第10話 流されてきた女 〜長瀬仁美〜
前回のお話……ヒクイドリ大活躍
(鳥 ゜Д゜)ゲフッ……(ごちそうさま)
本日より更新を再開致します。
しばらくは週一更新で頑張りたいと思います。
長瀬仁美との戦闘経緯を聞き終えた。
炎を喰われて戦闘終了とは、中々にシュールな展開ではなかろうか。
「渾身の〈火球〉を喰われて、もう疲れちゃったと」
「馬鹿らしくて抵抗する気力も失ってしまったらしい」
「んで、功労者たるヒクイドリは?」
「流石にこの場へ連れてくる訳にはいかなかったので、一先ず地下で待機させてます。あとヒクイドリじゃなくて、火喰鳥です」
どっちでもいいよ。
俺にとってはただのリアルヒクイドリだ。
ちなみに地球のヒクイドリは肉垂―――鳥の頬や顎の辺りに垂れ下がった肉の部分が赤いだけで、首なんかは鮮やかな青色をしている。
当然、火を喰ったりなんかしないし、鶏冠も燃えたりしてない。
「そういえばぁ、変なこと言ってた〜」
「変なことって?」
「なんかぁ、シャチクとかぁ、ブラックがどうとか言ってたの〜」
「社畜……ブラック……」
その単語に脳の奥深くが刺激され、思い出したくもなかった記憶が勝手に掘り起こされていく。
慢性的な人員不足。バックレる新人。埋まらないシフト。サービス残業。削られる睡眠時間。代休の貰えない休日出勤。
有休? なにそれ美味しいの?
うぅ、頭が……。
「シャチクってなに〜?」
そんな無邪気に訊ねないでほしい。
エイルは何も悪くないのだが、彼女に対して恨めしい気持ちを抱かずにはいられなかった。
胸ポケットから顔を出したニース―――彼女は社畜の意味を知っている―――が労るような優しい手付きで胸元をさすってくれる。ちょっと泣きそう。
『昔のことじゃ。もう忘れよ』
「あんまり優しくしないで……」
本気で泣きたくなってくるから。
どうやら長瀬仁美と話さない訳にはいかないらしい。
だってこの場で彼女の気持ちを理解して上げられるのは、俺だけだから。
俺は女性陣の傍を離れ、相変わらず壁際で小さくなっている長瀬仁美の元へ向かった。
隣に佇むアウィル=ラーフから視線を感じるけど、特に止めるつもりもなさそうなので、一先ず無視しておく。
ボーッと宙空を眺めるばかりだった長瀬仁美も目の前に見知らぬ男が来れば、流石に意識を向けてくれた。
彼女の前で膝を折り、目線の高さを合わせる。
「始めましてかな。俺は深見真澄。君と同じ〈異邦人〉……日本人だ。よろしく」
「……長瀬仁美です。始めまして」
警戒心バリバリだが、取り敢えず挨拶はしてくれたので一安心。
口も利いてくれなかったらどうしようかと思っていた。
「長瀬さん、君が王国に協力することを決めたのは、自分の身の安全を確保するためか?」
「……だったらなんですか? そうしなきゃ、今頃はどんな目に遭ってたかも分からなかったんですよ」
「いや、別にそれを否定するつもりはない。多分、安藤さんも同じこと考えてただろうし」
「なんで貴方が安藤さんのことを……」
「実は密かに連絡を取ってるのさ。安藤さんは俺達の協力者だ」
驚いたかと訊ねれば、長瀬仁美―――長瀬さんは存外素直に頷いた。
うん、多少ぎこちないけど、ちゃんと会話は出来る。
これならなんとかなりそうだ。
「実は俺、異世界に来る前は自衛隊に所属してたんだ。まあ、結局数年で辞めて警備会社に入社したんだけど、この会社がまたヤバいところでね」
突然の身の上話に怪訝そうな表情を浮かべる長瀬さん。
俺は構わず話を続けた。
主に俺が入社した会社がかなりブラックであったことと、激務の内容について。
そうして話し続けて十分もすれば……。
「私はただこうした方がコストの削減に繋がって、業務の効率化も図れるって提案しただけじゃない! なんで変な目で見られなきゃいけないのよ! 文句があるなら口で言え!」
「少数派の意見って中々受け入れてもらえないよなぁ」
