたくなった。
歳下の女性にガチ説教されるのは本当に辛かった。
しばらくしてメリーのお説教から解放された俺とコレットは公衆浴場まで足を運び、土塗れとなった身体の汚れを落としたのだ。
これが銭湯なら洗濯機と乾燥機があって服も洗えるのだが、流石にそんな都合の良い物は置いていなかった。
街中に洗濯屋ってないかしら?
「まあ食べんしゃい」
「……どうも」
そして現在はコレットとテーブルを挟んで席に着き、夕食を共にしている最中である。
場所は水鳥亭一階の酒場。
本日のメニューは以下の通り。
野菜と豆類が入ったスープ。
串焼きにされた肉。
黒パンとカットされたチーズ。
コレットを連れて戻って来た際、テーブルを拭いていた長女が「あんな小さな子を……」とか呟いていたけど、気にしてはいけない。
今も給仕をしながら、俺の方に不審げな眼差しを向けてくるも、決して気にしてはいけない。
「あの、お金……」
「いらんよ」
ヒラヒラと手を振りながらエールを呑む。
自分より一回り以上も歳下の子―――十五歳らしい―――に金を払わせる趣味はない。
誰だ、今ミシェルに金払わせてた奴って言ったのは?
あの時は本当に無一文で、払いたくとも払えなかっただけだい。
「なんで言わなかったんだ?」
「……何のことですか?」
スープに浸した黒パンを小さな口でチマチマと食べているコレットに訊ねる。
「大蜘蛛、出てこなかったんだろ?」
「……はい」
やはりそうか。
おかしいとは思っていたのだ。
俺が森の中を散策していた約二時間、魔物は一匹たりとて出てこなかった。
大蜘蛛なんて影も形もない。
コレットは俺よりも先に森に入っていたようだから、もっと長い時間探していたのだろう。
俺は薬草採取が目的だったから困ることはなかったけど、討伐が目的のコレットからすれば、歓迎すべからざる事態であった筈。
「言い訳にしかなりませんから」
そう言って、諦観したような力のない笑みを浮かべるコレット。
うぅむ、どうしたものか。
目の前に落ち込んでいる少女がいる。
しかし、どのように励ませば良いのかが俺には分からない。
下手な慰めなんて逆効果になりそうだし。
そもそも俺はこの異種族の少女のことを何も知らない。
同じ日に試験を受けたので同期と言えなくもないが、精々がその程度の関係なのだ。
そんな俺がこれ以上踏み込むのもなぁ。
「フカミさんは凄いですよね」
俺が顔には出さずに思い悩んでいると、コレットに初めて名前を呼ばれた。
自己紹介は既に終えている。
「凄いって、俺がか?」
はて、何かしたっけ?
串焼きの肉を齧りながら考えるも、特に思い当たることがなかった。
何の肉かは知らんが、ピリッと辛めな味付けが酒に良く合う。
「試験の時もそうでしたけど、昨日の講習会では質問されてもあっさり答えてましたし、今日だって一人で灰猟犬を二匹も倒して」
「横から不意討ちしただけなんだけど……」
「だとしてもですよ。あたしは怖くて、何も出来ませんでした」
自嘲するように声を漏らしたコレットは、食事の手も止めて俯いてしまった。
うむむむ……。
「メリーさん……受付さんも言ってたけど、焦らず薬草採取や雑事系の依頼をこなすんじゃ駄目なのか?」
「お金が必要なんです」
声量こそ普通だったものの、コレットはハッキリとそう返してきた。
俯いているので表情までは読み取れないけど、声からは確かな決意が感じられた。
これだけは譲れないと言わんばかりだ。
「駆け出しの冒険者に出来る依頼なんて限られていますけど、手っ取り早く稼ぐなら魔物討伐が一番ですから」
「そりゃまあねぇ」
薬草採取は歩合制。
その他の採取系や雑事系で得られるのは達成報酬のみ。
まぁ、採取系なら納める素材の状態次第で多少の色は付くやもしれんが、それだって微々たるものだろう。
討伐依頼の場合は、依頼達成の報酬以外にも魔石や素材を買い取ってもらえる。
何より強力な魔物の討伐に成功すれば冒険者として箔がつく。
「尤も初依頼からいきなり失敗しましたから、受注出来る依頼に制限が付くかもしれませんね」
そう、ギルドには依頼の受注を制限する権限があるのだ。
難しい依頼を明らかに達成不可能と思われる奴に任せる訳にはいかないのだから当然の権限ではある。
そしてその権限が行使されるのは専ら新人に対して。
無謀な行いを阻止するためだと考えれば納得も出来るが、今のコレットからすれば容認し兼ねることだろう。
「最悪、身体を売ることも考えましたけど、あたし小人族だから……」
こんなですしと呟きながら、若干悲しそうな目で自身の身体を見下ろすコレット。
敢えて何処とは言わないが、まっ平らである。
そういった趣味の人になら需要が……と口にするのは流石に止めておいた。最低過ぎる。
どうしたものかねぇ。
「一人じゃなかったら?」
「え?」
「一人じゃなければ普通に依頼は請けられんの?」
「請けられる……と思います」
「んっ、分かった」
決まりだな。
自分の中で結論を出してスッキリしたので、止まっていた食事を再開する。
肉串を頬張り、エールで流し込む。美味い。
「あの、いったい何を?」
「なぁに、ちょっとばかり俺にも思うところがあるってだけさ。ほれほれ、いいから食べんしゃい。明日も頑張るために英気を養うのだ」
「ムグッ」
何か言いたそうなコレットの口の中に肉串を突っ込む。
なんにしても明日になってからだ。
今夜はしっかり食って寝て、身体を休ませるとしよう。
―――給仕をしている長女が「お金……やっぱりあの子をお金で」とブツブツ呟きながら、完全に不審者に向けるような眼差しで俺のことを見ていたけど、絶対に気にしてはいけない。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は、土日辺りを予定しております。




