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迷える異界の異邦人(エトランジェ) ~ アラサー警備員、異世界に立つ ~  作者: 新ナンブ
第9章 第3節 アラサー警備員、異国を巡る 〜激情編〜
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第31話 立ちなさい 〜何度挫けても〜

前回のお話……神殿パワー

(神 ゜Д゜)祈れー

(ユ ゜Д゜)祈りまーす

 未だ戦いは続いている。

 漆黒の悪魔を討ち倒すべく奮闘する戦士達。

 大地と神殿が発する光に身を灼かれながらも抵抗を続ける悪魔。

 白金の光の中で繰り広げられる人と悪魔の戦いは、何処か幻想的ですらあった。

 本来なら目を奪われて当然の光景なのに、僕の心が躍ることはなかった。


「テレンシオ……」


 血を分けた実の弟。

 愚かにも父である国王と共に邪神教団の企みに加担し、民を苦しめ、国を混乱に陥れた。

 テレンシオなりの考えがあったのだとしても、犯した罪は決して赦されるものではない。

 父と弟を始め、此度の悪事に加担した全ての者を裁き、この悲劇を終わらせる。

 そのために僕は、覚悟を決めて王都に帰還したというのに……。


「どうして、こんな……!」


 テレンシオは僕の目の前で人ならざる者―――悪魔へと堕とされた。

 結局、弟は利用されていただけ。

 首謀者たるエルビラ=グシオムの掌の上で踊らされているに過ぎなかった。

 その末路に人間としての尊厳を奪われ、存在そのものを変えられてしまった。

 和解出来るなんて都合の良いことは、最初から期待していない。

 せめて自らの過ちを認め、罪を償ってほしい。

 そんな僕の望みは、最後に別れの言葉すら交わすことなく絶たれてしまった。

 もう二度と弟に会うことは出来ない。

 僕はいったい何のために此処まで来たんだ。


「殿下、お気を確かに」


 敢えて戦闘には参加せず、近くで護衛に徹していたゼル爺が僕を気遣うように声を掛けてきた。

 フレットや他の兵士達も心配そうに僕を見ている。

 臣下に心配ばかり掛けて、本当に僕は駄目な主だ。

 こんな無様な人間が、一国の王太子だなんて笑ってしまう。


「こんなに不甲斐無い兄では、弟に愛想を尽かされるのも当然ですね」


「殿下っ、何を仰るのですか」


 あれだけ偉そうなことを並べ立てておきながら、結局またこうして無様な姿を晒している自分に対しての呆れ。

 弟を救えなかった後悔と喪失感。

 感情がぐちゃぐちゃになり、思わず自嘲するような呟きが漏れてしまった。

 ゼル爺やフレットが励まそうとしてくれるも、今の僕にはまるで取り繕われているようにしか感じられなかった。

 何もかもが空虚で、どうでもいい。


「もう僕に出来ることなんて……」


 何も無い。

 そう言い掛けた時、「この期に及んでまぁだウジウジしてんのか、テメェは」と呆れるような声が背中に届いた。

 後ろを振り向けば、見張り台から地上を援護していた筈のマスミ=フカミがそこに立っていた。


「無事……だったのですね」


「今の俺の何処が無事っぽく見えるんだよ。魔力使い過ぎて頭は痛ぇし、気持ち悪いし、おまけに血は吐くし」


 最悪だよと吐き捨てる彼の姿は、確かに無事と言うには憚られる状態であった。

 胸元からお腹に掛けて大きく、あるいは腰から下へ飛び散るように付着した赤黒い汚れの目立つ衣服。

 本人はあまり深刻そうにはしていないけど、その汚れの範囲から相当量の吐血であったことは間違いない。

 現にマスミ=フカミの顔色は健常者のそれではなく、完全に血の気が失われて蒼白となっていた。

 彼は不機嫌そうな表情を浮かべながら、僕を見下ろし「ウジウジしてねぇで、さっさと立て」と突き放すように告げてきた。


「……まだ僕に立てと言うのですか?」


「たりめぇだ。むしろテメェの仕事はこれからだろうが」


「彼女達なら悪魔もエルビラも倒せます。それで解決で良いじゃありませんか。これ以上、僕に出来ることなんて……」


「解決な訳あるか。今回の件はテメェが国王(オヤジ)に直接会って、決着(ケリ)付けなきゃ終わらねぇんだよ。分かったらさっさと立て。んでさっさと次の王様になれ」


 突き放すような態度はそのままに、マスミ=フカミは僕に早く立てと繰り返してきた。

 人の気も知らないで……!