「そうなのよ! 碌に意見は挙げないくせに批判だけは一丁前な事なかれ主義のジジババ共めぇ……! 昔からウチはこのやり方だからって、そのやり方が時代に沿わないから赤字出すんでしょうが! 現実見ろ!」
「長いこと務めてる人程、慣れたやり方から変えるのを嫌がるもんな」
「慣れろ! 努力しろ! 出来ないなら去れ! 早期退職しろ! お前らみたいな老害が会社を腐らせるんだ! 世の中は常に変わっていくのよ! 環境に適応出来ない生物には死あるのみ!」
「おぉう、過激……」
概ね同意するけど。
長瀬さんは元の世界で自らが所属していた会社を扱き下ろしていた。
何故、彼女がこれ程までに感情を爆発させているのか。
それは俺もかつては社畜であったという事実を明かしたからに他ならない。
社畜。文字通り会社の家畜と化した労働者。
エイルの話を聞き、長瀬さんもきっと社畜かそれに近い状態にあったのだろうと推測した俺は、自らの社畜生活を赤裸々に告白。
その結果……。
「ぅ、ぅぅっ、うぐぅ……!」
長瀬さんは泣き出した。
俺に対する同情と共感。忌まわしき記憶のフラッシュバック。
俺は長瀬さんの肩に手を置き、辛かったねよく頑張ったねと励ました。
多分、これまでの人生で最も優しい声だったと思う。
一頻り泣いた後、長瀬さんは自らの境遇について話してくれた。
大学卒業後、無事に就職出来た会社―――俺でも知ってる結構な大手だった―――が、実はとんでもないブラック企業であったこと。
入社したてで、やる気に満ち溢れていた長瀬さんは、新人の頃からコスト削減や業務改善のために様々な提案をしたが、何一つ受け入れてはもらえなかった。
それどころか上司は何を思ったのか、そんなに幾つも提案出来るのは仕事が少ないからだ。
余裕があるならもっと働けと彼女に更なるノルマを課した。
負担が増すばかりの業務に次々と潰されていく若手社員。
一人また一人と同期が心身を病んで退職、あるいは諦めて会社の言いなりになっていく中、長瀬さんは諦めずに上司に訴え続けたものの、やがて彼女にも限界が訪れた。
入社から丁度一年経つ頃には、また新たな社畜が誕生した。
ここまで聞き終えたところで、長瀬さんの感情が爆発。
当時の上司や先輩らに対する不満をぶち撒けている次第である。
「大変だったなぁ。好きなだけ吐き出すといいよ。此処には君の嫌いな上司は居ないから」
「ぅぅ、すみません。私ばっかり話を聞いてもらって。深見さんだって辛かった筈なのに……」
「いやぁ、多分長瀬さん程じゃないよ」
少なくとも心身を病むまでには至らなかったので。
そうして更に一年程経過し、いい加減目の下の隈が取れなくなってきた頃、終電も無くなった深夜のオフィスで一人残業していた長瀬さんは、この世界に召喚されてしまった。
ちなみに召喚直前までやっていた仕事は全然片付いていないとのこと。
「選ばれた勇者とか世界の平和のためとか聞こえの良い言葉を並べてましたけど、ちょっと考えれば誰だっておかしいことに気付きますよ。本当に私達が世界平和のために召喚された勇者なら堂々と公表している筈です」
「まあ、んなことする訳ないわな」
公表したが最後。
世界中から非難の的にされてしまうのだから、テッサルタ王国が〈異邦人〉の存在を公にする筈もなかった。
それにしても……。
「君って素だとそんな感じなのね。仲間から聞いた話だと、もっと冷めてるみたいな印象だったけど」
「あ、それは……色々なことが積み重なって荒んでたと言いますか、ほとんど自暴自棄になってたもので。失礼な発言しちゃってすみません」
「いや、特に失礼なことはなかったと思うけど」
こうして会話をしてみて分かったことだが、長瀬さんは常識と礼節を弁えた大人の女性だ。
安藤さん曰く、他者を平気で傷付ける連中ばかりで、改心は望めないとの話だったが、はてこれはどういうことだろう。
さっきまでの会話は全て長瀬さんの演技だったとか?
