第11話 互いの決意 〜王太子と異邦人〜
前回のお話……長瀬仁美は社畜
(仁 ゜Д゜)ぅぅぅ…
(真 ゜Д゜)おつかれ
「もう一度だけ、流されてみるつもりはありませんか?」
その申し出は意外な人物の口から上がった。
鈴を鳴らしたように聴き心地の良い声音。
すぐ後ろにロアナとゼル爺を伴ったエリオルム王子が、長瀬さんの傍へと寄ってきたのだ。
途端に長瀬さんの表情が変化し、敵意と嫌悪を剥き出しにした眼差しでエリオルム王子を睨んだ。
「……どういう意味よ、それ」
「言葉通りです。ヒトミ=ナガセ、貴方の力を貸して下さい」
長瀬さんの眼差しに怯むことなく、真っ直ぐに見詰め返しながら協力を求めるエリオルム王子だったが、言われた当人からの反応は芳しくなかった。
一度だけ鼻を鳴らした後、長瀬さんは「よくそんなこと言えるわね。恥ずかしくないの?」と、まるで嘲笑するように口元を歪めた。
「勝手に召喚して、従わなければ軟禁して、こうして捕まってもまだ戦いを強要されるなんて。貴方達って、本当に〈異邦人〉のことを都合の良い道具程度にしか思ってないのね」
「そんなつもりは……」
「どうかしら。少なくとも貴方の弟さんは、私達のことを人間扱いしてるようには見えなかったけど」
宮崎啓太などは強要ではなく、任意の協力であると言っていたが、実際のところ一部の連中からは恫喝紛いの協力を求められたらしい。
エリオルム王子の弟―――第二王子などはその筆頭で、召喚された〈異邦人〉に対して、このように告げた。
お前達が何不自由なく暮らせるのは我々のおかげなのだから、その対価として力を貸すのは当然のことだ、と。
自分達の都合で喚び出しておきながら、なんと身勝手極まりない……と誰もが思ったものの、それを指摘すれば何をされるかも分からず、皆口を閉ざしておく他になかった。
「所詮は兄弟ってことかしら。厚顔無恥って、きっと貴方達みたいなのを言うんでしょうね」
「弟の非礼はお詫びします。皆さんの人生を奪ってしまった償いは必ず―――」
「軽々しく言わないで」
エリオルム王子の台詞を遮る長瀬さん。
その声音は静かながらも、隠しようのない怒気が籠められていた。
「貴方の言う償いってなに? 富? 名声? そんなものいらないから元の世界に帰してよ」
「それは……」
「まあ、私は別にいいのよ。今更あんな会社で働きたくなんてないし、実家とも仲悪いし、恋人どころか碌に友達もいないし……」
そこまでぶっちゃけんでもいい。
「でも帰りたがってる人だっているのよ。貴方が本当に償いたいと思ってるなら、みんなを元の世界に……いいえ、償うことなんて不可能よね。だって帰還する方法なんてないんだから」
「……」
「出来もしないくせに、軽々しく償うとか言わないでちょうだい。はっきり言って不愉快だから」
淡々と、だが有無を言わせぬ長瀬さんの迫力にエリオルム王子は押し黙ることしか出来なかった。
後ろに控えるロアナは静かに目を伏せ、ゼル爺ですら厳しい眼差しを長瀬さんに注ぎながらも、無言を貫いていた。
室内に漂う張り詰めた空気。
ウチの女性陣も兵士達も口を挟まず、固唾を呑んで見守る中、ただ一人アーリィだけが「みんな黙り込んじゃったねぇ。どうする?」と愉しげな声で囁いてきた。二度目のこそばゆい。
耳元で囁くのは止めてくれ。
ってかこれ俺がどうにかしなきゃならんのか?