「嫌です」


「あ?」


「嫌だって言ったんです。もう僕は何もしたくありません」


「ガキじゃあるまいし、駄々こねてんじゃねぇよ。テメェを此処まで連れて来んのにどんだけ苦労したと思ってんだ」


「貴方には理解出来ませんよ。僕の気持ちなんて」


「んなもん本人にしか分かる訳ねぇだろ。ってかお前の気持ちなんてどうでもいいんだよ」


 いいから立てとマスミ=フカミは僕の腕を掴み、無理矢理立たせようとした。

 僕は反射的に掴まれた腕を振り払った。


「弟が悪魔にされたんですよ!」


「……」


「僕の目の前で、テレンシオが悪魔にされたんだ! 死んだも同じ。もう帰って来ない! 平然としていられる訳がないだろう!?」


 感情のままに叫ぶ僕を前にして、ゼル爺やフレット達は皆一様に驚きの表情を浮かべていたが、マスミ=フカミだけは僅かに目を細めただけだった。

 むしろ詰まらなそうに鼻を鳴らすと「で?」と訊ね返してきた。


「弟が悪魔になったから何なんだ? それだけのことやらかしたんだから当然の報いだろ?」


「なっ!?」


「むしろ素直に死んでくれた方が遥かにマシだったわ。利用してたつもりが、実際は自分が利用されてただけ。おまけに何処で呪物仕込まれたのか、悪魔にまでされて……マジで救いようのねぇ馬鹿王子だったな」


「この……ッ!」


 テレンシオを馬鹿にされてカッとなった僕は、立ち上がると同時にマスミ=フカミに掴み掛かり、彼が着ている服の胸元を両手で締め上げた。


「弟を……テレンシオを侮辱するな!」


「あんだけ馬鹿やった奴のことをまだ庇うとか、お前の頭も大概だな」


「うるさい!」


 僕がどれだけ強く締め上げてもマスミ=フカミは苦しそうな様子も見せず、ただ疲れたように「馬鹿なのは兄弟揃ってか」と嘆息するだけだった。

 その態度がまた僕の神経を逆撫でし、両手に更なる力を籠めさせた。


「結局、お前も口だけだったな」


「何を―――」


 言っているんだと最後まで口にすることは出来なかった。

 頬に強い衝撃を感じた時には、地面に倒れ込んでいたから。


「殿下!?」


「マスミッ、何ということを……!」


 ゼル爺とフレットが血相を変えている。

 殴られたと気付くのに時間は掛からなかった。

 次いで何故という疑問が頭の中を占めたが、そこに思考を割く暇も、殴られた痛みに呻く暇も僕には与えられなかった。

 顔を上げた時には、マスミ=フカミの手に握られた武器―――黒い銃が僕の額に突き付けられていたから。


「お前さぁ、何のために此処まで来たの?」


「それは……父達の暴挙を止めて、国を正すために」


「でも結局止めるんだろ? 弟が悪魔になって悲しいから何もしたくないんだろ? 態々国民の前で宣言したのに諦めるんだろ?」


「そんな、ことは……」


「言ったじゃん。何もしたくないって。だったら―――」


 ―――お前が生きてる意味なんてねぇよな。

 ゾッとする程の冷たい声音に背筋が震えた。


「耳障りの良いこと言ってるだけで、実際はお前も弟や父親と同じだよ。見て見ぬ振りで国民を苦しめた。そして今また責務を放棄して、国民を裏切ろうとしている。そんな王族に生きてる価値なんてあるのか?」


 淡々と告げられる内容は全て事実であり、僕は何も言い返すことが出来なかった。


「どうせ親父を前にしたところで、また逃げ出して終わるだけだ。だったらお前なんてもう要らねぇよ。俺がこの場で引導くれてやる。あの世で弟と仲直りしてきな」


 そう言って、マスミ=フカミは俯いた僕の頭に銃口を押し付けてきた。

 死に対する恐怖を感じると共に何故だか安堵している自分もいた。

 そうだ、今更僕に出来ることなんて何も無い。

 現実から目を逸らし、ずっと逃げ続けてきた。

 たった一人の弟も救えなかった僕に生きている価値なんて有るのか。

 彼に殺されれば、この苦しみから解放されるかもしれない。

 ならば受け入れて楽になろうと静かに目蓋を下ろそうとした時、再び頬に衝撃を受けた。

 またもや倒れた僕をフレットが慌てて助け起こしてくれた。


「な、何故……?」


「お前、死ねば楽になれるとか考えたろ?」


 図星を突かれて表情を強張らせる僕を見下ろすマスミ=フカミは、不快そうに表情を歪めると「ざけんな」と吐き捨てた。


「身内の不始末も片付けずに死んで楽になろうなんざ許さねぇ。どうしても死にたきゃ、全部終わってから一人で勝手に死ね」


 そこまで言い終えるとマスミ=フカミは片手で僕の服の胸元を掴み、グイッと強い力で引っ張った。

 お互いの額がぶつかりそうな距離から睨み付けてくる彼の瞳に、情けない表情を浮かべた僕が映り込む。


「お前、弟のことが大切だったんだろ? 少しは無念を晴らしてやろうとか思わねぇのか?」


「そんなこと、僕に何が出来ると―――」


「出来るかどうかじゃなくて、やるかやらないかだよ!」


 今にもぶつかりそうだった額が本当にぶつけられた。

 マスミ=フカミは、その黒い瞳の中に激情の炎を燃やしながら―――。


「テメェにも意地が有るなら、弟のことを本当に大切に思っていたなら、あの女に一泡吹かせてやるくらいの気概を見せてみろってんだよ! 男だろ、エリオルム・キューズ=テッサルタ!」