でもそんな風には見えないし……。
「あー、私きっと疑われてますよね?」
しまった。声や表情には出していないつもりだったのだが、どうやら雰囲気で察してしまったらしい。
困ったように眉尻を下げる長瀬さんにどう答えたらいいものかと悩んだのもほんの数秒。
俺は思い切って訊ねてみることにした。
「疑ってるというか、安藤さんから聞いてた情報と今の長瀬さんの姿が合致しなくて戸惑ってるってのが正解かな。どっちが本当なんだろって」
「成程。そういうことですか」
長瀬さんは得心がいったように頷いた後、「単純に演技と言いますか、周りに合わせてたんです」とあっさり答えた。
「それは……何処から何処まで?」
「こうして深見さんのお仲間に捕まるまでがです」
本人も口にした通り、協力を拒否した場合、どんな危険な目に遭うかも分からなかったため、様子見も兼ねて一先ず王国へ協力することを決めた。
せめて一人でも生きていける程度の知識と力、何よりも情報を入手するまで下手なことは出来ない。
極力目立たないようにしようと考えていた長瀬さんだったが、何事も予定通りにはいかないもの。
「他のメンバーが信じられないくらいやる気……っていうより滅茶苦茶だったんです」
「あぁ、うん。なんとなく分かるわ」
後方支援専門の安藤さんは別として、西村竹人然り、宮崎啓太然り、袋詰め状態で転がっている吉澤歩然り、どいつもこいつもぶっ飛んでいた。
きっとまだ見ぬ最後の一人も、一癖どころか二癖も三癖も有るに違いない。
便利な魔道具も貸与されてやりたい放題の日本人。
そんな中で一人だけ大人しい者が居たらどうなるか。
「逆に目立つわな」
「仰る通りです」
目立ちたくなかったのに、意図せず目立つことになってしまった長瀬さん。
当然それまで通りに振る舞うことが許されなくなった彼女は、望まぬままに他のメンバーと同様の行い―――治安維持とは名ばかりの乱暴狼藉を働かざるを得なくなった。
こうして彼女はまたもや社畜と化した。
「会社に居た頃と同じ。私は同調圧力に屈したんです。何処に行っても根っからの社畜なんですよ。所詮は周りに流されるだけの女なんです」
どうぞ笑って下さいと自嘲気味な笑みを浮かべる長瀬さんには悪いが、生憎笑えるような心境ではなかった。
逆に不憫過ぎてこっちが泣きたくなる。
勿論、今聞いたのが全て彼女の作り話という可能性もあるのだが……。
「嘘は吐いてないね」
いつの間にやらすぐ後ろに立っていたアーリィが耳元で囁いてきた。こそばゆい。
その発言こそ何の根拠もないのだが、なんとなくアーリィが言うならそうなんだろうなぁと思えた。
「長瀬さん、君はこれからどうしたい?」
「分かりません。今更城には戻れませんし、深見さん達とも敵対したくありません。かといって元の世界に帰りたいかと言われると……」
いい加減疲れちゃいましたと嘆息する長瀬さん
地球でも異世界でもいいように使われた挙げ句、元の世界へ帰る手段もないのだ。
何もかもが嫌になり、投げ出したくなったとしても致し方なかろう。
本音を言えば、長瀬さんにも協力してほしい。
戦力として考えた場合、彼女は途轍もなく魅力的な存在だが、それではこの国の連中と同じだ。
然しもの俺も、彼女にこれ以上の戦いを強いるような真似はしたくない。
せめて事が片付くまでの間、何処か安全な場所に身を隠しておいてもらう他あるまい。
俺がそのように長瀬さんへ伝えようとした時―――。
「もう一度だけ、流されてみるつもりはありませんか?」
―――意外な人物から意外な申し出があった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6/6(月)頃を予定しております。




