第14話 王都攻略 〜危険な足癖〜
前回のお話……またもや地下通路
(ニ ゜Д゜)魔力の気配
(真 ゜Д゜)なんか光った?
王城へ繋がる地下道。
照明だけでは見通すことの叶わない暗がりの奥で、微かに光が瞬いた。
その直後、俺にも感知出来る程に濃密な魔力の気配が、目に見える形となって現れた。
緑の粒子を伴い、進むべき道の先から迫り来る風の砲弾―――〈風撃〉。
エイルの最も得意とする魔術。
唸りを上げる烈風が侵入者に牙を剥く。
「クソ!」
素早く視線を左右に飛ばすが、然して広くもない地下道では、動けるスペースにも限りがある。
回避を諦めた俺は、腰からナイフを引き抜くと同時に魔力を流し込んだ。
こんな空間で〈魔擲弾〉を使う訳にはいかない。
〈魔力付与〉を施したナイフで魔術を迎撃する。
ジェイム=ラーフも同じ腹積もりなのか、外套の中に隠していた直剣を取り出して構えた。
……本当に出来るのか?
魔力の刃で正確に〈風撃〉を捉え、正面から斬り裂くなどという芸当が俺に可能なのだろうか。
集中力が高まっていくのと比例するように焦燥感までもが募っていく。
だが俺の焦りなど関係なく、悪意の風は眼前に立ち塞がっているのだ。
「やるっきゃねぇ!」
儘よと半ばヤケクソ気味に前へ大きく踏み込み、ナイフを握る右手を振り被ろうとした時―――。
「危ないなぁ」
―――気負いも緊張も一切感じられないアーリィの声が耳に届いた。
彼女は変わらぬ足取りで前に出ると、トンと地面を蹴って軽やかに跳び、迫る烈風の前へと躍り出た。
荒ぶる風の砲弾がアーリィを直撃し、彼女の身体をバラバラに引き裂く。
俺の意思とは関係なく、脳裏に勝手に浮かんだ光景は、しかし現実になることはなかった。
「そぉれっと」
やはり緊張感のない声音と共に空中で右脚を大きく振り上げるアーリィ。
彼女の右脚と〈風撃〉が正面からぶつかった直後、パァンッという風船が割れるような破裂音が響き、周囲に突風が吹き荒れた。
「うわっぷ!?」
突然の強風。
地下道内に積もっていた塵土が舞い上がり、咄嗟に両目をキツく閉じた。
被っていた戦闘帽が飛ばされないように上から手で押さえ付け、反対の腕で顔面をガードする。
そうして風をやり過ごした後、目を開けて最初に見えたものは、何事も無かったように立つアーリィの姿。
俺の方は舞い上がった塵土を浴びたことで服は汚れ、破裂音の所為で耳の奥が僅かに痛むものの、それ以外に被害らしきものはない。
「ジェイム、無事か?」
「ええ、少しばかり汚れましたけど」
「あと耳が痛ぇ」
ジェイム=ラーフとアウィル=ラーフも無傷。
こちらを振り返ったアーリィは、全員が無事であることを確認すると、「いやぁ、びっくりしたねー」と笑い掛けてきた。
台詞とは裏腹に全然びっくりしているようには見えない。
むしろ俺は魔術で攻撃されたことよりも、それを難無く防いでみせた彼女に驚いている。
アーリィは自らの脚で魔術を蹴り砕いた。
どのような手段を用いたのかは不明だが、少なくとも俺には普通に蹴ったようにしか見えなかった。
先程の破裂音や突風は、砕かれた〈風撃〉の余波みたいなものだろう。
無論、通常攻撃で魔術を破壊出来る筈もなく、蹴りに行った脚の方こそ大怪我を負うのが普通だ。
「実は何処ぞのチームのエースストライカーだったとか?」
「なんのこと?」
サッカーの経験は無さそうである。
なんて緊張感の欠けたやり取りをしている間に〈風撃〉の第二射が迫っていたのだが……。
「もう、鬱陶しいなぁ」
振り向きざまに放たれたアーリィの後ろ回し蹴りが、今度も風の凶弾を防いでくれた。
まるで小蝿でも払うかのようにあっさりやってのけているけど、払っているのは小蝿ではなく魔術だ。
ミシェルの〈ロッソ・フラメール〉やローリエの〈魔爪〉ならいざ知らず、彼女は一発の蹴りだけでそれを成している。
「マジで何者?」