 ―――僕の心を揺さぶった。

 言いたかったことを全て言い終えたマスミ=フカミは、掴んでいた手を離すと、尻餅をつく僕の横をさっさと通り過ぎてしまった。


「あとは自分で決めろ」


 最後に届いた台詞だけは、思いの外優しい声音で、僕を更に戸惑わせた。


「僕の意地……」


 生の感情とでも言うのだろうか。

 それらを真正面からぶつけられ、僕は半ば混乱していた。

 結局、彼は僕に何を求めているのだろう。

 立ち上がることも、答えを出すことも出来ずにいる僕の耳に「あそこまで言われて、貴方はまた下を向くのですか?」という声が届いた。

 何処か悲しそうな響きを含んだその声は、僕が最も聞き慣れ、信頼している者―――ロアナの声。

 僕の専属侍従であり、幼い頃から共に居てくれた。

 僕にとっては姉のようでもあり、母のようでもあり、テレンシオと同じかそれ以上に大切な存在。

 そんな彼女が怒りと悲しみが綯い交ぜになったような表情で、僕を見詰めている。


「貴方は覚悟を持って此処に来たのではなかったのですか? 民の前で誓ったあの言葉は嘘だったのですか?」


「う、嘘なんかじゃない。僕は本当に……!」


「ですが現実として、貴方はそうして立ち上がることなく、一人悲しみに打ち拉がれている」


 ロアナはスカートが汚れるのも構わず、僕の前に跪くと、そっと頬に手を伸ばしてきた。


「弟君を失って悲しいのは当然です。その悲しみが私などには想像も付かない程、深いものであることも承知しております。でも……今貴方が諦めたら、本当に何もかもが無駄になってしまいます」


「……ロアナ」


「テレンシオ様は邪神教団に利用され、その命を無為に散らしたことになる。それを貴方は許せるのですか?」


「僕、僕は……」


「言葉なんて飾らなくていい。立場なんて気にしなくていい。貴方の正直な気持ちを聞かせて下さい、エル」


 僕の目を真っ直ぐ見詰めながら、ロアナは子供の頃以来、ほとんど呼ばれることの無くなった愛称で僕を呼んだ。

 僕の正直な気持ち。


 ―――必要以上に強気に振る舞い、自らを大きく見せようとする様は……実に滑稽でした。


 ―――弟のことを本当に大切に思っていたなら、あの女に一泡吹かせてやるくらいの気概を見せてみろってんだよ!


 エルビラ=グシオムとマスミ=フカミ。

 両者の言葉が脳裏をよぎると同時に僕の胸中に湧き上がってきたのは、悲しみを塗り潰す程の悔しさと怒りだった。


「僕は……僕は悔しいッ」


「エル」


「この国を狂わせた邪神教団が、テレンシオを奪ったエルビラ=グシオムが……僕は憎い! 絶対に許さない!」


 胸の内の怒りを全て言葉にして吐き出す僕を見て、ゼル爺やフレット達がギョッとしたように驚く中、ロアナだけは「ようやく本音を聞かせてくれましたね」と微笑みを浮かべ……たと思った次の瞬間には、その細い眉を吊り上げていた。


「ならば己が為すべきことは既に分かっているでしょう。グズグズしている暇はありません。シャンとなさい、エル!」


「え、あの、ロアナ?」


「早く立ちなさい!」


「はい!」


 怒鳴られ、反射的に僕は立ち上がった。

 ロアナが僕のことをエルと愛称で呼ぶのは、親愛の証であると同時に叱り付ける時でもあるのだ。


「えっと……取り敢えず僕はロアナと一緒に向かいますので、ゼル爺とフレットにこの場はお任せします」


「はぁ、それは構いませんが……」


「すっかり尻に敷かれておりますな、殿下」


「……言わないで下さい」


 自覚は有るので。

 何とも言えない微妙な表情を浮かべるゼル爺達と羞恥で顔を赤くする僕のことなどお構い無しに、普段通りの平静な面持ちに戻ったロアナが「早く行きますよ」と促してくる。


「あ、ちょっとだけ待って下さい」


 僕は離れた所から戦況を見守っているマスミ=フカミの背に向けて「ありがとう!」と声を飛ばした。

 彼が居なければ、僕はきっと立ち上がることが出来なかったから、せめて感謝だけでも伝えたかった。

 全てを終えたら、もう一度感謝の言葉を送ろう。

 そして怒鳴ってしまったことを謝ろう。


「行ってきます!」


 最後にもう一言だけ声を張り、僕はロアナを伴って宮殿へと急いだ。

 走り際、背を向けたまま手を振ってくるマスミ=フカミの姿が視界の端に映った。

お読みいただきありがとうございます。


次回更新は10/31(月)頃を予定しております。

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