『頑張れ』
「うっせ。やるだけやってみるけど」
期待するなよと前置きしつつ、俺は長瀬さんの視線を遮るように両者の間へ割って入った。
「長瀬さん、ちょっと落ち着いて」
「……深見さんまで彼らの味方するんですか?」
「いや、そんなつもりは毛程もないよ」
心情的には全くの同意見だから。
なんならもっと言ってやってもいいのではとすら思っているけど、そうすると話が更にややこしくなるので、この辺りで一旦終了してもらおう。
「長瀬さんの言い分はもっともだと思うし、ぶっちゃけ俺も一人を除いてこいつらのこと嫌いだもの。違法召喚の話を聞かされた時なんて、ブチギレて全員殺そうとしちゃったくらいだよ。銃で」
「そうですよね。やっぱり全員ころ……えっ、殺す?」
まさかそこまでヴァイオレンスな手段に訴えているとは思いもよらなかったのだろう。
驚愕を顔面に貼り付けて、こちらを見上げてくる長瀬さん。
この隙に俺はエリオルム王子の真意を問い質した。
「なんでまたあんなこと言ったんだ? 多分、長瀬さんじゃなくても同じこと言われてたと思うぞ?」
「ええ、言われたところで仕方がないと思います。僕達はそれだけの過ちを犯してしまったのですから」
「自覚ありかよ」
「それでも……今の僕達には彼女の力が必要です」
―――どれだけ恨まれていようとも。
緊張を孕んだ硬い声でエリオルム王子はそのように言ってのけた。
数日前、キャンプ地を発つ前の王子とは明らかに異なるその様子に、俺は内心驚きを禁じ得なかった。
どうやら本気で腹を括ってきたらしい。
「あの甘ったれ王子様が化けたもんだなぁ」
軽口を聞き咎めたゼル爺が無言のまま、こちらをジロリと睨み付けてきたので、怖い怖いとわざとらしく肩を竦めてみせる。
「長瀬さんはどうしたい?」
「どうって言われても……」
「俺らは〈金央の瞳〉をぶっ潰すために、これからこの国と一戦やらかすつもりだ」
おそらくだが、俺達がこれまで経験してきた中で最も過酷で危険な戦いになるだろう。
当然、命の保証などあろう筈もない。
「王子はこう言ってるけど、俺は無理強いなんてするつもりはないから、長瀬さんの意思に任せるよ」
「……深見さんはどうしてほしいですか?」
「本音を言えば協力してほしい。たった一人でウチの女性陣を追い込んだっていう実力は、戦力の少ない俺達には魅力的過ぎるからな。たださっきも言ったけど、無理強いしてまで手を借りようだなんて思っちゃいないよ」
これ以上、他人の都合に振り回されるのなんて嫌だろ?
そのように告げてやれば、長瀬さんは顔を伏せ、コクリと小さく頷きを返した。
地球でも異世界でも、彼女は他人から無理難題を押し付けられてきたのだ。
ここで更に俺達の都合まで押し付けてしまうのは、余りにも忍びない。
いい加減、社畜から解放されてもいいではないか。
「一応、闇ギルドに頼んで安全な場所は確保してもらってるから、そこに身を隠しておけばいいよ。事が終わったら迎えに―――」
「私も行きます」
予想外に強い言葉と何よりもその内容に俺は発言を中断せざるを得なかった。
顔を上げた長瀬さんの瞳には、彼女の言葉を裏付けるかのような決意の光が灯っていた。
「長瀬さん、繰り返すようだけど無理強いするつもりはないんだ。君がもう戦いたく―――」
「無理なんてしてません」
再び俺の発言を遮った長瀬さんは、その強い意志を感じさせる瞳をエリオルム王子に向けた。
「勘違いしないで。貴方達やこの国がどうなろうと私には関係ないわ。でもあの城には、私と同じ日本人が……小さな男の子まで囚われてるのよ。深見さん達に全部押し付けて、自分だけ安全な場所で待ってるなんて、私には我慢出来ない」
「構いません。ヒトミ=ナガセ、貴方の助力に心より感謝致します」
丁寧に頭を下げ、感謝の意を示すエリオルム王子とは対象的に、長瀬さんは「フンッ」とそっぽを向いてしまった。
些か子供っぽい仕草ではあるが、彼女の心情を考慮すれば、これでも我慢している方なのかもしれない。
「本当にいいのか?」
「大丈夫です。本当に無理なんてしてませんから」
そう言って立ち上がった長瀬さんは、強張っていた表情を僅かに緩めた。
「戦うのはやっぱり嫌ですけど、今更見て見ぬ振りなんて出来ませんから。それに私が狼藉を働いてきたのも事実です。王子様とは関係なく、私は私で償いをしないと」
「流された訳じゃなく?」
「少し前まではこのまま流されようかなぁって思ってましたけどね。でも……」
今度こそ自分で決めました。
他人の言葉に従うばかりだった彼女が、自らの意思で選択をした。
「社畜は卒業かな?」
わざと揶揄うような質問を投げ掛ければ、長瀬さんは「そもそも私、もう会社員じゃありませんから」と言って、口元を綻ばせた。
長瀬さんがようやく見せてくれた自然な笑みは中々に魅力的だった。
そんな彼女の笑顔を前に、惜しむらくはやはり目の下の隈かなぁなんて、ついつい見当違いな感想を抱いてしまう俺なのであった。
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次回更新は6/13(月)頃を予定しております。