「さぁて、何者でしょう?」
揶揄うような口調と笑みで質問をはぐらかしたアーリィは、笑みだけはそのままに、だが油断のない眼差しを通路の奥に向け、「そんな遠くからチマチマやっても無駄だよ?」と今も暗がりに潜んでいるだろう襲撃者へ呼び掛けた。
「その程度の魔術、ボクには通じないよ。隠れるのは止めて、そろそろ出てきたらどうだい?」
襲撃者からの応えはなかったが、彼女は構わずに呼び掛け続けた。
何の応答もないまま十秒程経った頃、ジャリッと地面を踏む音が聞こえてきた。
一定間隔で聞こえてくる足音。
やがて通路の奥から姿を現したのは、一人の青年。
年齢は二十代前半。中肉中背の普通体型。
クセのない黒髪と同色の瞳。
初対面ながら、その青年からは他人を見下すような印象を受けた。
そして抱いた印象は正しかったと、すぐに知れることとなった。
「このオレの手を煩わせやがって、野蛮なド低能共が」
本人の口から語られる堂々の見下し宣言。
おまけに口も悪い。
イイ歳した大人が情けない。
『人のことは言えんじゃろ』
「失礼な」
「マスミさん、取り敢えずお喋りは一旦控えましょうか」
まさかのジェイム=ラーフから注意されてしまった。
おくちチャック。
「別に頭が良いとは思ってないけど、流石に野蛮ではないつもりだよ?」
「ハッ、こんな遅れた世界に暮らしてるような連中なんて、どいつもこいつも野蛮人だろ」
「まるで自分だけは文明人みたいに言うんだね。ユーイチ=アズマくん?」
アーリィに正体を言い当てられた青年は、「気安く呼ぶな」と言って鼻を鳴らした。
ユーイチ=アズマ―――東悠一。
テッサルタ王国に召喚された日本人であり、国と〈金央の瞳〉に悪事に加担している最後の一人。
長瀬さん曰く……。
「実家は金持ちで、一流大学を卒業して大手企業にも就職した自分は優秀な人間なんだ。お前ら凡俗とは違うんだって、普段から公言してて……とにかく鼻持ちならない奴なんですよ! 何様だ! あんたの経歴なんて興味ないから!」
と両手を振り回しながらヒートアップしていた。
成程、言う通りの人物であるらしい。
「なんで俺達がこのルートを使うって分かったんだ?」
ありきたりな質問だけど、一応訊ねておこう。
俺が数歩前に出れば、アーリィはさりげなく横にズレた。
どうやら以降の会話は俺に任せてくれるようだ。
「馬鹿共の考えなんてお見通しさ」
「だとしたらお前も馬鹿だな」
間髪入れず返してやれば、東悠一は不快そうに顔を顰め「なんだと?」と苛立たしげな声を漏らした。
「相手が何人来るかも分からないのに、呑気に一人で待ち構えてるなんて馬鹿以外の何者でもないだろ。現にこっちは四人もいる」
「だからどうした。お前ら程度、オレ一人で充分だ」
「その割りにはあっさり防がれちゃってますけど? 態々不意打ちまでしたのに誰も怪我してませんけど? この後はどうするんだろうねー」
わざとおちょくるような物言いをしてやれば、東悠一からは返事の代わりに舌打ちが、背後からは「流石はマスミさん、煽り言葉が実に様になっている」「あいつなんで挑発だけはあんなに上手いんだ?」という称賛―――疑問を抱くな―――の声が届いた。
「偶然が重なった程度で調子に乗るな。この場で全員始末して―――」
「ああ、それと折角お喋りに付き合ってもらってるところ悪いんだけどさ」
東悠一の台詞を遮った俺は、奴のすぐ横に視線をズラし「そこに立ってると危ないぞ?」と教えて上げた。
無論、親切に教えてやったからといって、敵である俺の言葉に東悠一が従う筈もなく―――。
「足癖悪くてごめんねぇ」
―――密かに接近していたアーリィにこめかみを蹴り抜かれたのも奴の自業自得な訳である。
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次回更新は7/4(月)頃を予定しております。




