第33話 絶望の微笑み
前回のお話……今度こそ勝利かと思いきや
(ア ゜Д゜)死ねぇい!
(エ ゜Д゜)神よー
アウィル=ラーフの手にしたナイフがエルビラの首を斬り裂き、舞った鮮血が中空を赤く彩った。
力を失った女の身体が崩れ落ちていく。
直後、暗色の光を帯びていた右目から漆黒の魔力が……否、闇そのものが溢れ出し、エルビラの身体を呑み込んだ。
「うおっ!?」
巻き込まれそうになったアウィル=ラーフが慌てて距離を取るも、闇は逃げた獲物を追うように、その範囲を徐々に広げていく。
アレに触れてはならない……!
「逃げろ!」
叫ぶや否や、俺は闇に背を向けて走り出し、みんなもそれに続いた。
「すみません。わたくし動けませんので、何方か……」
「世話の焼ける人ですね!」
途中、自力で動けないユフィーはローリエが―――小脇に抱えるように―――拾い、走るのが苦手な長瀬さんはミシェルがお姫様抱っこで運んだ。
ある程度走ったところで振り向けば、どうやら速度自体はかなり遅いようで、思った程に闇の範囲は拡大していなかった。
だが闇は〈疑似神殿〉の発する光を侵食し、確実に成長している。
「何か食い止める方法は……」
思考を巡らせようとした時、ローリエに抱えられたユフィーが両手を握り合わせ、目蓋を下ろした。
「『まつろわぬ者、心卑しき者、邪悪なる魂よ、疾く去れ。此処は神の宮なるぞ』」
ユフィーの唇から紡がれる祈祷の文言。
祈りによってその輝きを増した聖なる光は、闇の侵食を停滞させ、それ以上の拡大を阻止することに成功した。
食い止めることが出来た事実に一先ず安堵しつつ……。
「ア〜ウィ〜ル〜?」
こんな事態を招いた下手人を問い詰めることにした。
アウィル=ラーフの胸倉をガッチリ掴んで引き寄せ、額がぶつかるのも構わず睨め付ける。
引っ張った際に「ピッ」と変な声が聞こえたけど、知ったことではない。
「テメェはよぉ、なぁにしくさってんだコラ?」
「だ、だってまたなんかしようとしてたし……」
「だからっていきなり殺っちまう馬鹿があるか! 考え無しはウチのミシェルさんだけで充分なんだよ!」
「え、私貶された?」
私ってそんなに考え無しかなと若干涙目になっているミシェルのフォローはローリエとエイルに任せるとして、俺はアウィル=ラーフを絞り上げることに専念した。
「テメェの所為であの女から情報引き出せなくなったじゃねぇか! どうすんだよ! 責任取れや、このクソ阿婆擦れ!」
「あ、阿婆擦れじゃねぇし……」
「テメェみたいなドアホは阿婆擦れで充分だ! もういい死んで詫びろ!」
ライフルの銃口をアウィル=ラーフの顎に押し付け、引き金に指を掛ける。
俺が本気だと気付いたアウィル=ラーフが顔色を変え、同僚に助けを求めた。
「ちょっ、ジェイム! こいつ止めてくれ!」
「やれやれ。マスミさん、気持ちは分かりますけど、少し落ち着いて下さい」
「あ? 邪魔すんならテメェも殺っちまうぞコラ」
「だから落ち着いて下さいってば。今その子を殺っても事態は好転しません。むしろ戦力が減るだけです。この場を乗り切ったら煮るなり焼くなり売るなり好きにして構いませんから、今は堪えて下さい」
意外にも素直に救援要請に応じたかと思えば、その発言は助け舟からは程遠い内容だった。
問題の先送りというよりも完全に匙をブン投げているジェイム=ラーフに「売るってなんだ!」とアウィル=ラーフが噛み付くも、取り合ってはもらえなかった。
『主らいい加減にせんか。こんな時に―――』
ふざけるでないわとニースが言い掛けた時、『ドクンッ』とまるで心臓の鼓動のような音が聞こえてきた。
音の発生源は……闇。
〈疑似神殿〉によって抑え込まれていた筈の闇が再び動き出すべく胎動を始めたのだ。
「く、うぅぅ……ッ」
途端にユフィーの表情が険しさを増した。
〈疑似神殿〉を維持しながら闇の侵食を抑え込むのは、俺達が思ってる以上に大きな負担となって彼女の身を蝕んでいる。
もしこの状況でユフィーが力尽き、〈疑似神殿〉が消えてしまったら一巻の終わりだ。
「くそったれ! ニース、あの闇はいったい何なんだ!?」
『おそらくじゃが、根本的には人間を悪魔へと変貌させた黒い魔力と同じものじゃろう。問題なのは、その質と量が桁違いということじゃ。これまで相対してきた悪魔共とは比較にならぬ』
「ならこっちも強力な魔力をぶつければ干渉出来るのか?」
『理屈としてはそうなるが、アレに干渉出来る程となると……』
「どいて!」
緊迫感を含んだその声は、まさかのアーリィが発したものだった。
彼女の両手の間には、バチバチと青白いスパークを放つ光の玉―――魔力の塊があった。
見間違う筈がない。
地下道で下級悪魔を倒す際にも使った魔力球。
あの時よりも更に高密度に圧縮された魔力球をアーリィは……。
「こいつで……消し飛べぇ!」
闇に目掛けて蹴り飛ばした。
地面と水平に飛んでいく魔力球。
胎動を続ける闇とアーリィの魔力球がぶつかり、直後に大爆発が起きた。
元々距離を取っていたおかげで、吹き飛ばされるようなことはなかったものの、それでもかなりの圧を伴った爆風が俺達の方にまで届いてきた。
下級悪魔を倒した時とは比較にならない規模の爆発。
これならあるいはという俺の淡い希望は―――。
「乱暴な方ですわね」
―――あっさりと砕かれた。
煙と粉塵のカーテンが払われた先に立っていたのは、既に死んでいる筈の……死んでいなければおかしい筈の女。
「エルビラ……!」
闇に呑み込まれ、そのまま命を落としたと思っていたエルビラ=グシオム。
その姿は、闇に呑み込まれる前から大きく様変わりしていた。
長い黒髪と同色の瞳。
美しい顔に女性としては長身で、抜群のプロポーションを誇る肢体はそのままだったが、身に付けていた法衣は切れ端一つ残さず消え去り、完全な裸体を晒していた。
肌面積の大部分は漆黒―――金属的な光沢と質感を思わせる悪魔の肌に変わっている。
背中からは蝙蝠の如き四枚二対の黒翼が生えており、そのサイズは一枚一枚がエルビラの全身を余裕で覆い隠せる程に巨大なものだった。
更に額には金色に輝く第三の目―――邪神の眷属の証があった。
半悪魔化とでも言えばいいのだろうか。
人間的な部分を残しつつも、その身は最早完全なる人外。
これまで目にしてきた悪魔のように化物染みた姿ではないものの、その身から発せられるプレッシャーと魔力はどの悪魔とも比較に……否、次元が違った。
邪悪を退ける〈疑似神殿〉の効果圏内にあっても平然と立ち、アーリィ渾身の魔力球を喰らっても無傷。
……勝てる未来が想像出来ない。
「さあ、始めましょう。命を賭した最後の戦いを。死力を尽くして存分に殺し合いましょう」
―――絶望が微笑んだ。
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次回更新は11/14(月)頃を予定しております。




