第16話 王都攻略 ~王太子帰還~
前回のお話……右目ピカッ
(エル ゜Д゜)キラーン
(真 ゜Д゜)なんか光った
―――side:ミシェル―――
「エリオルム王太子殿下のお通りである! 何人たりとも阻むことは許さん! 疾く道を開けよ!」
先頭を歩くエリオルム王子のすぐ傍に立つフレット殿が手にしたサーベルを高く掲げ、声を張り上げる。
その声と気合、何よりも毅然とした姿で歩くエリオルム王子に気圧された兵士達が一歩また一歩と後退し、やがて諦めたように槍を下げ、左右に分かれていく。
抵抗の意思を示す者も中にはいたが、それすらも「痴れ者が! 斬り捨てられたくなければ退け!」というゼルジオ殿の気迫に負け、結局は道を譲ることとなった。
困惑した兵士達は誰一人として、エリオルム王子の歩みを止めることが出来ない。
やがて……。
「まさかこうも簡単に辿り着けてしまうとは」
「喜ぶべきなんでしょうけど、なんだか複雑な気分ですね」
「肩透かし~」
「大変素晴らしいことです。人生楽だけ苦無しが一番でございます」
「お前はもっと苦労するべきだ」
私とローリエとエイルの三人が微妙な表情を浮かべているのに対して、ユフィーだけは賭けに買った時のようなホクホク顔を浮かべていた。
この生臭神官め!
いつか性根を叩き直してやる。
「今は彼女の性格を矯正している場合ではありませんよ。目の前のことに集中しましょう」
「言われなくても分かっている」
大きく息を吐き出して気持ちを切り替えた後、私は改めて眼前の威容を見上げた。
テッサルタ王国の中枢―――白亜の居城ヴァンナッシュ城。
城下町の広場を出発してから僅か十数分。
妨害らしい妨害を受けることもなく、私達は目的地へと辿り着いた……辿り着いてしまった。
此処に至るまで一度として戦闘は起きなかった―――私は剣を抜いてすらいない―――ので、負傷者は一人も出ていない。
進行を食い止めようと立ち塞がってきた兵士達は、先程のようにフレット殿あるいはゼルジオ殿に一喝されて道を開けるばかり。
今も遠目からこちらの様子を窺ってはいるものの、襲ってくるような気配はなかった。
彼らもどうすればいいのか分からないのだろう。
当然だ。彼らが槍を向けようとした相手はエリオルム王子。
次期国王たる第一王子なのだ。
国家に忠誠を誓った兵士達が敵対出来る筈もない。
「そういう意味では、兵士達はまだまともな状態なのか」
「人としての良心と国家への忠誠心の板挟みになっているんでしょうね」
「悪いのはぁ、上の人達とぉ、邪神教団~」
フレット殿らに守られたエリオルム王子は、静かな眼差しで巨大な城門を見上げていた。
自らが生まれ育ち、一度は捨てた場所。
今、彼の胸中にはどのような思いが渦巻いているのだろう。
「……本当に帰ってきたのですね」
「殿下、お辛いでしょうが―――」
「大丈夫ですよ、ゼル爺」
厳しい顔を心配そうに曇らせるゼルジオ殿に対して、エリオルム王子は「僕は大丈夫です」と微笑を浮かべてみせた。
ここ数日、思い詰めた表情ばかりで、笑うことなどなかったエリオルム王子が見せた自然な笑顔に護衛の誰もが声もなく驚いていた。
空元気などではない。
全てを受け入れ、覚悟を決めたからこそ浮かべられる、ある種の余裕を含んだ笑み。
エリオルム王子は、たった数日でこれ程の成長を果たしたのだ。
「ようやくここまで来たのです。今更怖気付いたり……」
「殿下?」
「ごめんなさい。やっぱり少し怖いです」
でもと一拍置き、エリオルム王子は再び城門を見上げた。
「もう逃げません。皆に約束もしました。僕は自分の罪……王族としての責務を果たすと」
「坊ちゃま、本当にご立派になられて……」
傍らに立つロアナ殿が眩しいものを見るように目を細め、エリオルム王子は気恥ずかしそうに「坊ちゃまは止めて下さいよ」と頭を掻いた。
確かに成人している一国の王子を坊ちゃま呼ばわりは不適切かもしれないが、それだけこの二人の間柄が親密である何よりの証拠とも言える。
きっとロアナ殿は、幼い頃から王子を支え、その成長を間近で見守ってきたのだろう。
エリオルム王子を見詰める彼女の瞳は、慈愛の念に満ちていた。
「ロアナさん、嬉しそうですね」
「そうだな。あのような顔も出来たのだな」
「大事な人がぁ、立派になった姿を見るのはぁ、やっぱり嬉しいの〜」
その点は私にも理解出来た。
マスミが強くなってくれると私も嬉しい。
でも追い付かれると悔しいし、ちょっと寂しいので私も頑張ろう。
「よし、素振りの回数を倍にしよう」
「なんで今このタイミングで言い出したのかは分かりませんけど、間違いなくやり過ぎですから止めて下さい」
今だって多過ぎるくらいですとローリエから注意されたが、何が駄目なのかよく分からん。
千回の素振りを二千回にするだけなのに……。
「お話し中のところを悪いんだけど、そろそろ動くみたいよ」
近くに寄ってきたヒトミ殿の声に促され、私達は会話を中断し、エリオルム王子らの方に向き直った。
ユフィーだけは「もっとゆっくりしてもよろしいのでは?」などと戯けた発言をしていたので、首根っこを掴んで無理矢理向き直らせた。
「ミ、ミシェル様……わたッ、わたくしの首が、引っこ抜けてしまいます……!」
「この程度で引っこ抜けたりしないから安心しろ」
割りと必死な形相でパンパンと私の手を叩いてくるユフィーだったが、反省の意味も兼ねてしばらくこのままでいよう。
そうしている間にエリオルム王子は三度城門を見上げ、「行きましょう。全てを終わらせるために」と緊張混じりの声で宣言した。
「門を開けよ! エリオルム王太子殿下のご帰還である!」
再びサーベルを掲げたフレット殿が声を張り、城門を開放するよう呼び掛ける。
無論、素直に開けてくれるなどとは思っていない。
「エイル、頼んだぞ」
「お任せ〜」
言うが早いか、エイルは矢筒から引き抜いた〈爆裂式魔鋳矢〉を弓に番え、いつでも放てるように構えた。
もしも城門が開かなかった場合は、〈爆裂式魔鋳矢〉で破壊し、力尽くで入城を果たす。
その旨は王子らにも伝えてあり、既に許可も貰っている。
ここまでやっているのだ。
城門の一つや二つを破壊したところで、今更大した違いはあるまい。
それに上手くいけば、これだけで敵の戦意を相当削ぐことが出来るかもしれない。
「どうせやるなら派手にやった方が良い」
「わたし達の思考も大分マスミさんに寄ってきましたねぇ」
「ねぇねぇ、そろそろいいかな〜?」
「そうだな。いつまでも待っていたところで始まらん」
見れば、ゼルジオ殿やフレット殿も頷いている。
彼らに頷きを返した後、私はエイルに城門の破壊を指示しようとしたのだが……。
「あれ〜?」
閉じられていた筈の城門が重苦しい音を立てながらゆっくりと開かれていったのだ。
まさか向こうから開けてくれるとは考えてもいなかったので、これには流石に面食らってしまった。
〈爆裂式魔鋳矢〉を放つ気満々だったエイルに至っては、微妙に頬を膨らませている。
私達の予想に反して開かれた城門。
その先に広がっていたのは、まるで絵画のように整えられた美しい中庭。
そして広大な中庭の中心には―――。
「これはこれは兄上、お久し振りです。まさか帰ってこられるとは思いませんでしたよ」
―――エリオルム王子によく似た顔立ちの男が待ち構えていた。
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